ルーメンの森の探索
ルーメンの森は、街から半日ほど歩いた先に広がっていた。昼間でも木々が鬱蒼と茂り、陽の光が地面に届くことは少ない。風が吹けば葉がざわめき、どこからともなく鳥の声や獣の遠吠えが響いてくる。
「……思った以上に不気味だな」
俺は背筋を伸ばし、辺りをきょろきょろと見回す。森に入ってからすでに一時間ほど経っていたが、目当ての月光草は一向に見つからない。
「コーダイ、落ち着きなよ。森の中は、慣れてない人ほど疲れるんだから」
先を歩くミリアは、慣れた足取りで枝を払いながら進んでいく。まるで自分の庭のように森の道を選んでいくその姿に、俺は感心しつつもつい愚痴を漏らしてしまった。
「月光草って、そこまで珍しくないって聞いてたんだけどな。どこにでも生えてるって話だったろ?」
「“どこにでも”っていうのは語弊があるかな。あれは半分以上、冒険者たちが広めた話だよ。実際は湿った土地の、月明かりが差すような場所にしか生えないんだ。だから日中に探すと結構苦労する」
「え、じゃあ俺たち今、無駄に歩き回ってるってことか?」
「無駄じゃないよ。ちゃんと条件の合いそうな場所を探してるんだから」
ミリアは俺を振り返り、少し笑った。彼女にとってはこの程度の探索は日常なのかもしれない。しかし俺にとっては、初めての異世界での実地探索だ。心臓は早鐘のように鳴り、汗が背中を伝って流れていく。
「ま、最初はこんなもんだよ。森の空気に慣れるのが大事だからね」
「森の空気に慣れる、ねぇ……。できれば文明の香りの方がいいな」
「ははっ、コーダイって本当に面白いこと言うよね」
軽口を交わしながらさらに奥へ進んでいく。苔むした岩や倒木、虫の羽音、湿った土の匂い――俺の知っている山林とも似ているようで、やはり異世界特有の雰囲気があった。
だがそれにしても月光草が見つからない。腰をかがめて草むらを探し、岩の陰を覗いても、それらしい白い花は影も形もない。
「……おかしいな。そろそろ一株くらい見つかってもいいのに」
ミリアも腕を組んで唸った。彼女が不思議そうにするくらいだ、やはり今日は運が悪いのかもしれない。
そんな時、ふと風向きが変わった。木々の間から湿った涼しい空気が流れ込み、どこか水の匂いが漂ってくる。
「水場が近いな」
「うん。あっちに小さな泉があるはず」
ミリアが指さす方向へ進むと、木々の隙間から淡い光が漏れていた。近づくにつれ、その光が反射する水面だとわかる。
やがて森の中にぽっかりと開けた空間が現れた。そこには澄んだ泉が広がり、中心には岩でできた小さな中洲があった。水は透明で、底まで見通せるほど。魚が群れをなして泳ぎ、表面に波紋を描いている。
「わぁ……綺麗」
ミリアが思わず声を漏らす。俺もその光景に息を呑んだ。森の中とは思えないほど澄んだ泉。まるで別世界の入口を覗き込んでいるようだった。
だが、さらに目を凝らすと――その中洲の岩肌に、淡く光を放つ草が数株、風に揺れていた。
「……あれだ」
俺は指を差す。
「月光草だね。夜になると光が強くなるんだけど、昼間でもほんのり輝いてるのが特徴なんだ」
ようやく見つけた。達成感に胸が熱くなるが、すぐに現実的な問題が頭をよぎる。
「あそこ……どうやって取るんだ?」
月光草は中洲の端、まるで崖のように切り立った岩肌の斜面に生えている。足を踏み外せばそのまま泉に落ちるだろう。泳げなくはないが、荷物を背負ったままでは危険だ。
「うーん、泳いで行くのも手だけど、あの位置は……登るのは大変そうだね」
ミリアも腕を組んで考え込む。
「木の枝とかで引っ掛けられないかな?」
「月光草は引っ張るとすぐに折れちゃうんだ。根ごと採らないと効果がなくなるから」
「じゃあ泳いで行くしかないのか……」
泉は小さいとはいえ、底が深そうだ。俺は足元を見て、水面に映る自分の顔とにらみ合った。
「どうする? コーダイ」
ミリアの問いに、俺は返事をせず、ただ泉の中洲をじっと見つめる。初めての依頼。たった数株の草を採るだけなのに、思いのほか難易度が高い。だが、ここで逃げ出すわけにはいかない。
俺は息を吸い込み、ゆっくり吐いた。
「……方法を考えよう。必ず取れる方法をな」
森の静けさが、俺たちの決意を試すかのように辺りを包み込んでいた。




