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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
17/179

17話 百姫


「本当は着替えてからじゃないとだけど。時間もないからねい」

佳鹿が携帯電話をぱたりと折りたたんで胸ポケットへ入れた。

坂を登りきると、水上の丘に滲んだ神社のような神殿が見えた。いくつもの水上の建物が、渡り橋でつながれていた。まるで竜宮城のように揺れるその姿は、とても美しい。

大きな長い橋を渡ると、鈴凛が逃げ出した大殿が見えてきた。

白い木で作られた社。幾重にも重なる白い鳥居。真っ白な衣がはためいていた。

「これよりは神域にございます」

真っ白な装束を着て顔を隠した女たちが、ひざまずいた。佳鹿は心得ているようで、ぴんと背中を伸ばして中へ入っていく。

「わたくしは入れません。人間は宮司と花将のみ入れます」

末兎が言った。

「……」

まだ、あの光が漏れていた母屋で、御簾(みす)がゆっくりと流れていた。

何も変わらない。ここを走り去ったあの時と……。

「神の御前です」

「きかれたことのみに簡潔にお答えください」

「……はい」

「やはり戻ってきた」

あの黄金の君と新幹線で鬼を切った少女が座っていた。

「……」

奥にはもうひとつ影がある。

それはあの鈴凛を死から掬いあげた天女だとわかっていた。

鈴璃は再び宮の中心にある、母屋に足を踏み入れることとなった。逃げ回っても、遅かれ早かれ、ここにたどり着くことになっていたのだと思った。しっとりとした木の柱も、ここを去ろうとしない怪しげな霧も、以前のままだ。

「勝手にでていって……申し訳ありませんでした」

鈴璃はとりあえずそう言って御簾の向こうをみつめた。

御簾がゆっくりとあがった。そこにはあの不思議な少女が、以前と変わりなく背筋をぴんと伸ばして座っていた。まどろむような香が鈴璃を誘う。幼い少女には、不思議な魅力があった。華やかでいて、儚い乙女は仄かに微笑んだ。肌は陶器のように白く、その目鼻立ちも、どこか人形のように美しく、どこか特徴がなかった。

「わたしはいったいどうなったんですか?」

鈴璃は俯いてつぶやいた。制服のすそを握った手に、力がこもる。

「そなたは、わらわが与えた血によって、特別な存在となったのです。」

「わからないことだらけ。あの生き物が何なのか。どうしてわたしを殺しくるのか。それにあの指輪や腕輪がないと、眠れないことも。傷がすぐに治るのも。それにあの霧の温泉街での事」

鈴璃は混乱しつつも、月館宮を飛び出してから時間がたっていたからか、思ったよりも平常心でいられた。時間が解決するとはこのことだ。信じたくなかった事実を今、受け入れようとしている。

