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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
104/179

あなたにはわからない

「みんなにはどうせわからない」

影姫はああは言ったが、世の中の大半の男女の仲がそうだとしても、周馬だけはそんな人じゃない。

世の中の大半の恋人たちがそうだとしても、わたしたちは違う。

鈴凛は教室のベランダのてすりに頬をのせたまま、外をみていた。

「本当に人を好きになったことがないから、わからないんだよ……」

周馬と他のクラスの男子たちがふざけてサッカーをしていた。

「周馬だけは違う」

自分が急にいなくなったら、きっと探してくれる。あの日みたいにみつけてくれて傘をさしてくれる。

「……でもだからこそ、口はきかない」

鈴凛はそう決めたのだった。

周馬の夢と人生を守るために口はきかない。

「……」

鈴凛は周馬と本当に連絡をとらなかった。記憶は消され、周馬はあの公園にはきていないことになっていた。メールは約束通り無視している。何通か無視したらこなくなった。

玉手匣によって周馬の記憶は消された。

それでもあの大切な夏は鈴凛の胸に残っている。

「鈴凛、どこいってたの?哀も……」

夏休み明けてから、鈴凛はギリギリに登校し、休み時間もトイレや、他にも色々な理由をつけてグループの輪に入らないようにしていた。

昼休み、みんなでいつも一緒にお弁当を食べている屋上にもいかなかった。

「哀とサラコマンダーの大会のことについて話してただけ」

「……そうなの?」

未来妃は不安そうな顔をしていた。

「ねえ鈴凛、周馬と何があったの?」

「何も……ない。その質問もう五度目……」

鈴凛はそう言うことがとても辛かった。

「ごめん……」

「わたしは毛利先輩を選んだの。未来妃がどんなに正しいって思うことがあっても、それは変えられない」

「でも周馬は」

「そんなに周馬がいいと思うなら、未来妃が付き合えばいいでしょ」

鈴凛は想像以上に冷たい声がでた。

「……!……本気で言っているの……?」

未来妃はショックに満ち溢れた顔をした。

鈴凛はそのまま未来妃を置いてその場をさった。


          *


ぎすぎすした学校生活が、残暑の中だらだらと続いていく。

飛ぶようにすぎていた楽しい学校生活の時間を、いまやあらゆることに嘘や言い訳をつけて逃げ回っている。

「はあ……」

グランドを未来妃と周馬たちが下校していた。

「陵王が誰だったのかとか、今どうなっているとかなんのお知らせもこねえじゃねえか」

哀が屋上にやってきた。

「妙だよな、閃のとこにいって、素戔嗚にききにいこうぜ。あいつが担当医に変装してんだろ?」

「そう……だね……」

鈴凛はファミリーレストランで陵王が捕まったと聞いてから、すっかり関心が失せていた。そんな妙なウケを狙うような男だとすれば、中身はやっぱりあのウケ狙いの関西人だったのかもしれない。

鈴凛はその真実を知りたくないような気がした。

今は周馬との悲恋に浸っていたい。

−−ちょっと離しなさいよ!!

