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永遠(TOWA)  作者: 三雲
真偽ノ甘噛(世界編)
160/170

19話 ライラック

建物の外にいると、生徒たちが行き交っている。

ちょうど授業の合間らしかった。

先ほど逃げていった黒髪の東洋人の姿を探して目を走らせる。

どこだ?

黒髪は長く、赤いカーディガンに黒いワンピースだった。

どこにいる−−

まだ近くにいるはずだ。

「!」

すると別の人物がこちらに走ってくるのが見えた。

「ローガン」

「未来妃がいた!」

「ええ?!」

ローガンが驚く。

その顔を見ると、周馬の写真を見て感じた気持ちを思い出して、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

−−おい!

「哀」

「どうした」

「未来妃がいたかもしれない」

「なんだと?!」

「わたしと同じようにフーシャサーカス団の本をかりたのは未来妃だった。周馬が気をそらそうとしてわたしに—とにかく説明してる場合じゃない! 手分けしてあたりを探そう」

「??」

「そ、そうですね。と、とにかく手分けしてさがしましょう。カーターさんと毛利さんにも連絡しておきます」

「急いで探すぞ!!」

カフェに、駅に、通り沿いに、鈴凛は店の中を覗き込み、東洋人をみつけては振り向かせた。

あの時は赤い服を着ていたが、替えた可能性もある。

「!」

観光用の二階建てバスに乗り乗っている女性に気がついて、とびのった。

長く黒い艶やかな髪。暑いのにジャケットをはおっている。

「!!」

肩をつかんで振り向かせる。

「?!」

女性は怯えてこちらを見た。細く切れながの目が苛立っている。

「ちがう−−」

「なんなの!」

鈴凛はバスを飛び降りた。必死に町中を探す。大学周辺に戻った方がいいだろうか、それともどこかへ移動するなら駅だろうか。車の可能性だってある。

移動手段を考えると、ロンドン方面へ逃げるか、一目につかない田園地帯や自然が広がる北に逃げるか−−。

「どこにもいない」

焦りだけが鈴凛を突き動かしていた。

アジア人の黒髪を必死に探す。

「!」

時計を確認すると、すでに大学をでてから15分ほどが経過していた。

拘式神嶺が近くにいたのだろうか。未来妃は図書館の中では一人だった。

あたりの人が騒然となった雰囲気もない。

「車があったのか」

もし逃げているのなら、一刻もはやくこの街を離れたいだろう。

陽族もここでは駅を完全に監視するだけの人員もすぐには用意できない。

それはきっと陰族も未来妃も理解している。

もしどれかの車に乗っているのなら、みつけるすべはもうない。

捕まえられるとしたら、可能性にかけるなら−−

「駅か」

鈴凛は駅の可能性に賭けてみることにした。

オックスフォード駅に近づくと、車やバスが出入りしていた。花が随所にあふれる駅は観光客が多くいる。鈴凛はとりあえず駅の構内と、電車の中を窓外からチェックする。

「いない!」

今度は周辺の路地や店を手当たり次第に走り回る。

30分が経過した。

どこかで待ち伏せしたほうがいいのか?

それでも立ち止まることが恐怖だった。

このチャンスを逃したら二度目はもうない。

何かがそう囁いていた。

「……いない」

手当たり次第に東洋人を振り向かせる。

気がついたら1時間が経過していた。

もうこの場所を離れてしまったかもしれないという焦りがくる。

何もないまま、2時間が経過してしまった。

「どこにもいない」

誰かの家にでもすぐ隠れたのか?

3時間時間ほど経過してしまったころ、町の一角で別のものが目についた。

白い花が美しいパブの前で雨狼とローガンと毛利就一郎がなにやら立ち話をしている。なぜ真面目に探していないのかと愕然とした後、怒りが湧いてきた。

「どうしたの」

鈴凛は不機嫌な表情と声で咎める。

なぜ全力で探していないのか。今見失ったらもうチャンスがないかもしれないのに。

一体何をやっているのか。

「ああ……いや」

ローガンは少し困ったような顔をしている。無精髭のあごをぽりぽりとかいた。

「いえ別に」

毛利就一郎はすぐさま笑顔になった。

「別に??」

「……」

雨狼はなにも言わず冷たく鈴凛を一瞥した後目をそらす。

「……?」

「ちょっといっぱいひっかけようかとしていたんですよね」

毛利就一郎がにっこりとした。

「ちょっと一杯?」

鈴凛はあまりの怒りで声が裏返る。

この状況で−−

「どこにもいないし、君の気のせいじゃないのかなって……」

ローガンが困ったように言った。

鈴凛は衝撃を受ける。

そんなことを話していたのか??

