西欧館
「まぁた、メソメソウジウジしやがって」
哀がはあっとため息をついた。
「煌姫様そっとしておいてあげましょう」
間狸衣が小さな声で言った。
「そうだよ。わたしは悲しみに浸りたいの。わたしは運命の恋を失ったの」
鈴凛は哀をきっと睨む。
「男なんてそこらじゅうにいるだろ? まあ……あいつみたいな顔面イケメンがおまえに惚れることは、もうないかもしれねえがな」
「う……うう……」
「ほらまたよけいに泣かす……」
鈴凛はヘリコプターの中でいろいろなことを思い出すたび泣いていた。
手の中でグラスポニーが冷たくなっていた。
「で、それどうするんだよ? さすがに無視するのに、周馬に誕生日もらったヘアゴムを学校にはつけていかねえよな? あ、そうだ! 熊野にやればいいんじゃねえか? あいつ欲しがってたぞ。あれは色と光の魔術だの、なんだの、わけわかんねーことを、あたしに……」
「いやだ。高天原で使う。もう周馬の目に触れるところでは使えないけど、これだけは永遠に使う。永遠に」
「ったく未練ったらしいな。そんなんで本当に、周馬を無視できんのかよ」
「できる……周馬のためだから。口はきけないけど、周馬のためにわたしはこれからも生きていく。卒業までのあと少しもそばにいれば、きっとできることもまだあるだろうから……」
「あーあーそれが未練ったらしいんだろ」
「もうすぐ着きます」
技蛇が言った。
鈴凛と哀たちは影姫が移動してきたという韓国軍のヘリコプターに乗っていた。
「人間の男を信じるなんて馬鹿よ」
影姫がぽつりと言った。
「……」
影姫と鈴凛の意見は平行線のままだった。
「でも……あの……影姫様は望姫様のこと知っていて、それできてくださったんですよね? 神域の時も、自分も罰せられるリスクをとってまで影能力で花牢に連れていってくださいましたし、実はすっごく妹姫想いなのでは……?」
間狸衣が言った。
「つ、ついでよ!ついで! このグズのためになんかに、わたしがわざわざくるわけないでしょ!?」
「うわー……なんか萌えてきました。そういうカップリングもありかもしれないです……」
間狸衣が一人でぶつぶつ言い出すと、影姫が身を乗り出した。
「ちょっと変な勘違いして、変な想像しないでよね!」
「そうだ! 百姫様のために来るわけがないだろう! 影姫様は秋葉原で行われたブブリアンの限定グッズ販売展にこられたのだ!」
「え……」
一同がしんとなる。
「ほら」
技蛇は黄色いボディの巨大な抱き枕くらいの特大ぬいぐるみがビニールに入っているものを前のほうの席からひっぱった。
間抜けな顔がこっちを見ている。
「ば、ばらさないで〜!!技蛇……」
影姫が真っ赤になってる。
「軍用機に何のせてるんですか……」
間狸衣が呆れて言った。
「だははは! ぬいぐるみって。子どもかよ。ブブリアンってあのきもいエイリアンみたいなキャラだろ? おまえこんなのが好きなのか?」
哀は腹をかかえて笑っている。
鈴凛はギヤラクシアランドでみたブブリアンを思い出した。両思いになれるだったか、幸せになれるだったか、そのようなジンクスのあるキャラクターで一時期とても流行った。
「ブブリアンちゃんを馬鹿にしたわね!殺す!あんた殺す!」
「どこがいいんですか……?」
鈴凛も呆れてきいた。自分はこんな架空のエイリアンに負けたのかと思う。
「このキュートな三つの目と、ふわふわのボディ、にーっと笑った笑顔が控えめに言って最高でしょ?日本人のくせにブブリアンちゃんのよさがわかってないとは……これはあんたたちに、教え込まないといけないわね、ブブリアンちゃんの素晴らしさを。なにがすごいってまずブブリアン星の……」
「そんなに言うなら」
「もちろん、あげるわよ、まず下敷きに、キーホルダーに」
「!」
「そんなに人間の男がだめとか言うなら、望姫のこと何か知っているんですよね?」
「……」
影姫が真面目な顔になる。
「佳鹿もいないし。西欧館の出島につけて」
佳鹿は残って宇多で証拠隠滅の後処理をしていた。
「西欧館って言えば、ヨーロッパの……なんでおまえが」
ヘリコプターから降り立ってみると、鈴凛はその場所に見覚えがあった。
羊杏が煤払いをしていた飛車門だ。
「ヨーロッパ周辺の領地を管轄してるんだったか。おまえも知ってんのか?」
哀が間狸衣に言う。
「白人だからって、まるっとEUとUSをまとめないでもらえます?」
「アメリカと欧州は全然違う」
