第十五話 未来への軌道修正
早坂さんとの対話が終わって気が抜けたのか、俺は部屋の入り口に座り込んでしまった。
あの人はもう亡くなっていて、二度と話すことはできない。俺がしたことは本当に早坂さんを救ったのだろうか?
後からそんな考えが浮かんだが、それを確かめることはできないのも知っている。
「みんな〜、大丈夫?」
しんみりとした雰囲気にのんびりと割って入ったのは、高宮を押さえてくれたイケメンお兄さんだった。
「あれ? みつる兄、高宮は?」
「彼女なら、急に気絶して大人しくなったよ」
「そっかぁ、高宮の方も何とかなったのかな?」
「憑き物がおちたって感じだね」
イケメンお兄さんは、やけに平安と親しげに話す。
「えっと……平安、この人は……?」
「あぁ、説明する暇無かったもんね。この人は、ことはのお兄ちゃんだよ!」
「え? 柏木さんの?」
意外なことに驚いてお兄さんを見ると、彼は俺に向かってニッコリとしてきた。
「ぼくは琴葉の兄の『柏木 実弦』だよ。ゆかりちゃんとは、妹と一緒に小さい頃から友人でね。今回、二人に頼まれてここに来たんだ」
聞けば、ここに来るのにバスではなく、実弦さんに車で送ってもらったそうだ。
「ついでに、今日ここの工場への立ち入り許可も、お兄ちゃんに急いで取ってもらったの。本当なら、肝試しで建物へ無断で入るのは犯罪だから」
「それで駆け付けるのも遅れちゃったのもあるけどね。ごめんね?」
「あ、いえ! 助けてもらった上に、そんなことまでしてもらって…………」
確かに、これは警察なんかに見つかったら大事になっていたかも…………。
柏木兄妹に言われて、俺は内心青ざめた。
「何も無かった」と主張しても、流血している俺を見て信じてもらえる訳がない。高宮のことだって、考えようによっては犯罪だと言われてしまう要素が満載だ。
…………というか、さっきは聞き流したけど、柏木さんの家が『大手医療機器メーカーの社長』とか言ってなかったか? 柏木さんの霊能力? で助かったけど、何気に最初は文明の力で助けられてたな……。
「みつる兄、大学のレポートで忙しいのに付き合ってくれてありがとうね!」
「あ! 俺も……助けてもらってありがとうございました!!」
「ははは、気にしないで。妹とゆかりちゃんから『友達がピンチ!』て言われたから来ただけだよ」
「す……すみません……」
この、のほほんとしたお兄さんも、妹さんみたいな特殊能力でもあったりするのか?
「お兄さんも能力者とか……?」
「いや、ぼくは妹みたいな凄い能力は無いよ。でも、そこら辺でウロウロしている人たちがいるのだけは判るかな?」
「…………………………」
…………バッチリ『視えるひと』じゃないか。
柏木さんがこそっと耳打ちする。
「お兄ちゃんは普通に霊感ある人だから……」
「普通って何だ…………」
俺は色々と思うところはあるが、ひとまず工場の外へ出ることにした。
「ひとし〜っ!!」
「うわっ! 姉貴!?」
工場の外へ出ると、そこにはうちの姉貴が立っていて俺に飛び付いてきた。
俺の顔面血だらけの様子に、めちゃくちゃ狼狽していたが、傷が大したことないと何度も言うと少しずつ落ち着いてくれた。
「姉貴、何でいるの!?」
「田村くんから連絡もらったのよ! あんたが一人で危ない所にいってるって!!」
「え…………何で田村???」
いや、田村はうちの家族を知っているけど……
「ひよりが田村くんの連絡先を知ってたのよ。だから、念の為にお姉さんにも連絡しておいてもらったの」
「ひよ…………三阪さん?」
首を傾げながらも周りを見渡すと、実弦さんが乗ってきたステーションワゴンの後部座席、気絶した高宮と一緒に三阪さんが泣きそうな顔で座っていた。
どうやら、酷いことを言われても三阪さんは高宮を心配していたらしい。今回のことも、できる限り協力したいと、平安と柏木さんに言っていたそうだ。
――――そっか、高宮も独りじゃなかったんだな……。
「あんた、色んな人に心配されてたんだよ!」
「う…………ごめん……」
俺もひとりで何とかすると言ってたのに、実際はひとりじゃ何もできなかった。
そう思ったら、俺は自分が情けなくなる。
「本当に……うちの弟がご迷惑をおかけしました……お礼は後日に改めて、お宅にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ、そんなに気になさらず……」
姉貴が実弦さんに深々と頭を下げていた。
まさか、あの姉貴のこんなに礼儀正しい姿が拝めるとは……思ってもいなかったな。
その後、平安や柏木さん、三阪さんと高宮は実弦さんが車で自宅まで送るということになった。
怪我をしていた俺は実弦さんの知り合いがいる救急病院を紹介され、姉貴と一緒に怪我の手当てをしに向かった。
診察の結果。両腕、肩を含む上半身にかなりの打撲を負い、頭にも打撲と三箇所の切り傷ができていた。
結構な怪我に『原因は?』と突っ込まれそうになったが、密かに実弦さんから連絡を受けていた病院側は、俺や姉貴に深く追求することはしなかった。
どうやら実弦さんは、大学生でありながらも実家の会社を手伝っているようで、病院などに顔が利く人だったみたいだ。
…………平安と柏木さんが、無理にでも実弦さんを連れてきたの……こういう場合に備えてだったんじゃないのか?
