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100点満点の僕の異世界生活  作者: 岐阜の小説家
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絶望の初戦闘

 森の奥はすでに夜の帳に覆われ、頭上の木々の隙間からわずかに月光が差し込むだけだった。俺とミリアは、慎重に足を運びながら探索を続けていた。目標はあと一本――それさえ見つければ依頼達成。だが、見つからない。焦りと疲労が積み重なり、心にじわじわと重苦しさを広げていく。


「もう……そろそろ帰る?」

 ミリアが不安げに口にする。


「いや……あと少しだ。どこかに、きっと」

 俺はそう答えながらも、自分に言い聞かせるようにしていた。


 そのときだった。木々の合間から淡い光がちらりと揺れた。俺は反射的に足を止める。


「ミリア……あれ」

「……光ってる?」


 枝葉をかき分けて進むと、そこには息を呑む光景が広がっていた。


 泉のほとり、岩場の中洲。そこに広がるのは、月光を浴びて淡く輝く無数の花。花弁が風に揺れるたび、光が波紋のように広がり、泉の水面に反射して周囲を照らしていた。


「わぁ……!」

 ミリアが目を輝かせる。その横顔に映る光景は、まるで絵画のように美しかった。


「すげぇ……。これが……月光草の群生地か」

 俺も思わず言葉を失った。依頼で探し求めていた花。それがこんなにも大量に、しかも幻想的な姿で目の前にある。


 だが、その感動は長く続かなかった。


 ――空気が変わったのだ。


 泉を渡る風が止み、森のざわめきも消えた。あれほど響いていた虫の声が、いつの間にか途絶えている。代わりに、低く唸るような音が微かに聞こえた。


「コーダイ……」

 ミリアが俺の袖をつかむ。指先が小さく震えている。


「わかってる。……いるな」


 視線を凝らすと、月光草の群生の奥。闇の中に巨大な影があった。最初は岩か木の幹に見えたが、それは動いた。赤い光が二つ、暗闇でギラリと輝く。


 喉を鳴らす音。息遣い。地面を踏みしめる重低音。


 魔物だ。


 俺たちは反射的にしゃがみ込み、息を殺した。


「どうする……?」

 ミリアが震える声で囁く。


「……まだ気づかれてない。そっと、草を数本だけ摘んで戻るんだ」


「で、でも……」


「行くしかない。ここまで来たんだ。チャンスは一度きりだ」


 心臓が激しく鼓動を打つ。足がすくむ。それでも前へ進まなければならない。俺は慎重に一歩踏み出した。ミリアも恐る恐る後に続く。


 群生地との距離が縮まる。魔物はまだこちらを直視していない。だが、ほんの一瞬でも音を立てれば終わる。冷や汗が背中を流れ落ちた。


 ミリアが保存袋を構え、俺の横で小さく息を吸う。あと数歩。あと数秒で花を摘める。


 ――その瞬間。


「グルゥゥゥアアアアッ!!」


 地鳴りのような咆哮が森を揺るがした。

 赤い瞳がぎらりと俺たちを捉える。


「バレた!」


「コーダイ、走って!」


 叫ぶと同時に、俺たちは全力で森を駆け出した。

 息が荒く、心臓が破裂しそうなほど脈打つ。背後からは、地面を叩く重い足音と、木々をなぎ倒す轟音が追いかけてくる。


「くそっ、速い!」


 魔物の影が、ちらりと背後に迫る。振り返る余裕などない。だが確実に距離を詰められているのがわかった。


「ミリア、こっちだ!」


 木の根が複雑に絡み合う茂みをかき分け、横道に飛び込む。だが、魔物は迷いもせず追ってきた。巨大な身体が幹を薙ぎ倒すたび、枝や破片が四方に飛び散り、頬を掠める。


「ひっ……!」

 ミリアが悲鳴を漏らした。


 やばい。このままじゃ追いつかれる。


 俺は立ち止まると、背負っていた布袋を地面に投げ捨て、小刀を抜いた。月光を受けて鈍く光る刃。


「コーダイ!? なにしてるの、逃げなきゃ!」


「逃げてばかりじゃ捕まるだけだ! 俺が止める!」


 言葉に自分で震えを感じた。だが、覚悟を決めなければならなかった。ミリアを守ると、そう決めたはずだ。


 魔物の姿が木々の間から現れる。四足の獣。灰色の毛並み。背丈は人の二倍以上。口を開けば鋭い牙がずらりと並び、赤い目は血走っていた。


「グルァァアアッ!!」


 咆哮と共に地面を蹴り、突進してくる。