だんだんと人間は何事にも慣れてしまう。

「お話いたしましょう」

少女はその小さな口を動かした。

「……。」

「まず、列車にてあなたの命を狙った穢レし者を、我々は、忌と呼んでいます」

「いみ……?」

「あれは黄泉の穢レに堕ちた人の姿なのです」

「人の心の恐れが肉体に受肉したもの」

「あんなもの、見たこと無い。あれは人を襲って、変な幻覚も」

「神籬の柱を失ったしまった者が、神籬も現し身も穢レに渡してしてしまったもの」

「神籬?」

「簡単にいうならば心です」

「じゃああれは心を失って何かにのっとられた人間ってこと?」

鈴凛は心が死ぬなんてことはこの世界にはざらにあると思っていた。そんな人々が全員ああなっているとは思えない。

「彼らは遥か昔から、確かに存在していました。鬼と呼ばれたり、妖怪や怪獣、悪魔として」

「人には太刀打ちする術はありません」

「ただ稀にあらに対抗しうら力を持つものがいた。彼らは巫女や祈祷師、霊能力者などと呼ばれました」

「霊能力者」

鈴璃は影姫の力を思い出した。

「彼らはそれぞれ法則を超えた固有の特殊な力を持っている」

「そして」

「黄泉の力。人知を超える力。それを持つ者たちは……」

「我々、神の阿世への耐性がある」

白月は小さく呼吸を置いた。

「あせ?」

「血です」

「我らは黄泉の力がある女子たちに、阿世を通して神威を授け、忌を狩ってきました」

「待って、待って」

「わたしには特別な霊能力なんかなかった」

「あなたは、拘式谷で忌の際で蘇り、八岐大蛇の首を落とした」

「……それはあなたたちのせいだと思っていた」

「あなたは死ぬまでその力にきがつかなったのかもしれません」

鈴凛は全然納得いかなかった。

「……あの化け物は何?どこから来たの?」

「八岐大蛇」

「我ら……神をも超えた破滅の荒御魂」

「あれは、この葦原、天……全ての呪われた破滅の力、そのもの。永遠に満たされず命と魂をほどき続ける」

「あれを止められるのは全ての道理を超えた隠世の力だけ」

「かつて……素戔嗚は櫛灘のその力で、八岐大蛇の首を落とし、あなたと同じように拘式谷へ封じたのです」

「!」

スサノオ。その響きはきいたことがあった。


 ヤマタノオロチをときはなて


鈴璃はふとその言葉を思い出した。

「あの時、金色の化け物の仮面の子は、あれを解き放って……」

「陵王は、あの拘式村の泉へ捉えていた八俣遠呂智を放ちに来たのです」

鈴璃は益々、混乱に悩まされた。

「解き放つ?あんなものをなぜ??」

「今、あまりに多くを語っても、一度に理解できぬでしょう。」

「……。」

「ただ、そなたも知ってのように、そなたは、もはや外界で今までのように、生きることはできません」

どこかでわかっていたことが頭に鳴り響いた。

わたしは、もう、人間じゃない。

「そなたはもはや、歳をとることができないのです」

「……ど……どういうこと?」

鈴璃は目を見開いた。

「あなたの体には神の血が流れています。」

「神の青い血と、人の赤い血が、混じり合った血。」

「そなたの体は、半分が神。血を受けると、時が止まってしまう」

「つまり……」

「不老ということです」

「あなたはそして蘇った。もしかすると……」

「あなたにいたっては……特別な黄泉の力によって、不老不死かもしれません」

「不老……不死……?」

「あなたは蘇った」

鈴凛は信じられなかった。

誰も通ったことのない道にぽんと送り出された気分だった。

「でもだからといって最強ではないんだよ」

照日ノ君が久しぶりに発言してにっこりとした。

「……守らねばならないのは、現し(うつしみ)より神籬(ひもろぎ)だ」

「ひもろぎ?」

さっきから彼らは心を特別な名前で読んでいた。

鈴凛は色々な話をきいていると、乗っ取られるだの、大事なのは心の方だの、彼らが体は単なる乗り物のように考えているように思えた。

「現し身は現実の体のこと、神籬は精神のこと。つまり心だよ……心より大切なものはない」

「現し身は単なる神籬の宿木のようなものだ」

黄金の君は言い換えてなお不思議なことを言った。

「心……?」

「そう。心を壊せば体も動かない」

「……でもわたしの体は、わたしの心を空に放り出して勝手に動いてその八岐大蛇とかいうのを倒したんですよね」

鈴凛はなぜかこんな緊張する場であるべき場なのにそんなことを言い返してしまっていた。

照日ノ君は一瞬面食らった顔した。

「確かに。そうだったね。おまえは特別かもしれん」

影姫が呆気にとられた顔で鈴凛を見ている。

「……」

「とにかく下界では、もう普通に生きられないってことなの。わかった?」

影姫が嫌悪の表情で言った。

「あんたの存在は社会的に抹殺され、百姫として生きるの」

「神に仕えるのよ」


神に仕える?


未来妃が言ったセリフが返ってくる。


これからは自分の欲望のために生きるの。


生きて出られたら二人分青春するの。


ダブルデート、それって最高じゃない?


