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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
21/178

21話 笠山訓練

鈴凛は入れ替えられた制服で家に戻っても、まだ学校で起きたことが信じられなかった。


玄関で固まっていると、鈴凛の様子に気が付いたのか、今日子が洗濯籠を持ったまま立ち止まった。

「……鈴凛?」

「ちょっと」

2人の様子を目ざとく見つけて咲がやってくる。

「何?お母さんの気でもひきたいの?うざいんですけど」

上田三枝入の額に銃を突きつけた映像がフラッシュバックした。

「……」

鈴凛は冷たく咲を見据えた。

「こっちみないでよ。ブスがうつる」

今日は思い止まることができた。

でもこの妹はいつか勢い余って、ぶちのめしてしまうかもしれない。

「なによ」

咲は何も言い返せない鈴凛をせせら笑っていた。

「別に……」


鈴璃は食事を済ませ風呂を済ませ、いつもの、不遇な子専用の納戸にこもっていた。

夜中の午前2時。

時計と神棚を交互にみやる。

「……」

訓練の迎えまであと少しだった。

天井に手をかざす。

「十五人を殺しかけた……」


嫌いな人にもし手をかけたらどうなるのだろう?

すっきりするのだろうか。

全然今日の気持ちは晴れやかではない。


「こんな場所に、人殺し。そんなことも知らないで、呑気にぐーぐー寝ちゃって……」

咲も今日子もそんなことなど知るはずもなくぐっすり下で眠っている。

「わたしは」

そこまで言って未来妃の顔が浮かんだ。

「ちがう。わたしは青春するためにここにいる。殺人鬼になるためじゃない」

「わたしがしなきゃいけないのは……」

「卒業するまでには、如月周馬に−−」

思考は止まり、鈴凛はため息をつく。

野奈と周馬がセットで頭に浮かぶ。

「いや、わたし……卒業するまでに、あと何回拘式さんに撃たれるんだろ」

鈴凛は呆然とつぶやいた。


時間の少し前になり窓の外を見ると、

通りに黒塗りの車が止まっているのがらみえた。

「もうきてる」

毛利就一郎に言われた通り窓からぬけると、あたりをみまわす。誰もみていない。一階の屋根を静かにつたい降りた。止まっていた黒い車に近づくと、静かに運転席の窓が降りた。猿面の男が乗っている。

