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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
14/178

14話 琵琶法師

「おい!」

鈴凛がワンドリクをもらおうと、廊下を進んで、階段を登り始めた時、何人かが真っ黒い廊下をおしあいへしあい追いかけてきた。

「え?」

−−待てって!

−−アイまてよ!

男の怒鳴り声が後ろからした。

「うっさい! 来んな!」

騒がしい声がした。

「倍払わないなら歌わねえっつってんだろ!」

背の高い誰かが男たちが腕を掴んだのを振り払って、階段を不機嫌に登ってくる。

−−まあまあ落ち着いて

何人かの男が女をなだめようとしている。

−−下手くそに用はねえんだよ

ひきとめる男たちのひとりに振り返ってその人物は暴言を吐いた。

−−へた……

フェルゼゲリアのボーカルだ。

「うまいとか自分に酔ってんじゃねえよ」

「!」

フェルゼゲリアの前に歌っていた男性ボーカルが、ぶん殴られたかのようなショックを受けて動けなくなっていた。

「わ!」

鈴璃はちょうど入口に続く廊下に押さえつけられるようにして、その女とぶつかった。

「どけよ!ガキ!」

女がイライラとして怒鳴って中指をたてている。

「いた……」

化粧の濃い綺麗な顔立ちに恐ろしい影が差して鈴凛を睨む。

「!」

先ほどのフェルゼゲリアのボーカルだった。

後ろから何人もの男がどかどかと彼女を追いかけるように着いていった。

「え……あの子……」

鈴璃はかっこいいなどと思うんじゃなかったと思った。

急に憧れていたことが馬鹿馬鹿しくなる。

「はあ……」

階段の途中の小部屋にあるドリンクコーナーにいくと、なぜか人だかりができている。

−まだー?

−次はじまるんだけど?

がらの悪い人たちが文句を言ったり、やじを飛ばしはじめていた。

少し待ってみたが、信じられないくらいさばくのが遅かった。

「諦めよう……外の空気でも吸って、戻ろうかな……」

重たいドアに手をかけて廊下に戻る。

外へ続く階段を見上げた。

「あれ」

そこにも小さな人の団子ができていた。

−開かない……

−どうしたの?

−ドア壊れてる

後ろから別の客がきた。

「はやくいってよ!」

「え……でも……前の人がっすすまなくて」

「あかなくて」

「は?なんであかないの?」

他の人たちが必死にドアをひっぱっている。

鈴凛はなんだか妙なそわそわとした気分になった。

ドアは一向に開かないし、扉から外の光が漏れていなかった。

「……!」

「わたし……戻ります!通して!」

鈴凛は階段をかけおりた。

何かおかしい。

「未来妃」

ライブの部屋にあわてて戻る。


未来妃を探さなきゃ


扉を開くと煙がさあっと足元から出てくる。

「え……?」

中は白い煙が充満していた。

「わ?!」

臭い。燃えている匂いだった。

「火事だ……」

何人かが身をかがめて出てくる。

「未来妃!」

煙で何も見えない。

「どこ!未来妃!」

人々がげほごほと咳をして部屋から出てくる。

−−ステージで何か爆発したぞ!

誰かが叫ぶ。

濃い煙で何も見えない。

「ステージでなにが」

煙の中で人々がパニックになって出てくる。

人の流れをかき分けて中に入る。


未来妃はどこ−−


「え……」

炎がみえないし、どこも燃えてはいない。

「どうして煙が」

「あれなに?」

煙の中で、猫背に何かを貪る影。

ごりごりと嫌な音がしている。

「……ひ」

それがすっくと立ち上り、じゃらんとギターの弦をかき鳴らす。

ソレデハ キイテクダサイ……


「!」


カクレンボ


「なに……」

のそりと伸びる影は人間の二人分くらいあった。

「え……」

「なに」

一斉にじゃかじゃか音がなりながら、演奏がはじまる。

むなしいギターの音だけが流れていく。

煙が揺れるとその不気味な姿が見えた。

「ひ……」

胸に琵琶を従え、背中に雷神のような太鼓のよう従えた白い鬼が立ち上がる。

六本の腕には笛やら色々なもの従えている。

鬼が無数の腕で演奏し、歌っている。

「なにあれ」

横にいた誰かが声をあげると、びいんと弦が伸びる。するりと近くにいた人々もろとも賽の目切りのようにばらばらになった。

「え……」

鈴凛の足元に四角い肉片が転がってくる。

「ひ……」

逃げなければ−−

「きゃああああああ!」

鈴璃は息を吸い込んで、とっさに後ろのカウンターのようなものの後ろに隠れた。


ヒキオトシテシマウ


琵琶法師は歌い終わると、今度は息を吸い込んで数を数えて歩き始めた。


いーち

にーい

さーん

よーん

ごーお


急に冷や汗がでてきた。

あれを数え終わったらどうなるのだろうか。

心臓が高鳴る。

―キャアアアアアアア

観客たちが逃げていく。

十まで数えると、びいんとまた弦の音がして、鈴凛は耳を塞ぎたくなった。

「!」

指輪がドクンドクンと脈打つ指の血管を締め付けたような気がした。

どうして?指輪もピアスもしている。

なんでまたあんな化け物が現れたの?