技蛇が言った。
「そうですね」
間狸衣も言った。
「ちょうどいいわ。ちょうどおねえ様も帰ってきていると思うし」
「おねえ……様……?」
嫌な予感がした。
西欧館はバラの生垣に覆われた白い木製の建物だった。入り口に入ると大理石の見事な玄関で、巨大な金細工の花瓶に生花がこんもりと生けてある。置き時計や、ダンスをしている男女の陶器の置物など、西洋風なものがたくさんおかれていた。
「望姫はイギリスが守国だったのよ」
影姫が言った。
佳鹿はむかしイギリスにいた。そんなことさえ知らなかった。
「だから羊杏も、イギリスの子なのよ、知ってた?」
「え?」
鈴凛はそうかと思う。
「はじめまして、館長の鳴鳩と申します」
ふくよかな白人の女性が、ライラック色のドレスを着て出てくる。
「ようこそいらっしゃいました」
ドレスの裾を広げて足をさげてあいさつした。
「おい……なんか……すげえな……」
アイは女性の盛り盛りのブロンドを見上げる。確かに高天原の文化を無視したスタイルで、まるでロココ調の絵画からそのまま抜け出したみたいだった。
「棘姫様は、薔薇の間にいらしゃいます」
「やっぱり……」
「うげ。あの意地悪軍団の親玉か」
哀も声をあげる。
「おねえ様に失礼よ。あんたバラバラにされるわよ」
「……」
部屋からは音楽が漏れ聞こえていた。
いかにも西洋チックなクラシックなメロディが聞こえて、チェンバロの音もしている。
「音楽が……」
中に入ると、部屋の装飾に驚かされた。白い壁には金縁の鏡が並び、眩いシャンデリアがいくつも降りてきており、フリルのついた華やかなブルーのカーテンや豪華な調度品が調和していた。カーテンと同じキルトの花柄のクッションがついた立派な金の肘掛椅子に美しい棘姫が座っている。
「棘姫様」
青い目が物憂げに目をふせていた。
「ごきげんよう」
ドレスに身をつつんだ棘姫が優雅に誰かと金茶を飲んでいる。
「そうぞ、おかけになって」
美しい髪がくりんくりん巻かれてハーフアップにされている。羽やら宝石のついた髪留めやら花やらいろいろなものが飾られていた。
ベージュ色のレースがたっぷりとした豪華なドレスに身を包んでいる。
「ここは本当に高天原か」
哀が呆れて言った。
後ろには楽団までいて、音楽は五人のまっしろでクリクリのいかにもなカツラをつけた女性たちが演奏させられている。
「真誌奈んとこも最悪だが、ここでも絶対に働きたくはねえな」
「徹底してますね」
間狸衣も小さく言った。
気がつくと、テーブルにもうひとりバラ柄のスカーフをかぶったままの地味な老婆が座っている。
「こ……んにち……は……」
かすれる声でそう言った。
「十二宮、薔薇十字団、団長のクロエ様です」
老婆は丁寧に挨拶しようと体をおこしたが、よろよろとして全然立ち上がれない。鈴凛はあわてて言った。
「そのままで」
「ばあさん無理すんな」
「よう……こそ……おいで……くださいました」
鈴凛は佳鹿の話を思い出す。この老婆は十二宮。つまり裏社会を牛耳っている十二人のうちの一人のはずだが、全然そのような雰囲気はなかった。
「この……クロエ……何を……お手伝いいたしましょう」
「お姉さま。このグズどもに、望姫の件を教えておこうと思いまして」
影姫が言った。
「まあ……今頃になって?」
気だるそうに外に棘姫は顔を向けた。ほうっとため息をつく。
「どういう風のふきまわしですの……?」
棘姫がなめらかに、嫌味を優雅に付け加えた。
「……」
「処分によってほとんど資料は消されたけど、少しだけ資料はここに残ってる」
影姫が言った。
「あのようなことは二度とおこらないほうがいいものね。前例は知っておくべきでしてよ?佳鹿はあなたには話さなかったのね。まったくなんて愚かなんでしょう……」
「紅茶がはいりました」
鳴鳩とおつきのものたちが、鈴凛たちの紅茶を持ってきた。
「ありがとうございます」
銀のお盆が三段になって、サンドイッチやケーキが乗っている。
鈴凛はその配置をどこかで見たことがあると思った。
「持ち方がなっていなくってよ」
鈴凛がカップを持つと、棘姫の声がきつくなる。
「え」
「ソーサーは左手に持つのよ」
「これはマイセンの歴史ある代物。そのように不作法におもちにならないで」
「すみません」
「なーにがおもちにならないで、だよ。たかがカップだろ」
「わ」
哀がカップに触れようとすると、右手がばらばらとテーブルに落ちた。
