21話 発覚
鈴凛は必死に掘り返された土を手でかいた。
「まって……まってよ!!」
掘り返された土は柔らかくはなっていたが、進めるようなものではなかった。
「そんな……」
爪の間に土が入り込む。
「こんなの……」
鈴凛はむなしくただ手を動かすしかなかった。
「やめなさい」
棘姫が鈴凛の手を無理やりとめた。
「無駄よ……ごめんなさい。こちらも逃したわ」
棘姫がペガサスの背中をなだめてなでていた。
「あの少女は誰なの?」
棘姫が鈴凛にきいた。
「オックスフォード大学であった子で」
「オックスフォードで?」
「でも今日はじめて学校で言葉をかわしたくらいで……」
棘姫は静かにしばらく考える。
「あの眼差しの雰囲気はどこかで……」
棘姫はそう言いながらも思い出せないようだった。
「……」
しばらくするとローガンたちの車がやってきた。
「命姫様は?どうなりました?」
毛利就一郎は二人の雰囲気を察して失敗に終わったことを悟った。
「キアラ、大丈夫でしたか?」
棘姫はキアラにかけよると白い指でキアラのほほについた泥を払った。
「おやおや……モグリンでもでましたか?」
盛り上がった土山を見て、毛利就一郎は目を丸くした。
「クォードリリオンたちにスピネルの羽は奪い返されてしまった」
ローガンが申し訳なさそうに、空の袋をみせた。
翼が入っていた袋の底には、ふわりとした小さな金色の羽が一枚残っていた。
「……」
鈴凛はそれを手のひらでひつめたあと、くしゃりと潰した。
「未来妃を逃してしまった……こんなチャンスなかったのに……」
「……」
「カーターさんから連絡が入りました。素戔嗚様は重傷です。オブシディアンも逃げました」
「命姫から離れすぎて天羽々斬が使えなかったのでしょう」
*
「鈴凛ちゃんって失敗しかしないよね」
ソルアはフォークをくるくる回しながら美しく笑った。
ソルアは未来妃の回収に失敗したというのに、なぜかご機嫌だった。いつものお菓子やらケーキの山に囲われてひとつひとつ味をみている。
「……」
雨狼は包帯らけだったが、特別だといっていたせいなのか、12時間後には歩けるほどにすぐに回復していた。
「……」
今はソルアの部屋に報告もかねて二人できていた。
「本当にダメ人間だよね」
ソルアは自分が傷付けば傷つくほど喜ぶのではないのかという気がしてくる。
「もうゴミは殺した方がいいかな?」
ソルアーが気配なく、そばのソファに移動し、首元にフォークをあてがった。
「……」
鈴凛はもはや千載一遇のチャンスを逃して、それに怯える元気も残っていなかった。
雨狼もただのおどしで何もしないと思ったのか、それにかまわなかった。
「ああ……つまんない……」
二人のリアクションが薄すぎて、ソルアがいじけてフォークを放り投げる。
「……なんでそんなに元気なの……チャンスを逃したんだよ……」
鈴凛は呆然ときいた。
「えー……?」
ソルアはこちらに背をむけていた。
「だって未来妃には会えたからさ……」
ソルアはその楽しみを思い出すように言った。
「え?!」
鈴凛は急に目が覚めたようだった。
「だったら、なんで—いつ?」
鈴凛は言いたいことと聞きたいことがまとまらなかった。
「図書館さ。僕もいたんだよ」
子供っぽく聞かれなかったから答えなかったといった風に明るい声でいった。
あの時あわてて未来妃が逃げていったのはソルアに会ったからだったのだろうか。
「どうして捕まえてくれなかったの?」
「だって僕はこんな体で、兄さんは見たもの全てを殺せるんだよ?」
鈴凛は心臓がどきりとした。
『兄さん』というのは毛利就一郎ではない。
拘式神嶺のことだ。
「まだその時じゃないからさ」
「その時……」
鈴凛はそれを考えるのがなぜかとても怖い気がした。
「確実に未来妃を奪える時じゃないと。兄さん未来妃を殺しちゃうかもしれないし」
ソルアはふざけて悩ましげに肩をすくめてみせた。
「……未来妃と、何を話したの?」
「鈴凛ちゃんなんかに、いうわけないでしょ」
ソルアは可愛らしくにっこりと笑った。
「……」
ノックの音がしてカーターが入ってくる。
「!」
「彼女の痕跡はどこにもなくなっていました」
「ヴァレンタインという少女はオックスフォード大学には在籍していません」
「そんな」
「もしくはデータが全て改竄されたのでしょう」
「彼女は何者なのでしょうか」
「あのような機械みたいこともありません」
「地底を掘り進めるなど、現代の技術では不可能です」
「……」
*
廊下を歩きながら、鈴凛部屋に戻っていた。
あの少女はいったい誰だろう。
あの時、あの子は鈴凛にわざと話しかけた。
あなたも可哀想だから
もというのは
戦姫になった鈴凛の事情を全て知っていたのかもしれない。
となると、彼女も戦姫の能力が……
戦姫になる潜在能力の黄泉能力を持っているのかもしれない
あの土に潜っていった機械も何かの力……
未来妃は大丈夫だろうか
なぜ彼女が未来妃を欲しがるのだろうか
鈴凛は考え事をしていると、自分の部屋の前まできていた。
「……?」
ドアが半開きになっている。
部屋の中でふたつの気配がした。
−−いいからいいから
ローガンの甘い声がする。
「!」
中を見た時、鈴凛は全ての時間が止まったきがした。
ベスが窓辺のソファーに座ったローガンの上にまたがって首に腕をまわしている。
「……!」
二人はそのまま唇を重ね合わせた。
鈴凛は体から力が抜ける。
世界がぐらぐらと回って遠のくような気がした。
鈴凛はよろめいて、扉にあたってしまう。
「!」
二人が驚いた顔でこちらを見た。
「っつ……」
「リリ!」
鈴凛は気がつくと走り去っていた。
−−待って!!