表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100点満点の僕の異世界生活  作者: 岐阜の小説家
18/20

迫る手応え

 巨獣の咆哮が森を震わせる。

 その振動が足元から突き上げ、心臓の鼓動と同じリズムで体を揺さぶった。


 俺は小刀を握り締め、乱れた息を整えながら視線を逸らさずにいた。

 すでに何体かの雑魚モンスターを倒し、力を吸収したおかげで体の感覚は明らかに変わっている。

 視界は広がり、筋肉はしなやかに反応する。何より、恐怖で固まっていた足が今は自然に前へと動く。


「……やれる」


 低く呟き、自分を奮い立たせる。

 だが目の前の巨獣は傷を負いながらも健在で、圧倒的な存在感を放ち続けていた。


「コーダイ……気を付けて!」

 後方でミリアが声を張り上げる。彼女の声に背中を押され、俺は地を蹴った。


 巨獣の爪が振り下ろされる。

 狼から得た俊敏さと、コウモリの滑空感覚を組み合わせ、ぎりぎりでかわす。

 その勢いのまま足を踏み込み、小刀を振り上げた。


 刃が肉を裂き、巨獣の腕に浅い傷を刻む。黒い血が飛び散り、鼻をつく臭気が広がる。


「ぐっ……これでもまだ浅いか!」


 巨獣は怒り狂い、尾を振り払ってくる。

 俺は転がるように避け、木の幹に背を打ちつけて息を呑んだ。

 痛みが走るが、同時に体の奥に何かが溜まっていくような感覚がある。


「これが……レベルアップってやつか」


 体の中に溢れる力。自分の枠が少しずつ広がっていくのを確かに感じる。


 ――ステータスを確認しろ。


 頭の奥で声が響いた気がして、思わず意識を集中させる。

 目の前に淡い文字が浮かび上がった。


【吉良航大 Lv3】

【HP:65/80】

【MP:15/20】

【能力:吸収(撃破した敵から能力値・特性を一部取り込む)】


「……上がってる。本当に、強くなってるんだ」


 恐怖に支配されていた心に、確かな希望の光が差し込む。


 巨獣が吠え、踏み込んでくる。

 地面が砕け、土砂が舞う。その迫力は相変わらず圧倒的だ。


 だが今の俺は、ただ逃げるだけじゃない。

 目を凝らすと、巨獣の動きがわずかに鈍っているのが見て取れる。

 負わせた傷が確実に効いているのだ。


「ミリア! 合図したら囮になってくれ!」

「な、囮!? 本気で言ってるの!?」

「大丈夫、すぐに終わらせる!」


 彼女が歯を食いしばりながら頷いた瞬間、俺は駆け出した。


 巨獣が振り上げた爪が俺に迫る。

 その時、ミリアが横合いから石を投げつけた。乾いた音が響き、巨獣の視線がそちらへ逸れる。


「今だ!」


 俺は足に力を込め、巨獣の懐へ飛び込む。

 俊敏さと滑空感覚を合わせて跳躍し、肩口に小刀を突き立てた。


「――っ!」


 肉を裂く感触と共に、血飛沫が夜空に舞う。

 巨獣が悲鳴を上げ、体を振り回す。俺は必死にしがみつきながら、小刀をさらに深く突き込んだ。


「効いてる! これなら――」


 だが次の瞬間、巨獣の振り払いをまともに食らい、俺は地面に叩きつけられた。

 肺から空気が抜け、視界が白くかすむ。


「ぐっ……まだだ……!」


 震える足で立ち上がる。

 確かに傷を負わせた。少しずつだが追い詰めている。

 だが、それでも巨獣は健在で、俺の体力は限界に近い。


「コーダイ!」

 ミリアが駆け寄ろうとするが、俺は手を上げて制した。


「来るな……まだ、やれる……」


 巨獣が再び咆哮を上げ、地を揺らす。

 その姿に、俺の心臓は再び恐怖で締め付けられる。

 だが同時に――まだ終わっていないという感覚が、確かに俺を突き動かしていた。


「ここからだ……! 俺はもっと強くなれる!」


 小刀を構え直し、俺は再び巨獣へと駆け出した。

 息をするだけで胸が焼ける。腕は痺れ、握る小刀は汗で滑りそうになる。

 だがそれでも、まだ立っている自分がいた。


 ――吸収。


 雑魚モンスターを倒して得た力は、確かに俺を変えてくれた。