「茶なんて飲めればいいだろ」
「うわあああああああ!」
楽団たちが哀の悲鳴にぎょっとして、音楽をとめる。
「え」
指と手のひらが魚みたいにぴちぴち跳ねている。
「わたくし、無礼なのは嫌いですのよ」
血はでていないが、断面が綺麗にすぱんときれたように血肉が見えていた。
「ひい」
「なにしやがる!!」
棘姫の能力らしかった。
「あなたにエリザベート3世に触れる資格はどうやらないようですわ……」
そう言って棘姫は涼しい顔で扇子で顔をかくした。
「痛い……戻しやがれ!! てゆーかなんで食器に名前つけてんだよ」
「あやまるなら、もとにもどしてあげてもよくってよ? でも、あなたがます、エリザベート3世に謝てくださらないと……」
「なんでコップに……あやまらねえと……」
鈴凛ははあ……とため息をついた。
哀は反対の手で、一番動きの鈍い親指を捕まえてつまみ上げると、元の場所に置く。
「おー!くっついた!!くっつくじゃねえか」
「おもしろいですねえ……」
間狸衣も興味深々に見ていた。
「百姫様は……望姫様の……罪のことを……おききになりにきたのですね」
クロエが言った。
「はい」
「あの時は……西欧館も立場が……危うくなりました」
「田心姫様がいたから大丈夫だったけど大変でしたよね、クロエ?花牢ゆきの戦姫を出すなど、西欧館の恥ですわ」
「申し訳……ございません……」
「おまえこそ、一緒に仕事してたんじゃねえのかよ?」
「あんたねえ、さっきからおねえ様に失礼なのよ!もっと」
「正確にはあの方がこられたせいで、わたくしはイギリスをお譲りして、フランスの前線で田心姫様と前線で大変な仕事をしていましたよ?」
「……」
「だからわたくし、あまり詳しくは、あの方について、存じあげないの。どこの馬の骨ともしれぬ殿方と、駆け落ちするため、照日ノ君の神器を盗もうとした、ということくらいしか」
「……」
棘姫は気だるい雰囲気でまた言った。
「あの方のことがもっと詳しく知りたいな、詳しくは鳴鳩におききになって」
「わたくし、依頼していた帽子の仕上がりを確認しなければならないの
「……」
「どうぞ」
「いきましょう」
「こちらです」
「うわあ……すてきな図書館」
壁いっぱいに本が収まっており、高い本棚にははしごがかけられていた。
「こちらです」
「あ……え……これ……」
鳴鳩が大きな本を持ってくると、それは写真のような精巧なタッチで描かれた絵画だった。
肖像画がたくさん描かれている。
「絵か……」
「こちらに」
茶色の髪に緑の目をした可愛らしい白人だった。バレリーナのようなチュチュを着ている。
「これ……」
「サーカスで身分を隠して仕事をされていたのです」
「黄泉能力が体重を自在に操る力だったので」
空中ブランコの写真もあった。
「へえ……」
「ヨーロッパって八十神の力の強いところなんでしょう? 新姫なのになんで?」
「戦姫はその親族や子孫を守るため、死亡時期を曖昧にするためにしばらく生まれ国にとどまることが多いのです」
「じゃあ望姫もはじめての守り国でフェードアウト中だったってこと?」
「……佳鹿はなんで望姫について……あんまり話してくれないんだろう」
「佳鹿様は難しい立場なのです」
「今もですが……その当時も」
「佳鹿様は中国で猫姫様に見出されたのです」
「中国が領地である猫姫様を筆頭とする、古代の戦姫様派、と棘姫様を筆頭とする近代の戦姫派は、とくに犬猿の中にございます。それはひいては欧州対中国のような構造もつくりだしており……まあいろいろと難しいのです。佳鹿様はイギリス人である望姫様の花将になったので」
「なんでそんなことになったの?」
「わかりません。決めたのはもちろんIUの炉狼様ですが。架け橋にしようと思ったのかもしれませんね。あの事件があってからは、西欧館と華宮館でも罪のなすりつけあいにもなりました……」
「何か言うと、話を蒸し返してしまい、また争いの火種になると思ったのではないでしょうか」
「そっか……」
資料の似顔絵をみる。
「ん……?!」
鳩鳴が重いページをわけて閉じようと何枚かめくったとき、鈴凛はびっくりした。
「まって」
「マリオンさん?」
男性が三人と女性が二人描かれている。
「ああ……薔薇十字団のゴールドスミス家ですわ」
「これがゴールドスミス家の当主、カーター・ゴールドスミス。わたしの兄です」
鳴鳩が指をさす。
「わたしの兄にあたります」
「この人、毛利照親さんの奥さん」