わたしはまだ……

鈴凛は震えた。

まだ何もしていない。

未来妃とどの約束も果たしていない。


神に仕える?


それはつまり源鈴凛の想いや願いは永遠に葬られるのだ。

「……」

鈴璃は信じられなかった。

あれほど嫌だった源鈴璃の人生や時間がとても大切に思えた。

未来妃との思い出も、如月周馬への恋心も失われてしまう。

永遠に無かったことになって、忘れてしまう。

「ではこれにて……」

ここで声をあげる勇気がないなら−−

「あの!!!」

鈴凛の声が響き渡る。

「……!」

一同が固まる。鈴凛が遮ることを誰も予想していなかった。

全員がこちらを見ていて緊張した。

「わたしが……人間じゃないことはわかりました!」

妙に自分の声がうわずって、部屋に響いている気がした。

「永遠に神に仕えるということも」

鈴凛がしゃべりだして場が明らかに凍りついている。

空気が恐ろしかった。

「……」

太陽の君の金色の目が試すようにこちらを見る。

嫌われたらどうしようと言う気がしたが、すぐに、もう話しはじめてしまった。やっぱりなんでもありませんなんて、余計に言えない。

後戻りはできない。もう、どうにでもなれ、という気になった。

鈴凛は勇気を振り絞った。ここで食い下がったら、死ぬまでどころか、死ねないのだから、永遠に後悔しつづける気がした。

「ひとつお願いがあります」

「?」

「黙りなさい神の御前よ」

見かねて影姫が冷徹に言った。

「でも」

「神の御前で、不敬にも程が」

影姫がまた睨んだ。

「よい、言ってみなさい」

照日ノ君がそう言って、一層、場が凍りついた気がした。

「わ、わたしはまだ源鈴璃としてやり残したことがあるんです。何もやってないんです」

「ちょっとあんた調子に乗って……」

影姫が立ち上がる。

「影、やめなさい」

「百つづけなさい……」

「あの時、死ぬってわかって、まだ何もできてないことがわかったんです」

「ほう」

「それに大切な人が気づかせてくれたんです」

「普通の女子高生として、源鈴璃としてやりたいことも、伝えたいこともまだあるんです。今まで逃げてきたけど、もう一度やってみたいんです。うまくできるかわからないけど」

