第九話 準備の四日間
次の日から、俺は色々と準備などを始めた。
まぁ、準備と言っても大したことはしないのだけど……。
まずは火曜日。
今日は学校には午前中だけ行き、午後はあの廃工場に関することを調べまくるつもりでいた。
「あ! ちょっと、ジョーモン!」
「あ…………」
昼休みになり、コソコソと早退しようとしていた時、平安に廊下で捕まってしまった。
後ろに『医科』の柏木さんが見えたので、どうやら一緒に昼を食いに行くつもりだったのだろう。
「昨日の! 一体、どうしたの!?」
「…………俺は、自分で解決する事にしたんだ」
「解決ってどうやって? 今帰って大丈夫なの? 手伝えることは?」
「だ、大丈夫。お前は何もしなくていいよ……」
怒ると言うより、心配してくれているのが分かっているから、俺もあまり強く突っぱねることができなかった。でも、ここで平安に事情を話して手伝ってもらえば、こいつは確実に俺の問題に巻き込まれてしまう。
「今日は心霊スポットには行かない。ちょっと図書館に寄ってくつもりだった」
「…………図書館?」
平安は『図書館』という単語を聞くと、後ろの柏木さんの方に顔を向ける。柏木さんは無表情だったが、静かにコクリと頷いた。
「わかった。じゃあ、気をつけてね」
「お、おう……?」
平安が急に引き下がったので何となく拍子抜けしたが、俺は予定通り自転車で図書館まで急いだ。
「有効な手段無し…………か」
調べたかった事を調べ終え、時間が余ったのでネットで『心霊 撃退方法 素人』などを入力し、自分なりの防護対策を考えた。
…………部屋の消臭スプレーって霊に効くの?
昔の情報なども探ってみるが、どれも信ぴょう性に乏しい。御守りなどの購入も検討してみるが、適当に買い漁るのも違う気がする。
「……結局、塩が一番効くのか?」
シンプルイズベストだ。
帰りにスーパーに寄って粗塩を買っていこう。
自転車を転がして、ある橋に差し掛かった時、
シャー…………ザザザ…………
胸ポケットのスピリットボックスが鳴る。
一度自転車を止め辺りを確認するが、道路に車が通っていく以外は歩道に人の影は見当たらない。
俺は直ぐにその橋を渡切り、再び後ろを振り向いて橋の方を眺める。
「…………マジか……勘弁してくれ」
橋の真ん中。欄干に手をついて河を眺める人物が見えた。
横を向き、バサッとした髪の毛で顔は見えないが、黒っぽい地味なコートに、不似合いの派手な缶バッジ付きのバッグ。
確実にさっきはいなかった人物が橋の中央に立っているのだ。
「…………土曜日まで待てって言ってんのに。粗塩…………家に有ったかな?」
それ以上、ここであれを見ていたら目が合いそうだったので、俺は全力で自転車を漕いで自宅へと帰った。
水曜日。
昼休み、田村が心配してクラスを訪ねてきた。
「あれからどうだ?」
「まだ、大丈夫。それより高宮は?」
「ずっと休みだよ。女子の間で、学校サボって郊外の方で見掛けたって噂があったくらい」
「……………………」
見掛けた奴も学校をサボっていたんじゃないのか? というツッコミは無しに、高宮が何処かを彷徨い歩いているのが気になる。
「良かったじゃん。休みならつきまとわれないだろ?」
「それが、良くねぇんだよ。状況が悪化していってる……」
「何だ、そりゃ?」
ぽつりぽつりと田村と話していると、今度は平安がやって来た。後ろには柏木さんもいる。
「ジョーモン、今日は帰らないの?」
「あぁ。調べても意味無かったから……」
「ふ〜ん。じゃあ、帰りは? 何処か行かないの?」
「俺、今日はおふくろに買い物頼まれてるから」
結局、うちには粗塩がなかったので買いに行こうと思うのだが、ついでに玉子と醤油も買ってこいと言われてしまった。
「…………どこのスーパー?」
「へ?」
「どこに買い物に行くつもりなの?」
「どこ……って、学校からも家からも近い『ヤマギシ』だけど…………」
「………………」
平安が無言で振り返ると、柏木さんが微妙に口をへの字にしてぷるぷると首を振る。それを見て平安は大きく頷いた。
「ねぇ、買い物って何買うの? メモあるなら見せてみなよ」
「は? 何でお前にそんなことを…………」
「いいから!」
「…………あ、はい……」
妙な気迫に押され、俺は母親からのメモを平安に渡す。
すると、スマホを取りだし柏木さんと何やら話している。
「ことは、これは? どう思う?」
「うん……そうね……じゃあ、こっち…………」
「だったら…………」
「うん、それで…………」
「???」
何事かと思い覗き込もうとしたところ、急に振り返ってスマホの画面を突き付けてきた。
「ジョーモン、今日はこっちの『ブジエ』スーパーの方が安い! ネットでクーポン貰うとよりお得!!」
「は?」
「ほら、こっちはあんたのお母さんが指定したメーカーの醤油が安い! 玉子もこっちの方が良い!!」
「な、何でお前にそんなことを言われなきゃならん!?」
だいたい、『ブジエ』は学校から自宅に向かって、その自宅を通り過ぎた所にあるんだよ!! わざわざ行ってられるか!?
