20話 リレーのアンカー
「カーターにヘリをださせろ!」
哀が勢いよく大通りにむかって走り出した。
哀が目標としているものが、鈴璃にもわかった。いたるところにピアスのあいた男とド派手な黄色いバイクが見える。
「ちょっとかりるぜ」
哀はバイクをとめていた男から、愛車を横取りする。一服していた男は驚いて哀を見た。
「お譲ちゃんがあつかえるような、しろものじゃ」
哀は男をどんっとどつくと持っている鍵をひょいと奪い取った。
「おい!オレはかすなんて、」
「乗れ鈴凛!」
哀がアクセルを勢いよくまわすと、思い切り後ろにのけぞった。
「待ちやがれクソ男ども!!」
未来妃をつれた拘式が街中を滑空すると、町中から驚きと悲鳴の声があがる。拘式は高くは舞い上がれないようだった。
周馬がその五メートルほど後を飛んでいる。
「へへ!追いつけそうだぜ!」
哀が舌なめずりしてアクセルをさらに回す。
待てよ?
鈴凛は捕まえたい一心ですっかり忘れていたことを思い出す。
「なんで逃げるんだろう」
「はあ?」
「拘式神嶺は目で八岐大蛇の目で誰でも殺せるはずなのに」
哀はするすると対向車をかわして追いかけていく。
騒々しい音をきいて、振り返ると後ろから車とヘリが追いかけてきた。
「知るかよ。逃げるってことは、追いかけろってことだろ」
「まえまえまえまえ!!」
鈴凛は叫んだ。
「おっと」
哀はくねりくねりと蛇行して、すいすい裏路地を進んだ。通りを歩いていた人々が罵声をあげる。哀はそれがより楽しいらしく、ご機嫌でますますスピードをあげた。
「他の人を巻き込まないで」
「わかってら」
哀が高らかに叫び声をあげる。
「まえまえまえまえ!!! 行き止まりだよーっ!!」
鈴璃が絶叫する。石の壁に可愛らしい花がプランターに寄せうえされていた。
「あの程度の壁……」
「おりゃあああああ!」
哀が歩道に留めてあった、高そうな高級車の傾斜を利用して乗り上げる。
「1・2・さーーーっんん!!」
「あああああっ!」
宙を舞う二人。遥か下の通りが小さくなっていく。スカートがヒラヒラ舞って、もう片方の靴が離れてしまいそうになる。
「にがさねええええ!」
哀の運転は神がかっていた。鈴凛は自分ではここまで運転できなかっただろうと思う。
「ヘリがきた!」
「!」
周馬がきびすをかえして、むきをかえると、ヘリコプターにむかって飛んでいく。
「え!」
周馬は羽を腕のように大きくのばすと、それは手のように開き、ヘリコプターを鷲掴みにした。
「おい」
「え……まさか」
それをおおきく振りかぶってこちらに投げてきたのだった。
「よけて!!」
凄まじい爆風が飛んできた。
「くそ」
鈴凛の体が吹き飛び、逆さまでスピネルの体が見えた。
バイクのハンドルを握った哀も吹き飛んでいる。
急に何もかもが静かに感じた。
周馬がわたしを殺す運命なのだろうか
鈴凛は落ちゆく中で、ふとそう思った。
それなら−−
「!!」
何かが横から飛び出して、ぐわんと右手をひかれる。鈴凛は驚いた。
「雨狼−−」
青い髪を解放した雨狼がそこにいた。
足元に滑るように水が連なって、そのまま鈴凛をひくと空中を前に進んでいく。
「!」
鈴凛を背中にひょいと背負った。
「いきますよ」
冷たい冷静な声が響く。
哀が地面でしりもちをついて唖然としている。
−−あたしも連れてけー!!!
