街へ向かう道中
草原の真ん中で俺とミリアは立ち尽くしていた。
さっきまで巨大蜂に追われて死にかけたんだ。二人とも心臓はまだドキドキいってる。
「……さて、街はどっちなんだ?」
「えっと……確か、こっちだったような……」
ミリアは小首を傾げて、丘の向こうを指差す。
――“ような”ってなんだよ。
さっき方向音痴だって自分で言っただろ。信用できるわけないじゃん。
「……おいミリア。自分で道が分からないから俺に頼んだんじゃないのか?」
「えへへ……でも、ほら! 勇者様って勘が冴えてるんですよね? ね? ね?」
「いや、勝手に期待すんな!」
はぁ……。とはいえ歩き出さなきゃ始まらない。俺は太陽の位置を見て、適当に「西」を選んだ。ゲームのマップならだいたい街は西か南にあるもんだ。根拠は薄いが、ゼロよりマシだ。
「よし、西に進むぞ」
「はーい! 了解です勇者様!」
ミリアは元気よく手を挙げると、俺の隣を小走りでついてきた。
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草原の風は気持ちいい。けれどずっと歩き続けていると、じわじわ体力を削られてくる。
ミリアはマントを翻しながら軽やかに歩いていた。俺より体格は小さいのに、妙に元気だ。
「なあ、ミリア。お前、冒険者って言ってたけど……歳いくつだ?」
「十六です!」
「若っ!? 学生じゃねえか」
「この世界じゃもう大人扱いですよー」
なるほど。そういう文化か。
「それに、私の村は貧しくて……学舎に通う余裕もなかったし。だから冒険者になってお金を稼いで、村を助けたいんです!」
そう言って胸を張る。……ちょっと感心した。見習いのくせに、夢は立派だ。
「でも、さっきの蜂に襲われて逃げ回ってただろ」
「……うっ、それは言わないでください。今日が初依頼だったんです」
「初依頼であんなモンスターぶつけるギルドもギルドだろ……」
「依頼書には“小型の魔物”って書いてあったんですよぉ!」
ミリアが唇を尖らせる。その仕草は妙に幼くて、俺は思わず笑ってしまった。
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昼を過ぎると、太陽が真上から照りつけてくる。さすがに休憩しないとヤバい。
「おい、あの木陰で休もうぜ」
「はーい!」
二人で大きな木の下に腰を下ろす。風が通って心地いい。俺は草の上にごろりと寝転がった。
「ふぅ……」
「勇者様、喉乾いてません?」
「ああ、正直カラッカラだ」
するとミリアが腰のポーチから革袋を取り出す。中には水が入っていた。
「はい、どうぞ!」
「お、気が利くな」
一口飲むと、冷たい水が喉を潤す。生き返る心地だ。
「お前も飲めよ」
「えっ、でも勇者様に全部――」
「いいから」
差し出すと、ミリアは照れたように袋を受け取り、ちゅっと口をつけた。
「……あ、美味しい」
彼女の頬がほんのり赤い。……なんだ、この妙に青春っぽい空気は。
視線をずらすと、膝上のスカートが風で少し揺れていた。思わず目が吸い寄せられ――いやいや! 見ちゃダメだ俺!
「ゆ、勇者様? どうかしました?」
「な、なんでもない! さあ行くぞ!」
「えぇ!? 休憩短すぎです!」
誤魔化すように立ち上がり、歩き出す俺。心臓の鼓動がやけに早いのはきっと気のせいだ。
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夕暮れが近づくころ、丘を越えたときだった。
「グルルルル……」
低い唸り声。
草むらから、灰色の毛並みをした狼が三匹姿を現した。牙をむき、目は赤く光っている。
「ウ、ウルフだ……!」ミリアの声が震える。
「数は三……俺たち素手……」
状況は最悪だ。けど、逃げても追いつかれる。やるしかない。
「ミリア、後ろに下がれ」
「で、でも勇者様――」
「いいから!」
俺は深呼吸して、右手を前に突き出す。すると――体の奥から力が湧き上がる感覚がした。胸の奥に眠っていた何かが目を覚ますような。
瞬間、手のひらから眩い光が溢れ出した。
「な、なんだこれ……!?」
光が弾丸のように飛び、先頭のウルフに直撃。轟音とともに吹き飛ばし、地面に倒れ込ませた。
「す、すごい! 勇者様、魔法使えるんですか!?」
「知らねえよ! 今初めて使ったんだよ!」
残り二匹が怯んだ隙に、俺は再び手を突き出す。光が放たれ、二匹まとめて倒れた。
静寂。荒い息だけが残る。
「……勝った、のか?」
「やったぁぁぁ!」
ミリアが駆け寄り、俺に抱きついた。
「勇者様、本当に勇者様なんですね!」
「お、おい、近い近い!」
だが彼女の小さな体の震えを感じて、俺はそのまま肩を軽く叩いた。
「大丈夫だ。もういない」
「……はい!」
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夕日が沈みかけ、空が赤く染まる。
俺たちはようやく遠くに街のシルエットを見つけた。城壁が影絵のように浮かび上がっている。
「見えたぞ、街だ!」
「ほんとだ! やったぁ!」
二人して顔を見合わせ、思わず笑う。
異世界での旅は始まったばかり。だが、こうして仲間と並んで歩くのも悪くない。
「行こうぜ、ミリア」
「はいっ!」
夕暮れの草原を、俺たちは街に向かって歩き出した。