「おまえ……咲をつかまえたのか?」

アイが驚いたように言った。

「周馬と未来妃の邪魔ばかりするから。相変わらず周馬にまとわりつくの」

屋上の掃除道具入れに鈴凛は咲を捕まえてつっこんでいた。

「記憶は消せばいいし」

咲の記憶がどうなろうが鈴凛はどうでもよかった。

自分と周馬との大切な記憶さえ消した。

もはや、この悪魔の脳などどうでもいい。

この街にはまだ三月までいることができる。

鈴凛に残されたやることは、未来妃と周馬を全力でくっつけることくらいしかなかった。

自分のためにやると思うと罪悪感があったが、二人のためという名目であれば無茶と思われることも、多少の悪事にも簡単に手を染めることができた。

がちゃりと音がして、拘式が入ってくる。

「おい。安易に玉手匣を使うなと言っただろう。俺の仕事が増える。黄猿はここにはいないんだぞ」

拘式がうめくように小さく言った。

「いいじゃないですか、これくらい協力してくれても」

「貴様……調子にのりおって……許」

「あいつら……もしかして……本当にくっつくんじゃねえか」

アイがグラウンドを眺めてうめいた声をあげる。

未来妃と周馬が帰っている。

鈴凛は影姫が言った、人間の男なんて所詮そんなもの、それが耳の裏側のあたりで響いた気がして怖かった。

「……!」

必死に自分に言い聞かせる。

ちがう。これは自分がしむけたことだから。

だから、これでいいんだ。

「何の問題がある」

拘式が冷たく言った。

「いいのかよ? もうおまえみたいにクソ性格が悪い死神の殺し屋を好いてくれる、ガリ勉委員長はもうどこにもいないぜ」

「貴様……」

「ちょうどいいよ」

鈴凛も言った。

「未来妃が拘式さんから離れて、周馬といてくれる」

拘式は目を細めた。

「未来妃なら周馬も幸せにしてくれる。平和な世界で平和に丸く収まる」

「だから咲を全力で止める」

「だからといって勝手に玉手匣を乱用−−」

「ちょうどいいみたいなのは、最低の案だよたいてい」

哀がげんなりしていった。

「アイもわたしも未来妃とずっと一緒にはいられないんだよ?」

「そりゃそうだが……」

「おまえは咲に渡したくないだけなんじゃないのか」

「そうかも……しれないけど。とにかく、未来妃と周馬がくっついてくれたら嬉しいの!それだけがわたしの……」

そしたら彼女たちの子孫を温かく見守ることができる。

それくらいが鈴凛の希望だ。

咲と周馬の未来なんて絶対にみたくない。

いつかは未来妃と周馬が仲がよすぎると、複雑な心境だったが、今となってはそれが一番いいと思えた。

戦姫の仕事をしながら、未来妃と周馬の子孫を守っていこう。

「まあ、ああたしも冷たくしてるから、未来妃も必然的に行き場がなくなって周馬たちといるのはしかたねえだろうけど」

「哀はばかみたいに悪口付け足しているだけでしょ」

「な、ばかだと?!」

「やめろ」

「おまえもいつも以上に未来妃に冷たくしているよな?」

アイは拘式をみやった。

「いつもと……変わらない」

拘式は答えた。

「ガキの色恋沙汰など馬鹿げている」

「翔嶺がいるってことは、おまえにも嫁がいたんだろ。ということはあつーい色恋沙汰があって結婚したんだろ」

アイが唇をわざとらしくちゅうちゅう突き出して言った。

「政略結婚だ。馬鹿げた色恋沙汰ではない。実益あってのことだ」

拘式は堂々と言った。

拘式神嶺の妻はどんな人だったんだろう。目の前の男がだれかとそういうことをして翔嶺君が生まれたなんて信じられなかった。

「とかなんとか言って隠してんだろ」

「隠してなどいない」

拘式はイライラとしながら言った。

「恋だの愛だのは脳の幻想だ。誰だって結局は実益でうごいている」

「へー」

「源鈴凛ならば、青春を楽しむための暇つぶしの相手」

拘式が淡々と続ける。

暇つぶし?

「……!」

「拘式神嶺ならば、性欲と子孫を残すという利害だ」

鈴凛は拘式を睨む。周馬はそんな存在じゃない。

「最低な返事を、どうもありがとうございます」

「やっぱこいつは心が死んでいるな」


       *


周馬は暇つぶしなどではない。

もっと大切で、特別で—

「!」

家につくと、周馬と帰ったはずの未来妃が待っていた。

「未来妃……なんで……」

未来妃がぱっと顔をあげる。

「しつこいよ。わたしはもう周馬とは−−」

「ちがうの、ちがうの」

未来妃が慌てて言った。

「今日閃くんのところにお見舞いにいくの、だからいっしょに……いかないかなって……」

鈴凛は少し考えた。素戔嗚に陵王のことを聞ける。

確かに毛利邸にいる素戔嗚様に会っておきたい。

だが、未来妃とこれ以上くっついているのもまずい。

「……言ったでしょ、わたし忙し……」

「お願いちょっとだけ。閃くん体調がすごく悪くて。だめかな……?」

「……」

「周馬のこともううるさくいわないから、だからお願い」

未来妃はそう言って、自信なさげにもじもじしている。鈴凛に冷たくされてめげているようだった。

嫌われないように必死になっている。それが伝わってきた。

「……」

鈴凛はそれが痛々しく思えてくる。

「ちょっと……だけだよ……」

「うん!」

未来妃が満面の笑みになった。

「あのね……鈴凛……」

道中は未来妃の話ばかりきいていた。

鈴凛は未来妃の話が全然あたまに入ってこない。進路や大学の話は鈴凛にはもう関係ない。

「……」

鈴凛は一周回ってまたもとの同じような状況に戻ったなと皮肉にも思う。鈴凛には未来妃に話せることがない。鈴凛の頭を占めている問題で未来妃に話してもいいことがほとんどなかった。