「学校も友達も家族も恋も逃げてばかりの後悔ばかりだから、もう一度だけ、源鈴凛を一生懸命生きてみたいんです」

「なにを馬鹿なことを」

「戦姫としての仕事はします。でも」

「でも?」

「高校を卒業するまで……あと二年間だけ、待ってもらえませんか?まだ『源鈴璃』をわたしから取り上げないでもらえませんか?」

影姫はひきつっていた。

「このグズ! いい加減に」

「影、妹には優しくしなさい」

今度は強く照日ノ君が言った。

影姫は赤面して小さくなる。

「どうして?」

太陽の君が囁いた。

「下界にいるおまえの周りの人間はおまえを虐げていたときいた」

「……それは……そうじゃない人もいて……」

「うまく説明できないんですが」

「説明しなさいよ」

影姫がイライラとして言った。

「見方が違っていたこともわかって……うまく言えないんですが……」

「……」

一同は鈴凛の言うことに聞き入っていた。

「学校も家族も友達も恋も勉強も」

「わたしは」

「わたしは……」

「わたしは……」

うまく言葉にならない。未来妃との約束を果たす。それは、それはつまり、それはつまり……

「青春がしたいんです!!」

鈴凛の妙にバカっぽい明るい声が響き渡った。

「……!」

一同は凍りついた空気から呆気にとられた静けさになった。

「青春……」

「青春……?」

しばらく時間が流れた。

「青春って……あの下界の若者たちの……」

「なるほど、ははは」

照日だけが一瞬固まった後、美しい笑声をあげた。女たちは、一緒に笑うことができず全員が顔面蒼白になっている。

「何を馬鹿なことを……」

影姫はようやくそう言った。

「あんたが遊ぶ時間なんて、どこにも」

「百、おまえは本当に面白い子だ」

「みなさんが命懸けで戦っているのはわかってます。でも、すみません。大切な友達と約束したんです」

「はあ?」

「その子との約束は守りたいんです」

そして鈴凛はうまいことを思いついた。

「じゃないと集中して戦えません。大切なお役目も果たせません」

影姫は怒りに震えていた。

「大事なものに気がついたんだね」

照日ノ君はふっと笑った。

「死を目の前にして、そなたの場所がいかに尊いことか気がついた」

「はい」

「そんなもの!自殺しようとした餌だったくせに!」

影姫が叫んだ。

「黙りなさい影」

太陽の君は少しだけ考えて、にっこりと笑って顔をあげた。

「よい」

「照日の君?」

「よいではないか」

「戦姫の修羅の道は、死が目まぐるしく過ぎていく。生死それが全てに思える」

「……」

「でも生命とはそう、確かに時なのだ」

「ただ、ただ儚い貴重な時なのだ」

「影おまえは一番若い戦姫だ。おまえより昔の戦姫たちは、みな喜んで戦姫になったな」

「はい……」

「だが」

「時代は変わったのだ。それもよき方へ」

「!」

「よき方に……で、ございますか?」

影姫がまったく賛同できない消化不良を堪えてぎくしゃくとして言った。

「戦争も飢餓も無くなりつつある。以前は戦姫に選ばれた娘たちは苦しい境遇からやっと救われた、特別になれた、と言われることはあっても、まだその場で人間を頑張りたいなどという娘はいなかった」

「これは我々の成果の証拠なのだ」

「……」

「影、そうなのだ」

「は……い……」

「はじめての試みだが……」

照日ノ君がうーんと考えている。

白月がひさしぶりに口を開いた。

「人の時を……人の生を全うしたい……その願いを守りたい……その願いを叶えるために妾たち神は存在する」

「!」

影姫以外は心が揺れ動いたようだった。

「わたしは遥長い時を生きてきましたが……長く生きようとも、同じような時代はありません。同じ時代は巡らないのです。同じ時はどこにもない。そなたの言うとおり、そなたの人間の名の、その時代の、生き様は、本当は尊いものなのです……」

一同がしんとなる。

「影、考えてもみなさい」

「我々はそういう人の尊い時を作るために戦っているのだ。奪ってはもともこもない」

「それは−−」

「我々は今、もっとも良き時代を築けたのかもしれない。一人の少女が、自分の人生をもっと味わいたいという時代に。我々が長らく戦って、世界を良くできた証拠ではないか?妹の気持ちを喜びなさい」

