16話 華子
ずいぶん空を飛んでいる気がしたが、夜の高天原が見えなかった。
以前の滑車という名の偽エレベーターのようなもので降りた時、そんなに時間はかからなかったように鈴凛は記憶をしていたので、変だなと思う。
「あの場所ってそんな高いところにあったの?」
「高度は変わる。もうつくわよ」
「へえ……見えないけど」
鈴凛はヘリコプターの窓にはりついて上を覗き込んだ。
「もちろんあんなものが堂々と浮かんでたらラピュタ騒ぎになるでしょ?見えなくしてあるわよ」
「え、どうやって見えなくしてるの?」
「さぁねえ……わたしもよくは知らないのよ。高天原は人間の理解を超えた場所だからねい」
「あ……」
雲が散り、ぱあっと眩い視界が浮かび上がった。
「すごい」
神の島と無数の明かりが夜に浮かんでいた。月明かりが水に反射している。
オレンジの街のあかり、五段の橋、扇の形の街、島々。
「星が二重にみえる」
天野川がなぜかクロスして空にかかっていた。
「綺麗……」
「天がふたつあるのよ」
佳鹿は不思議なことを言ったが。
「どういうこと?」
「さっき言った見えなくする何かの構造の一部よ。星も食べられるとか」
「星を?……星を食べる??」
鈴凛には理解不能すぎた。
「さ、飛車は出島に降りるわ」
ヘリコプターが浮かんだ島の淵にある広場に降り立った。扇状のふちに飾りのように飛び出した島が十ニほど見えた。異国情緒があり個性的な建物が並んでおり、それぞれ門が備わっている。
鈴凛たちのヘリコプターはそのひとつの西洋風の島に降りた。
「ここ、羊杏ちゃんと会った場所にてる」
「飛車づきどころよ」
降り立つと、直垂を着た何人かが輿を置いて待っていた。あの赤い煙を纏った妙な牛がいる。
「え」
「牛車」
「あれに乗るの?」
「ええ。急ぐわよ。今日は神々へのお目通りもあるが、付き人である華子も選ばなければね」
「華子?」
「あなたの身の回りの世話をする子を、人間の娘たちから一人選ぶのよ」
「一応、お姫様だから」
牛はぐるぐると渦の巻いた不思議な目で前だけを見据えていた。従者のような女性が幾人か牛の周りにいる。
「お待ちしておりました。どうぞ」
鈴凛は牛車に乗り込むと、畳が中にしかれ、御簾で小窓が覆われていた。
「いざ」
慣れない揺れにびくびくとしていた。ふわふわと浮いている。
去りゆくヘリの音を鈴凛はきいた。
「……」
街に入ったらしく、古い街並みが見えた。
ちらりと小窓の御簾の隙間から外を見ると、夜だというのに女たちがみな身を伏せていた。
−−百姫様だ……
−−戻られたのだな
−−月読姫に会われるのだろうか
−−そうだろう
「あいかわらず……へんな場所」
「ここが扇町。今通っているのは本通り。町人たちの住処よ」
鈴凛たちが移動していると、人々は道によけて、頭を下げた。
「みんな美人」
毛利就一郎が言ったことは本当らしかった。
年齢はさまざまだが、人種の違う美しい女ばかりである。ミスコンテストか映画の世界のような気分になってくる。
「可愛い人しかいない……」
女たちは真面目に前を見ていたが、それでもやはりチラチラと鈴凛を見ていた。
「可愛いだけじゃ無いわよ。みな選ばれて育舎に預けられた優秀な娘たち」
佳鹿が横を歩きながら言った。
「下界から選ばれて高天原に引き上げられる」
「え……でもそんなこと親が許すの……?」
「神に選ばれれば、ある日突然いなくなるのよ」
「それってまさか」
「神隠し……?」
「そうね、そうとも言う」
「そんなこと許されていいはずが」
「それも……あの八咫烏の人たちが選定しているのね」
鈴凛は憎々しげに言った。彼女たちはみな拉致被害者ということになる。
「ご明察。これも麗しき世界のための仕組みのひとつなの」
「……麗しい世界のため……?」
鈴凛は何か違和感を覚える。
「でもみんな親が恋しいんじゃ……」
「あんた親が恋しいの?」
「それは……」
でも知らなかったらどうだろう。自分の親はどんな人か知りたくないだろうか。