「……」

猿面の男はうながすようにうなづいた。

鈴凛は後ろの席に乗る。

かいだこともない白い皮のシートの匂いがして落ち着かない。

「よ、よろしくお願いします」

それに乗ると、宇多の静かな夜をぬけていった。所詮は田舎なので車はほとんどいない。海岸近くの雑木林にかこまれた道に入る。

毛利邸は海辺までの長い道を抜けた先にあった。

灯りが小さくともった赤い煉瓦作りの門の前で車はとまった。

「綺麗……」

椿が咲き乱れて、赤い道を作っていた。所々に灯りが埋め込まれ、道を照らしている。

それは美しくもどこか恐ろしい雰囲気を作っていた。

「すごい家……いやまだ家はみえてないか」

猿面の男の後ろついて歩くと、しばらくして灯りのともった同じく煉瓦造りの屋敷が見えてきた。いくつか灯りが見える。

「!」

二十人ほどが屋敷の入り口で待ち構えている。

何人かがランタンを持っていた。

全員が頭を下げる。

「ようこそおいでくださいました」

「毛利家当主、毛利元閃でございます」

1番前の真ん中にいる白髪の老人が静かに言った。

「こちらはせがれの毛利照親。お会いになられましたかな」

ポスターで見たことのある五十代の男がうやうやしく頭を下げた。

鈴凛はもちろん選挙の看板など真面目に見たことがなく、なんと答えていいかわからない。

「この毛利家に百姫様をお迎えできてこのうえない幸せでございます。ご不便があればなんなりとお申し付けください」

毛利照親が言った。

「そして孫の就一郎と閃」

毛利閃が車椅子ででてきた。病院であうより、しっかりした表情をしている気がした。執事のアーネストが車椅子を押している。

「どちらもお会いになったことがあるとか」

「百姫様いままでの御無礼をお許しください」

閃はかしこまって言った。

彼はそれ以上目を合わせようとしなかった。

「……」

「こちらの使用人は全て八咫烏ですから、何なりとお申し付けください」

「どうぞこちらへ」

「花将様と天狗の方々はもうおいでです」

「あ……」

応接セットの立派なソファにBBと山田が腰掛けてパソコンやら書類を見ている。

「ハーイ」

「お待ちしておりました」

二人は朗らかに挨拶した。

「こんばんは……」

鈴凛はとりあえず挨拶をした。

佳鹿が窓辺に仁王立ちして庭を睨んでいた。

神嶺も腕を組んで外を見ている。翔嶺は神嶺のとなりに立っていたが、こちらに視線を向けた。

「あの……佳鹿」

佳鹿が珍しく振り向かない。

怒っているのだろう。

「あの……」

「あなたって子は……」

わなわなと声がすこし震えている。

大女がふんっと振り返る。

鈴凛は迫力に目を少し閉じた。

「ごめなさ……」

肩に両腕が乗り、ぎょろぎょろした目が真っ直ぐこちらを見た。

鼻息が荒い。

「ごめんなさいわたし」

「どうして、ザーサイを残すの?」

深刻な声で佳鹿はそう言った。

「は……?」

鈴凛はまばたきを二度してしまった。

「ザーサイは大切なお弁当のメンバーなの! あれは肉まんと肉まんの間に、箸休め的に食べるべきで……」

「おい」

拘式がイライラとして声をあげる。

「なによ! あなたまでザーサイを馬鹿にする気なの!」

「そうじゃない!」

拘式がイライラとして小さく声を荒げた。

「玉手匣使用の事態になった、こいつの生活態度を叱責するべきで」

「んもー。パパったらぁ、もう音をあげたのね」

佳鹿はくねくねと拘式に擦り寄って行った。

「……パ……パ……?」

拘式は引き攣って反芻した。

「わたしたちは家族♡保護者♡ あなたとわたしは、ファミリーを運営する、パパとママみたいなもんよ♪」

「俺たちはコイツの監督官だ」

「そんなんじゃうまくいかないわよお」

「先輩、僕にプロポーズしてませんでした?」

「あ、そうだったわねい。もてる女は困るわ。山田とも婚約してるけど……本気で好きになっていいわよ!ファミリーになるしかないんだから」

佳鹿が短い髪をかきあげて、拘式にウインクしている。

「貴様は……」

拘式は眉間がぴくぴくとなっていた。

「まあまあ! 玉手匣での隠蔽はうまくいったわけですし」

山田が助け舟を出すかのように言った。

「バカを言うな」

拘式が恐ろしい殺気を放って空気を氷つかせる。

鈴璃はあの時自分でも自分が怖かった。

今でもやりかえした達成感よりは、人殺しになりかけた自分が怖かった。

「個人的な怒りで周りの連中を殺しまくってたらキリがない」

「……」

「そうですね……ここはひとつ大切なことを説いておかないと」

こほんと毛利就一郎が鈴凛の前まで歩いてきて、かしこまって鈴凛に向き直った。

両目をじっとまっすぐ見つめてくる。

「百姫様、神嶺様に監視させていたからよかったですが、気をつけてくださいね」

「……」

「お金と手間かかるんです」

「はい?」

「玉手匣で記憶を改竄したり、限られた時間内で物品の原状修復は大変なんですから。蟻音さんは仕事が早くて優秀ですからいいですけど費用はかかるわけで」

「大切なことって、人の命が大切とかそういうことじゃないんですか」

鈴凛は呆れて言った。

「いえ……費用と仕事を増やすなと言っているのです」

「同感だな。見たくもないおまえの、能無しの脳みそを散らかすことになるとはいい迷惑だ」

鈴凛はむっとした。

「だいたい、拘式さんはわたしを簡単に殺しすぎなんです! 谷でだってわたしを餌にして、一度も謝ってもらってませんし、今度はいきなり発砲して人の脳みそを能無し呼ばわり」