「御心のままに……」

「もちろん照日ノ君がそうおっしゃられるのならば影は……」

「……」

「人の時を猶予することを許そう」

鈴凛はほっとした。

「約束通り二年間だけだ。そして並行しお役目を果たすこと」

「おまえの姉姫たちの苦労を考えると、これ以上は許せない」

「それにおまえはもう、そうはいっても、人間ではない」

「わかりました。ありがとうございます」

「おそれながら……」

鯨山が恐縮して小さな声をあげた。

「……そのような並行生活には、隠ぺい工作に多くの資金も人手も必要になります……」

鯨山が小さく言った。

「そうだな……。ああ、拘式谷を秘密裏に生かすのにかかっていた莫大な財が、今後は余るだろう」

照日ノ君が思いついたように言った。

「!」

「それも百姫のおかげだ」

「……」

「そういえば、西の猿公が名をあげているときいた」

「八咫烏……毛利一族がそなたを餌にしてしまった詫びを何かしたいと言っていた。ちょうど良い。西国でこのまま並行生活の面倒を見させよう。毛利家の負担で」

「かしこまりました」

「しかし、前代未聞の試みゆえ……不足勘定が」

「鯨山」

照日ノ君が老婆を困ったように見た。

「それでも……不足が生じた時には、わたしの懐から出すがいい」

一同が絶句する。

「かしこまりました」

「しかし……そのようなことは異例で……」

影姫が悔しそうに歪んだ顔になっていた。

「影、もちろん番付にズルはなしだ。安心しなさい……」

「……」

「勘定のことは、わたしから布刀玉に言っておく」

「!」

「かしこまりました……」

対照的に鯨山は仕事上の懸念が消えたのか、朗らかな顔になって笑う。

「それに、拘式の烏天狗たちにも会っただろう?拘式谷が崩壊し、烏天狗たちもお役御免になって、生き残った優秀な烏が2匹、毛利に引き取られている。彼らもそなたを餌にしようとしたのは同罪だ。おなじくそなたの面倒を見る仕事を与えてある」

「昼夜をうまく組む必要もあるだろうから、IUからももう一人よこすよう、狼露(ロロ)に言っておく。佳鹿、人選はおまえに任せよう」

「ご配慮いただきありがとうございます」

「どのような戦姫になるのか楽しみにしている」

「ありがとうございます!」

「もう下がってよい」

「今宵は霧姫の葬儀だ。もう幾分も時間がない」

「したくしなさい」

部屋から退出する際、影姫がぎろりと睨んできた。

「あの……なんか……すみなせん……」

鈴凛は目をあわすことができず、畳のはしを見ながらうじうじとそう言うことしかできなかった。

「あんたみたいなのが戦姫なんて、わたしは認めない」

影姫は鈴凛を睨んで身を翻す。

「!」

「行くわよ!技蛇。棘姫様がお待ちだわ」


       *


鈴凛たちは神宮を出て広い渡り廊下まで戻ってきた。

「ふう……」

なんだか勢いですごいことになった気がする。

鈴凛は深呼吸した。

「ちょっとおおおおおお!」

「わ!」

佳鹿が急に大声をあげてバシリと背中を叩いたので、鈴凛はどくりとした。

「あんたってば! 見込みあると思ってたけど、とんでもない子だったのねぃ! 根性あるじゃない! 天照大神にワガママを言うなんて!」

佳鹿は急に大笑いした。

「さすが世紀の駄々っ子ねい!」

「お、お静かに!」

末兎があせる。

「え……というか……中で何が」

末兎はひきつってぎょっと佳鹿を見た。

「この子ったら天照大御神に青春したいって注文つけて、影姫の火山が何回噴火したことか! 技蛇にいたって、はずっと口が開きっぱなしで、肉まんつめこんであげたかったわよ!こんな面白いこと、アル?」

