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100点満点の僕の異世界生活  作者: 岐阜の小説家
13/20

月光草の採取

 泉の中洲、その小さな崖の上に淡い光を放ちながら揺らめく草があった。

 夜の森を照らす月光と混じり合い、まるでそこだけが別の世界に切り取られたかのように幻想的だ。俺とミリアはしばし言葉を失い、ただ見惚れていた。


「……あれが、月光草だよね」

 ミリアが息を呑みながらつぶやく。

「ああ、間違いないな。図鑑で見せてもらった絵と同じだ」


 けれど問題は場所だ。月光草は中洲の崖の途中に、ひっそりと生えている。周囲をぐるりと泉に囲まれていて、簡単に近づけそうにない。


 俺がどうやって行くべきか悩んでいると、ミリアが靴を脱ぎながら言った。

「コーダイ、私が行くよ」

「お、おい待て。危ないぞ? 崖だし、水も深そうだし」

「大丈夫。私、こう見えて泳ぎは得意なの」

 自信ありげに笑うと、ミリアは腰のポーチを外し、中にギルドから支給された保存袋をしまい込んだ。


 月光草は乾燥や衝撃に弱い。保存袋に入れて密閉すれば鮮度を保てると説明を受けていた。ミリアはしっかり準備を整え、決意を宿した瞳で泉を見据えた。


「コーダイは、もしもの時は助けてね」

「……分かった。絶対無茶すんなよ」


 俺がそう返すと、ミリアは水に足を浸した。夜気に冷やされた泉の水が脚を包み、さっと鳥肌が立つのが見えた。それでも彼女は怯むことなく、ゆっくりと体を沈めていく。


 やがて肩まで水に浸かると、軽く息を吐いてから、スイスイと泳ぎ始めた。月明かりが水面で反射し、白い飛沫を散らしていく。俺は岸辺から目を離さずに見守る。


 崖の下に辿り着くと、ミリアは岩を確かめながら登り始めた。手をかける位置、足をかける窪みを丁寧に確認している。華奢な体に似合わず、動きはしなやかで安定していた。


 やがて崖の中腹、光を放つ月光草の前に辿り着く。ミリアは慎重に根元を覆う苔を払い、保存袋を取り出した。そして指先でそっと摘み取るようにして、月光草を一株ずつ袋に収めていく。


「……三本、あった」

 小さく声を上げるのが聞こえた。


 崖を揺らすことなく、彼女は保存袋をしっかり閉じ、濡れないようポーチの中に戻した。光を帯びた袋が一瞬きらめき、それが確かに収穫できた証だった。


「よし……これで」


 ほっとした様子で岩を降り、再び泉を泳いで戻ろうとしたその時だった。


 ――ぐいっ。


「きゃっ!」

 ミリアの足が引き止められたように沈む。よく見れば、泉の底から伸びた長い水草が足首に絡みついていたのだ。

「ミリア!」

「く、苦しい……!」


 水草は思った以上に強靭で、必死にもがくほど絡みが強まっていく。顔が水面に沈み、泡が立った。


 俺は慌てて周囲を見渡す。すぐに目に入ったのは、岸辺の木から垂れ下がる太く長いツタだった。俺はそれを力いっぱい引きちぎり、両手で握って岸から身を乗り出す。


「ミリア、掴め!」

 ツタを投げると、彼女は必死に片手を伸ばし、なんとか掴み取った。


 俺は全力で引き寄せる。水草の抵抗で思うように体が上がらないが、歯を食いしばって力を込めた。

「くそっ……離れろ!」


 ミリアも残った力で足を振り払い、水草を蹴り裂こうとする。すると偶然にも、硬い石の角に擦れて茎が切れた。拘束が弱まった瞬間、俺は一気にツタを引いた。


「今だ、上がれ!」

「っ……はぁっ!」


 ミリアは水面から顔を出し、大きく息を吸い込む。そして俺が全身を使ってツタを引くと、ついに岸辺まで引き寄せることができた。俺は手を伸ばし、彼女の腕をがっしりと掴んで、引き上げた。


 二人とも息が荒く、しばし言葉も出ない。水が地面に滴り、夜の冷気が体を包む。


「……助かった。ありがとう、コーダイ」

 ミリアは震える声でそう言い、胸元に手を当てて安堵の息を漏らした。


 彼女は濡れた髪を払いながら腰を下ろす。服やスカートをぎゅっと絞ると、水滴がぽたぽたと地面に落ちた。疲労と緊張が一気に解けたようで、肩の力を抜き、息を整える。


 俺も隣に腰を下ろし、改めて保存袋を確認した。ミリアが取り出して見せてくれる。袋の中には、月明かりを帯びた草が三本、しっかり収まっていた。


「三本か……依頼は十本だから、あと七本必要だな」

「うん。でも、ちゃんと無事に採れたんだもん。これから少しずつ集めていけばいい」


 そう言ってミリアは微笑んだ。頬は濡れたままだが、その笑顔は力強く、俺の胸を安心で満たしてくれた。


「よし、あと七本だな。次はもっと安全に行こう」

「もちろん。もう水草には引っかかりたくないしね」


 二人は顔を見合わせ、思わず笑った。恐怖を乗り越えた後に生まれる絆は、どこか温かい。


 泉のほとり、冷えた風が吹き抜ける中で、俺たちは月光草の光を再び見つめながら、これからの冒険に胸を膨らませていた。」



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