プロローグ
────悪役令嬢、リーファ。
それが私自身の肩書であると自覚したのは、奇しくも15歳になったばかりの自分の誕生日の日だった。
「リーファ。今日はたくさんのお客さんが来るんだ。くれぐれも粗相のないようにしてくれよ‥‥?」
ため息交じりにそう言ったのは、私の父サウエル。
「えぇ。分かっているわよ。そんなこと。いくらなんでも私の誕生日に大量の水をお祝いの場で放つなんてことしないわ?それに悪魔を召喚しようとしたりも。」
「どこでもしちゃ駄目だ!そんなこと!」
「はいはい。せめて小規模でやるようにってことね。心に留めておくわ。」
「違う!そうじゃない!」
口うるさい父の文句を聞き入れたフリをし、大きな欠伸を一つする優雅な朝のひと時。
(どうせ彼は来ないし、他は私に媚を売りたいやつしかいないんだから壊してしまってもいいじゃない。こんな偽物のパーティ。)
ガミガミと口酸っぱく説教を続ける父の前で言えるはずのないことを私は考えていた。
そう。そこまでは例年通り。
だからこの後の誕生日パーティーもいつものように盛大に壊すところから始まるはずだった。
『未来のお前は悪役令嬢になる。』
たった一言。その言葉が私の脳裏に突如現れるまでは。
時刻はまだ朝の9時。でも早朝に目覚めていた私は寝ぼけてなどいない。
は?
呆然とそうこぼした私をどう捉えたのか「ちゃんと聞きなさい!」と父は声量を大にした。が、今はそんなくだらない説教などどうでもいいのだ。
私を釘付けにするのは碌でもない一文。普段なら「はっ」と鼻で笑ってすぐにでも忘れてしまうような戯言。
それなのに、私の脳みそはまるで吸い寄せられるようにその一文のことしか考えられなくなった。
「リーファ?」
うるさい。私は今父の説教にまで気を配っている余裕はないのだ。
ここで考え事なんてできるはずない。
「部屋に帰る。」
「えぇ?!ちょっ!リーファ!!誕生日パーティーは?!」
「どうでもいい。」
「はぁ?!どうでもいいって‥‥待ってよ!リーファ!!」
父の引き止める声なんて聞こえないふりをして、私はその場を後にした。
部屋に戻り、整えられた衣装のままベッドに倒れ込もうとすれば「お嬢様!」とすかさず邪魔が入る。
それもそのはずだ。
侍女が1人部屋で待機しているのを忘れていたなんて私としたことが少し抜けていた。
「ごめんなさい。考え事をしたいの。少し1人きりにしてもらえないかしら?」
「はい。分かりました‥。ですが、お嬢様の誕生日会は」
「それならもう出ないから大丈夫よ。お父様にもそう伝えておいてくれるかしら。」
「は、はい!では失礼します!(もしかしてお嬢様の誕生日パーティでなにかあったのかしら‥)」
聞き分けのいい侍女が部屋からいなくなり、ようやく思考を妨げるものはなくなった。
『未来のお前は悪役令嬢になる。』
誰が一体どのような目的で私に送りつけたのかわからない一文だ。
それが頭の中にスンと直接入り込んでくる様は一種の魔術干渉によるものではないだろうか。
テレパシー。
概念的に言ってしまえばそのように例えられるもの。
「一体何処ぞの誰が私に喧嘩を売ってきているのかしら?」
彼ではない、はずだ。
私の言う彼は確かに誕生日会には毎年来ないし、私から話しかけにいかなれば会うこともない。私に興味なんてないんだろう。
だけど、彼はこんな回りくどい意地悪をするような性格ではないのだ。つまり、犯人は別に居て、私に何らかの恨み(?)がある人物の可能性が高い。加えて魔術も扱える。
「犯人候補が多すぎて、これだけじゃ全然わからないわね‥。」
兎にも角にも、気になるのは仕方ない。未来で私が悪役令嬢になるなんて保証は一切ないけど、犯人が私に何らかの害を与えようとしているのかもしれないということは推測できる。彼と私を引き離したいだとか、私の評判を落としたいだとかそんなの。
まぁ、評判は今でさえそんなよくはないし、好き放題してるといえばしてる。でもそれによって誰かを虐めたり傷つけているわけではないし、将来の彼の隣に立とうという人間が悪役令嬢と呼ばれる未来を認めるわけには到底いかない。
しかし、今の状況じゃ犯人を探すなんてことはできないから。
「上等よ。殿下と素晴らしい結婚をするために私を悪役令嬢なんて誰にも呼ばせない未来にしてやるわよ。」
注意深くなろう。
誰にも陥れられないように。
そうして絶対彼の隣を勝ち取ってやる。