毛利就一郎は肩をすくめてみせた。

涙が溢れてくる。

「絶対に違う。幻覚なんかじゃない!!」

「いつもはほら明の幻覚があるじゃない?」

ローガンが子どもをなだめるような声をだした。

「でも違う」

鈴凛の声は震えていた。


周馬の声を聞いたから


そう言いたかったが、

ローガンの茶色い目を見ると、最後にそう付け加えることはできなかった。

「とにかく探して」

「まあ、明の副作用の幻覚かもしれないってことは、ありえますよね」

毛利就一郎はにこにことして、妙な言い回しでローガンの意見に賛成のようなことを言った。

「……」

鈴凛がついに何も言えなくなると、毛利就一郎はガムを口に放り込んでいた。

「……」

雨狼は難しい顔をしている。

「雨狼もそう思うの?」

鈴凛はそれが一番気になった。

「わたしは−−」

「まあ普通に考えればありえないですよね、我々が調査しているまさにその時のタイミングでむこうがやってくるなんて……普通はね」

毛利就一郎が雨狼の発言を遮って含み笑いしている。

その顔はなぜか助け舟をだしたような顔だった。

「……」

それでも雨狼は次を言った。

「使い手と天羽々あめのはばきりは目に見えないところで繋がっています。そういう数奇な事象は、起こり得ます」

「じゃあなんでこんなところで油売って−−」

「しかし」

雨狼が鈴凛を遮った。

「しかし、ときをすでに逸した感はあります、もう3時間です」

「だね……」

ローガンがやれやれといった様子をみせた。

「でも、どこかの家に隠れて逃げ出すタイミングをうかがっているかも」

「……」

男たちは困り果てた様子でこちちを見ていた。

「もういい」

哀や間狸衣はきっと探してくれてる。

鈴凛はその後も街をかけずりまわった。

4時間……5時間……6時間が経過して、すっかり夕方になり日が落ちた。

「……」

もはや諦めるべきなのは明白だった。

「なんで……」

鈴凛はふと目についた公園のベンチにこしかける。

初夏になりかけた花が本当に美しい。

夕暮れにただ咲いていた。

「……う……」

毛利就一郎から電話がかかってきて、集合場所が告げられた。

「うあ……ああああ」

鈴凛は思いっきり泣いていた。

なんであの時もっとはやく顔をあげなかった?