佳鹿がアハハハハハと大声で笑う。

「天照大神に……?」

末兎は固まった。

「そうなのよ!」

「あまてらすおおみかみ?」

「照日ノ君のこと?」

「まさか、その名をご存じないのですか?」

今度は末兎がショックを受けていた。

「いや、えっと、なんかきいたことありますよ。神社の神様でしょ」

末兎はショックで顔面が固まっていた。

「下界は……なんと不遜な世になってしまったのでしょう……この国の神と世の成り立ちも教えずに……」

「教育から外されているの。太平洋戦争以来ね知ってるでしょう」

「だからって下界にも神社はありますし」

「まあそうだけど、今となっては右翼っぽいし、天皇だの神社だの崇拝することは、タブー視されているわ。日本国旗だって祝日にもかかげてない」

「米国の功罪にございます」

末兎が憎々しげに言った。

「日本が勝手に神の威を戦争に使ったからでしょう?」

「!」

末兎が固まる。

「それは中国の偏見です」

「神風とか粋がっちゃって、それで南京の罪のない民を虐殺なんかして」

佳鹿が中国人なのだということを改めて思い知らされる。

「それは」

「あの時は、米国のほうが正しかった」

「確かに日本は神の国。でも日本人は神の民ではない」

「神が五十鈴川を気に入られただけ」

「日本人が優秀なわけでも、選ばれたわけでもなんでもない」

「土地がよかっただけでしょ。高天原だって」

「……」

「だから天照大御神は、太平洋戦争の時も、日本に肩入れしなかった」

末兎は怒りに震えていた。

「おかげで西欧館が勢いをまして、高天原の文明開花も進んだわよ」

「……やめましょうこの話題は、埒があきません」

「とにかく……わたしが言いたいのは、下界が不遜すぎるということです」

「そんなに変かな。他の子もそんなもんだと思うけど……」

「変よ。だって、イギリス人がイエス・キリスト……って誰だっけ?何した人?って感じみたいなもんでしょ? ありえないわよ他の国じゃ」

佳鹿がやれやれといった風な顔をした。

「偉い神様なのは、わかってる」

鈴凛は無駄な言い訳をする。

「ほほほ。ほんとなんて愛すべきバカなの。青春が大事なんて言うなんて。昔なんて神風がなんとか言って、天照大御神の名のもとに神風特攻とかしてたのに……あんたを見たら、昭和の日本人たちは、気絶するでしょうよ」

「……」

「昔のことはわからないけど……だってまだ何もしてないから。したいこといっぱいあったことに気がついたから。いや気づくチャンスをもらえたから」

「ま。とにもかくにも、感謝なさい。特別対応にもほどがあるわよ。たぶんアンタは照日ノ君に気に入られているわ!」

「そうなの?そうかな?」

「わたしの目に狂いはナイわ!」

「わたしって……実は……可愛いの?」

鈴凛は純粋に疑問に思って、佳鹿に向き直る。

そういえば、未来妃も可愛いと言っていた。

「いいえ。貧相な小娘よ。目は離れ気味だし、唇は薄すぎる」

佳鹿は首を横に振って真面目に言った。

「はっきり言い過ぎ……もうちょっと何かあるでしょ」

鈴凛はがっくりと項垂れる。

「影姫を見たでしょう?ほかの戦姫もみんなセクシー&ゴージャスよ」

「ないわね」

この世界で自分が特別な美人とは思えない。しかし待てよと思う。高天原には美人しかいない。もしかしたら、この天空の島では、他の人たちが美人すぎて、逆に鈴凛は自分のようなたいして美しくない顔が珍しいのかとも思った。

それ以外自分が気に入られる理由が見当たらない。

「でもあなたが照日ノ君に気に入られているのは、間違いないわ」

「また一度持ち上げて、落とす気……?」

「慰めじゃないわよ。わたしのスーパーな分析……しなくてもわかるわよこんなこと。だってこんな特別待遇に、モモなんて愛らしい名前をもらってるんですもの」

「それは、そうかもしれませんね」

末兎が言った。

「え?名前ってそんな大事なの?」

「この女をみなさいよ、こんなに若いのに権宮司なのよ」

「名前に兎がついてるからでしょ!」

「兎?ああ、マトのトって兎なんですね」

「違いますよ! 実力です! いや、百姫様、漢字はあってますよ」

「兎は神聖な動物だからねぇ」

「兎さんが……」

「え?因幡白兎知らないの? そりゃそうね天照大御神を知らなかったんだもの」

「……」

「とにかく名前は大事よ、神々から賜るのよ。あなたの広告表示でもあるわ。修羅番付にも乗るんだし」

「尸姫とか、蘇り姫とか、死体姫とかじゃなくてよかったわね!」

「そんな名づけを神々がなさるはずないでしょう!」

「モモって、そんなに良い名前なんですか?」

「超良いわよお!桃の節句というように、愛らしい女の子ということを意味するのは一目瞭然よお! かつて黄泉平坂でイザナギノミコトが桃で魔を払ったと伝承にあるように、ここでは桃は特別な意味を持ってる。ひな祭りだって桃の節句でしょ」