「貴様自分の行いを棚にあげて」

「話が違います。拘式谷がなくなって職を失ってここに来たんじゃないんですか。八咫烏が戦姫の頭を撃つなんて許されるわけありませんよね」

鈴凛は自分を嫌なやつだと思いながらそう言った。

「な……」

拘式が少し赤くなる。

「だいたい頭を銃で打ち抜いて、頭がおかしくなるかも……甦れたかもわからないのに!無茶です」

「蘇っただろうが」

「甦れなかったらどうしてくれたんですか」

「はいはい、喧嘩はおしまい!」

佳鹿が間に入って止める。

「ママ、怒るわよ」

佳鹿が口を膨らませている。

鈴凛は少しだけ鳥肌がたった。拘式も同じらしい。

「……」

「いい子ね……おかげで、だいたい蘇りの力がわかったじゃない?」

「蘇りまでの時間は体の損傷具合による。脳みそが吹っ飛んでも脳細胞が再生され問題なく甦れる」

「すごい能力ですよね」

翔嶺がやっと一言言った。

「バッテリーみたいね。時間かかるけど、バッテリーみたいにある程度生きていくのにオッケーなレベルに再生すれば再起動できるよ」

BBも言った。

「頭をやられても大丈夫だなんてどうなってんだ」

「黄泉の能力ってそういう説明のつかないものばかりだから」

「どの程度の微小の肉片にしたら、戻れなくなるのか実験したらいい」

拘式が吐いて捨てるようにつぶやいた。

「確かに粉々に燃やしたらどうなるのか気になりますね!」

毛利就一郎は笑顔ではははと笑う。

「やめて!」

鈴凛が叫ぶ。

「しかし現実問題」

佳鹿が急に静かになって言った。

修祓(しゅうばつ)の上では、死ぬたびに意識がぶっ飛んでいて、戦闘不能状態は困るわよ」

「脳みその再生が5分でできるならならすごいような気がしますが」

「この子の血は危険だし……」

「確かに。戦姫は自分が生き残ることが仕事じゃないですからね。鬼を倒してこそ、事態を最小限の被害で抑えてこそです」

毛利就一郎が言った。

「確かにそうね……他の人たちは戦っている最中に特別な戦闘的能力が発揮できる。身も守れる。でもあなたは一回死ぬまで傷付いたら甦れるってだけ。……それに果たしてそれは神籬(ひもろぎ)もちゃんと再生されるのかわからない」

「記憶はあったとしてもね」

「神籬?」

「精神のことた」

「精神?」

「精神病の人見たことない?」

「え……」

「戦闘不能にするとは、肉体の破壊だけじゃない。精神の破壊も有効よ」

「戦う意志を失った者は戦えない」

「精神と肉体はつねに影響しあって切り離せない」

「神籬を攻撃されることほど恐ろしいことはない」

「そんなに恐ろしいことかな……?」

「怖いわよ。意志をくじかれることほど怖いことはない」

「どんなに強くても、何もできないまま終わるもの」

そうかと鈴凛も思った。

「会ったでしょう。湍津姫様に」

「あのつづらの少女?」

「四人の多重人格症を患っておいでよ。解離性多重人格障害」

「え……?」

そういえばぼうっとしていた気がする。

「かつては田心姫様と並ぶほど強かったとか」

「でも今じゃ高天原を守ることしかできなくなった」

「……」

「もしあなたが、神籬も再生されるのなら……すごいことだわ」

「自殺しようとして、餌になるような精神だぞ。あてにならん」

「ふふそうね……」

「まあ強い精神は、強い肉体からだから」

「今日から肉体改造と訓練を開始するわよ!」

「じゃ後よろしく〜」

「え?」

「一応彼はプロだから。教え方がうまいかどうかは別として。まずプロに習ってみて」

「ええええ……」

「そのふぬけた根性から叩き直してやる」

平日は夜の2時から朝の4時半までここで訓練。

佳鹿と拘式がこの毛利家の所有する広大な降霧山から根津海外まで敷地で夜間訓練をつける。

「とはいっても、1週間に一度は睡眠が必要だ。おまえはこの封書で、毛利が経営している武術協会に入るように家族のものを説得しろ。土曜日に睡眠をとるためにも必要だ」

「はい……」

母親が渋る顔が浮かんだ。

「さてはじめる。1日2時間程度しか実質訓練時間は無い。1分も無駄にはできない」

「この山、全部毛利先輩のものなんですか?」

「一族が分けて所有しているよ。あそこにみえる沖島、黒島、そして霜山周辺からここ根津海岸まで全てね。海での訓練もいずれはできますよ」

「海?」

海での訓練?水の中とか?

