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100点満点の僕の異世界生活  作者: 岐阜の小説家
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初めての報告と冒険者ギルド

 街の石畳に足を踏み入れた瞬間、張り詰めていた緊張がふっと解けるのを感じた。

 高い城壁に囲まれた街の中は、朝から活気に満ちていた。行き交う商人の声、屋台から漂う焼きたてパンの香り、そして子どもたちのはしゃぐ声。森の冷たい空気を抜けてきたばかりの俺とミリアにとって、それは何よりも懐かしく、安心できる光景だった。


「……やっと戻ってきたな」

「ほんとにね。昨日の夜はどうなることかと思ったよ」


 ミリアが小さく笑って肩の力を抜く。

 その表情を見て、俺も自然と笑みがこぼれた。彼女の頬に疲れの色は残っているが、それでも街に戻ってきた安心感が勝っているようだった。


 俺たちはそのまま真っ直ぐに、冒険者ギルドへと向かった。

 依頼を受けたからには、まずは報告をしなければならない。

 大通りを歩くたびに、周囲からちらりと視線が注がれている気がした。泥と傷で汚れた格好のまま歩いているせいだろう。だが今は、そんなことを気にしている余裕はなかった。



 冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けると、昼前の広間はすでに多くの冒険者で賑わっていた。

 木の床を踏みしめる音、酒の匂い、談笑や怒鳴り声が入り交じる。

 俺とミリアが入ると、一瞬だけ周囲の目がこちらに向けられた。見慣れない新人を物珍しげに眺めているのだろう。


「緊張するな……」

「大丈夫。胸を張って、依頼を達成したって言えばいいんだよ」


 ミリアの励ましにうなずき、俺は受付のカウンターへと歩み寄った。

 そこには昨日も対応してくれた女性職員が座っていた。二十代前半くらいだろうか、栗色の髪を肩で揃え、整った制服を着ている。

 彼女は俺たちを見ると、少し驚いた顔をした。


「まあ……お二人とも。戻られたんですね」

「はい。なんとか月光草を……」


 俺が答えると、彼女の視線が俺たちの全身をさっと走った。

 泥だらけで、ところどころ服も裂けている。どう見ても順調な採取任務を終えた格好ではない。

 だが、俺たちが無事に帰ってきたことに安堵したのか、彼女は微笑んだ。


「詳しいお話は後で伺いますね。まずは依頼の成果を確認させてください」

「はい。えっと……」


 ミリアが肩からポーチを下ろし、中からギルド支給の保存袋を取り出した。

 袋を机に置き、紐をほどくと、薄青い光を放つ月光草が姿を現す。

 カウンターの周囲にいた冒険者たちが「おお……」とざわめいた。


 保存袋の中には、全部で十本の月光草が整然と収められていた。

 受付嬢は一本一本を丁寧に確認し、しばらくしてから顔を上げる。


「確かに十本、間違いありません。これで依頼は達成です」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 初めての依頼を、ちゃんとやり遂げた。

