23話 サラコマンダー協会
土曜日、筋肉痛で布団から起き上がれなかった。階下で騒がしい音がしないところをみると、咲はアイドル活動で土日は不在のようだ。
携帯電話を耳と肩にはさんだまま、荷物を持つ。
毎日の訓練でボロボロになった体がうっかり階段をふみはずさないようにして階段を降りた。
−−いいじゃない付き合っていることにしとけば〜
電話越しに佳鹿の陽気な声がする。
「毛利先輩が彼氏なんて困ります。自分の利益になるからって本当に自分勝手なんですよ。戦姫ってえらいんでしょ? みんなわたしをもっと、恭しく、大切に扱ってくれるのかと思ってたんですけど」
鈴凛は電話で文句を言った。
−−あらみんな大切にしてるでしょう?
「頭をぶち抜いてくる拘式さんといい、私の、青春をうっとうしく邪魔する毛利先輩といいまったく戦姫としてわたしをまともに敬ってないじゃないですか!」
−−事実、敬われる実績は、あなたまだひとつもないでしょ〜
地味にぐっさりくる回答が明るい声で帰ってきてこけそうになる。
「そ……それはそうだけど……」
−−とにかく協会にきなさい〜高天原で羊杏がうやうやしく扱ってくれるわよ〜
鈴凛は電話を切った。
「はあ……」
「どこいくの?」
今日子がめずらしく鈴凛の背中に声をかける。
「駅前」
「何なのそれ?」
鈴凛のちらしを今日子が取り上げる。
「サラコマンダー……?なんなの、これ」
鈴凛にも正直なところ、何なのかわからない。
「武術」
「武術?お母さんそんなの聞いてないわ。どういうことなの?」
「言ってないもん」
「……」
「そんなの何の契約もしてないでお金も払わず行けるわけないでしょ」
「特待生になったからいらないの。道場に自由に出入りしていいって」
「ええ……?」
今日子はぽかんとしていた。
「じゃあいってきます」
鈴凛は振り返らずに家を出た。
駅前にできていた協会は、建造されたばかり感の真っ白なビルだった。
「ここから空港まで地下トンネル……」
かなり空港まで距離がある。信じられなかった。
透明な自動ドアの向こうに、ぴかぴかの白い床があり、胡蝶蘭やりぼんをかけられた観葉植物が並べられてニューオープンのお店みたいな雰囲気だった。
受付の女の人がにこりとして手まねきしていた。
「おはようございます」
全日本サラコマンダー協会 宇多支部と背面に書かれている。
中に入ると壁際にはソファーが置かれ、いくつかのポスターが見えた。
ヨガと瞑想とカポエラと柔道とサッカーのいいとこどり!
さあはじめよう サラコマンダー!
柔道のようなポーズでボールを蹴っている写真だったり、大会のような写真まである。
「二階が道場ですので」
「師範」
それっっぽい柔道着みたいなのを着た佳鹿のそばまで通された。
「なんなのこれ」
「でっちあげに決まってるでしょう」
佳鹿が小声で言ってから、こほほと笑う。
「全国に47の支部と世界に6支部作ったわ」
「え?嘘の支部を?」
「そうよ。あなたのため。あなたの青春のため。ひいては世界平和のため」
八咫烏は自分の証拠隠滅のために怪しいスポーツ協会を立ち上げたのだった。
「ほんとに……?」
鈴凛は自分のせいではあるが、ドン引きしていた。
「我ながら天才だと思ったの、アタシ」
「ヨガと瞑想とカポエラと柔道とサッカーのいいとこどりスポーツ!」
「ヨガの部分が、少しあやしい宗教じみてて、後半部分は追加した感じが絶妙にバカっぽくて、いかにも入りづらい玄関でしょう?」
「確かに」
「右隣は法律事務所、左隣はかなりちゃーんとしてそうなボクシング事務所」
「うん」
「バカ高い入会金と会費」
「うん」
「入会を思いとどまりたくなるでしょう?」
なるほど、とりあえずカモフラージュのために支部をたくさん作ったものの、その実態はほぼ無いため誰も入会してほしくないということだった。
「でもだめだったわよ〜」
佳鹿がため息をついた。
「え?」
「あれ! 入会希望者よ」
こそこそと佳鹿が言った。
「オレンジの帯の何人かはマジに入会したおバカさんだから気をつけてね」
「小豚塚太麿です!よろしくお願いします!」
知っている丸顔をほころばせている小さな男がいる。
「げ……小豚塚くん……」
「あ……源さん……!」
いままでのことなどなかったかのように明るい笑顔で近づいてきた。
「君も強くなりたいんだね……一緒に強くなってあいつらを倒そうよ」
鈴凛は小豚塚が心底嫌いだと再確認する。
「小豚塚君……」
脂っこい笑顔で自分も被害者です、といった顔をしていた。
だいたい鍛えたところであの柊木勇吾に勝てるわけがない。
「さあさあ。君はあっちで練習」
別の職員がそれとなく小豚塚を連れていった。
「友達なの?」
「まさか」
「さ、女子ロッカーよ。急ぎましょう」
眠すぎて体が重い。
99番のロッカーを開けると、狭い入り口がぽっかり空いていた。
「ここに入るの?」
奥に竪穴があり、梯子が闇に続いていて先が見えない。
「佳鹿ここ入れるの?」
「ずばり、ぎりぎりよ」
「大丈夫だからはやくおりなさいよ」
鈴凛はしぶしぶ体の向きをかえて足から降りる。
佳鹿は巨大な体をよじりながら後ろからついて入ってきた。
「あらやだほんとせまい」
梯子を降りると地下に暗いトンネルが続いていた。佳鹿と並んで歩ける広さだったが、コンクリートの板があるもののまだ土がむき出しで、ぽつりぽつりと工場用のライトが灯してあった。
「……ほんとに大丈夫なの」
落盤事故でもおきそうである。
「徐々にまともな通路になるわよ……毛利家が予算をケチらなきゃね」
「先輩けちりそう……」
徐々にちゃんとした通路らしくなったいき、明るくなった部屋に出る。
エレベーターの空間が横になったものだった。
鈴凛は高天原を脱走した日を思い出す。
「そこらじゅうにこの偽物エレベーターがあるのね」
佳鹿がボタンをおすと動きだした。
「そうよ」
エレベーターがらついた場所は空港の管制塔から少し離れた場所にあった。
「お待ちしていました」
八咫烏の男たちが待っていた。
「大丈夫ですか?」
鈴凛はフラフラしていた。
「そろそろ睡眠周期だから」
「いってらっしゃいませ」
ヘリコプターが来て、鈴凛はまたそれに乗り込んだ。
眠すぎて鈴凛は意識が遠のいた。




