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第八話 忘却と歓喜

 高宮から逃げた放課後。



 …………『ニガサ、ナイ』…………



 バスの中でこの言葉を聴いた瞬間、俺は自分が何かに取り憑かれているのだと実感した。


 自宅近くの停留所で降りてフラフラと自宅まで歩く。もしここで転んだりしたら、俺は起き上がることが出来ないんじゃないかと確信していた。



「………………ただいま」

「ひとし、おかえりー♪ 今日は早いのねぇ?」


 自宅の居間でテレビのワイドショーを観ながら、ボリボリ煎餅を貪り食う『昭和主婦スタイル』の姉が俺を出迎える。


「……姉貴の方が早いじゃん。なんだよ、今日は彼ピッピと出掛けないのか?」

「んー? 別にいいでしょ?」


 ガリガリボリボリ…………


 堅焼きの煎餅が咀嚼される音を呆然と聞きながら、俺もコタツに足を突っ込んで姉の隣りに座った。みかんが欲しいと思ったが、目の前にあった最後のひとつはすでに開かれて中身がない。


「…………………………」

「…………………………」


 天板にアゴを乗せて姉と一緒にテレビを眺めると、リポーターがある都心で流行りものやイベントを現地から伝えてくる。

 それをボーッとした目で流していると、姉がテレビではなく俺を見ていることに気付いた。


「ひとし、あんた何かあった? 土曜日に出掛けてから様子が変だなぁと思ってたけど……わたし、何かした?」

「別に…………姉貴も何もしてねぇよ。どこからそう思うんだか……」

「…………………………」


 それでもまだ、姉がじっと見てくるので『なんだ?』と思い質問をする。


「俺こそ、なんかしたか?」

「あんたさぁ、心霊スポット巡ってるって…………それ全部近場でしょ? 何処何処に行ったの?」

「え……なんで?」

「いいから。ちょっと教えなさい」

「あ、うん……」


 何となく、いつもと違う姉の迫力に押され、俺は巡った心霊スポットを順不同に答えた。


 そして、最後にスピリットボックスが唯一反応した、初日の廃工場の話に差し掛かると…………


「え!? あんた、あの工場に行ったの!?」


 と、物凄く驚いた様子で詰め寄られた。


「んーと……先々週の土曜と先週の月曜…………でも、複数人で行ったし……特に何もなく…………」


 何故か姉が心配すると思い、ここは『特に何もない』と言ってしまう。

 まぁ、それ以前にも、あの工場には部品拾いに何度も行っているが。


「…………あんた、忘れちゃったんだねぇ」

「え? 何が……?」

「うちが引っ越す前……あの工場に、お母さんがパートに行ってたの……憶えてないの?」


 あの工場におふくろがパートに?

 え? そんなことあったっけ?


「憶えてねぇよ…………ってか、あの工場って廃工場になったのって、移転が理由だったみたいで特に危ないことじゃなかったようだけど?」

「………………ほんとに忘れてるのね」


 何か含みのある姉の言い方に、俺の背中にゾクッと悪寒が走っていく。


「だから……俺が忘れてるって……何を?」

「ねぇ…………わたしが中二の夏休み、わたしが友達と旅行に行ったのは憶えてる?」

「んー……あぁ、姉貴の部屋に写真あるよな。確か、『青少年クルーズ』とかいうので、みんなでグアムに行ったやつだったな?」


 当時、研修旅行という子供の自主性を育てるための目的として、海外に船で十代半ばの子供たちが旅行に行くツアーがあった。姉はそれに参加して、その年の夏休みはかなり満喫して過ごしたようだ。

