最終話 夕暮れの喧騒に
最終回です。
ケーキを食べに行ってから、俺は放課後に平安たちと四人で歩くことが多くなった。
柏木さんと弥生の二人は科が違うから、学年が上がれば一緒の行動も難しくなると言っている。進路も考えなきゃいけなくなるだろうし、お互いに放課後に時間を合わせられるのも今のうちだけだろう。
「……というか、俺としてはあの二人が付き合ってないってのが、めちゃくちゃビックリしたんだけど」
「そうなんだよね。ことはに聞いても彼氏じゃない! って言われるのよ……」
ある日の放課後の河川敷の公園。
俺と平安の前には、仲良く歩く柏木さんと弥生がいる。各々、さっき寄ったコンビニの肉まんを手にのんびりしていた。
柏木さんはけっこう小食なので、一つの肉まんを半分にして弥生に食べてもらっているようだ。柏木さんは見た目通りの美少女である。
さっきからジャンボ肉まんを一人で頬張っている平安とは大違いだ。
「あの二人は明らかに両想いだろうに……」
「あたしとジョーモンで、くっつけるために画策しちゃう?」
「どこのラブコメラノベだよ…………」
姉貴がそんな小説読んでたな……。
「そういえばさ、ひよりと田村くんが付き合い始めたって知ってる?」
「何ぃっ!? 田村のやつ、しょっちゅう会ってるのに、そんなこと微塵も――――」
「あと、田村くんと同じ部の先輩が高宮のこと好きになったから、近々告白するって聞いたんだけど」
「うぉぉ……高宮にまで浮いた話が……」
よく思い出してみれば、初対面の時から田村は三阪さんに妙に優しかったな……。お互いに連絡先も知ってたみたいだし………………抜け目ねぇなぁ。
高宮は素直に良かったなぁと思う。
ギャルメイクやめた方が自然で良いって、騒いでた一部の男子がいたくらいだから。
よしよし。みんな、幸せになっとくれ。
「…………あたしがいなくても、今は平気な顔してるねぇ」
「へ?」
肉まんを食べ終わった平安が、包み紙をゴミ袋に入れながらポツリと呟いた。
最初は三阪さんや高宮のことかと思ったが、どうやら違ったようだ。
「小学生の時の話、ジョーモンが小学生の時に急に黙って引っ越したから悲しかったんだから」
「そう……か」
少し真剣な面持ちの平安から目を逸らし、俺は前を見て軽く聞いているフリを装う。
「塾は同じだったけど、学校が違うからいなくなっても理由がわかんなかったし……」
「いや、あの時は俺も正気じゃなかったみたいなんだよな…………」
小四の夏休み。
俺は早坂さんの事件でかなりのショックを受け、塾はもちろん学校にも行けなくなった。
家族は心配して、俺をカウンセリングなどに通わせ、さらに環境も変えようと考えた。
以前から検討していたマイホームを前倒しで購入し、五年生に上がるタイミングで転校させたのだ。
転校して新しいクラスに入れられた俺は、前の事など全く無かった様に過ごし始めたので、家族は敢えて何も触れずに最近まで黙っていたという。
きっと、あの時の記憶がすっぽり抜けていたのは、子供の防衛本能だったのだろう。
「色々あったけど、元気だってわかって良かったわ。ジョーモンって塾じゃ妙に大人しくて、あたしはいつも心配だったのよ?」
「別に……お前に心配される覚えねぇし。お前が何かしら突っかかってくるから、逆に引いてたんだけど……変なアダ名付けてくるし…………」
ここで、平安はキョトンとした顔で俺を見上げる。
「へ? あたし、アダ名なんて付けてないよ?」
「んなっ!? 付けただろ! みんなの前で!!」
「えー? アダ名を付けた……あたしが?」
「俺の名前から音読みして『ジョーモンジン』って!!」
そこで「あぁ!」と平安は分かりやすく手のひらを打つ。
「それ、アダ名じゃなくて、そんな風に読める……って言っただけじゃない?」
「お前がそう言ったから、みんなが囃し立ててアダ名になったんだよ!!」
「そっかー、あたしがみんなを引っ張ってしまうとは…………当時のインフルエンサーはつらいわー」
「誰がインフルエンサーか!?」
昔のこいつの人懐っこい陽キャぶりに、人見知り陰キャの俺がどれくらい振り回されたか。
「俺のことなんて放っときゃいいのに……」
ジト目で睨むと、平安はカラカラと笑って俺の腕を軽く叩く。
「いやー、子供の時からジョーモンって何かほっとけなかったんだよねー」
「今も『ジョーモン』って言うし…………」
「え? 『ジョーモン』って呼ばれるのヤだ?」
「う……まぁ…………」
小首をかしげられながら、じっと見詰めてくるのが落ち着かなくて俺はそっぽを向く。
「そーねぇ、じゃあ『シロくん』?」
「やめろ、色々と思い出す!」
高宮にそう呼ばれる度に寒イボが立っていたんだよ。
「え〜と、じゃあねぇ……」
「無理に付けなくていいんだけど……」
「二人ともー!」
前方を歩いていた柏木さんと弥生が、立ち止まって振り返っていた。
「これから本屋行こうって言ってたんだけど……良いかな?」
「いいよいいよ! 行こーう!」
平安は俺を置いて、笑いながら柏木さんに抱きつく。
「城門くんは?」
「いいぜ。行くよ」
仲良し三人の後ろについて歩き出す。ふと、空を見るともう夕方の茜色が広がっていた。
…………夕方って、どの季節でも寂しく見えるなぁ。
冬の放課後から黄昏は近い。
『あの時』とは状況が違うのに、うっかり立ち止まってしまうと、機械の雑音から聴こえた鳴き声が耳に届いてしまいそうになる。
あれで大丈夫だったんだろうか?
救えたかどうかの確認をできず、心の何処かにもどかしさが残っていた。
「……………………」
ザァザァと砂の音に紛れた悲しい声。
あの声は、たぶんもう二度と忘れない。
シャー…………ザザザ…………
静かな耳元へ、どこからか雑音が聴こえた気がして一瞬身体が強ばった時、
「ちょっとー! どうしたの、行くよー!」
騒がしい声が幻聴を追い出す。
いつ間にか距離が空いてしまった俺を、平安が引き戻してくれた。
「はいはい、ごめんごめん……」
「ボーッとしてたら置いてくよ『ひとし』!」
「………………!」
どうやら、俺の呼び名を『ひとし』にしたようだ。
柏木さんや弥生みたいに苗字にしてくれりゃいいのに。いきなり名前で呼び捨て…………まぁ、平安らしいか。
再び、四人で固まって歩き出す。
冷たい風が耳に当たる。
――――今だけは静けさで耳を覆いたくない。
できるだけ三人に歩調を合わせ、とめどなく流れてくるおしゃべりを、しばらくは心の安定剤として聞いていることにした。
了。
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またお会いしましょう(*´∀`*)ノ




