第四話 技術者の意地
「「「…………………………」」」
廃工場からの徒歩と帰りのバスまで、誰一人として口を開かなかった。
「ぐすっ…………ぐすっ…………」
バスの中。時折、三阪さんのすすり泣きが聞こえる。
隣りにいる平安は黙ってはいるが、落ち着かせようとしているのか彼女の背中を撫でている。
……なんだったんだろう…………あの声は。
『フザケンナ』
確かにそう聞こえた。
電子音でできた無機質な声だった。
言葉の意味と高さからして、怒りを含んだ女の声だと想像できる。
あの工場、本当に霊がいたのか……そんで、俺たちはそれを怒らせてしまったということか? ははは……そんなバカな。
信じられないと思いつつも、俺の頭の中では廃工場に入るところから、何度も自分たちが逃げ帰るまでの行動を繰り返し思い出そうとしていた。
何がダメだった? 態度? 呼び掛け?
そもそも、心霊スポット巡りなんてことをしたから?
ポケットの中のスピリットボックスを握り締める。少しだけ後悔の念に駆られたが、それでも俺はまだ実験と検証に対して納得がいっていない。
だから、ふと思ってしまった。
…………もう少しサンプルがないと、あれが霊の仕業とは言えないんじゃないのか?
俺はこの機械を最高のものにするために、あんな所まで行ったんじゃないか。たった一度の不確かな恐怖で逃げ帰ったんじゃ、ちゃんとしたデータなど取れないだろう。
こうなったら俺にも意地がある。
みんな、ちゃんと視えないから怖がるんだよ。
心霊現象……良いじゃねぇか、機械と科学で解明してやらぁ。
バスに揺られながら、俺は決意するのだった。
…………………………
………………
バスに乗って十数分。
やっと最初のコンビニの前にたどり着いた。
辺りはすっかり暗くなっていて、コンビニの強烈な灯りが現実に戻った安堵感を与えてくれる。
「……いや〜、あれはびっくりしたよなぁ! マジで幽霊かと思ったけどよぉ……きっと、あんなのどっかの電波だよな? 電子音なんて、人の声に聞こえたりもするもんだよな? あははは…………」
「そうだね、分からないと怖く感じるものよね。もう何もないから、ひよりも安心して帰ろう」
「うん……」
バス停に降り立った途端、田村が聞いてもいないことをペラペラを笑いながら話す。余程、怖かったんだろうなぁと憐れむが、場の空気が少し和んだので、これは奴なりの気遣いだと思う。しかし……
「いや、あれは霊の声よ……!」
「え?」
「ひぇっ……」
「ちょっと…………高宮さん!」
田村が半分笑い話にしようとしたのに、そこに高宮が低い声で怪談の出だしのように言った。
和んだはずの空気が一気に悪くなるのを目の当たりにする。
「…………わかんねぇじゃん」
「分かるわ! アタシにはヤバい空気感じたもん!」
「……………………」
おぉっと、霊感キャラが復活した。
こいつとしては、ここでみんなと一緒に怖がっていたら、自分の嘘が露呈すると思っているのだろう。そんなことをしなくても、俺も田村もこいつが霊感など無いと分かっているので意味はないのだけど…………。
「俺、またあの工場に行ってみる」
「なっ!? 仁、本気か!?」
「何言ってんのよ、ジョーモン!」
『はぁっ!?』と言わんばかりの表情で、田村と平安が俺に食ってかかる。『また、みんなで行く』と解釈したのか、三阪さんは完全に顔を蒼くしてカタカタと震え始めた。
「……安心していいよ、行くのは俺一人。もともと、俺の実験にみんなを付き合わせたんだし。心霊スポットへ行く要領も分かったから、あとの検証は俺が放課後にでも少しずつ進めていくよ」
「だけど、独りで行くのは……オレが行ける時ならお前に付き合うし……」
「田村は平日に部活あるだろ? 土日だって、今日はたまたま休みだっただけ。検証するのに、そんなに日にち空けてやってらんない。俺が一人でサクサクやってみる方が早く終わる」
田村は良い奴だから、休みの度に付き合うと言ってくれそうだが、それではあいつに迷惑がかかる。
「それでも、ひとりはマズイよ。そうだ! あたし、頼りになる友達いるから、その子たち連れて――――」
「シロくん! じゃあ、アタシも行ってあげる!! 実験手伝うし、絶対役に立つから!!」
平安の言葉を無理やり遮って、高宮が俺の目の前にドンと立ち塞がった。
「…………俺一人で充分だから。高宮も平安も心配かけて悪ぃな。田村も三阪さんも、付き合ってくれてありがとう。じゃあ、今日はもう解散な! みんな気をつけて帰れよ!」
「「「……………………」」」
みんなは俺の言葉に何も言わなかった。
これ以上、みんなをズルズルと付き合わせるのは、心底申し訳ないと思う。だから、一方的に話を終わらせて解散にさせた。
「うわぁ……何か、どっと疲れたぁ……」
自宅に戻って自室のベッドに倒れ込む。
あの後、田村にはメッセでめんどくさい事を頼んで悪かった……と謝っておいた。そして、今後もし高宮のことで困ったら相談しろとも伝える。
返信で、やっぱり高宮のことを心配された。だが、それは俺だって考えている。
高宮に付いて来られないように予防線を張るつもりだし、高宮が来なければ三阪さんも巻き込まれないだろう。そうなれば平安も来なくていい。
…………あ、そういえば、平安に連絡先でも教えれば良かったかな?