「わたしの妹、マリオンです。毛利家に嫁いだのです。じっさいにはわたしとマリオンは顔をあわせたことはありませんが」
「なんでだよ?」
「わたしはそもそも出生後すぐに召し上げられたのです」
そういうこともあるのか、と鈴凛は思った。
哀もそれが悲しいことなのか、めでたいことなのか消化不良になっている顔だった。
目の前のひとも幼くして、高天原に来たらしかった。
「ん……アーネストさんも?」
鈴凛は先ほどの銀の三段にあった軽食がアーネストが作る朝食にそっくりだと思った。
「アーネストは手紙でしかやりとりしたことはありませんが、我々の仲間です」
「じゃあ閃くんのことも知っているんですか?」
「はい存じています」
「甥のうちひとりは幼いのに体調が悪いと伺っています。アーネストは我々の忠実なしもべです。情報は自分達で手に入れねばなりません。毛利家は天雅家の傘下にありますから」
この人は毛利就一郎のおばさんなのかと鈴凛は驚いた。
「やりとりって……」
「アーネストから、クロエ様へ、クロエ様がここへ持ち込みます」
なるほどこうして情報がやりとりされるのかとおもった。
「そしてわたくしに集約されます。それが館長の仕事です」
鈴凛はなるほどと思う。下界の十二に分割されたエリアの長が十二宮の長官ならば、高天原の方でその役目を負っておいるのは出島のそれぞれの館長であるようだった。
「天雅家はいえ他の領主たちも自分達の領地内でのことは情報を開示することを嫌がります、十二宮は世界の平和をまもるため協力することもありますが、力関係のバランスもあるのです」
「望姫様の件は……乙姫様以来……大事件だったのです」
「神器を盗もうとして、素戔嗚様が望姫を殺したのよね?」
「そういえば男の方はどうなったんだ?」
哀が思い出したように言った。
「第二の浦島君はよ」
哀は独特のセンスで勝手にあだ名をつけていた。
「玉手匣で頭すっからかんにされたのか?」
「哀……」
「ついに行方は知れていません」
鳴鳩が言った。
「え?」
鈴凛は体じゅうを違和感がかけめぐる。
「望姫様が罪によって処刑された後、方々捜索されたそうですが、二人が懇意にしていた痕跡はもうどこにもなかったとか」
「二人が……?それってどういう……?」
「人間の誰かを好きだという疑いはまえまえからあったそうです。それにそのことは佳鹿様も感じていたそうですが……」
「でも」
「何人か男女の仲になったのではなと思われる相手もいました」
「?」
「でも」
「誰も望姫様がいなくなっても、探す人はいなかった」
「……え?」
鈴凛は目に見えない静かな雨がふったような悲しみが降りたと思った。
「どう……いう……こと?」
「……つまり……」
哀は考える。
「駆け落ちは思い込みだったってことか」
「わかりません、そのように振る舞うように望姫様が口添えしていたのかもしれません。自分が神器をとってくるのを失敗したら、そう振る舞うようにしろと」
「誰も望姫の部屋に心配して確認に来る者もいなかったそうです」
鈴凛はそんなひどいことがあるのかと思った。
哀は首を横に振った。
「……普通に考えりゃあ……もう他の女ができたんだろ。男はそれほど好きじゃなかったってことだろうな」
鈴凛もわかっていたがそれを聞くとショックだった。
命をかけた恋がそんな終わり方をしていいのだろうか。
「人間の男などそのようなものなのでしょう」
鳴鳩がそう言うと、そうであってほしいというふうにも聞こえた。
彼女たちは男女の恋愛を知らない。
「しかし八咫烏……じゃなくてむこうはバラバラ団だっけ?それの目を盗みながら、男といちゃつけるほど器用な奴がいるとはな」
「薔薇十字団です。望姫様は空を舞えるほど、体を軽くできたのです。それも管理が行き届かなかった理由のひとつかもしれません」
「なるほど、物理的に追いかけられなかったのか」
「わかった?」
しばらく別の席で何も言わなかった影姫が口を開く。
「あんたの部下の八咫烏の男はあの男のためって言ってたけど」
「わたしに言わせればくだらない」
影姫は吐いて捨てるように言った。
「!」
「人間の男を好きなって、いいことなんてひとつもないわよ」
鳴鳩も目をふせた、アーネストとも繋がっている、きっと八咫烏の情報も。鈴凛が人間の男とつきあっていたことも知っているのだと思った。
「あんたはグズだけど、おなじように馬鹿みたいに死んでほしくないだけ」