なんであの時周馬なんかに気を取られずに−−

「なんでなの!!!」

鈴凛はベンチを殴った。

拳から血がでてくる。

「……!」

どうしようもない虚無感に襲われていた。

もう明の飴も錠剤も持ち合わせていない。毛利就一郎に会って注射をしてもらうべきだった。

鈴凛が立ち上がると、ふと扉が開いたままの教会が目に入った。たくさんの花に囲まれ血える。たくさん咲いているのは薄紫色のライラックだ。

美しい初夏の自然にかこまれた古い教会だった。

「!」

誰かが手招きしている。白人の女性だ。

にこやかに、おだやかに鈴凛を誘っている。

切り立てであるかのようなライラックを反対の手ににぎりしめていた。

鈴凛はその人物をまったくしらなかったが、その雰囲気に見覚えがあった。

何かこちらをヒヤリとした気持ちにさせ、それでいて目を釘付けにする−−

「あれは……」


死者ではないか−−


鈴凛が生まれた疑問を処理しきれていないでいると、彼女は鈴凛に微笑みながら教会へ入っていった。

「……」

鈴凛は彼女を追いかけた。

教会はがらんとして、ステンドグラスの色が降りてきていた。

「……」

ライラックの匂いがする。

でも、誰もいない。

「誰かいますか?」

鈴凛の声が教会に反響する。

教会の中に確かに入ったはずなのに誰もいなかった。

祈りを捧げる人も、神父も管理しているような人も誰もいない。

「いない」

すぐに追いかけたのに、どこにもいない、回廊にも席にも。

隠れたのかと思い、椅子の間をじゅんぐりにみてもいなかった。

「あれは……」

明による幻覚だったのかもしれない−−。

その答えに辿り着いた時、鈴凛は全身から力がぬけた気がした。

では、周馬の声をきき、未来妃だと思って追いかけた背中も本当に幻覚だったのかもしれないではないか。

「……ばかみたい……」

だとしたら本当の馬鹿だ。大馬鹿だ。

みんなを巻き込んで大騒ぎして。

「わたしは−−」

鈴凛は一番後ろの席に力無く座った。

「……神様−−……」

ふと絞り出すような声がでた。

それが誰をさすのかはわからなかったが、ただ助けて欲しいその願いが勝手に言葉になってそう出た。


どうすればいいですか?


未来妃を探すこと。それは正しいことじゃないのか。


だとしたらどうして、こんなにも苦しい?

どうして無駄な二十年を過ごした?


そもそも正しいことをして救われると思うことも間違っていると思ったこともあった。

そんなものは幻想だと。

だが、目の前の単純なことに身をまかせ自分を救おうとしても、ただ虚しさが強くなるだけ。

そう思った時、なぜかローガンの顔が浮かんだ。

「……」

マリア像のやさしく微笑んだ銅像が目に入る。

白人の女性はまさにあんな表情だった—

鈴凛がぼうっとそう思った時、手首にふとかゆみを感じて、かきむしってそこを見る。

「……?」

手首の腐ったあざから、何かが立ち上っている。それにあざが小さくなっていた。燃えているようにあざのふちちりちりと僅かに動いて縮んでいっていた。

「!」

弱々しい虹の一部がとりのこされたような赤い光。


赤い糸だーー


鈴凛は緊張で心臓が締め付けられた気がした。息が止まる。


それが、鈴凛の左手くびから天にのぼって−−


そのまま目線にしたがって、顔をあげた。

「!!」

鈴凛の真上、教会の天井でそれらは息を殺していた。

天井を見上げた時、口元を抑えられた黒髪の女の口を塞いでいる白銀の髪の男が見えた。

「!!」

鈴凛はがたりと慌てて立ち上がる。

「み—……きゃ!!」

次の瞬間後ろから黄金色の翼がみえて、突き飛ばされる。

派手な音をたてて教会の椅子がばらばらになり、鈴凛はたたきつけられた。

−−ん……

「く!!」

慌てて体勢を立て直し、鈴凛は襲ってきた羽を腕で薙ぎ払う。だが、次のもう一枚にまた足を救われた。

「!!」

六枚の羽が教会の美しい祭壇を背に開かれたた。それは美しい黄金の花のようにうねって伸びて広がっていく

「弱い奴は、邪魔でしかないって言っただろ」

懐かしい声が冷たく響く。

何かが溢れてくるのを必死に堪えて、鈴凛は敵を見た。

「……!」

教会の外でみたライラックそのものの美しい髪が明にそよいでいる。

紫の仮面をつけ、宝石や羽の散りばめたぴたりとした黒い神衣を着ていた。

「スピネル」

そう言葉がもれて、鈴凛は自分が周馬を睨んでいることに気がついた。

どんなに愛しくても、どんなに振り切れなくても、今までの全ての苦しみの原因が目の前にあった。救われない理由があった。

「……」

周馬と呼ばなかったためか、少しだけ止まった後、仮面の下で笑った気がした。

「わたしはもう弱くない」

腹の底から低い声がでる。

指輪をすりきって、神刀をだすと、体に明が伝達し、神衣からのびた衣が翼を切り払う。

「明に振り切ったっていうのは本当だったか」

心臓が脈打っている。

鈴凛は信じられない気持ちと緊張が張り裂けそうだった。

こんなところで、待ちに待った瞬間に遭遇しているのだ。

復讐の時が—今−−

「ここはまかせろ」

周馬に足止めされている間に、白銀の拘式神嶺が教会の扉を出ていったのが見えた。

「待て!!」

−−なんだ!?

哀たちが入ってくる。

「まじか?!」

一瞬の気の緩みをついて、周馬も舞い上がると、ステンドグラスを突き破ってでていった。


        *


時間も脳力も奪われている。

人生は本当に戦いだ。

それでも、納得いってなくても、とにかく一歩一歩進めなくてはいけない。

更新をするとすぐ読んでくれる誰かがいることが、わたしを急かせてくれる。

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