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永遠(TOWA)  作者: 三雲
真偽ノ甘噛(世界編)
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3話 ローガン

クラブでかかるような音楽の重低音がここまで響いている。

「うるさい……!!」

思わず飛び起きて、布団を跳ね除けて体を起こすと、ローガンの足を蹴飛ばしていた。

「痛」

「あ……ごめん」

目眩がして吐き気がする。明のせいで禁断症状がでていた。

鈴凛はベッドからどさりと落ちた。

「大丈夫?」

ローガンはむこうをむいたまま声をかける。鈴凛のこのような滅茶苦茶に慣れてしまっている。

「あったま痛い……」

鈴凛は唸るような心底低い声がでた。

心と体がバラバラに離れていくようなイライラが体をむずがゆく走る。

もう一度ローガンの毛深い足を蹴りたくてしょうがない。

「もう少し寝かせて……」

ローガンはまたすやすやとまた眠った。

鈴凛は眠りについたローガンの顔を見る。急に高い鼻と長いまつ毛に急に違和感を感じた。

「……」

はじめて会った時、青い西洋人の目でみつめられると、日本人にはない不思議な力があるような気がしたのを覚えている。鈍感で適度に優しく、ごく普通の白人軍人。ごく普通の顔。だが、ローガンはとても器用だった。

日本人のチームでも問題なくやっていける穏やかさと気配りも持っている。

鈴凛のイライラも右から左へなんなく流せた。

鈴凛はピッチャーから水をがぶがぶ飲んで、大きな窓を開けて外をみやった。広すぎるベランダに植物があふれ、噴水の水が湧き上がっている。

それでも鈴凛はこのあたりが嫌いだった。

カリフォルニアは暑く乾いている。それなのに夜はひどく寒い。

「……」

手のひらにある10個の錠剤を口に放り込んでまた水をがぶがぶと飲む。

「!」

水が足りなくなって、棚にあったブランデーも開けて流し込んだ。

アルコールの刺激が強くて喉が痛い。

−−おはようございまーす!