「彼女たちは神に選ばれた。下界の者とは違うという自負がある。何も知らない神へお勤めするすることもできない哀れな連中なのよ」
確かに彼女たちはみなぱっと花が咲いたように元気で自信に満ち溢れ生き生きとしたている。鈴凛たちが見てきた大人の女性の疲れて冷たい横顔とは確かに違う。
自分は選ばれた。
しかも紙に選ばれたのだ。
たしかにそれは自分にきちんとした自信を与えてくれそうだった。
鈴凛は英語の住田と母を比較の対象にしていた。
「3歳までの子には記憶が無い。親をはじめから知らない。知っているのは育舎の乳母よ。彼女たちは神に選ばれた姉妹であり、ライバルでもある」
「何億人から選ばれた自負があり」
「!」
「弥山への憧れがある」
「弥山?神々と戦姫の住居」
「……」
「まず神事、のちに他事」
「……?」
「弥山には戦姫の御所と天照大御神のお社がある」
「あそこで神に麗しいご奉仕をすることができる清廉な神職となることがみなの夢」
「神職は選ばれた娘たちの中でも、さらに特別な存在。宮仕え……戦姫の世話をする華族から選ばれる」
「華族?」
「二十歳以上の娘が華族・それ以下は華子。いい年頃で神職になる。戦姫の住まう姫宮にお仕えすれば戦姫の経費で贅沢しほうだい。華やかな年頃を過ごせる。それが終わって引退後は、神宮の神職について尊敬される。憧れの人生よ」
「そうなんですか……でもここから出られないんですよね?」
「ええ一生ね」
鈴凛はそれが幸せなのか不幸なのか解らなかった。
修羅番付がそこらじゅうに立てかけられている。
「あれ……番付の金額が少なくなっている」
一兆とかであったのに、金額が少なくなっていた。
「一年間の戦姫の戦果よ。一年で精算された」
「戦姫たちの武力レースの現在得点表でもあり、貸し借り残高でもある」
「そしてあの数字は……世界のバランスにも影響を与える」
「どうして?」
「だってIUの勢力も成果に応じて影響力が変わるから」
「戦姫の戦果はその戦姫の強さとともに、姫宮の財力、そして守護エリアの経済力、軍事力につながる」
「……」
「あなたは神の国、日本の守護戦姫だから特別だけれどね」
「……?」
霧に包まれた五橋の前で輿が止まる。
「!」
御簾が持ち上げられたので、鈴凛はゆっくり降りた。
「ついたわよ」
「この間の橋」
五橋がかわらずそこにあった。
「!」
暗闇にゆらめく光がぼんやりと見える。
「誰かくる」
明かりはだんだん近づいて、すぐ傍まで来た。
年老いた老婆と、四十代くらいの女だった。後ろに兵士のような格好をした女も四人控えている。後ろに口を覆った武装した女たちが何人か見えた。
「月間宮の宮司の鯨山様と権宮司の末兎よ」
「いちばん偉い婆様とその秘書よ」
「はじめまして、源鈴凛と申します」
「バカね、百姫よ」
「あすみません、そうでした」
「めっそうもございません。お初におめにかかります。この月館宮を取り仕切っております、宮司の鯨山にございます」
老婆と女は地面にへりくだった。
女はしわくちゃで皮が垂れてぎりぎり目が開いている。だいぶ歳がいっている、尼のような白い衣装だ。
長いポニーテールの女は吊り目の美人だった。
「権宮司の末兔と申します」
しっかりと美しい声でそう言った。
「この者たちはここを守る検非違使たちです」
末兎は後ろの女たちを指し示した。
ふわりと湿った空気が顔を撫でた。
「参りましょうか」
確かに鈴璃が必死に走り逃げたあの暗い橋だ。今日はよりいっそうジメジメとしている気がした。天には星もなく、風も吹いていない。冬だというのに、外よりはずっと暖かかった。
橋の一部に柵がしてある。
鈴凛が落ちて壊れた場所だった。
「……?」
匠と書かれた法被を着た女たちが橋を直していた。
「修復中にございます」
鯨山が鈴凛の様子を伺って言った。
おかしなことに、トンカチで打ち付けるのではなく、柱に糊のようなものをハケで塗り、立てたり、横に渡して保持したりして、橋を組み立てている、まるで玩具ような組み立て方だった。
「鳥餅よ」