「安い醤油なら、別のメーカーでも良いじゃねぇか。そんな遠回り…………」
「ジョーモン、甘いわね。これだから男の買い物は…………」
「なんだよ……?」
平安は大袈裟と言っていいほど憐れみの目で俺を見てくる。
「お母様がわざわざメーカーまで書いてるのよ? 違うもの買っていったら、ため息じゃなくダメ息をつかれるわね……」
「なっ…………」
「男って醤油は全部同じだと思ってない? こだわりがあるからメーカーを書いてるの。違う醤油なんて、普段の味が変わっちゃうわ。あんただって、こだわりのあるメーカーの部品とか無いの?」
「………………う」
「そこで、いつものメーカーのものを安く買っていったら? お母様、喜ぶんじゃないかなー? うちの息子は一段上の買い物をするーって……」
「……………………う〜ん……」
まぁ、確かに……違うメーカー買っていったら、おふくろにブツブツと文句は言われそうだな。特に姉貴、目玉焼きの醤油とか色んなの使ってたりしてるし。
「わ……わかったよ。こっちに行きゃいいんだろ?」
「そうそう。さっすが、こだわりのある男は違うわねぇ♪」
「……………………」
何か釈然としない。
しかし、一度言ったことを曲げることもできない。
「絶対、『ブジエ』に行きなよー?」
「あーもう!! しつこいな! わーったよ!!」
「ふふん♪」
満足そうに頷いて、平安は柏木さんと帰っていった。
何なんだあいつは!!
「………………なぁ、仁」
「あぁ?」
俺と平安の会話中、だんまりをキメこんでいた田村が急に口を開く。
「お前が平安さんと結婚したら、完全に尻に敷かれる未来が見える……」
「勝手に未来見るな!」
俺が叫んだところで、昼休みの終わりの鐘がなった。
「…………ったく、何でこんなことに」
放課後、俺は自転車を飛ばす。
学校から自宅方面へ向かう途中、本来行く予定だったスーパー『ヤマギシ』の前を通りかかった。
――――あいつが見てないなら、ここで買い物しても…………
一瞬、そんな考えが過ぎった時、
シャー…………ザザザ…………
「…………!?」
スピリットボックスの音にハッとして自転車を漕ぐのを止める。
駐車場を隔てて奥、スーパーの入り口の自動ドアの所。開かない扉の前で呆然と佇む後ろ姿が見えた。
地味な黒っぽいコート。
派手な缶バッジカバン。
他の客は入り口の真ん中に立つその人物を無視して、普通に自動ドアをくぐっていく。
「くっそ!! ダメじゃねぇかっ!!」
その人物が振り向かないことを祈りながら、俺は猛然と自転車を走らせた。
木曜日。
…………塩って、どのくらい撒けばいい?
リュックに入った一キロの粗塩(×2)の重みを感じながら、学校からほど近い稲荷神社の敷地に自転車を停める。
自転車置き場で高宮に遭遇してから、俺はこの神社に自転車を停めてここから歩きで学校へ向かっているのだ。
ついでに神社の方には、短期間だということでちゃんと了解を得ている。
「はぁ……やれやれ……」
「あ! おっはよー、ジョーモン!!」
「げっ! …………よう…………」
「げっ……って何よ?」
神社から出てきたところで、歩いていた平安と柏木さんに出会した。
行く方向が同じだから、自然とそのまま一緒に歩くことになりそう。
「昨日の買い物、大丈夫だった?」
「はいはい、おふくろに褒められてお釣りを貰えました。ありがとうございますぅ」
「うんうん、よろしい!」
なーんか腹立つなぁ。
「…………あの、城門くん?」
「え? あ、何? 柏木さん」
びっくりしたぁ、急に話し掛けてくんだもん。
俺にはほとんど話し掛けてこなかった柏木さんが、神社の方に少しだけ視線を向け話し掛けてきた。
「あの神社……しょっちゅう行くの?」
「へ? あ、いや……昨日から自転車置かせてもらってて…………でも、たまにお祭りとかある時は行くけど」
「そう。良いと思うわ」
「…………?」
何か、柏木さんって不思議な美少女だな。
そういえば、平安は『本物』だって言ってたっけ。もしかしたら霊の撃退方法とか知ってんのかな?
「あ……」
シャー…………ザザザ…………
柏木さんに話し掛けようとした時、スピリットボックスが反応した。
見回すと、神社から向こうの道路に人影が見える。あまりにも遠くだったのでシルエットのみであるが、何故かそれが高宮だということが判った。
「…………………………」
「…………城門くん?」
「何やってんの、ジョーモン?」
二人とも、俺が黙って塩を撒き始めたことに首を傾げている。
この二人は関係ない。関係ない……関係ない……
粗塩の威力のおかげかどうか分からないが、この日は帰りまで何も起こらなかった。
金曜日。
明日はいよいよ、あの廃工場へ向かう日だ。
「おはよー!」
「よう…………」
クラスで大人しく座っていると平安が入ってきた。今日は後ろに柏木さんがいない。
「はい! いいモノあげる!」
「ん? 何だ?」
差し出された手を見ると、そこには紺色の小さな御守りがあった。
「何で『学業成就』なんだよ…………」
「心霊スポット巡りばかりする困った人に、防御力を上げるアイテム♡」
「…………せめて『厄除け』とかにしろ」
「あはは! いーから受け取っときなさい!」
「しょうがねぇ………………ありがとな……」
「うん♪ 肌身離さず持っててね♡」
強引に受け取らせて、平安は笑いながら自分の教室へ戻っていった。
明日、廃工場へ行くこと…………平安には言ってないのに。
「…………本物にデバフとか掛かってんなら良いのに」
俺は貰った御守りをブレザーの内ポケットへ入れる。
シャー…………ザザザ…………
同じ場所に入れていたスピリットボックスが鳴った。
俺は小さな声でスピリットボックスをあやす様に語り掛ける
「焦んな。明日の夕方、行ってやるから待ってろ」
シャー…………『待ッテル……』…………ザー…………ザザザ…………シャー…………………………ブッ。
それだけ言って、雑音は消えた。
昔、ファブ○ーズで除霊できるって情報がありました。本当なら最強だと思った。