鈴璃はぞっとして鳥肌がたった。

「動揺がすぐ顔に出るなおまえは」

「まずは降霧山の山道を回ってこい。おまえのために整備してある。およそ10キロの道のりだ。30分で戻ってこい」

整備という言葉に嫌な予感がした。

「飛び石や、川がございますが矢印と看板の指示に従ってお進み下さい」

鈴璃は森の中を一人で進むことにぞっとしたが、考えを改めた。ただ一周回ってくればいいだけだ。死ぬ危険は無いだろう。

「指輪は外していい」

鈴璃は指輪を外した。体が軽くなっている。匂い、音、あらゆる感覚が研ぎ澄まされていく。軽く二、三度ジャンプすると血が巡ったようで気持ちがよかった。

爽快だ。

本当に肉体が生まれ変わったのだと実感した。夜なのに目も見える。聴きたいと思う音が聞こえる。鼻も詰まっていない!

「よし」

今なら何でもできる。そんな気がした。

「次は」

「2分後に翔嶺に追わせる。追いつかれたらペナルティーで一周追加だ」

鈴璃は愕然とした。10キロを追加?

拘式神嶺が目を細めた。

「はじめ!」

鈴璃は暗い森の道に勢いよく突っ込んでいった。なんとしてもペナルティーは嫌だ。手足を目一杯振りさばく。景色がざわざわと音をたてて駆け抜けていく。全てが早送りのようだった。

