第十六話 軌道修正の真相
俺が心霊スポット巡りをやめ、平和に過ごしている休日。
「あ〜、コタツ神ぃ……」
「姉貴……最近、休みは家でゴロゴロしてばっかでいいのか? あんな彼ピッピでも、いないと女が廃れてくるんもんだな……」
「ひとし…………………………地獄、見たい?」
「…………………………ごめんなさい」
俺のあの廃工場での騒ぎの少し前。三人で出掛けた翌々日の月曜日に、姉貴はユーチューバーの彼氏とお別れしていたようだ。
「俺も交えて楽しく出掛けてたじゃん。何が気に入らなかったよ?」
「いやね……ランチでね、ちょっとオシャレなパスタを食べに行ったのよ……そこで、あたしはイカ墨パスタで、奴はカルボナーラをたのんだのよ…………」
デートランチでイカ墨食うな。
「……あいつ、パスタをフォークに巻かないで、蕎麦のようにすすったのよ!! カルボナーラだから、麺に絡んでたソースが皿にドバドバ零れ落ちるのに!!」
この他、食い方が汚い! など、パスタひとつで文句が出るわ出るわ。これが『ヌードルハラスメント』ってやつか。
「日常マナーが許せなくなったら終わりよね……」
「良かったじゃん。結婚なんかする前に気付けて」
俺がスピリットボックスを完成させなくても、二人とも自滅してんじゃねぇーか。
「あーあ、どこかに素敵な人いないかなぁ。イケメンで性格良くて、お金持ちってだけでいいから……」
これ以上にない好男子の条件を呟きつつ、姉は卓上のミカンに手を伸ばした。その時何かを思いついたのか、ハッと顔を上げ俺の方にキラキラした目を向けてくる。
「あんた、この間から紫ちゃんや、琴葉ちゃんと遊んでるわよね? 琴葉ちゃんのお兄さんの実弦さんって今、彼女いると思う?」
「…………実弦さんに目ぇつけたか……」
「ねぇねぇ、探ってきてよ〜! ついでに、あたしのアピールもしてきて〜!」
「ざけんな。俺はお前の広報大使じゃねぇ! 身の程を知れ!」
残念ながら、実弦さんが姉貴を選ぶ確率は少ないと思う。何故なら、実弦さんみたいな人は生まれ持っての勝ち組だからである。
「“キング”の隣には、もれなく“クィーン”がいるもんなんだよ。キング捕まえたきゃ、自分磨きでもしてクィーンに少しでも近づければ?」
「ぐぬぬ……見てろ、すぐにでもクィーンになってやらぁ!」
「はいはい、頑張ってね」
姉が取ろうとしたミカンを奪い、今日はコタツでのんびりと過ごそうと考える。
…………俺は一般人でいいわ……天上人にはコタツ似合わねぇもん。キングとクィーンなんて、はたから見た方が気楽でいいよな。
シーズンオフにはまだ早いコタツにズブズブと埋まりながら、つい数日前に平安たちとお茶に行ったことを思い出した。
…………………………
………………
「フッフッフッ〜! 今日はチーズケーキ〜♡」
「へいへい……俺からのお礼はそれでいいんだな? お前の言う『期間限定』とやらを奢ればいいんだろ」
「別に奢れ、とは言ってないよ。一緒に食べに行ってくれればいいの」
「ん? 奢らなくていいのか?」
「そうそう。あんたは人数合わせに来てくれれば」
訳が分からない。人数合わせって?
「いつも行ってる喫茶店でね、限定の『ショコラチーズケーキ』が出ているんだけど、それが『カップル限定』なのよ…………」
「ぶっ…………」
「別に彼氏彼女じゃなくても、友達と頼んでもいいものなんだけど……」
「…………なら、柏木さんと一緒に頼めばいいだろ」
「いや、その……ことはといるから、頼みにくいのよ。ことはの方もこっちを気にしてて頼まないし…………」
「…………と、いうことは……?」
話しているうちに件の喫茶店に着いた。
店の大きなガラス越しに、店の奥に柏木さんが待っているのがわかった。
…………ん? あれ?