 今でもその時が楽しかったのか、姉は将来は海外でも働けるような勉強をしたいと大学へ通っている。


「そうそう。わたしはインドア派のあんたと違って、外に思いっきり出掛けたいから…………って、わたしの話じゃなくてね…………あんたの話よ」

「…………俺に関係ないだろ」

「関係あったわ。うち、共働きだったでしょ?」


 そうなのだ。うちは俺が物心つく前から母親も働きに出ていて、姉弟で留守番をするのが当たり前だった。

 平日は昼間に学校へ行き、夕方は塾や児童館へ行って過ごしていたことを思い出す。


「グアムに行った年はわたしが中二で、ひとしが小四、なおきが保育園の時だったわねぇ。あの頃はあんたたちも可愛かったわ……」

「はいはい、今は可愛くねぇもんな」


 ニコニコと懐かしむ姉だったが、長い休みは大変だったと途端に顔を曇らせた。


 何故なら、普段の昼間は学校という名の託児所にやんちゃな弟を預けていられるが、長期休みとなれば朝から晩まであちこち駆けずり回り、家の中でも大人しくなどしていない。


「特にひとし! あんたは一日、家にそのまま置いておくと、家電のどれかをすぐに分解するから目を光らせておかなきゃならなかった!」

「あー、うん。そうだな…………」


 幼稚園から小四くらいまでの俺は、とても好奇心旺盛で自分の目で確かめなきゃ済まない『分解少年』だった。


 我が家では俺のせいで、リモコン各種計八個、テレビ二台、洗濯機一台の被害がでている。

 まさに『ドライバーが友達』の状態だった。


 これは未だに家族から事ある毎にネタにされ、毎回毎回申し訳ない気持ちでいっぱいになっている。


「長期休みになると『自由研究』と称して、家の機械をひっくり返していたものだから、あたしは可能な限りあんたを見張ってなきゃいけなかった!」

「…………すいません」


 下の弟の直樹はとても大人しく、保育園に預けていたので問題がなかった。

 俺は人見知りがあったので外では大人しい子供だったのだが、黙って色々やり始めるという点で目が離せない問題児であった。


「でもね、中二の時の夏休みはわたしがグアムに行って二週間もいないから、あんたをどうしようかお父さんもお母さんも悩みに悩みまくったわ」

「………………おぅ」


 結局、両親が捻り出した策は、母親のパート先に俺を連れていき、母親が働いている間に周りの目を気にさせて大人しく遊ばせるというものだった。

 もちろん、パート先の社長には了解を得たそうだ。



「そんな事……本当にあったの?」

「じゃあ小四の夏休み、何やってたか思い出せる?」


 小四なんてけっこうデカくなっている。忘れるにしても大まかな事くらいは………………


「…………………………」


 ………………思い出せない。


 何度も思いを巡らせて、小四の夏を思い出そうとしているが、それらしい記憶が探し出せない。それどころか、小四って何やってたっけ? と、その一年のほとんどが分からない。


「………………わかんない」

「本当に憶えてないの? ()()()()もあって大変だったのに…………」

「あんな事…………って?」

「ふぅ…………」


 姉はため息をついてから、テレビを消してその場に座り直した。


「……ひとしも、もう高校生だしね。話しても大丈夫かな」

「な、なんだよ……」


 思わず俺も正座して姉と向き合う。


「あのね、わたしがグアムから帰ってから聞いたんだけど…………」

「………………………………」


 そこからの姉の話は、俺が封印していた記憶を解放するのには十分な威力を持っていた。





 …………………………

 ………………





「ただいま~。遅くなってごめんね~、すぐに夕飯にするから…………あら、どうしたの仁?」


 パートから帰ってきてすぐに台所へ行った母親が、居間にいた俺に気付いて首を傾げた。

 俺は『おかえり』とも言えずに、ただ一点を見詰めて座る。


「お母さん、実はね…………」


 姉がヒソヒソと母親に、自分が俺に話した内容を教えた。

 母親はそれを聞き終えると、一瞬だけ俺に泣きそうな顔を向けたが、すぐにいつもの顔に戻した。


「…………夕飯にするけど、食べられそう?」

「……………………」


 優しく言われた言葉に、俺は母親の顔も見ずに居間を出る。


「作ってテーブルに置いておくから、食べられそうなら食べに来なさい」

「……………………」


 パタン。


 自室のドアを閉め、そのままドアの前に崩れ落ちた。


「うぅっ…………ぐ……あぁあああっ……」


 口から泣き声が漏れるのに、涙はあまり出てこないのがたまらなく悔しくて辛い。


 だぁんっ!!


 床に拳を打ち付けて、できるだけ頭を低くしていたいと思った。


 ――――何で、何で忘れてた!? こんな大変な事!!


 あの廃工場で…………当時、俺がいた時に何が起こったのか、俺は一気に思い出して頭が破裂しそうになっている。


 姉から聞くまで、俺はとてつもない記憶を無かったことにしていたのだ。


「……ぐふっ……ごほっ、ごほっごほっ……!!」


 喉が貼り付いたように息苦しくなって噎せるが、この苦しささえも仕方がないことだと、自分を責める小道具にしてしまいそうだった。


 シャー…………ザザザ…………


 また勝手に鳴り始めたスピリットボックスを床に投げつけた。


 こんなもの……作ったから……!!


 完全に機械に八つ当たりをして、俺は自室の床で転げ回った。







 咳き込んだり苦しさでのたうち回ったりと忙しくしていたが、次第に落ち着いてくるのが分かってきた。きっと、自分の頭に記憶が徐々に収まってきたのだろうと思う。


 床から起き上がり、転がるスピリットボックスを机の上で丁寧に分解して並べる。おかしな点や壊れた箇所は無い。


 さっきまでのは拒否反応だ。


 自分が見たものを、忘れていたものを、平和ボケした頭は思い出すのを拒絶しようとしていた。

 だが、それをようやく受け入れる覚悟を…………いや、諦めてくれたのだろう。


「ふぅ……」


 だいぶ夜も更けた頃。

 冷静になった俺は次にやることが分かっている。

 もう、黙っていられなくなったのだ。


 …………『ニガサ、ナイ』…………


 そう言われて当然だと思った。





 最初に田村に電話をし高宮の様子を聞くと、彼女は学校を休んでいたという。

 じゃあ、自転車置き場の高宮は? だが、それはそれで考えても仕方ない。



 次は平安だ。女の子に電話するのには遅い時間だが、まったく関係ないあいつを巻き込む訳にはいかない。

 しかし、彼女のフリを断り電話を切った後、別れ話をしたのではないのに胸が痛い。何故?



 でも、まぁ……これでよし。


 今やれることを終わらせて、スピリットボックスを元に組み立てた。

 そして、それに向かって語り掛ける。


「――――俺は正面から行く! 待っているならそれでもいい、来るなら来い……!!」


 …………『ウレ……シイ……』…………


 スピリットボックスから反応があった。


 そうだな、土曜日まで待っていろ。


 俺は逃げない。





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― 新着の感想 ―
[一言] 少なくとも、取り返しのつかない事はしたんでしょうね……幽霊みたいな何かが絡んでるくらいだし(;゜Д゜)
[一言] ……な、何があったんだろう (。´・ω・)?
[一言] ドチャクソ過去が気になる( ˘ω˘ )
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