またわたしのせいなの?


未来妃、どうか無事で


「あ」

また体からは桃色の光が氾濫していた。

まるでドライアイスが、冷気を垂れ流すように、不自然な空気が鈴璃から漏れる。

「はあ……はあ……」

指輪ががたがたと揺れた。

外すように言っているのだ。

「これを外せば……」


鈴璃は自分に困惑した。


いや、とにかく逃げなければ

でも未来妃をおいてはいけない


ろーく

しーち


数えながら鬼は賽の目の肉片を楽器についた口に喰わせていった。

口には棘のような長さの違う鋭い歯がついている。

鬼がそれをみてにんまりと笑い、ひゅーひゅーと不自然な息の音が聞こえた。

「未来妃をみつけて、出口」


何度も何度も同じことがおこる。

何度も何度も同じような痛い目をみる。


影姫の声が聞こえた。


奪われても奪われても奪われつづける


同じところをグルグルぐるぐる


「いやだ……もういやだ……」

はーち

きゅう

じゅう!

鈴璃は身をかわそうと体をくねらせたが、指に激痛が走る。

左手の第一関節から上がなくなっていた。

それが空中をサイコロみたいに舞っていた。

「痛い」

脳内が、もうどうしようもないほどに、混乱しているのが分かる。

「もうやだ……どうしよう……」

いーち

「!!」

何かが飛び出してきた。

「こっちよ!!」

未来妃が物品販売の倒れたテーブルの後ろから飛び出した。

「あ」

「数えている間に逃げるのよ!」

未来妃が鈴凛はひっぱっていく。


 *


階段を登る。その階段はどこまでも続いていて、出口のドアがなかった。

「なんでか知らないけど、中の構造が変わってる!」

未来妃が言った。

「未来妃……あれがなにか知ってるの……?」

「知るわけないわよ! でも逃げるしかないでしょ!」

「!」


なーな

はーち

きゅーう


姿は見えないのに鈴凛は鬼の声がきこえる気がした。

なんとなくどこにいるのかも感じる。

「まずい!」

「こっちに来てる!」

「え、こっちよ!」

「出口はどこに−−」

「ああ!」

二人の足場が一気に崩れた。

ばーんと鋼材のようなものが落ちる音がした。

「鈴凛!」

がしゃんと音がして、バラバラと建物を構築していた瓦礫が落ちていく。

下で不気味な紫色の炎が広がっていた。

未来妃がぱっとすんでのところで鈴凛の手を握った。

未来妃が鈴凛を掴んでちゅうぶらりんになっている。

「く……!」

落ちる−−。

下を見た。

鈴凛ははっとする。

炎の下に夜の空がみえた。

「え……」

空に落ちそうになっている。上下がまるで逆なのだ。

「んんんんん!!!」

未来妃が必死な声をあげる。鈴凛をひっしに掴んでふんばっている。

未来妃の腕に鈴凛の全体重が重力がかかっているのだ。

「未来妃!」

「んん……!」

未来妃もじりじりと鈴凛のほうにひっぱられている。

「ひ……」

びんびんと音がして、弦が伸びる音がする。

下には糸が格子に組まれた奈落の穴が口を開けていた。

「うう……」

指先の無い手血濡れた鈴凛の手を未来妃が必死に掴んでいるに。

「!」

落ちた靴がすぱんと弦に切られ半分になって、紫の炎の夜に落ちていく。

したのほうで糸をわたり、蜘蛛のように複数の手足を動かしながら琵琶を抱えて、登ってくる鬼が見える。

「まずいあいつがきた」


カクレンボスルモノヨットイデ

いーち


鬼は琵琶をかき鳴らしながらまた数えて、徐々に登ってくる。


「離して!」

「うそうそうそ」

「手を離して逃げないと、未来妃が−−」

未来妃の買ったばかりのスカートが破れている。そこから除いた白い足がぷるぷると震えていた。

病弱な未来妃に力があるわけない。

「ごめんわたしが家出なんて誘うから」

未来妃は必死に言った。

「違うの……これはきっとまたわたしのせいで……」

鈴凛もどこかでわかっていた。このような異常なものは自分が引き寄せたのだ。

「く……ふう」

未来妃は苦しそうにぐらりとバランスを崩す。

「離して」

「未来妃まで落ちちゃう!それにあいつがもう5まで数えて」

