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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
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1話 美東橋

この物語はわたしの中で三十年ちかく生き続けている可愛い化け物である。


一つめの首は、今をみつめ

二つめの首は、海のむこうを睨んでいる

三つめの首は、かつての日本をみせられ

四つめの首は、未来にくらいついている

五つめの首は、神々の過去に触れ

六つめの首は、壊れた世界を眺めている

七つめの首は、はるか宇宙の果てを……

八つめの首は、眠っている


化け物は幼い頃、無価値であるかもしれないとわたしに疑われつつも生き延びた。

今となってはわたしの存在よりはるかに価値のあるモノであると確信する。



この世界にさようなら。

鈴凛(りり)は三東大橋の欄干に腰掛けていた。ここは、河口。すぐそこは海だった。

なんて夜の海の闇は広いんだろう。

この街の大気を汚す工場たちの灯りが綺麗に見えてくる。

「ツリーみたいじゃない? クリスマスツリー」

むなしい独り言が夜風にかき消される。

心なしか、いつもの疲れも感じない。高い場所だって怖くない。

「怖くない。ほら、素敵な夜になる」

本当に?今の精神状態はまともじゃない。

欄干に足をかけると、素足からひやりとした金属の冷たさが理性を伴ってそう警告した気がした。

ここから落ちたらどれだけ痛いか。回れ右をして、家に戻るか自殺ダイアルにでも—

「ふう……」

理性の御託を無視して、鈴凛は冷たい風を吸い込んだ。

降霧山(ふりぎりやま)から海へ向かって、十二月の凍てつく風たちが、一致団結して鈴凛を応援するように吹いていた。パジャマ一枚の体は、氷のようにカチコチに固り、鼻水が滝のようにでっぱなしである。

橋の街灯が眼下の水面のゆらめきを照らしていた。

「流れが早い」

深いか浅いかは、橋の上からでは判別できないが、すぐに海まで運ばれるだろう。

ぐいぐいと背中を押されている。師走の風が、さあいけ! それいけ! 今だ!と言わんばかりに、鈴凛の企みを応援してくれているのだ。

その企みも、今日で終わりになる。

鈴凛がここ一ヶ月、真面目調査検討の上、複数案の中から、たどり着いたベストな解はこれだった。首吊りは長く苦しいからダメ、睡眠薬は確実でないからダメ、手首を切ってお風呂につけるのは、お風呂−−つまり現場が家になるから絶対ダメ。

「もう明日から何もしなくていいんだ」

才能も夢も使命もない無価値な人間の人生が静かに終わる。

そう思うと、まとわりつく倦怠感と、妙にこわばった体が軽くなる。

幸福感が身体中に満ちた。

もしかしたら、ネットに書いてあったみたいに異世界に転生できるかもしれない。

もしそうならば何かの特別な才能を授けて欲しい。

握りしめられた右手を開くと、藍染の布にくるまれた鈴があった。

先に逝った鈴凛の祖母が何年も前にお守りとしてくれたものだった。

「おばあちゃん」

鈴凛が二段目の欄干に足をかけて立つと、体がぐらついた。

生唾を飲む。

命を失うことは怖くない。だがその過程は怖い。

首の骨がごきっと折れる一瞬の激痛、もしくは息ができず水が流れ込みもがき苦しむ長い苦しみ。

やっぱり睡眠薬とかにしようか……

迷いが生じる。

ぴゅーという風切り音が大きく聞こえた気がした。

風たちが急に、このごに及んで何を馬鹿なことを! グズグズするな! はやくしろ! さあ、いまだ! それいけ!とまた馬鹿騒ぎをはじめたみたいだった。おかしなことに今度は上から下に吹き付けてくる。まるで鈴凛を突き落とそうと意志があるみたいだった。

「……」

風に土のような匂いが混ざっていた。

何かが腐って分解され土に還ったような匂い。

「死の匂いがする」

誰かが言ったみたいに言葉が浮かび上がる。

死ぬのは自由さ

流されていく自分の姿が浮かぶ。

「クリスマスイヴに死んだ、なんてなんか響きがいいじゃん」

鈴凛は瞼を閉じた。勇気を出さなきゃ

「あ!」

誰かの大きな声が後ろの方でする。

「わ」

鈴凛は驚いて体のバランスを崩した。

「おっ」

足がずるりと滑る。

「!」

え、こんなタイミングで—

水面がすぐ背中側にみえた。

両手は猫の手のように強張り、足はガニ股に開いた格好だった。

欄干から完全に離れた体は、妙な体勢で落ちていく。

灯りと人影が一瞬見えた。

「あ……」

もっと見ようとしたが、鈴凛の体は重力で海へ落ちていく。

「うそでしょ」

思い切り飛び込むとか、ふっと落ちるとか美しく死にたかったのに。

死に際まで、こんなにダサくて、最悪なんて−−





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