佳鹿がにこりとする。
「トリモチ??」
「フトダマ様が管理している超強力接着剤よ。神森のモチモチの木から作られる。とれないだけじゃなく、浸透し、そのものの強度も高める。そして固まらない。BBが使ってたでしょ。くっついたら最後、骨と肉が千切れるまで取れないわよ」
「恐怖のBB弾って読んでるわ」
「なる……ほど……」
橋のむこうにいつか逃げてきた水の宮が浮かんでいる。
鈴凛が遠くを見て、橋を渡ろうと足を動かすと、橋のたもとあたりから何かがぱっと走りでてきた。
「あ!」
可愛らしい声がする。
「佳鹿様!!」
小動物のような素早さで横を通り過ぎる。
「!」
「あ!」
煤で汚れている。小さな少女だった。
丸太のような大きな佳鹿の足に抱きついている。
「羊杏!」
「あ……」
鈴凛を助けたあの少女だった。
「これ!百姫様の前で頭が高いぞ!」
検非違使たちがとりかこむ。
「あ……百姫様……」
「無礼者!」
容赦無く大人の女たちが棒を少女に棒を振り上げる。
「奴婢の分際で!穢らわしい手を」
「ちょっと!」
鈴凛は慌てて止めにはいる。
「申し訳ござりませぬ、申し訳ござりませぬ」
少女は丸くなって消え入るような声で言った。
「何が、あ!だ。もう生意気できぬよう」
「だめ!」
検非違使が棒を振り上げたので鈴凛は前に出た。
「なにするの!」
リリは思わず小さな少女をかばった。
「こんな小さな女の子に」
一同がしんとなる。
「羊杏、忘れたわけではありませんね」
鯨山がにっこりと笑っていた。
「もちろんでございまする……百姫様どうか羊杏をお捨て置きくださりませ……」
検非違使たちが鈴凛からひきはがすと棒のようなもので、少女を押さえつけた。
「あらまあ」
佳鹿は困ったような顔をした。
「どうしてこんなことするの!」
鈴凛は怒って鯨山を見る。
「こんなの児童虐待だよ」
「どうして? 穢らわしい手で、戦姫様のお体に触れようとしたのですよ?」
「穢らわしいって……こんな小さい子をよく」
「罪を犯したものに、幼いも何もありません。穢れております」
「……罪?」
「!」
その言葉で、一同が気まづそうに押しだまる。
「……とにかく」
「ここでは身分の違いがはっきりしているのです」
鈴凛は少女に向き直る。
「あの時は、ありがとうね」
「百姫様……羊杏に話しかけてはなりませぬ……」
羊杏が顔を上げた。
「頭が高い!」
「やめて!」
鈴璃が睨むと検非違使たちはひるんだようだった。
「わたしがもし偉いのならば言うことをきいて」
「……」
一同ははっとした顔になって頭を少し下げた。
「申し訳ありません」
「……」
「申し訳ござりません。佳鹿様が百姫様の花将とは、とても喜ばしいことなのでございます。ですので羊杏は嬉しくて嬉しくて一目見ようと……、気がついたら飛び出してしまいました。このような出過ぎた真似をして、羊杏は切腹する覚悟はできて……」
あいかわらず羊杏は自虐の度がすぎていた。
「あいかわらず大げさね」
「……」
検非違使たちはにがにがしい顔をした。
「もう一度あなたに会えて、わたしはうれしい。あの時は助けてくれてありがとう」
鈴凛は少女を抱きしめた。
「百姫様、このような身分の者を庇う必要などありません」
口を覆った検非違使の女がゴミを見るかのような目で少女を見ていた。
「身分?ここはとんだ時代遅れの世界みたいね! 平等って言葉を知らないの? 人間はみんな平等なの。それに子どもは大切にしなきゃ。下の世界じゃそれが普通だよ」
「……」
「それに、ここに初めてきてすごく怖かったとき、この子だけが助けてくれたの」
「ほう。羊杏、ではおまえが外行きを幇助したのか」
末兎がぎらりと目を光らせる。
鈴凛はびくりとした。まずいことを言ってしまったと悟る。
慌てて末兎に向き直る。
「この子は悪くないんです。わたしが無理やりお願いしたんです……だからその……えっと末兎さん、羊杏ちゃんを罰しないでください」
末兎は深いため息をついて、鈴璃に向き直った。
