街を歩けば
朝日が窓から差し込む。
宿のカーテン越しに差し込んだ光がまぶしくて、俺は目を細めながら布団から身を起こした。
昨夜は慣れないベッドだったはずなのに、思った以上にぐっすり眠れた。体を伸ばすと背筋が気持ちよく鳴る。
「ふぁぁ……おはようございます、勇者様」
隣のベッドからミリアの声がした。まだ眠そうに目を擦っているが、声はしっかり明るい。
「おはよう。……なんだ、早起きだな」
「冒険者は朝が大事ですから! えへへ」
笑顔で答えるミリアは、昨日と同じように元気いっぱいだった。
こういう素直さに、こっちまでつられて笑ってしまう。
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朝食を軽くとって宿を出ると、街はすでに賑やかだった。
石畳の大通りには露店が並び、パンや果物の香りが漂っている。馬車が軋む音、人々の呼び声、子供の笑い声――まるで街全体が生きているようだった。
「わぁ~……すごいです! 全部見て回りたいです!」
ミリアは目を輝かせてきょろきょろと辺りを見渡す。
「まあ、今日は探索だしな。のんびり歩くか」
「はいっ!」
俺たちは並んで歩きながら、初めての街を堪能することにした。
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通りの先に、焼きたてのパンを山積みにした屋台が見えた。
店主が大声で客を呼び込み、香ばしい匂いが風に乗って届く。
「いい匂いしますね……あ、でももう食べちゃいましたよね、朝ご飯」
「いや、あれは軽く食っただけだし……買うか?」
「いいんですか!?」
気づけば俺たちは丸パンを二つ買ってかじっていた。
外はカリッと香ばしく、中はふんわり柔らかい。
「おいしい~! やっぱり焼きたては違いますね!」
「確かにな。こりゃ朝から活気づくわけだ」
ミリアの笑顔は屈託がなくて、見ているとこちらも妙に元気が湧いてくる。
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広場に出ると、中央の噴水を囲むように市場が広がっていた。
色とりどりの野菜、見たことのない果物、鮮やかな布や装飾品。
行き交う人々の声と匂いに包まれて、まるで祭りのようだった。
「勇者様、見てください! この果物、星の形してますよ!」
「ほんとだ……これ食えるのか?」
「もちろんです! 甘いんですよ!」
売り子に勧められて試食してみると、爽やかな酸味と甘みが広がった。
思わずもう一つ買ってしまい、二人で分け合いながら歩く。
「異世界ってすげぇな……」
「ふふっ、まだまだこれからですよ!」
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市場を抜けると、通りには武具屋や鍛冶屋、雑貨屋が立ち並んでいた。
「見てください、剣がいっぱい!」
「おお……本物の武器屋って感じだな」
店先には大小様々な剣や盾が並び、職人らしき男が鉄を打つ音が響いてくる。
ミリアは目を輝かせて剣を見ていたが、俺が値札を見て青ざめると苦笑いした。
「高いですね……やっぱり装備を揃えるのは大変そうです」
「だな。俺の所持金じゃ到底無理だ」
現実を突きつけられ、二人してため息をつく。
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通りをさらに歩くと、ひときわ大きな建物が目に入った。
二階建ての木造で、扉の上には剣と盾の意匠。出入りする人々は武装した冒険者ばかり。
「勇者様、あれ……冒険者ギルドですよ!」
「やっぱあったか……お約束だな」
俺たちは顔を見合わせて笑い、ギルドの中へ足を踏み入れた。
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中は酒場を兼ねた造りで、奥のカウンターには職員が並び、冒険者たちが談笑している。
掲示板には依頼書がぎっしりと貼られ、ざわめきと酒の匂いが充満していた。
「いらっしゃいませ。冒険者登録ですか?」
受付の女性が微笑む。
「はい! お願いします!」
ミリアが元気よく答え、書類を受け取る。
名前や得意分野を書き込み、提出すると金属製の小さなプレートが渡された。
「これが冒険者カードです。最初は銅等級からになります」
カードを手にしたミリアは目を輝かせていた。
「わぁ……本物だぁ!」
俺も手にしたカードを眺めながら、不思議な感覚を覚えていた。
本当に異世界で冒険者になったんだ、と。
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依頼掲示板を覗くと、草むしりや荷物運びといった雑用から、魔物討伐まで幅広い依頼が貼られていた。
「勇者様、これ! 『巨大イノシシ討伐』! 面白そうですよ!」
「いや、絶対無理だろ! もっと簡単なのにしろ!」
「じゃあ……『子犬探し』はどうですか?」
「それならまだ……いやでも地味すぎるな……」
俺とミリアの会話は、周囲の冒険者にクスクス笑われていた。
恥ずかしさに肩をすくめつつ、今日はひとまず様子見ということでギルドを後にする。
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昼近くになり、大通りはさらに活気を増した。
肉の串焼きやスープの屋台の匂いに誘われ、俺たちはつい食べ歩きを始めてしまう。
珍しい本が並ぶ古書店を覗いたり、道具屋で見たことのない道具に首をかしげたり。
「全部新鮮で……時間が足りませんね!」
「まあ、急ぐ必要はないさ」
歩きながら、自然とそんな言葉が口から出ていた。
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夕方。
空がオレンジ色に染まり始めた頃、俺たちは宿へ戻る道を歩いていた。
「今日はすっごく楽しかったです! 街を回って、ギルドに登録して……」
「まあ、足はくたくただけどな」
「でも、明日から本当に冒険が始まるんですよね」
ミリアは期待で胸を膨らませるように両手を握りしめていた。
俺はそんな彼女の横顔をちらりと見て、ほんの少し未来を想像する。
これから先、何が待ち受けているのか。
不安もあるけれど、胸の高鳴りは止まらなかった。