 無茶もしたし、死にかけもした。それでも「結果」を持ち帰ることができたのだ。


「やった……!」

 思わず声を漏らすと、隣でミリアも嬉しそうに笑った。

「うん、頑張った甲斐があったね」



 周囲の視線が集まっているのを感じた。

 大半は無関心を装っているが、ちらちらとこちらを見ている者も多い。

 きっと「新人にしてはやるじゃないか」と思っているのかもしれないし、単に「運が良かっただけだ」と冷ややかに見ているのかもしれない。


 だが、そんなことはどうでもよかった。

 今はただ、依頼を果たした喜びを噛み締めるだけで十分だ。


 受付嬢は書類を取り出し、俺たちに差し出した。

「こちらに、依頼完了の署名をお願いします」


 俺とミリアは並んでペンを取り、名前を書き込む。

 ペン先が紙を走る音が、やけに大きく響いて聞こえた。

 書き終えると、受付嬢が頷いて書類を片付ける。


「それでは報酬をお渡ししますね。しばらくお待ちください」


 彼女は奥の部屋に下がり、しばらくして革袋を手に戻ってきた。

 袋を机に置くと、金属の擦れる音が心地よく響く。


「こちらが今回の報酬金になります。お確かめください」


 袋の口を開けると、中には銀貨と銅貨がきらりと光っていた。

 数えればそれほど大金というわけではない。

 だが、俺にとっては「初めて自分の力で稼いだ金」だった。


「すげぇ……本当に、これ俺たちの?」

「もちろんです。お疲れさまでした」


 受付嬢の言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 ミリアも横で目を輝かせている。

「これで当分の宿代は安心だね!」

「ああ……ようやく一歩踏み出せた気がするな」


 俺は袋をしっかりと握りしめ、深く息を吐いた。


 革袋を握りしめたままギルドを後にした俺とミリアは、通りを歩きながら顔を見合わせた。

 達成感と疲労がないまぜになった表情だ。街へ戻ってきたとき以上に、体の芯がほっとしていた。


「とりあえず……飯だな」

「だよね。お腹、ぺこぺこ」


 ミリアが自分のお腹を押さえ、ふにゃっと笑う。その様子に俺も笑わされる。

 戦って、逃げて、死ぬ思いをして。ようやく手にした報酬を、まずは腹ごしらえに使う――それ以上に自然な流れはなかった。



 街の中央広場に面した食堂に入ると、香ばしい肉とスープの匂いが鼻をついた。

 木製の長いテーブルが並び、冒険者や労働者らしき人々で埋まっている。大声で笑う声、ジョッキがぶつかる音。ギルドの喧噪と似ているが、こちらはどこか家庭的で温かみがあった。


「いらっしゃい! 二人席ならこっちだよ」


 店員に案内され、俺たちは窓際の席に腰を下ろした。

 メニューとにらめっこしながら、肉料理とパン、スープを注文する。

 しばらくして木皿に山盛りの肉が運ばれてくると、ミリアの目が輝いた。


「わぁ……! 美味しそう!」

「いただきます!」


 二人同時に肉へとかぶりついた。

 炭火で焼かれた肉は香ばしく、肉汁が口いっぱいに広がる。

 スープの野菜も柔らかく煮込まれていて、疲れた身体に染み渡った。


「……やばい、うまい」

「こんなに幸せ感じるの、久しぶりかも」


 互いに笑い合いながら、黙々と食べ続けた。皿が空になるころには、心も体もようやく落ち着いていた。



 食後の余韻に浸りながら、俺はジョッキの水を口に運んだ。

 ふと、ギルドでの光景が脳裏に蘇る。依頼を達成し、報酬を受け取った瞬間。

 だが同時に、あの森での恐怖も思い出す。月光草を探して迷い、魔物に襲われ、死にかけた。


「なぁ、ミリア」

「ん? なに?」

「今回の依頼、結果は成功だけど……正直、運が良かっただけだよな」


 ミリアは少し考えてから、うなずいた。

「うん。あのままじゃ、本当に危なかった。コーダイが目を覚まさなかったら、私は……」


 言葉を切り、彼女は視線を落とした。

 俺は慌てて頭を振った。

「いや、もういい。生きて帰れたんだ。大事なのは次にどうするかだ」

「そうだね。もっと強くならなきゃ、次はきっと……」


 俺たちは顔を見合わせ、自然と笑った。

 不安はある。でも、それ以上に「次はもっとやれる」という気持ちが芽生えていた。



 食堂を出た後、宿に戻ることにした。

 夜の街は提灯の明かりに照らされ、昼間とは違う顔を見せていた。石畳に伸びる影が揺れ、行き交う人々の声がどこか穏やかに響く。

 昨日までの必死の森の中とは対照的で、ようやく「人の暮らし」の中に帰ってきたのだと実感した。


「……ねぇコーダイ」

「なんだ?」

「ギルドの人、すごく驚いてたよね。新人がちゃんと十本集めて帰ってきたから」

「まぁ普通は途中で諦めるんだろうな。俺たちは……諦められなかったけど」


 お互い、ふっと笑う。

 森の中での必死さを思えば、笑えるほど単純ではない。だが、笑わなければやっていけない。そんな気持ちだった。



 宿に戻ると、女将が少し驚いたような顔をした。

「おや、帰ってきたのね。随分と汚れてるけど、大丈夫だったの?」

「ええ、なんとか。……お風呂、借りてもいいですか?」


 部屋に戻り、交代で湯を浴びる。

 熱い湯が全身を包み込み、戦いの緊張がようやく抜けていく。

 体の傷は浅いものばかりだが、心の疲労は深い。それでも湯に浸かっていると、少しずつ和らいでいった。


 布団に横になると、ミリアが隣で小声を漏らした。

「……おやすみ、コーダイ」

「おう。おやすみ」


 瞼が重くなり、深い眠りに落ちていった。



 翌朝。窓の外から差し込む朝日で目を覚ます。

 体の重さは残っていたが、不思議と心は軽かった。

 ミリアもゆっくりと起き上がり、伸びをする。


「今日からまた頑張らなきゃね」

「ああ。次の依頼に向けて準備だな」


 俺たちは互いに頷き合い、これからの冒険者としての日々を思い描いた。

 まだ始まったばかりの道。

 だが、確かに一歩を踏み出したのだ。



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