22話 なぐさめの会
いつから?
なんでよりにもよってこんな時に−−
鈴凛が驚く使用人たちを尻目に屋敷の玄関を飛び出して行こうとした時、毛利就一郎と雨狼がちょうど屋敷を出ていくところだった。
「!」
取り乱した様子を見て、二人が何かを悟った顔をしたような気がした。
「!」
毛利就一郎と雨狼が小さく目配せしあう。
「知ってたの……? 知ってたのね」
鈴凛はそう言いながらも信じられない気持ちで二人の男を見た。
色々な考えが巡る。
なぜ黙っていたのか。
それはローガンが戦闘員として優秀なため?
それとも男同士の理解みたいなもの?
それともわたしが耐えられないと思ったから?
「あー……ついに露呈してしまいましたか……」
毛利就一郎は苦笑いして頭の後ろをかいた。
「……あなたたち……」
鈴凛は声がわなわなと震えた。
あの街での立ち話は—そのことだったのか?
ローガンの気まずそうな顔がフラッシュバックする。
あの未来妃を追いかけている時、街のパブ前でたむろしていた雨狼と毛利就一郎とローガン。実はベスとローガンがデートでもしているところを、雨狼がみつけたのかもしれないと鈴凛は気がついた。
「みんな……いつから知ってたの?」
鈴凛は恥ずかしさと情けなさと、怒りと感じたことのないほどの暴風が心に満ちた。
「なんらかの理由つけて解雇しようとしてたんですけど」
それには答えなかったが、話ぶりからして毛利就一郎はずいぶんまえから知っていたのだと悟る。
「なんで……」
「あんまり怒るとよくないですよ、男なんて浮気する−−」
鈴凛は気がついた時には、グーパンチで毛利就一郎をぶん殴っていた。
ごっという音がする。
「ぐあ」
「なんで−−!!」
「とりあえず明を摂取したほうがいいですね」
毛利就一郎がスーツの胸ポケットから注射器を取り出そうとするのが見えた。
「やめて!!」
鈴凛は毛利就一郎のむなぐらをつかんで、それを奪い取ると、放り投げた。
「あなたたちはわたしのことなんてほんと」
雨狼が鈴凛の両腕をつかんだ。
「落ち着いてください」
「やめて雨狼!!」
「なんで!!」
鈴凛は両腕を拘束されてただ足をバタバタとさせていた。
「わあ……手がつけられない……」
毛利就一郎は地面にしりもちをついたまま、目をしばしばさせて冷静にこちらを見ていた。
「百姫様」
「離して!雨狼!」
ローガンたちが追いついてでてくる。カーターたちもでてきた。
「……!!」
鈴凛は何もいうことができない、ただ涙目でローガンをにらんでいた。
「いや……その……これは……」
ローガンが小さく言った。
「鈴凛、ちがうんだ」
「ローガン、往生際が悪いわね……」
ベスが涼しい顔で肩紐を直しながら言った。
「どうしたの?」
最後にジャックがとソルアがレゴを手に持ったままでてくる。
ジャックが心配そうにかけよる。
「鈴凛ちゃん……大丈夫?」
「……!」
くうっと喉でただ音が鳴った。
鈴凛は必死に溢れ出す何かを堪える。
「……なんでもないよ」
鈴凛は必死に笑顔を作る。
それでも涙が溢れそうになっていた。
「どうしたんだろうね?……ほんとに……」
ソルアはちらりとこちらを見ると、クスクスと笑っていた。
「いきましょう」
雨狼に肩をかかえられて、鈴凛は屋敷へ戻った。
*
鈴凛が毛利就一郎に注射を打たれるのを冷たい目で雨狼がみている。
鈴凛はあのあと、無理やり雨狼の部屋に連れて行かれた。
「まっっ……まじっっすか?!」
事実はメンバーたちに説明せざるをえない状況になった。
ベスとローガンをのぞいて、メンバーが鈴凛のまわりに集まっていた。
