美鈴の実家
「たしか……おばあちゃんちはこのへん」
前面が凹んだ旅館のバスは近くまで止めて置いていった。
こんなことをしている場合ではないのだが……と思いつつ歩く。
みかんの木が生えた家がいくつか並んでいた。
白い壁に黒い屋根の昔ながらの作りの家々だった。
「……」
外は朝から晴れている。
「あんまりきたことないのか?」
「うん、ほとんど何か理由つけて法事もでてないと思う。昔はおばあちゃんへのあてつけなのかと思ってた」
「おお?!」
浴衣姿のふたりを見て、サンダルをはいた男が頓狂な声をあげた。
人の良さそうな顔に見覚えがある。
「萩の……おいちゃん……」
鈴凛は慣れないながも呼んでみる。
「おお……鈴凛ちゃん?」
「こんにちは」
鈴凛は平然を装った。
「鈴凛ちゃんか……よう来たな」
本当によく辿り着けたものだと自分でも思う。
佳鹿たちがボンクラとも思えない、親戚の家などすぐみつかるだろう。
ささっと真実を確認したらここを出なければならない。
周馬を逃さなくては—
「お父さんのことききたくて、いや玲子さんのことがききたくて」
「!……そうか……今日子ちゃんは何も話したがらんのだろうなあ……」
男は少し事情を察しているようだった。
「みかんだらけ。おまえんちみかん農家だったのか」
周馬が驚いて中を見回していた。
「今はもうやってないよ。昔はみかん問屋だったけど、火事で全て燃えて一から立て直すのが大変だったらしい」
「今は土産物屋だよ」
「ばあちゃんお客さんだよ」
「……」
「僕の母だ。美鈴さんの妹。もう歳だからだいぶ痴呆が進んでてほとんどわからないけど」
老婆は置物ののようになっていた。
「……」
「シュガーオレンジソフト、どうぞ」
「ありがとうございます」
「なんかついてる」
「夏みかんの皮の砂糖漬け。緑は若いやつなんだ。ソフトクリームにディップして食べると美味しいよ」
「へえ」
「彼氏めっちゃかっこいいな」
おじさんは小声で言って、鈴凛をやるうと言ったふうにこづいた。
「あれは?」
周馬が通された仏壇のある遺影の写真をひとつ指差した。
「ひいじいさん。つまり……君のお婆ちゃんの美鈴の父だね」
「おまえににてる」
「え……」
鈴凛は信じられなかった。
自分に似ているだろうか……
「太平洋戦争で生き残ったらしい」
鴨居にかかった写真をみせてくれる。
「命からがら、ドラム缶につかまって、一年間無人島で生き抜いたんだってさ」
「君もわしも、じいさんが頑張って生きて帰ってなかったら、生まれてなかった」
男はがははと笑った。
「……」
「命っちゃあ偉大よなあ」
「……」
「美鈴さんも何度も大病して死にかけたけど、学校に通って免許をとって、助産師になってたくさん子どもをとりあげて。すごい人だよ」
「あ」
妊婦がふたり写っており、一人は今日子だった。今日子はこわばった顔をしている。
そして隣にもう一人、玲子が写っていた。
「ああ……」
「この人……」
鈴凛は無意識に写真のもう一人の腹に触れた。
もう一人の妊婦は仲よさそうに移りたいのか腕にまとわりついている。
しかし今日子と父と昔からの友達であるとはいえ、母と女友達との二人での妊婦の写真が
親戚の家にあるのも不思議だった。
「両方とも美鈴さんがとりあげたんや」
「まあ……玲ちゃんの子どもはだめやったんやけどな……」
鈴凛は心臓がびくりとした。
「そう……なんですか……」
「二人とも美鈴さんが取り上げたけど」
「あれ以来、玲ちゃん……会ってないけどな」
「玲ちゃん……」
「そう。今日子ちゃんと玲ちゃんも仲良かったんやけど、大学いきだしたころかなあ。全然連絡とらんくなってなあ。この時は久々に……今は海外におるとか」
「!」
「この人」
父親の不倫疑惑の写真をみた。
「誰なんです?いまどこに−−」
「なに言ってるんだ」
「この人は……玲ちゃんは……。ほら、きみの叔母さんだ」
鈴凛はさあっと血の気が引いた。
「博三君の妹だよ」
別の写真に笑っている子ども時代があった。
驚いたことに、鈴凛はそれが自分の子どもの頃とそっくりだと思った。
「……!」
鈴凛は体が冷たくなっていくのを感じた。
父親から妹がいるという話はきいたことがない。
母親もそんな話を口にしない。