一瞬見えた疑問は、店の中に入って確信に変わる。
奥の丸い四人がけのテーブルには柏木さんがいて、その隣りには一人の男子高校生が座っていた。
「ゆかり、こっちだよ」
「ことは、弥生くん、おまたせー!」
…………弥生? どっかで聞いたことあるような。
見れば、柏木さんと同じ『医科』のライトグレーのブレザーを着ている。一応、同じ学校だ。
「えっと、ジョーモンは知らないよね? こっちはことはと同じクラスの『弥生 誠一』くん」
「あ……城門です……」
「あぁ、君が。弥生です。よろしく」
柏木さん同様に育ちの良さが滲み出ている気がする。というか、柏木さんと同じ『空気』を纏っているというか、同じ『人種』というか…………
突然の彼の登場に、俺の頭の上には『?』がたくさん出ていたと思う。すかさず、平安が間に入って説明を始める。
「あのね、弥生くんはいつもここに付き合ってくれるのよ。まぁ、あたしたちの『茶飲み友達』ね!」
「あはは……平安さん、それじゃお年寄りみたいだよ。やっぱり、今回は僕が来ちゃダメだったような……」
「なっ! それはダメよ! 今回の『作戦参謀』は来てもらわないと!」
「…………作戦参謀?」
また、よくわからない状況になってしまった。
「え〜と……弥生くんは一昨日まで、短期語学留学でアメリカに行ってたの」
「アメリカ…………って、もしかして学校の『留学選抜』で? あ、そうか! 弥生って名前…………」
うちの高校には冬に、優秀な成績を収めた二人くらいの生徒が超短期で海外留学へ行くことができる。
普通は二、三年生が選ばれるのだが、今年度は一年生からも出たってかなり話題になっていたのだ。
「そうだよ……弥生って言ったら、うちの高校じゃかなりの有名人じゃん……」
「たいしたことないよ。たまたまそうなっただけだし」
たまたまで学年一位をキープし、全国模試でトップクラスには入れねぇよ。でも、何でそんな天上人が俺の目の前にいるのか?
「ジョーモン、感謝しなさいよ? あんたが『危ない目に遭う』って最初に気付いたのは弥生くんなんだから!」
「え? どういうことだ?」
「弥生くん、遠くからでも『視える』の……」
「まぁ……少し、ね……」
とりあえず各々でお茶とケーキを注文して、それが来るまで『今回の説明』を受けることになった。
まず、弥生が異変に気付いたのは平安からだった。
その時は柏木さんと平安が、アメリカにいる弥生とモニター越しに会話している状況だったという。
『平安さん……最近、おかしな所に行かなかった?』
『へ? あー、心霊スポットって所には行ったよ』
『平安さんの関係かな……背の高い男の子の“死に際”が視えるんだけど…………』
『えぇっ!?』
…………と、言う感じで始まったらしい。
「マジかー……その場にいない俺に『死相』が出てたのが視えるとかって……まさかうちの学校に特殊能力者が二人も…………」
モニター越しに視えるってとてつもねぇじゃん。
何なんだよ平安の関係者。こいつの周りには超人ばっかりいるのかよ。
弥生は人の『死に様』が視えるらしい。
少し前はその場所で視えるものだけだったが、最近は親しい人間越しに関係者の“死”が視えてしまうそうだ。
「弥生くん、ことはと同じく休みに寺へ修行に行ってるのよ。寺の方は弥生くんのおばあちゃんが知り合いで…………」
「わぁ……すげー効果あるな、寺修行……」
細かいところは知らないが、弥生の親戚筋では修行はけっこう当たり前なんだとか。こいつが生きてるのが本当に現代なのか疑わしくなる。
「……で、どうやって、アメリカにいる弥生が俺を助けてくれたんだ?」
「正直、僕は視て口出ししかしてないんだ。実際に城門くんを助けたのは、柏木と平安さんだよ」
「あんたの状況を逐一教えて、次にこうしろーって指示を受けるの」
つまり、『作戦と総指揮 弥生』で『現場実行 平安 柏木』ということか。
「実行を始めたのは……俺が廃工場へ決着に行く前か……」
「そうそう。本当はあんたのことを、家まで送って行ったりもしたかったんだけど…………」