まるで獣になったみたいだった。鈴璃は森の中をびゅんびゅん走った。

暗闇でも道が青い視界で見えていた。

爽快だった。追いつけるわけがない。

「すごい」

夜風が気持ちよかった。自分の淡い光が森に絹糸のように広がって、森の精にでもなった気分だった。

道は泥がむき出して、あちこち岩が飛び出して、藪や木々がはみ出していた。

生き物たちのさざ波を感じる。夜に自分の体が溶け込むみたいだった。

途中で川が現れた。明らかに矢印が記してある。渡れということだった。

水は凍てつくほど冷たかったが、鈴璃は流れに気をつけながら、途中深いところでもがきながらもう進んだ。

川からあがると一層辛い。

「さむい!」

その時、何かがものすごい速さで迫ってくるのが判った。翔嶺だろうかと鈴璃は思う。

それはまるで獣のような気配だった。

「急がなきゃ」

断崖に出た。命綱無しで登れということらしい。

もたもたしていては追いつかれてしまう。

鈴璃は適当な掴みに足と手をかけて登り始めた。

4分の一を登ったあたりで足がきゅっとした。

「え」

「つかまえました」

坊主頭が無表情でこちらを見ている。翔嶺が足を掴んでいた。

「うそ」

「もう追いつかれちゃったわね。一周追加よ」

気がつけば佳鹿が崖の上にいてこちらを見下ろしている。

「翔嶺は3分待機」

「あなたが有利なのは直線を走っている時だけね」

「え……そんな」

「急がないとまた追いつかれるわよお〜」

鈴璃は歯を食いしばって登りきった。

「くう……」

下を見ると翔嶺はもう軽々と登り始めている。

「まずい」

鈴璃は直線で時間を稼ぎたかった。全速力で走り抜ける。

ただ走るだけなら鈴璃の方が早いようだった。

急流の飛び石を抜ける。

「うそ」

天狗の里の少年は容赦がなかった。岩の上を軽々と飛んでくる。

「翔嶺君何者なの……」

鈴璃は全力を出した。

「ここで引き離さないと」

溝が彫られていたり、沼地のようになっていたり、途中からひどい道になった。

泥が飛び散る。しばらくいくと岩穴があった。

四つん這いで進めと書いてあった。虫もいそうだし、暗闇が続いている。

でももう一周は嫌だった。

「!」

暗くて土臭い。腹ばいは予想以上に進みづらい。

「つかまえました」

「え!」

「翔嶺君……」

「すみません手加減はできないんです」

翔嶺は申し訳なさそうに言った。

トンネルを抜けると、松明を持った天狗が立っていた。拘式神嶺だ。

その面がゆらゆらと照らされて不気味だった。

「もう一周追加」

「翔嶺は5分待機。いけ」

「なんなのー!!」

鈴璃はがむしゃらに走った。

「はあはあ……」

全速力で走り出す。

スタート地点に戻ってきた。

ぜーぜーと肺が音をたてている。

「45分。遅い。ペナルティーとあわせてもう4周だ」

「無……無理」

「おなかすいた……」

「5周にするか?」

「え、いや、いってきます……」

ひたすら森の中を走っていた。何度も翔嶺に捕まった。

勝てる気がしない。

「よし」

「終わりですか?」

「おまえは人間としての最低限の運動神経も使えていない。まずはそこからだ」

さすがに翔嶺も疲れたようで、息があがっていた。

「今から体術訓練だ」

「え?体術?」

「わたしはいいですけど、翔嶺くんを休ませてあげてください。毎日こんなことしたら」

自分も死んでしまいそうだ−−

「心配せずとも、翔嶺は無駄な動きはしていないほとんど疲れてはいない。今のおまえよりよっぽど強靭だ。人の心配より自分の心配をしろ」

神嶺は息子を酷使しても何も感じていないようだった。翔嶺も顔色ひとつ変えなかった。

とんでもない親子である。

「だがいいだろう。今日は俺が相手をする」

「え」

「構えろ」

拘式は容赦無く棒で鈴凛をボコボコにしていた。

それでもすぐ治っていく自分の体も憎い。

「今日はしまいだ」

4時半。まだあたりは真っ暗だった。

鈴凛はばったりと地面に倒れた。

「おつかれさま」

「さあ中に入って」

「肉まんもお食べ」

佳鹿がにっこりと笑う。

「傷ついた筋肉を増強するのよ」

鈴凛は佳鹿が作った大皿いっぱいの肉まんと野菜料理を食べた。

「おいしい」

ごつごつした手がよしよしと頭を撫でる。

「飴と鞭作戦ですか」

「そうよ」

わかっていてもなぜかうれしい。

「筋肉を鍛えるため豚も牛も鶏も入っている」

「名づけて強化肉まん」

優しいんだか、よりスパルタなんだかと鈴凛は思いながらむしゃむしゃと食べた。

「でも美味しい」

「ちょっとわたしは寝てくるわ」

「うん」

アーネストが入れ違いで入ってくる。

「朝食を用意しました」

だらしない格好を慌てて直す。

押し車に銀色の丸い蓋がたくさん載っている。

「ご用意いたします」

銀の三段の盆に小さなサンドイッチやケーキが並んでいる。フルーツの盛り合わせと、ふわふわのオムレツ、ウインナーやハム。クリーミーなコーンスープ。

焼きたてのパンのいい匂いがする。艶やかなサラダもついていた。

なぜあんなに肉まんを食べてしまったのか……。

「もしかして今後はここで朝食が食べれるの?」

鈴凛は急に元気になった。

「はい、蟻音様と交代でご用意しようかと」