シャオランは頓狂な声をあげて驚いた。
「あの二人が?!」
哀も驚いていた。
「まじかよ」
「……」
「しゅ……修羅場、見逃した……」
シャオランが肩を落とす。
ソルアがくすくす笑った。
「戦姫は修羅の道……の最高のシーンだったよ?」
「戦姫の男をとるなんて……ベスのやつ、やりやがるな」
哀は困惑しつつも、どこか感心したように言った。
「処罰がこわくないんっすかね」
シャオランも言った。
「みさかいなく人のものが欲しい最低な女性なのでは。そういう人は一定数います。戦姫様がたが全ての人生をかけて世界のために戦っているのに」
間狸衣はなんとなく勘づいていたのかもしれない。
「だから嫌だったんです……バイソン家の者を入れるのは」
BBの一族のことを指しているらしかった。
「ローガンさん無駄に優しいからなあ……」
シャオランが考えるように言った。
「戦姫が人間の男と結婚するのも、前代未聞でしたが、その男が自分の花将と浮気するなんてもっと前代未聞ですね」
毛利就一郎がはははと笑う。
「おまえら知ってたなら、なんで黙ってたんだよ」
哀が毛利就一郎を睨む。
「……」
雨狼は返事をしなかった。
「百姫様には、その真実は耐えられないと思っていましたので」
毛利就一郎が注射を終えて、ガムをかみはじめる。
「くっだらねえ。そんなもんいつかバレるだろ」
「実際のところ、ベスさんはどうでもいいんですが、ローガンさんってけっこう優秀なんですよね。器用で何でもできるし、何も知らない他の軍人にも顔がきくし、人当たりもいいしハードで命の危険をともなう肉体労働も文句をいわずやってくれますし」
「そういう視点しかないんですか」
「雇用者としては、使う人のそういうところが一番気になりますね、女性を傷つけていようが、そういうことはこちらに害はないので。実際器用だからうまく隠せてこれたんでしょうし」
「……」
「殺せばいいじゃん」
明るい声が部屋にぱっと響いて、一同がおののく。
ソルアが鈴凛の後ろまできて、後ろから腕をまわした。
きいたこともないような猫撫で声で鈴凛に囁いた。
「殺しちゃいなよ?」
「……!」
「ねえ」
「……」
「だって悪いのはあいつらでしょ?」
「……」
邪悪な声で耳元で囁さかれると、本当にそうするべきなような気がしてくる。
そうすればこの苦しみは消えるのかもしれない。
「やめろやめろ。邪悪なゴラムめ」
哀がそれを遮って、目の前にたつ。
「……」
ソルアはそれを聞いて固まった。
「ゴラム?」
「おい鈴凛」
哀がそのすきに鈴凛の目の前にしゃがむ。
「……」
哀がじっと目を見た。
「泣くな」
「……」
「泣くなよ」
「……哀……」
哀が肩を手に置いて、真っ直ぐに目をみてそう言われると涙が急にあふれてきた。
「うあああああああああん」
鈴凛はみんなの前で大声をあげて泣き出してしまった。
「うるさ……」
ソルアが頭を抑えて離れていった。
ぎゅうっと哀が抱きしめてくれると、鈴凛はただ泣いていた。
「……」
「こうなったらどっちもクビにするんですよね?」
「ですかね」
シャオランがきまずそうに言った。
「僕は彼らをクビにするのはやめたほうがいいと思いますがね」
「なんだと」
「!」
「高天原で体裁が悪すぎるでしょう?」
「神の花嫁である戦姫が、大恋愛だと特別に人間の男と結婚させてもらったのに、自分の花将と浮気されて、どちらも自分でクビにしたなんて」
「!」
「わたしなら恥ずかしくて生きていけない」
「黄猿様!」
間狸衣が毛利就一郎を睨む。