ヘリコプターが墜落して、ドーンと音がすると、家屋が倒壊した。
「このような機会はそうありません」
雨狼の足元には水がたゆまなく溢れ、龍のように後ろに連なっている。水が雨狼の足元を押し出しているのか、空中をアイススケートでもするように進んでいく。
「あなたかわたしが命姫を使うのです」
「!」
周馬が笑ったきがした。
「!」
容赦なく手当たりしだに四枚の羽で飛び、残りの二枚で残りのヘリコプターをかき集める掴んだ。
「くる」
容赦無くヘリ5台ほどがこちらに投げつけられた。
「きゃあああああ!」
雨狼と鈴凛は足元に敷いて進んでいく水で宙返りし、素早く身を捩り、それをかわし、追いかけていく。
「!!」
みるみるうちに距離が縮まり、未来妃の怯えている表情が見てとれた。
「!」
「誓を」
雨狼が小さく何かを唱えると、目の前の未来妃から真っ赤な閃光がぶわりと迸った。
「!!?」
鈴凛の手首がドクンと脈打ってみると、赤い光がキラキラとはっきりとして燃えるように揺れていた。雨狼の青い髪にも真紅の光が電気のように伝って走っていく。
「え」
目の前の雨狼の頭からミシミシと音がする。
「え……」
雨狼の青く美しい髪をかき分けて、何かが耳の上あたりの頭頂から生まれて立ち上っていく。
「角−−……?!」
それは赤い光をどんどん吸収して成長しているように見えた。
黒くねじれたその双角は悪魔のようにどんどん伸びていく。そして雨狼のスピードがますますあがった。
「……」
拘式がうっとうしそうに冷たい目でこちらを振り返ってにらんでいた。
「ジン、だめ」
未来妃が懇願したような声をだした。
気がつくと、鈴凛をかかえた、反対側の手に、赤く光小さな刀ができはしめていた。それは未来妃から湧き出る光をどんどん吸っていく。
「……!」
拘式の銀色の目が黒まがまがしい黒銀色の輝きが集まるのが見えた。
拘式が未来妃を放り投げると、周馬がかわりにキャッチした。
「な」
拘式神嶺がこちらにむかってきたのをみると、雨狼も鈴凛を背中から離す。
「え」
そのまま体が落下していく。
「命姫を頼みました」
「雨狼!!」
鈴凛は叫んだが、拘式神嶺の溢れる黒い光に飲み込まれていくのが見えた。
「雨狼――――!!!」
鈴凛の体が落ちていく。
今度は別の誰かがまた鈴凛をキャッチした。
黒い皮のボディースーツをきたキアラだった。
「!!」
「棘姫様!!?」
鈴凛はふたりが乗っているものに驚いた。
「お乗りなさい」
いつもの姿からは想像できなかった。
棘姫はぴったりとした神衣を着て、妙な馬に乗っている。
その馬は羽が生えて、頭からツノが生えていた。しかも色はピンクとミント色だ。
「これ……」
それをどこかで鈴凛は見たことがあった。高天原の海底にある竜宮城の水槽だ。
「ペガサスです」
キアラが普通に説明した。
「ペガサス?!」
「猿田彦様と取引しているのはあなただけではなくってよ。とにかく追いかけますわよ」
鈴凛は慌てて空をみると、未来妃を抱えて飛ぶ周馬から白いものがバラバラと落ちていったのが見えた。
したで黒塗りの車から、ローガンと毛利就一郎がそれを回収して袋に入れているのが見えた。
「!?」
「羽は二枚落としましたから、攻撃はもう先ほどほどできないでしょう」
「……どうして」
「……」
「どうして……きてくれたんですか」
棘姫の背中で鈴凛はきいた。
「もちろん影のかたきだからです」
「……!」
「あなたのためではございませんことよ」
真面目にはやらないが、さすがに妹姫の仇ときいてやってきたらしかった。
街はすっかりぬけてしまい、自然豊かな地帯を飛んでいると、ヘリコプターがまた後からやってきた。
「応援がきた」
「あれはこちら側のではありません」
「え」
「あちらも応援がきたようね」
「いきますわよ、しっかりつかまっていなさい」
棘姫は手綱をしっかり握ると、高く舞い上がる。
「わああああああ」
周馬ははそれをよけたが、急降下すると、棘姫は羽を二枚ばらばらにして落とした。
「やった」
スピードが落ちる。
ローガンや毛利就一郎の車を後ろからきたヘリが猛スピードで追いかけてきた。
ヘリから三つの光が落ちるのが見えた。
「クォードリリオン−−」
飛鳥、鉄、北斗だった。
ローガンと毛利就一郎は取り押さえられた。
鉄は笑い、飛鳥は無表情で感情が読み取れない。北斗は悲しげにこちらを見ていた。
「みんな……」
「キアラ」
キアラが身を翻した。
「今は命姫が先決。キアラにまかせなさい」
棘姫がペガサスを一掃失踪させる。騎士のように神刀を持って駆ける姿はいつもからは想像がつかなかった。
「たずなを」
「え」
棘姫がペガサスから飛び降りた。
「!!」
周馬は最後の二枚の羽を落とされたと同時にサーベルを抜いのが見えた。
「未来妃!」
未来妃が投げ出される。
「!!」
未来妃は気絶して地面に転がっていくのが見えた。
いまだ。
「未来妃!!」
あと少し−−
鈴凛は手綱をしっかりと握りしめてペガサスを操った。
「未来妃」
ヒヒーンと棘姫のペガサスが悲鳴をあげて後ずさった。
「どうしたの?!」
鈴凛が振り落とされた時、ごごごごと音がして、未来妃と鈴凛の間の地面がぼこりと盛り上がる。
「な?!」
地面からとびでたものはロケットの頭のようなものだった。
「未来妃!!」
機械の腕がにょきりと伸びると、未来妃を掴んで、その中にすばやく取り込んだ。
「な」
ウイーンと機械音がして見知った人物が出てきた。
「!?」
ツインテールをさっとうしろに払った。
「みなさん、ご苦労様」
可愛らしい声が響く。
「あなたは!!?」
「連結点は、いただくわ」
少女は鈴凛にむかって愛らしく笑うと、中に戻っていった。
「ま……」
それはあのオックスフォード大学で見たギフテッドお嬢様だった。
どうしてという驚愕と、敵なのか味方なのかという混乱が頭を支配していた。
「待って!!」
地面の中にロケットのようなものが潜っていく。
「ま……きゃあ!」
蹴散らす土が勢いよく鈴凛にかかった。