「わたしは死んでもいいの」

離れかけた手に未来妃が力をこめて信じられないことを言った。

ぐっと未来妃の力が強くなる。

「!」

「でも鈴凛は生きなきゃだめ」

汗をだらだら流しながら、乱れる呼吸を抑えながら未来妃は言った。

「どうして……」

どうしてそこまでするの?

「わからないけど、わかるの」

「鈴凛より価値があるものなんて無い」

「!」


鈴凛は魂と体が震えた。

なんでこの眼差しに気がつかなったんだろう


「……なんで……そんなに友達したいの……ばかじゃないの……未来妃のほうが愛されて将来有望でわたしなんか……」

誰にも愛されない、ふりむいてもらえない存在なのに。

鈴凛の声は震えていた。

「バカはそっちよ」

「あんなやつらに自分の価値を決めさせて」

「わたのほうがあいつらより10の23乗くらい鈴凛を大好きなことにも気が付かないで!」

「未来妃……」

「ああもう集中力が切れる!今説明させないで!」

「離してもうあいつがきちゃう」

「約……束よ」

未来妃が乱れる息を押し殺して情けない声を出す。

「生きて出られたら」

「やめて」

「生き残った方は」

「やめて……そんなこと言わないで」

「二人分」

「全力で青春を楽しむの」

「!」

未来妃のつま先が鈴凛の横を滑る。

「ああ!」

未来妃は死なせてはだめだ。鈴凛は強くそう思った。


それなのに二人とも死んでしまう。


「崩れる!」

「あ」

何かが上から飛び降りてくるのが見えた。

「!」

横をみると拘式谷の鴉天狗頭が未来妃を抱き抱えていた。

「時間の無駄だ」

鈴凛も誰かに抱かれている。

「……!?」

がっしりした黒い腕が軽々と体を支えている。

牛面の男が鈴凛を抱きかかえていた。

「ダイジョブ?」

「あなたたちは……」

「このクソ餌は役にたたん」

鴉天狗がむこうの足場でそう言った。

「!!」

そう聞こえるや否や猛烈な爆発音がそばでした。

「イケナイヨ。思わず助けちゃったヨ」

隣にいた牛の面をつけた男が、小脇にかかえた巨大なロケットランチャーを下にいる鬼にお見舞いしたらしかった。

「ヒット」

鴉天狗は足場を飛び上がって、上まで行った。

「貴様、安易に鳥餅をつかうな」

鴉天狗が牛面に文句を言っている。

「手助けは、御法度ヨ〜♪ でも助けちゃうよ〜♪」

「このエサは無能だ成長などせん」

「成長のためには厳しくしナイトいけないヨ〜ボスの命令よ〜」

拘式神嶺が未来妃を足元へ下ろしてから見下ろした。

「これはあなたたちのせいなの……」

鈴凛は怒りに震えていた。


−−勇めよ乙女!


上から聞いたことのある女の大声がする。 


−−戦姫は修羅の道!


崩れて空いた天井の穴から、鹿面の大女と猿面の男が見下ろしていた。

あの鈴凛を拉致した猿面の集団だった。真ん中の黄色っぽい顔をした猿が拡声器をこちらに向けた。


−−あー! マイクテスト〜!あー、マイクテスト〜!

−−百姫様〜! 戦ってくださ〜い


「あなたは……」

鈴璃は震える声をあげた。

鈴凛を美東橋で拉致した人物だ。


「ふざけないでよ!」

−−百姫様、ねえ、そろそろ戦いましょう。 だって八岐大蛇に、新幹線での忌、もう三回目だから、もう慣れたでしょー?

指を折りながら猿面の男が朗らかに言った。

「慣れるわけないでしょ!」

鈴凛は叫んだ。

−−簡単には死なないので大丈夫ですよ!

「お父さんが死んで、未来妃も死ぬところだった……」

−−でもあなたは死なない。ズルいですよねえ

「!!」

声の調子が三東橋で鈴凛に声をかけた、あの猿面の男だった。

−−今まさに死人がたくさん出ているのに あなたは死なないでしょうから

「!」

−−ちんたら話をしている場合じゃないわよ、また登ってきてる」

鹿面の女が双眼鏡のようなものでこちらを見ている。

−−佳鹿様、そういえば結界定石、足りました?」

−−大丈夫よ、不足している所は仮設置したから、結界はきいてる。でも人が多いでしょ。はやいとこかたずけたいわよね」


−−もう少し時間があるようです! あなたはソレと戦えます!