「モモ……」

「いちごでもメロンでもなくて、桃よ!」

「100番目で、百、ももって言ってたような」

「いくら100番目だからって、そんな名前つけないわ。他の戦姫だって、番号になんかちなんでないんだから」

「そうなんだ……」

鈴凛は少し嬉しかった。窓のカビのような鈴凛を見つけ出してくれたような幸福感が満ちる。あの五橋から落ちた時、抱き止めた腕を思い出す。

見守られているような幸福感。

自分が特別であるかのような幸福感。

「しかし戦姫たちがどんな顔をするか見ものだわねえ……」

「刺姫なんかさぞご立腹でしょう。影姫があの勢いでさっそくチクリに行ったわよ刺姫の薔薇宮にね」

「え?」

「だってあなただけの特別待遇なのよ、この女の園で。一番下っ端で貧相なのに。『可愛い女の子、モモヒメ』なーんて名前までもらって。おまけに照日ノ君のポケットマネーまで。想像つくでしょ?」

鈴凛はぎくっとした。そこまでは考えていなかった。

「しかもいわくつきの羊杏なんかを独断で華子に決めて」

「生意気の、でしゃばりの、ぶりっこ……のグズの……なーんて今頃罵っているでしょうねえ」

「それはあなたも一枚噛んでたんでしょ?」

佳鹿は不敵な笑みを浮かべた。

「あら、鋭い返し。いい感じに息があってきたわねえ!」

「……はあ……わたしやっていけるのかなあ……」

「ま、だいたい人間の時に一度死んで、蘇って八岐大蛇を封じたなんて、華々しい異端児デビューだから注目の的よ!出る杭打たれましょう!」

「それは……」

いつもながら自分の考えの甘さに嫌気がさす。

「あら、話している場合じゃ無い。もうこんな時間。花葬に間に合わないわ」

「急ぎましょう」

「さあ宮へ、急ぎましょう」

水上の渡り廊下を歩いていくと、幾つもの建物が複雑に繋がれた建物の群れが見えてきた。

「あれは?」

「四季御殿です」

「四季御殿?」

「戦姫様方の住居にございます」

一番真中に大きな建物が小山の居城のように建っており、庭があるのかところどころに森林が見えた。その周りにたくさんの豪華な朱色の建物が集まっている。

中心の山からは美しい庭とともに湯気が立ち上っていた。

壁から黄金の枝が張り出している。白い小さな実がすずなりになっていた。

「みたことない植物な気が……てかあっちは林檎であっちは葡萄??」

「実の間に何か変なものが」

「あれは蓬莱の玉枝です」

「ほうらい?」

「真珠のような実をつけます。実は冷たく甘い。そしてぱちぱちと弾けます」

「???」

「そして宿した物の実をつけるのです」

「え……それって

「高天原には下界にはない動物、植物がたくさんあるのです」

鈴璃はなぜそんなことができるのか気になったが、末兎が次々に説明した。

「姫様方のお住まいである姫宮は春夏秋冬の四つの大廊下から張り出した、それぞれの戦姫の姫宮と、東西南北の十字路で連結されております」

田んぼの田の字のようなものを空に書いた。

戦姫様方の館はそれぞれ四季の通路に季節の草木名を割り当てられ張り出した形となっております」

「中心の四季楼は戦姫様方がお集まりになり、みなさまで食事や宴、湯を楽しむ場所にございます。常に春夏秋冬のお庭がございます」

末兎が指さした。

「それって……竜宮城みたいな?」

「浦島の話はここの話が漏れ出たのでしょう」

「常に四季ってどういうこと」

「いずれわかりますよ。建物の構造は丁度、田園の田字の周囲に姫宮が散らばる構造になっており、その中心が四季楼ということです。四つの四季が漏れ出るため百姫様の庭は常に春なのです」

末兎が捕捉した。

「四季楼は、姫宮の中心にある巨大な岩石の上に作られた楼閣で、上から、四階は展望の間。一番高く、この月館宮を見渡せる場所にございます。三階が宴や会議場に使われる広間。二階はお食事を出す料亭。一階は湯屋でございます。周囲に七種の湯が湧き出ており、それはそれは美しい四季の庭が作ってございます」