 だが、それだけでは足りない。あの巨獣の圧倒的な力に打ち勝つには、さらなる手が必要だ。


「くそっ……! どうすりゃ……」


 考えを巡らせながら巨獣の爪をかわし、足を滑らせて地面に膝をついた瞬間だった。

 巨獣の気配がすぐそばに迫る。


「コーダイ!!」


 ミリアの叫び声。

 巨獣の影が覆い被さり、視界が暗闇に閉ざされる。

 死が迫るその瞬間、俺の中で何かが閃いた。


 ――吸収は倒した時だけじゃない。

 触れている今なら……直接奪えるんじゃないか?


 可能性は一瞬の直感に過ぎない。だが迷っている時間はない。

 俺は巨獣の腕を両手で掴み、叫んだ。


「――吸収!!」


 次の瞬間、巨獣の体から熱が流れ込んでくる。

 燃えるような力、重く荒々しいエネルギーが俺の体を駆け巡る。

 脳裏に轟音が響き、視界が眩しく揺らめいた。


「ぐ、あああああっ!!!」


 叫び声を上げながらも、腕に力が漲る。

 巨獣の押し潰そうとする力に対し、俺は逆に押し返していた。


「こ、コーダイ!? なにそれ……!」

 ミリアが驚愕の声をあげる。

 だが俺自身も驚いていた。力が、止めどなく溢れている。


 巨獣が怒り狂い、全身を振り回して俺を振りほどこうとする。

 だがその度に、俺は吸収を続け、力を奪い取り、自分の中へと取り込んでいく。


 巨獣の咆哮が次第に苦悶の声へと変わっていった。


「はぁっ……! はぁっ……! そうか……! これが、応用だ……!」


 息を荒げながら俺は確信する。

 倒さずとも、接触している限り力を奪える。

 この力を応用すれば――勝てる。


 小刀を構え直し、俺は巨獣の胸元に飛び込んだ。

 今度は攻撃と同時に吸収を発動させる。

 刃が肉を裂き、同時に赤黒い光が俺の体へと流れ込んでくる。


「おおおおおおっ!!!」


 力が爆発的に膨れ上がる。

 巨獣の腕を払いのけ、その巨体を押し返した。


 森が揺れるほどの衝撃音。

 信じられないことに、あの巨獣を後退させたのだ。


「やれる……! 俺は……やれる!」


 興奮に全身が震える。

 それでも油断はできない。巨獣はなおも健在で、咆哮と共に突進してきた。


「来い……!」


 地を蹴り、真正面からぶつかる。

 爪と小刀がぶつかり合い、衝撃が走る。

 だが今の俺は吹き飛ばされない。吸収で得た力が全身を支えていた。


「はぁあああああ!!!」


 叫び声と共に小刀を突き立て、巨獣の胸を貫いた。

 そこからさらに吸収を発動する。

 怒り狂う巨獣の力を、命そのものを、俺は根こそぎ奪い取っていく。


 巨獣の体が震え、咆哮が次第にか細くなっていく。

 その巨体が膝を折り、やがて地響きを立てて倒れ込んだ。


「……はぁっ……はぁっ……」


 全身が汗に濡れ、息が荒い。

 だが、俺は立っている。巨獣は――動かない。


「コーダイ! 本当に……やったの!?」


 駆け寄ってきたミリアが目を見開き、信じられないという顔をしている。

 俺は小さく頷き、荒く笑った。


「……ああ。俺が……倒した」


 その瞬間、全身の力が抜け、膝をついた。

 吸収で得た力は膨大だが、それに耐える体はまだ未熟だ。

 限界まで酷使したせいで、意識が途切れそうになる。


 それでもミリアの腕に支えられ、俺は必死に目を開いた。


「……すげぇな、俺」

「当たり前でしょ! バカみたいに無茶して……でも、本当にすごいよ」


 ミリアの声が震えている。

 安堵と怒りと喜びが混じったその声に、俺は微かに笑った。


 森には静寂が戻っていた。

 倒れ伏した巨獣の亡骸が、月明かりに照らされている。

 俺たちはその前に立ち、互いに息を整えながら、ようやく勝利を実感した。


「……やったんだな」

「うん……生きて帰れる」


 その言葉に、全身の力が抜け落ちる。

 今度こそ俺は意識を失い、暗闇の中へと沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