「やったー! 戦姫になってよかった……」

「それそんなに重要なとこ?」

知った声がする。

「アーネストはよくイギリス風の朝食を作ってくれるんだ」

執事の背後に小さな姿が現れた。

「あれ?閃くん……?」

「まだ 起きてたの?」

「うん」

子どもは寝ている時間のはずだ。

「僕も八咫烏だから」

「そう」

「まだ寝ないの?」

「薬のせいで……あまり眠れないんだ」

「そっか」

アーネストが食器を持っていくと、二人きりになってしまう。

気まづい。病室ではあまり二人の会話はしたことがなかった。

鈴凛はあの部屋ではくつろぐことしか考えていなかった。

事実ほとんど彼のことは知らない。

「ありがとう……ございます」

少年は小さく言った。

「え?」

「未来妃を助けてくれたって」

少年はどこか不満そうに、もじもじと気まづそうに言った。

「ありがとうございます」

少年は鈴凛が戦姫になって、敬語を使っているようだった。

「今まで通りみたいに話して」

「ありがとう」

鈴凛は朝食に手をつけはじめた。

美味しいが、閃がいるので何だか落ち着かない。パンの風味がわからなくなってきた。

「僕の……唯一の……友達だから……」

「そっか……仙道先生の研究室でずっと一緒だったんだね」

「家出して八咫烏から逃げて、忌に襲われたってきいた」

「うん。ずっと戦姫になるのが嫌だったけど……それでわたしを助けようとしたのが未来妃だったんだけどね。生きようって思えた。だから刀が握れたのかも」

「全然、未来妃と仲良く無かったのに?」

急に棘がある質問が来る。

閃はあの病室で二人の関係に気がついていたのだ。

「あ……うんと……昔は仲がよかったんだよ。最近こじれてたけど……仲直りできたっていうか」

「そうなの」

「うん」

「未来妃に優しくないから鈴凛ちゃん嫌いだった」

毛利就一郎の弟だけあって、全く物おじしていない。

「そ……そっか」

「……ごめん、嫌な言い方だよね」

閃はふうとため息をついた。

「僕が……」

「僕がそうしたかったんだ……」

「え?」

「未来妃も家で居心地がよくないこと僕も知ってた。いつかいっしょに家出しようって言ったのは僕だ。いつかピンチの時助けるのも僕だと思っていた」

少年らしい可愛い発想だなと思う。

「でも僕は……僕はまだ子どもだし……体はまだ弱すぎて一緒に飛び出していくことはできなかった……だから未来妃は鈴凛ちゃんと……わかってるけど」

「未来妃のこと好きなの?」

つい可愛くて、からかってみたくなった。

少年が赤くなると思った。可愛い反応が見たいなと思った。

「!」

でも少年の態度は予想と違った。

「好きだよ」

挑戦するように鈴凛を睨んだ。

「!」

「……やっぱり」

鈴凛は大人の余裕でクスクス笑ってみせたが、内心閃の精神年齢の高さに驚く。このくらいの年であれば、そんなことは恥ずかしがったり、認めたがらないものじゃないだろうかと思った。

「鈴凛ちゃんは、未来妃のこと好きなの?」

スープを吹き出しそうになる。

「え?」

『鈴凛ちゃん未来妃に優しくないから嫌いだった』と少年の『好きだよ』と言った大人びて挑戦的な言葉が交錯する。

「……」

この好きなの?は、好きはいったいどんな意味を持っている?

異性として?人として?質問したのが自分なのに迷子になる。

鈴凛はこの年齢の少年相手にどう答えるべきか迷った。

「もちろん……好きだよ」

「いやその恋人とかそういう意味じゃなくて友達としてね」

こんな小さな子に説明するのに違和感を覚えながら、鈴凛は付け加えた。

「そう」

少年は賢そうに見返してくる。

「そっか。鈴凛ちゃんは女の子だから、僕が嫉妬するのは変だよね」

少年は異性として好きという意味で言っていたらしかった。

妙に子供っぽいヤキモチを、大人びて淡々と嫉妬という少年がこじれた性格をよく表していると思った。

「未来妃は今誰も好きな人いないはずだから」

「あ……」

思わず声が出る。

「なに?」

「なんでもない」

未来妃が拘式に惚れた瞬間が頭に浮かんだ。

「……」

鈴凛は少年の横顔を見て、申し訳ない気持ちになる。

言えるわけもない。

彼もいつか切ない失恋を経験するのだと思った。

「……」

少年は何も知らずあくびをする。その顔はやっぱり幼くて可愛かった。

「眠たいの?」

「ご用意できております」

アーネストが入ってきて声をかける。

「ぼくもうねるよ……」

「またね……おやすみ」

「待っておられたのです。戦姫様を見ることは坊っちゃまの憧れでしたから」

「戦うヒーローは幼子にはかっこよく映るものです」

アーネストが小さく言った。

「病気って?お母さんは?……そういえば病院で見たことがない」

「閃様は、原因不明の難しいご病気です。夏川さんとはまた違いますが。世界中の名医に診てもらっているのですが未だ車椅子が手放せず。母マリオン様は……未来を悲観され……自害されたのです。」

「!」

世界は厳しくできている。あの少年も少しだけ屈折してしまっているのには理由がある。

この世界は優しく無い。

鈴凛は改めてそう思うのだった。


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