「百姫様、わたしのことは末兎とどうぞお呼び捨てください。この世界のしきたりにございます」
たしなめるように末兎は言った。
匠たちも作業がままならない様子でハラハラとこちらを見ている。
「ここにいる女たちは全て、神とその血を授かった戦姫のみなさまに、お仕えする僕なのです」
「貴方様がどうお考えになろうと、人間と神人では、天と地ほど扱いが違うのです」
「またはじまった……」
佳鹿はそれを聞いて宙を仰ぎ見た。また説教がはじまったといった風だ。
「百姫様の意といえど、神宮のお伺いもたてぬまま、清掃部・匠所の奴婢が新姫様の外行きを幇助するなど、言語道断です。現に帰りの道中に、忌に襲われ、大変なめに遭われたとお伺いしています」
新幹線でのことを言っているらしかった。
「わたしは大丈夫だったんです。だからどうかこの子を傷つけるようなことはしないで」
「しきたりは、しきたりです」
「このうす汚れた無礼者を獄署へ連れていけ」
末兎が冷たい声で言った。
「待って!待って!」
鈴凛はこのまま離れたら羊杏が酷い目にあわされるのだとわかる。
「付き人がいるっていったわね、佳鹿」
「ええ、言ったわよ」
佳鹿がにいっとした。
「高天原の女性たちから選ぶって」
「ええ、そう言ったわ」
「羊杏ちゃんにするわ」
「なんですと!」
「あら〜! 名案ねい!」
佳鹿がすぐに嬉しそうに返答する。
「なんと……」
「羊杏は純粋だし、仕事熱心だし、馬鹿正直だから、アタシ大好きよ」
「じゃあそれで」
末兎が佳鹿を睨む。
「佳鹿、あなた……仕組みましたね」
末兎がつめよった。
「あーら、なんのことかしら」
「羊杏がここで拾われるよう、清掃部・匠所の牛満様に、羊杏に橋工事をさせる根回ししたのでしょう」
末兎が目を細める。
「あら〜なんのことかしら」
佳鹿が嘘くさく頬に手をあてて、しらばっくれた。
「こんな罪子の、こんな下っ端の、この間抜けの無能に、もう華子が務まるわけ」
検非違使も口を挟んだ。
「もう?」
鈴凛は違和感を感じた。
「……」
全員がそこで押し黙る。
「ひどいこと言うわね」
「佳鹿様!本来、年のいった娘か、天下の傑物くらいの神童でなければ初華子は−−」
「……いいじゃない?羊杏には経験がある。でしょ?」
「それは……」
「華子に誰を選ぶかは、戦姫の権限。身内に誰を選ぶかは自由。絶対のはずよ」
「しかし」
「いかにも……」
鯨山は目を細めた。
「本当はあなたにも羊杏にも咎はありません」
この言葉に一同がしんとなり、重苦しい顔をしたが、佳鹿は自信に満ち溢れて言った。
「ほらほら、そんな顔しない。時間に遅れちゃうぐずぐずしてる場合じゃないでしょ?」
佳鹿はにやりと微笑んだ。
どこか申し訳なさと、何か触れてはならない過去の事件なのだと鈴凛は思った。
「羊杏……ここになおれ」
末兎が苦々しげに呼ぶと駆け寄ってきた。
「百姫様が、おまえを華子にするとのことだ」
「佳鹿、花飾りは持っているな」
「ええ」
「!」
羊杏は固まっていた。
「羊杏ちゃん、あの?いいかな?」
「嫌だったり困るようだったら言って」
両目からはらはらと大粒の涙が溢れた。
「本当でございまするか?」
羊杏は小さく座り込んで頭をさげた。
「バカでノロマで、罪子の羊杏を……?」
「羊杏ちゃん……自分をそんなに罵っちゃだめだよ」
「自分を卑下しすぎ」
「なりません……百姫様が何を言われるか……羊杏はできるものなら……百姫様と佳鹿様にお支えできるのならば、どんなに幸せか……でもなりませぬ……」
「わたしがそうしたいの」
「あなたなら信じられる」
「戦姫の言うことは絶対、でしょ?」
「ありがとうございまする……」
検非違使たちからすぐに羊杏の悪口が聞こえてきた。
−−あんな子すぐに返されるわよ
−−あんな汚れた者が宮に戻るのか
−−なんて縁起の悪い
この暗い永安京も人の悪意に満ちている。
羊杏はそれが聞こえているはずなのに、花が咲いたような満開の笑顔だった。
「羊杏は一生懸命、精進いたしまする!」