 俺は叫び声と共に小刀を突き出した。


「うおおおおッ!!」


 刃が毛皮に触れた。だが、弾かれた。分厚い皮膚は小刀程度ではかすり傷すら負わせられない。次の瞬間、魔物の前足が振り下ろされた。


 ドンッ、と鈍い衝撃が全身を貫く。


「ぐはっ!」


 視界が跳ね、木に叩きつけられた。肺の空気が一気に押し出され、息ができない。骨が折れたのか、全身に激痛が走る。


「コーダイ!!」

 ミリアの声が遠くで響いた。


 立ち上がろうとするが、力が入らない。手足が言うことをきかない。


 その間に、魔物はミリアへと狙いを変えていた。


「いやっ!」


 ミリアは必死に逃げようとしたが、すぐに追いつかれた。後ろから伸びる前足に絡め取られ、体ごと地面に押さえ込まれる。


「や、やめっ……!」


 鋭い牙が彼女の顔に迫る。涙に濡れた瞳が恐怖に震えている。


 俺は必死に声を出そうとした。だが喉が塞がれて声にならない。意識が暗闇に沈もうとしていた。


 ――ダメだ。ここで終わるのか。


 俺は無力だ。チート能力? 最強? 何の冗談だ。こんなザマじゃ……。


 視界が揺らぎ、意識が闇に沈みかけた、そのとき。


「コーダイッ!!」


 ミリアの必死の叫びが、俺の耳を打った。


 その瞬間、胸の奥に火が灯った。


 まだ終われない。


 ミリアが、死ぬ。俺の目の前で。そんなの、絶対に許せない。


 ぐらつく視界を無理やり持ち上げ、地面を這いながら顔を上げる。


 牙を剥いた魔物の巨体。その下で必死に抵抗するミリア。


「……離れろ……」


 かすれた声が喉から絞り出される。

 魔物の赤い目がこちらを一瞥する。

 俺は全身の力を振り絞り、叫んだ。


「俺はここだ!! こっちを見ろッ!!」


 声を振り絞って叫ぶと、魔物の赤い目がこちらに向いた。巨体が振り返り、咆哮を上げる。ミリアの体からその巨腕が離れると、彼女は咳き込みながら後ずさった。


 助かった――だが、今度は俺が狙われる。


 ぐらつく足に力を込めて立ち上がる。小刀を握る手は震えている。けれど、このまま逃げても意味はない。時間を稼ぐだけじゃなく、何か打開しなきゃ。


「グルァァァアア!!」


 巨体が地面を揺らしながら突進してくる。俺は必死に横へ飛んだ。すぐ脇の木がへし折れ、破片が頭上に降り注ぐ。


 心臓が跳ねる。

 だが、ふと気づいた。巨獣の背後――あちこちの木陰から、小さな影が蠢いていた。


「……雑魚モンスター……?」


 森狼や巨大なネズミ、コウモリの群れ。大物に引き寄せられているのか、取り巻きのように群がっている。


 俺は小刀を握り直した。

 正面の魔物は手に負えない。だが――雑魚なら。


「……そうだ、まずはあいつらからだ!」


 飛びかかってきた狼を横に飛んでかわし、脇腹を斬りつける。鈍い感触。狼が叫び声をあげて地面に倒れた。


 胸の奥に熱が走る。身体が軽い。

 システムのような声が頭に響いた。


――レベルアップ。基本能力上昇。


「……っしゃあ!」


 息を切らしながらも思わず叫んだ。


 さらにネズミの群れが迫る。だが、動きが読めた。以前よりも体が反応している。小刀を振るい、二匹を一閃で切り伏せる。


「くっ、まだだ!」


 森の奥からコウモリの群れが襲いかかる。俺は枝を蹴って飛び上がり、回転しながら刃を振るった。翼を裂かれた数匹が落下する。


 体が熱い。脈打つ力が全身に広がっていく。


――レベルアップ。敏捷、筋力、持久力上昇。


「まだやれる……!」


 恐怖に支配されていた体が、徐々に高揚に変わっていく。

 追い詰められているはずなのに、今なら戦える気がした。


 雑魚たちが次々と倒れ、地面に転がっていく。血の匂いに巨獣が咆哮を上げる。


「グルルルァァァアアアッ!!」


 その赤い目が、再び俺を捉えた。


 俺は血に濡れた小刀を握り締め、肩で息をしながら笑った。


「上等だ……。次はお前だな」


 全身が震えていた。けれど、それは恐怖だけじゃない。

 レベルアップの熱。生への執念。ミリアを守るという意志。


 巨獣が地を蹴り、俺へと襲いかかる。

 俺もまた、足を踏み出した。


 ――ここからが本当の勝負だ。




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