その時、ちょうど注文していたものがテーブルに置かれた。
店員さんが見えなくなってから会話を続行する。
ここで出たのは廃工場前の四日間だ。
それは、とてもじゃないけど信じられない事だらけだった。
まず火曜日。早退して図書館へ行った日。
もしもあの時、平安が一緒に行くと言ってついてきた場合、俺と平安は高宮に橋から突き落とされていたそうだ。敗因は自転車から降りて歩いていること。
俺が一人で自転車に乗り、たまたま図書館は学校よりも廃工場から離れていたので、安全だと思って何も言わなかった。
水曜日。買い物へ行くスーパーを無理やり変えられた日。
敗因はスーパーの『ヤマギシ』は廃工場に近く、中に入るために自転車から降りてしまう。
どうやら、俺は帰りにピッタリと高宮に付けられて、自転車に乗るところを体当たりで転ばされるところだった。もしそうなっていたら、駐車場で車に轢かれる確率もあがる。
だから、わざわざ遠くの『ブジエ』を指定して、無事に家へ戻ることを選択させた。
そして、木曜日と金曜日。
この頃になると、塩を携帯したり神社で自転車が護られていたりして、俺の防御力は上がっていたのだという。
特に柏木さんが言うには、俺が自転車を置いてもらった神社は、俺と相性が良く厄除けの効果のある場所だったそうだ。
…………あとは、当日にあの通りになった……ということ。
実弦さんを連れていった方がいいと、事前に提案したのも弥生だったみたいだ。
ついでに柏木さんの方はというと、彼女は死に近い人がどんな危機に直面しているか……というのを『その人を護っている存在』に教えてもらうことができるそう。
二人とも「死んだ人の霊は視えないから……」と言って、自分は霊能者ではないと主張するが、そんなものより凄いのではないかと突っ込みたくなる。
「僕が直接視ていられれば良かったんだけど…………なにせアメリカにいたから……」
「いや、充分助かったよ。ありがとう」
弥生は申し訳なさそうにしていたが、本当ならこいつには俺の生き死には関係ない。たまたま平安と知り合いだったからこいつに助けてもらえたのであって、俺が運が良かったとしか言いようがなかった。
「さて、せっかく頭合わせにジョーモンに来てもらったんだし、弥生くんの『おかえり会』もかねてケーキ食べよー!」
「弥生くんもケーキ楽しみにしてたものね?」
「うん。でも、二人とも食べに来るの待ってなくても良かったのに……」
「良いのー! ことはは弥生くんがいた方が楽しいもんねー?」
「ちょ……ゆかり! みんながいるから楽しいのよっ!」
「…………………………」
なるほど。俺が呼ばれた訳がわかった。
この場でこの三人は仲が良いけど、特に柏木さんと弥生がカップルなのか。だから平安も二人に遠慮したし、二人も平安に気を遣っていたと。
仲良し三人で『カップル限定』のケーキ食べるには、もう一人連れてくるのがベストだよな。
うんうんと頷いて、俺も一緒に『ショコラチーズケーキ』を食べようとする。
少し大きめなハート型のケーキが二つ。なんとも目に痛い。
「ことは〜、さっそく食べよう!」
「うん、ゆかり」
平安がケーキひと皿を自分と柏木さんの間に置いて、仲良く半分こして食べ始めた。
いや、女同士で分けるんかいっ!!
俺はてっきり、柏木さんと弥生が分けるもんだと…………いや、そうなると俺が平安と分けることに…………?
「…………え〜と、こっちもケーキ半分にするね。城門くんは『追いチョコソース』かける? 紅茶に砂糖とミルクは?」
「チョコソースは少しだけ…………紅茶はミルクだけで……」
おぃいいいっ!!
初対面の弥生が俺に気ぃ遣ってきてんぞ!!
気付いて女子二人!! 男同士でハート型のケーキを分ける、この地獄絵図に!!
そんな俺の心の叫びなどお構い無しに、女子二人はきゃあきゃあ言いながらケーキを食べさせ合っている。
…………オーケー、もうどっちでもいい。美味しくいただければいい。
俺は楽しそうな雰囲気に負け、この店自慢の味を堪能することに集中した。
今回エピローグその一。
次回で最終話です。