ふと、別れ際に見せた心配そうな顔が浮かんで、少しこちらも気になっていた。
…………いやいや。別に小学生以来の再会でも、そんな義理はないよな。変なアダ名も健在だったし。
高宮が強烈だったので目立たなかったが、平安は相変わらずマイペースで、人のことなど気にしないのだろう。
だが、あいつも小学生の頃よりは大人になったみたいだ。昔よりは落ち着いている。
当時は散々振り回されたが、俺だって少しは大人になったんだからもう負けはしない。
そうそう、そういえばあの頃は身長だって負けていたんだっけ。今は俺の方がだいぶデカくなって……………………
ばぁああああああんっ!!!!
「ひとしーーーっっっ! スピボは出来たかーーーっっっ!!」
「うぉわぁっっ!?」
俺の部屋の扉が全力のフルオープンにされ、姉が勢い良く突撃してきた。
ベッドに寝転がってた俺を、ジャンピングからの全身プレスで押さえ付けてくる。
「ひとしぃ〜〜〜♡ 可愛い弟め〜〜〜っ♡」
「うっわ、酒臭ぇ!? 大学生が泥酔してんじゃねぇよ!!」
「うっふぅ〜、いいじゃん週末なんだしぃ! それよりも、わたしの彼ピッピのスピボは完成したのかニャ?」
何が『彼ピッピ』じゃ!! アプリゲームのミニキャラか!? しかも語尾もおかしいぞ!!
姉に押し潰されながら、俺はスピリットボックスの完成予定を絞り出す。
「に、二週間待て! 彼氏にそう伝えろ!!」
「わかったわよぉ〜……もう、変に慌てちゃって…………さては、エロ本でも隠したのか!? 姉ちゃんが急に入ってきたから! よし、見せてみろ!! お前の好みのエロスを査定してやる!!」
あーっ!! めんどくせぇ姉だな!!
「隠してねぇし! 疑うんなら勝手に調べろ!! ってか、重てぇぞ!! 少しはダイエットしろよな!! この間まで壊れてた体重計直してやっただろ!!」
「なによ、デリカシーないわね! …………ったく、あんたって子は機械ばっかで、少しは年頃らしく女の子のこととか考えないのー?」
「ふんっ! 今は機械のこと考えてたんじゃ――――」
そこまで言いかけて俺はハッとする。
直前まで平安のことを考えていたが、別に色気のあることじゃない。姉なんかにムキになるな。
姉を退かしてベッドから立ち上がった。
「とにかく、俺はその彼ピッピのために、心霊スポットでスピリットボックスの検証してんだ。少し待て!」
「え〜? あんた律儀に心霊スポットまで行ってんの? 適当にそれらしいもの造ってくれればいいのにー」
『適当に』……俺は機械に関してはこの言葉が嫌いである。
「……適当に造って、俺の機械のせいにされたくねぇんだよ。機械は人間には無い、正確さが重要なの!」
「あんたって子は…………わかったわよ。楽しみにしておく。でも、危ないことはしちゃダメよ?」
「…………はいはい」
心霊スポットと言った途端、姉が急に真面目な顔で言う。平安の顔がまた浮かんだ。
「心霊スポットってだいたいはハズレだけど、たまに本当にヤバい所もあるからね!」
「すぐに逃げれば大したことないって…………」
軽く姉の言葉を流していると、
シャー…………ザザザ…………ザー……
机の上に置いたスピリットボックスから雑音がする。
「やだ、何っ!?」
「ん? また消し忘れたか…………いや、電源のツマミが緩んでるのか?」
寝る前にネジを締め直しておくか……。
疲れていたせいか、この日はベッドに潜るとすぐに眠ってしまった。
…………………………
………………
週が明けて、その日の放課後。
俺は自転車を転がして、ひとり校門の方へ向かう。
さて、ここから自転車とばして行けば、夕方になる前に廃工場へ行けるな!
校門を出てすぐ、俺が自転車に跨ると…………
「シロく〜ん! 待ってたよ〜〜♡」
「へ?」
俺の自転車のハンドルを、横から伸びてきた手が勢い良く掴む。
顔を上げると、目の前に満面の笑みの高宮が飛び込んできた。