祖母もそんな話をしなかった。
二人の赤子
二人とも美鈴がとりあげ”
一人は死産だった−−
「お父さんの妹……」
「わたしは……」
−−源さーん
「はーい!ちょっとごめん来客だ」
萩のおいちゃんは行ってしまった。
古い時計がチクタクチクタク妙に大きな音をたてていた。
「わたしは……二人の子……」
「それが秘密」
「……!」
周馬も何も言えなくなって、固まっていた。
「呪われた子が生まれた日だ」
縁側の老婆が急に真っ白な目を虚空に向けていた。
「……!」
「呪われた子?」
「あの日はあの子が生まれる予定の日じゃなかった」
「?」
「玲ちゃんの子が生まれる予定の日だった」
「急に今日子さんも産気づいて、赤子が生まれたのさ」
「でも……」
「おまえは呪われた子だよ」
老婆は鈴凛をじっと見る。
「ばあさん……ぼけてんじゃなかったのかよ」
「あたしゃボケてないよ」
「……」
「姉は助産師だった」
「……真実を知っているのは姉だけだが、もう癌で死んじまった」
「……!」
「でもやっぱりお母さんは……お母さんじゃなかった……」
鈴凛は肩の荷が降りたような気がした。愛されていない理由がわかって、楽になった。
昔みかん問屋だったというだけのことはあって、立派な庭だった。
「お母さんは気がついていたのかも」
もし玲子と今日子の子をすり替えたのなら娘の母親であり助産師の祖母だ。
でも、なぜそんなことをしたのだろう?
「なんにせよ……かわいそうすぎる……」
「大丈夫か?」
周馬がやってきた。
「うん」
「自分が呪われた子ってわかって、逆に愛されない理由がわかってすっきりした。闇雲に愛されないのは……辛いから」
「……そうか」
「わたしの顔を見るたび何を思ったんだろう……自分の子じゃない、すりかえられた、兄妹の禁忌の子だとか、騙されて育てさせられてたって……そんな子が自分の子を階段から突き落としたら」
鈴凛は妊娠も出産もしたことはなかったが、だいたいの想像はついた。
「……」
「毎日、無理って……思っちゃうよ、そりゃ……」
「……」
「咲を突き落とした時、わたしも怪我をしたってきいた。血液型で……病院でわかったのかも……」
死んだ祖母がどれだけ罪深いことをしたのかと思った。
周馬には言えないが、自分には蘇りの力がある。
戦姫になった時はもともと力はないと思っていた。
だがそれを聞くと何か感じずにはいられない。
「……」
その出来事は不気味でしかなかった。
まるでその子の命を奪って自分が生まれたみたいに−−
その出来事が自分に不気味で不思議な力を授けたのか、もしくは自分の力が発動して、あの日、今日子の本当の子が死んでしまったのかもしれないー
「……鈴凛?」
自分の蘇りのために誰かが死んだのかもしれない。
「わたし……やっぱり……呪われてるのかも……」
自分には特別な力は無いと思っていた。
それは間違いなのかもしれない。
「あの遺影を見ろよ」
周馬が言った。
「……?」
周馬は先ほどのひいおじいさんの隣の写真を指差した。
「あの写真は子供みたいな少年だ」
「……?」
「おまえのひいじいさんは生きて帰ったかもしれないが。軍服を着て、戦争で帰らなかったやつもたくさんいる」
「……」
「あの時代の人間たちは、ドラム缶のじいさまは、必死に生きて命を繋いだんだろ」
「……」
「おまえはただ生まれただけだ」
「……」
「どういう経緯とか知るかよ」
「!」
「おまえは繋がれて、今ここにいる」
「……!」
「おまえが呪われてようが、いまいが、じいさまは、きっと生きることを望む」
「……周馬……」
「わかってないことが、わかった」
「俺はおまえが兄妹の子だろうと、気にしない」
「……!」
「呪われても気にしない」
「ありがとう……きてくれて……ありがとう」
「っち、まったく気に食わないねえ……」
老婆が憎々しげに言う。
「す……すみません……」
静かすぎて存在を忘れかけていた。
「今日は泊まっていくといい」
「ありがとう−−」
「おまえはこの部屋に。男はわしの部屋に」
「え……」
鈴凛と周馬は固まった。
「ばあさん……」
「!」
遠くでパトカーのサイレンがする。
「そろそろいこう」
「……ここに長くいるのはまずい……」