−−今頑張らないと、次々と周りの人が死にますよ!


「ふざけないでよ……」

猿面の男が言った。

−−駄々っ子、試練の時だわねぇ」

鴉天狗が飛び上がって、猿の元に未来妃をおく。

−あ、黒牛さん、鳥餅はまだ……

「我、助っ人一名! 張り切っって!シャカリキでえ! いっき、まもうす!」

「わ!」

「ボブ・ブラウン・ブラック・バイソン♪バーン・ボンド・バッド・ボーイ!」

やたらBでアホくさい韻を踏んでノリノリで、妙な銃弾を発射しはじめた。

「お助け〜イエ〜」

「きゃあああああ」

銃が煙をあげてとまった。

−−鳥餅を乱用しないでもらえます?

「あ、ふんじゃたYO」

男は動けなくなって踏ん張っている。

「助けにきてくれたんじゃないんですか」

「もう無理YO動けないYO」

「なんなのもう〜」

「バカが」

鴉天狗の男が鈴凛を黒牛から奪って放り投げた。

「いた!なにす……」

黒牛のブーツの底を切って、黒牛も上へつれ言った。

「ちょっとわたしも助けて−−」

−−腕は確かなんだけど、ふざけてる時、弾を使いたくなっちゃうのがBBの悪いとこなのよねえ……

−−このように、今回はロクな助っ人がおりません。影姫様は別の任務についておられます。今度は助けにきませんよ!あなたがやらなければみんな死にます!

−−ここにいる夏川さんも!

−−あー……、そして、わたしたちも!

−−まだ事態は甲くらいですが、事態は刻一刻と悪くなるのでーはやくしてください!」

「そんな……できない……できるわけないじゃないですか!」

あんなのと、戦えるわけない。

−−わたしたちの命もあなたに賭けてますので、そろそろお願いしますよ。ここまできたら嫌なんで

鈴璃にふと怒りが芽生える。

「あなたたちがやればいい!あの化け物と戦えばいい!」

びいんと音がした。

「わ!」

鬼は気がつけばすぐそこに迫っていた。

鈴璃は間髪いれずに、襲い掛かる鬼の攻撃をかわしながら、必死に叫んだ。あちこちをすり剥いていく。

「く!」

鈴凛はそばにあった瓦礫を鬼に投げた。

−−そうそう!いい感じです! 怒りは明を強化します!

「くっ!」

鈴璃はその反動で、飛び上がると、背中から飛んで着地していた。

−−指輪をすって神刀をだすのよ!

鹿面の女が叫んだ。

「なんでわたしが」

−−こいつはだめだ

天狗頭の頭領が重苦しく言う。

−−神嶺様、はじめから投げ出してはいけません

−−拘式谷の餌になっていたようなふぬけだぞ

−−いけません いけません

猿面の男が重く言う。

「!」

−−百姫様は戦えます

「戦えない!」

−−あなたは戦える

「……そんな」

−−霧姫様はもういない。影姫様もいませんよ。あなたが日本の守護戦姫なのです

糸で切れたほほ、無い指先。ひどい足首の傷。

−−あなたが日本人全員の命を負っているのです

−−あなたは誰を救い、 誰を殺すか決めなければいけない

拡声器を下ろして、猿男は改って言った。

「あなたがこの世界の責任を負っているのです」

そう言われて、鈴凛は脳裏に父が浮かんだ。

煙になる。

燃やされてこの世から亡きものにされる。

誰を守れるか、誰を見殺しにするか、誰を救うのか自分にかかっている。

「……だから何?」

鈴凛は怒りが湧いてきた。自分の肩を抱くと、傷口から広がった糸のようなものがまとわりついて、共鳴して悲しんでいるようだった。

「もうお父さんは死んじゃった。あなたたちのせいでしょ!」

「なんでわたしが……戦わなきゃいけないの!」

鈴凛は無いはずの指先が震えた。この世界にそんな正義感も責任感も持ち合わせる余裕は無い。

自分を嫌い痛めつけてきた世界だ。

自分を化け物の餌にした連中だ。

−−おやおや? わかっていませんね……

黄色い猿の声が邪悪さを急にはらむ。

「な!」

「貴様」

猿が足を動かした。

「まて!!」

鴉天狗が叫んだが遅かった。

「え……」

未来妃を容赦なく右足で、蹴り落とした。

「わ!」

未来妃の体が落下してくる。

「ああ……んむ!!」

衝撃とともに鈴凛は尻餅をついてそれをやっと抱き止めた。

「な、なにをするの!」

鈴凛は信じられない気持ちだった。

−−あはははは!ナイスキャッチ!