「温泉……はじめて入るかも」

「覚えてないと思うけど、朦朧とした頭で拘式谷で多分……入れられてるわ」

「嫌なこと思い出させないで」

鈴璃たちは姫宮の春の廊下に入った。

一番目の建物から驚かされた。

「すごい……」

赤塗りの建物がずらりと軒を連ねている。

どれも立派な和風建築の建物である。

「こんなに大きなそれぞれの家があるの?」

「そうです。東西南北を囲う廊下を進めば、ぐるりと戦姫のそれぞれの島が張り出しています。それぞれの姫宮から伸びている橋の先にある建物は、ひとつひとつが戦姫の個々の姫宮でございます。こちらでのお住まいにございます」

「本当にそれぞれ家があるの?すごい……」

鈴璃は目をしばしばさせた。いったいこの宮殿はどれだけ大きいのだろうか。

「ここだ。」

佳鹿が墨で桜が描かれた襖のまえでとまる。桜の紋がえがかれた幕が垂れ下がっており、入口には桜が大きな壺に活けてあった。

「稲姫様が手伝ってくださると言っていた。支度してもらいなさい。わたしはちょっと大殿の脇にある検非違使所に野暮用があるのよお」

末兎と佳鹿は行ってしまった。

「あのう……」

声が広すぎる玄関に響く。

中に入ると、濡れたような滑らかな石畳が三畳ほどもあって、側の大きな壺に巨大な桜が活けてある。小上がりをあがると、両側の漆喰の壁に細かな美しい木細工の欄間、雲や月の形にくりぬかれた下地窓が玄関にしつらわれていた。正面の襖には金箔を贅沢に使った桜の絵が描かれた巨大な襖が六枚並んでいる。

「これどこまでが……玄関?」

「おかえりなさいませ!」

ピンクの影が飛び出してくる。

「わあ」

見違えた少女が座っている。

もともと可愛らしい顔立ちだったが、朱色と黄色の着物と飾りをつけた七五三のように可愛らしい格好をした羊杏は飛び抜けて美しい子だった。

頭に先ほどの金色の桜のかんざしをしている。

「なんて可愛いの羊杏ちゃん……」

「ありがとうございまする。羊杏久しぶりに頑張って、おめかししたのでございまする」

「ささ、奥へ。先にご案内しましょう」

羊杏は奥の扉を開けると、鈴璃は思わず声をあげる。

美しい日本庭園が広がっていた。流れるような川に池。ししおどしがたまに音をたてている。両側には黄色や白ピンク色の満開の桃の花が何本も植えられており、美しい桃色の花弁が黄緑のやわらかい苔の上に音もなく落ちていた。

中心には巨大な桜の木が植えられており、枝には満開の薄紫のフジが巻き付いている。

うぐいすが鳴いた。

「幻みたい」

花園の屋敷。春を閉じ込めた庭だった。

白昼夢かのように花が咲き乱れている。藤と桜が同時に咲いているのも見たことがなかった。これも神の魔法か誰かの力なのだろうかと思う。

「さあどうぞ」

鈴璃を外にかかった橋へといざなった。

大きな木造りの建物だ。

「あちらが二間の客間になります」

畳が十畳の間がふたつ横に繋がっていた。美しい欄間があり、すみのほうに提灯が置かれている。そこを通り抜けると稲姫がまた障子を開けた。

「わあ……」

「廊下を挟んで、奥にもう二間ございまして、一番奥が湯殿になっておりまする」

目をしばしばさせる。

「自分の家にもお風呂があるの?」

「はい。もちろんでございまする。廊下にある突き当りの戸は水上に繋がっており、船がつけられるようになっておりまする。」

「船?え……これ……全部わたしの?」

「ええ。百姫様の桃ノ宮でございまする」

羊杏はにっこりと笑った。

「さ、戻って支度をしましょう。」

二人はもとやってきた姫宮の一の間に戻ってきた。




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