「……」
「百姫様、このご恩は一生忘れないのでございまする」
羊杏はどこまでも明るい笑顔で笑っている。
そばにいてくれたら元気がもらえそうな気がした。
「手を清めて、この華子飾りを受けよ」
箱に桜のかんざしが入っていた。
「百姫様よりお渡しください」
「はい」
羊杏は手を豪快に服で拭うと、ひざまづき、目をキラキラさせてそれを受け取った。
「ありがたき幸せにござりまする」
「このような所で失礼致しました。百姫様、どうぞご案内いたします」
「さ先を急ぎましょう」
「……羊杏、先に行って姫宮の準備をしていなさい」
佳鹿が羊杏にウインクする。
「はい!超特急飛車ぶるとっぴんで行いまする!おまかせくださいでございまする!」
「百姫様に感謝するのだぞ、ほらもう行け、羊杏」
末兎が大きくため息をつくとそう言った。
羊杏はぺこりと頭を下げると、先に橋をかけっていってしまった。
「さあ行きましょう」
「呆れた」
末兎が小さく佳鹿の横で前を見据えたまま言った。
「わたしがどういう子を家に置くかは、あなたならわかるでしょう」
「おまえは色々考えすぎなのだ……」
「わたしが帰ってきて、嬉しいくせに」
「!……勘違いも、いい加減に」
末兎はちょっと立ち止まって、佳鹿を睨んだ。
「ほらほら急ぎましょうよ〜」
佳鹿が末兎に肩車している。
「……仲いいんですね」
「この四十の女二人は、同級……同い年生まれなのですよ」
鯨山がほほほと笑う。
「え……」
佳鹿に筋肉がつきすぎており、化粧気もなく、ある意味、年齢不詳感が強いので、二人が同じ歳とは少しだけ驚いた。
「末兎、ねえねえ今日、虎頭ちゃんとこに飲みにいきましょうよ〜」
「今日は葬儀やら何やらで忙しいに決まっているでしょう」
「何時でも待つわよ〜」
橋を渡り切った。
鈴凛が歩くだけで、すれ違うたびに女たちが脇によけて、座り込んで頭を下げた。
ドラマ大奥でみたような異常な光景だ。
はっきりとした身分制度がしかれ、そして鈴凛の身分は高いらしかった。
一人の少女が力強い眼差しで鈴凛を見た。きりりとした賢そうな面持ちの美少女だった。一人だけ紋のない青い衣を着ている。
「!」
「あれが……学習館の青蛾」
佳鹿が察して言った。
「気を回して、学長が推薦する子を連れてきていたのでしょう」
「それは……少しだけ気の毒なことをしたわねぇ」
「青蛾が少し可哀想です。次の華子には自分が絶対なれると思っていたでしょうから」
「戦姫が新しい華子を迎え入れるのは20年に一度あるかないか」
「有名な天才児だものね」
佳鹿も知っている風だった。
少女たちは遠ざかった。
「後で……わたしから断りを入れておきます」
「人気者は辛いわね」
ほほほと鈴凛を見て佳鹿が笑う。
「わたしが誰かを選んで、誰かを不幸にするなんて……」
鈴凛は何だか信じられなかった。
「なんだか変な気分。わたしは確かにその戦姫とかいうのになったかもしれないけど、外ではわたしみたいな女の子はそこら中にいて、わたしは石ころ同然に扱われているのに」
鈴璃は年がいくぶんも上の女たちがしずしずと腰を折るのを見ると、恐縮するばかりだった。
「ほほほ、面白いことをおっしゃられる」
鯨山が振り返って落ち窪んだ目を細めて小さく笑う。
「下界の……葦原の人間は90億いると伺っています。しかし神の血を授かった戦姫様は、世界にたった十一人しかおられないのですよ?」
鯨山の細い目がわずかに開いた気がした。
「十一人?」
鈴璃と同じ運命の女たちは、たった十一名しかいないらしい。
「あの修羅番付に名を連ねる姫君方です」
「あれ外でもみた……」
「百姫様のお名前ももうすぐ載ります」
「世界に十一人しかいないの?」
「はい何千年という時を経ても、たった十一人しかおられません」
「天から授かりし、人知を超えた力。天より選ばれた証。それを持つ者だけが、神から縁血を受ける資格がある。その運命を生きる……いや挑む資格がある……」
「挑む?」
「そう。修羅の運命に挑む資格にございます」