−−ほら鬼がもう数え終わりますよ?

「なんで……」

−−貴様、正気か

−−あんたってほんと胸糞よねい……

鹿面の女と鴉天狗の頭が横で呆れている。

「あなたは死んでもまた蘇るかもしれませんが……彼女は死にます」

「そのお考えで彼女を見殺しにするといい」

猿は意地悪く笑いながら言った。

「そんな……」

鬼が弦を伸ばしてくる。

「!」

鈴璃は恐怖に耐えながら、向こうで次の攻撃態勢に入った鬼を見た。このままではやられてしまう。なんとかならないのか。

未来妃を抱いて膝をついたまま、鈴璃は必死にどうやったら二人で逃げられるのか考えをめぐらせる。燃え広がった階段。高すぎる壁。勢いを増す煙。

出口は塞がっている。

「鈴凛……」

気を失っているはずの未来妃がうめくようにつぶやいた。

確かにかすれる声でそういった。

「に……げて……」

「!」

「にげて……」

きゅーう


「未来妃は何も悪くないのに……」


間に合わない−−。

時間が細分化されたように感じた。


未来妃を煙たがっていた。


この世界に自分だけうまく馴染んでいる……価値がある未来妃がきっと許せなかった。


「なんで……」


唯一、わたしの価値を認めてくれた未来妃が死ぬ

「なんで」


未来妃が死ぬ。未来妃は何も悪くない。

未来妃はわたしを助けだそうとしてくれた。


ここで未来妃が死ぬ。


砂場で遊んだ小さな未来妃、小学生の頃おもちゃをかしてくれた未来妃、一緒に帰ろうと言ってくれた未来妃。もう一度友達になりたいと言った潤んだ瞳。

「……」

重い両腕を持ち上げる。

指先の骨が再生しはじめていた。痛い。

赤い糸がメラメラと揺れていた。

それは鈴凛の決意を知って、待っているかのようだった。

もう片方の指輪をくわえる。

「世界なんて知らない」

自分には夢も正義感もない。何もない。

「あなたたちなんて大嫌い」

ひとつの不確かで小さな可能性しかない。

目の前にいる、未来妃を救えるかもしれない

できるかどうかはわからない。

鈴凛は指輪をマッチをするように擦り開いた。

「でも!!」

赤い糸がくるくると勝手に指先を作り、その手が勝手に刀を握りしめ、見たこともない衣を纏っていた。

「きますよ!」

「あ……」

握りしめた手からあの光の赤い線が生き物のようにさらに溢れ出る。

それは現れた神刀にまとわりついて、どんどん広がっていく。

力が漲った。

「未来妃を助けられるなら、わたしに力を貸して」

その言葉がつい口を出る。

「ああああ!」

鈴璃はその刀で思い切り目の前に迫った鬼を薙ぎ払った。

「ああああああ!!」

刀が風を巻き込んで、羽のように軽くなった。

体から紅の光が湧きあがって湯気のような光柱がたちのぼる。

煙が空に舞い上がって言った。

刀に赤い光がまとわりついて、枝分かれした影を作っている。

「……」

−−すごい

「まさか」

赤い光がほとばしる。

「あれは」

「十束の剣」

−−一撃で

「やはり彼女は櫛灘(くしなだ)様と同じ力を……?」

ものすごい悲鳴が上がる。今度は世界が真っ青になった。

「!」

さあああと蒼い雨が降ってくる。

耳鳴りのように響いていた叫び声やしくしくと泣く鳴き声が遠のいていく。

「……!」

静寂が訪れた。

煙が流れていく。火が幻だったかのように消えた。

鈴璃は恐る恐る、振り返った。鈴璃を境に半分になった獣の残骸は、金の炎をあげて燃えていた。白い羽と鱗が空を舞う。夜空に散る雪のように、それはハラハラと舞って消えていった。

夜空に月が出ていた。

異界は消え、焼け落ちたライブハウスに立っている。

「わたしは……何も知らないよ……」

鉄の臭いがする。

「でも未来妃が死んでいいわけがない」

頬にのった生暖かいバケモノの青い血が、乾いていく。それはそっと乾くと、金の粉になって風の中に消えていった。



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