「……」

「ようこそいらっしゃいました」

アーネストがでてくる。

「こんにちは」

その目は西欧館でのことは知っていますと書いてあった。

「……こんにちは」

「こちらです……」

アーネストが重苦しい声で言った。

「未来妃……?」

ベッドに横たわった少年は以前よりもずっとずっと弱っていた。

腕はがりがりに痩せて皮と骨になり、頭蓋骨の頭がみてとれる。目は置いたように落ち窪んでいた。

新しい医師によって持ち直した体調はまた悪くなっている。

鈴凛はなんだか子安貝を盗む努力をしていない自分がとても悪い人間に思えた。

「僕を……呼んでいるんだ……」

少年は目がうつろだった。

「薬による幻聴だよ」

奥の部屋から北斗と鳴海に扮した素戔嗚がでてくる。

「強い薬だから痛みは抑えるのですが」

「……未来妃……こんな姿……みないで……」

「閃くんは、閃くんだよ」

未来妃も想像していた以上の状態に、涙を堪えているようだった。

「僕わかるんだ……もうすぐ……死ぬ……」

「……閃くん……」

未来妃がかけよってぎゅっと手を握ってベッドに顔をふせる。

「……未来妃、僕のこと……好き……?」

「うん……好きだよ、大好きだよ」

未来妃が震える声で言った。

「じゃ僕が死ぬ前に、結婚してくれない?」

「え……」

未来妃が顔をあげる。

鈴凛もそれをきいて体が硬直した気がした。

「閃くんはまだ小さいからできないよ」

鈴凛があわてて言った。

「未来妃、僕と結婚してくれる?」

閃がもう一度、無視して未来妃に繰り返した。

「……!」

「そ、それどころじゃないよ。体を大事にしないと」

未来妃は困惑していた。その表情には本当は拘式が好きな真実が隠されている。

「元気になったら」

閃がまた問い詰める。

「……うん……元気に……なったらね」

「約束」

「!」

「約束して」

「わかった……約束……」

未来妃がやるせない表情で言った。

「元気になって、大きくなったら……ね」

それがどれほど残酷な約束か未来妃もわかっているようだった。

「閃くん、あのさ……」

鈴凛はどうにかこのとんでもない約束を消さなければならないという衝動にかられる。

嘘でそんな約束をするべきじゃない。

子どもだからって、もうすぐ死ぬからって、どうせ果たされないからって−−

そんな残酷な約束があっていいわけがない。

鈴凛は強く思った。

いつも意見なんて尻込みして言えないのに、今日は今すぐにでもこの流れを止めなければと言う気がした。

「それは違う−−」

「僕は死ぬんだよ」

閃が怒った目で鈴凛を睨む。

「何の願いも夢も叶えられないまま、向かい始めることもできないまま」

「……!」

「誰かさんと違って」

「……!」

鈴凛は何も言えなくなってしまう。

「僕だって! 体は弱いけど、この頭を使って全てを思うままにできる力が欲しかった……世界を征服したかった……未来妃のために……」

「僕だって……」

「でた。閃くんの世界征服」

未来妃がちょっと安心して笑う。

世界征服?

その言葉は確かに子供じみているが、鈴凛には恐ろしい音に聞こえた。

もし彼が元気になってしまったら本当にとんでもないことになるかのように。

「すごいものを作れば、世界だって征服できるんだよ」

鈴凛は強い不安のようなストレスを感じた。

子どもである閃がよくならないほうがいいなんて考える自分もどうかしている。

でもなぜかそう思わずにはいられなかった。

「そうしたら、僕、すべてを未来妃にあげるよ」

「ありがとう」

未来妃が笑う。

「でも閃くんが元気になってくれることが一番だよ」

「……!」

閃は傷ついたような複雑そうな表情の後、思い詰めた顔をした。

「そんなこと……」

「……?」

「そんなことが、ききたいんじゃないよ!」

「……!」

「僕は……僕は……」

「ごめん……今日は……帰って……」





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