明るい久しぶりに聞く声がして鈴凛は嫌な予感がした。

あわててスリップを着る。

ばーんとドアが開いた。

「また花将をクビにしたらしいですね」

「寝室に勝手に入ってこないでって何度も言っているでしょ」

鈴凛は男を睨む。

狐目のハーフ男は二十年経って、整った顔が乾燥しちらほらシワがではじめた。

「ひどいなあ。僕とあなたの長いつきあいじゃないですか?」

カッターのついたシャツに短パンを着た男は袋いっぱい何かをかかえている。

「うるさい」

「ほらお土産ですよ〜」

ペットに餌をちらつかせるみたいに、小袋をふりふりともちあげてふる。

「……」

「明入りのおやつやら新しい薬やら」

「……」

鈴凛の体はそれを聞いてびりびりと震えた。

「これは超強いやつです」

男は不気味なマスクのようなものをみせながらにやりと笑った。

「呼気から直接吸い込むタイプです。こないだの注射器なんかより、すぐ聞いてぶっ飛べるそうですよ」

毛利就一郎が満面の笑みで笑っていた。

鈴凛はそれをすぐにもぎ取る。袋をあけてためそうかと思った時、手がとまる。

「……」

そして毛利就一郎を見た。

四十前の男が笑っている。

手が震えた。これを使えばまた一段とやばいレベルに達するだろう。

急に自分をこんな酷い運命にして苦しめる男を二十年前に戻って殺してやりたくなる。

「!」

鈴凛は毛利就一郎のむなぐらを掴んで押し倒した。

「おや?」

馬乗りになって首に手をかけても毛利就一郎は笑顔を崩さなかった。

「機嫌が悪いようですね」

「うん、すごく」

かつてはじめて殴ろうとした時、鈴凛をかわしたが、もはや鈴凛をかわすことはできない。鈴凛が強くなりすぎ、男は歳を少しとってしまった。

今も昔も変わらず笑っている目の前の男を、今本当にここで殺してやりたい。

自分の苦しみも知らず、のうのうと天雅家の娘と結婚し、暖かい家庭を築いているこの男を。

「わたしをもっと中毒にして楽しい?わたしのことなんてほんとどうでもいいんだもんね」

鈴凛は毛利就一郎の首に手を伸ばす。

「さきほどまで行為をしていた男性のすぐそばで、ノーパンにスリップ一枚で他の男にまたがるのは、いかがなものかと」

「うるさい!!」

白い肌に爪が食い込む。

明も切れて鈴凛は攻撃的になっていた。

「おやおや……これはとても機嫌が悪いようですね……」

男の顔をみると、二十年が経ってしまったことを思い知らされる。

何の成果もないまま、苦しみはどんどんひどくなり

失って失って

擦り切れて

攻撃的になって

心だけはもうずっと昔に枯れ果てて

必要ないことは

見ないことにも慣れて

毛利就一郎が鋭い目で見上げてくる。

「別のなぐさめをお求めならご奉仕いたしましょうか?」

「!」

鈴凛の体がびくりとなる。

「……うーん……」

「!」

ローガンが寝言を言って、鈴凛は正気に戻る。

「……出ていって」

鈴凛は毛利就一郎から離れた。

「おや?やらないんですか?」

「あんたなんか殺す価値もない」

鈴凛は何度もこの男にそのセリフを言った気がした。

「ひどいですねえ。こんなに大好きな明のプレゼントを持ってきたのに、あ」

鈴凛は一番強いと言われたマスクで思い切り深く息を吸い込んだ。

「ふう……」

すぐに明が満ちて鈴凛を穏やかに気持ちよくさせた。

もう少しすれば爽快な気分にさせてくれるだろう。

鈴凛はソファに寝転んで天井を見上げた。

「そうそう、すぐによくなりますよ、お姫様」

毛利就一郎が優しく頭をなでて、髪にキスをする。

「……」

鈴凛はそれを払いのける気力もない。

ぐずぐずの沼にはまっているような気がした。

はじめは飴で、食事に混ぜるようになり、次に凝縮したタブレットになりットになり、どうしようもない時用の液体と注射器まであり。

どれだけ使っても忌にならなかった。

だからどこまでもいってしまった。

「はあ……」

自分をこんな運命にした何もかもが許せない。

このやり場のない気持ちは、あの人を殺せば救われるのだろうか—

未来妃という最強に穢れた武器を手に入れれば、この明への依存も断ち切れるのだろうか?

涙が溢れてくる。

「……疲れたな……」

鈴凛は散らかったテーブルをみた。

明は肉体をどこまでも強靭にする。

だが同時に明は人をおかしくする。

明なしではいられなくする。

明の量は際限なく増えた。

そしてそれだけでは収まらず、食欲も性欲も暴力も爆増した。

どうしようもない寂しさが吐口を探し回っていた。

「黄猿様?」

ローガンがやっと起きた。

「こられていたんですね」

「マリオ様が、マリナ様が死んで、盛大なパーティーをするということで招かれたのです」

「すみません」

「あなたのご活躍には感謝しています。わたしの可愛いお姫様の面倒もちゃーんとみてもらっているようですし」

こんこんとノックの音がする。

「よろしいですか」

雨狼の声だ。

「どうぞ。素戔嗚様……じゃなくてここでは雨狼様でしたね」

「時間です」

「ああ、マリオ様が到着したのですね」

「それでは、失礼します。先に会議をはじめておきます」

雨狼は鈴凛にそう言った。

「……うん……ごめん」

そう言えば作戦会議の予定がはいっていた。鈴凛は最近は哀以上の遅刻常習犯になっていた。

雨狼は鈴凛を全然怒らなかった。

「……」

小さく鈴凛に礼をしてでいった。

「では」

なぜか素戔嗚は雨狼と名乗り一緒に行動するようになってから、師匠というよりは執事のように振る舞っていた。戦いは教えてくれるが、何か妙な関係性だった。

ローガンが呆然として思わぬことを言った。

「オレ雨狼さんにいつか殺されるかもな……」

「なんで?」

「そりゃ君とこんな関係だし」

「雨狼は別に何も言わない」

この関係はローガンの誘いに鈴凛がのったことからはじまった。

「雨狼はわたしの明のストレスのことはわかってくれてる」

「そうかな……なんか目が怖いんだけど」

「……」

「太陽の君に実は激づめされてるとかない?」

「……それは」

確かに雨狼は照日ノ君の右腕だ。

「リリはほんとうは神様の花嫁だし」

「……花嫁なんかじゃない」

そんな綺麗な響きのものでもない。

「あの人は……」

手のひらにある10個の錠剤を見た。

鈴凛は脱ぎ捨てられた服と共に床に落ちている小刀のペンダントを見た。

はしめ照日ノ君はとても怒った。でも神には輪番で戦姫を慰める役目がある。

鈴凛だけの物にはなってくれない。

鈴凛には明が必要で、明は鈴凛を暴走させており、暴走モードの鈴凛の寂しさは照日ノ君だけでは埋まらない。

「……」

鈴凛は掟をどうどうと破り、逆らえば処刑にでもしてくれるかもと期待したが、照日ノ君はそうしなかった。

ただ優しくなじるだけだった。

実は死にたがっていることを見抜かれているからかからかもしれない。

「次の花添えいつなの?」

ローガンが靴をはきながら言った。


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