ふとその考えに至り二人の用意周到さにビビったが、俺は文句が言えないので、大人しく薬と湿布を出してもらい再診の予約をして帰った。
――――――数日後。
俺は母親や姉に引きずられて、平安の家や柏木さんの家にお礼をしにまわった。
平安から柏木さんの家が、高校からそんなに離れていない場所にある『立派な日本家屋の豪邸』と聞かされてはいたが、三人で挨拶に行った時は規模のデカさに言葉を失った。
お礼に持っていった高級菓子折りが霞んで見えたほどだ。
お礼を言いに行っただけなのに、その後お茶まで出されて緊張のままに自宅に帰ってきた。
「すっごい家だったわね〜!」
「……なんか、住む世界が違かったわね」
「二人ともキョロキョロし過ぎだったぞ……」
住む世界の違い。
それでも生きていれば、会って話したりすることはできるんだ。
自分の部屋で今回のことを考える。
まだ身体のあちこちが痛むので、あれが現実のものだと嫌でも実感した。
俺は早坂さんと話をしたし、俺を助けてくれた人達にもお礼を言った。しかし、それでも胸の奥にもやもやが残っている気がしている。
機械もいじらず、ベッドの上でゴロゴロと転がっていたその時、スマホに着信があった。平安からである。
「……もしもし? 何?」
『ねぇ、今ちょっといい?』
「あ、うん。いいよ」
『あのさ……今回のことなんだけど、あんたは嫌かもしれないんだけどね……』
平安はある事を心配してきた。
それは、俺も考えていたことだ。
『無理はしなくていいから……』
「大丈夫、俺も気になってたんだ」
切った後、明日の予定ができた。
…………まだ一つ、話が終わってなかったな。
…………………………
………………
翌日、俺は登校してから田村のクラスに顔をだした。
少し早い時間だったが、もしかしたら……と朝練終わりの田村を見付けて声を掛ける。
「おーい、田村」
「よ、仁。朝からどうした?」
「あのさ……高宮、登校してる?」
「え? ん…………まぁ、あそこにいるけど…………」
田村は顔をしかめて、教室の一点を指差す。
まだ人がニ、三人しか居ない教室にポツンと座る人物。黒髪で化粧っ気も無く、かなり控え目に席に着く高宮がいた。
少し前までのギャルのような雰囲気は全く無く、どこかオドオドしているような気さえする。
まるで、心霊スポットにいた三阪さんと同じ、その場に来たのを恐れているみたいに。
「えっと、高宮? 城門が呼んでるんだけど……」
「えっ……?」
田村に声を掛けられると、高宮は弾かれたように顔を上げ俺と目が合った。その途端、とても気まずそうな表情をする。
やっぱ、そういう反応だよなぁ。
「よ、よぅ……高宮」
「おはよう…………」
「ちょっとだけ、こっちで話……良い?」
「う……うん」
俺は高宮を連れて、四階の移動教室の前の廊下まで来た。
ここならあんまり人は来ないけど、全くひと気がない訳ではない。なるべく、周囲に誤解されないようにするために。
「「…………………………」」
立ち止まって向かい合うが、二人の間に何とも言えない空気が流れるのがわかった。
しかし、そんな空気に気圧されてはいけない。
「っっっ……高宮、色々とすまなかった!!」
「えっ!?」
「俺、正直会ったばかりの時からお前を見下して、冷たい態度で接してた! こいつは何しても傷つかないだろうなんて、心のどっかで馬鹿にしてたんだ!! 本当にごめんっ!!」
腰の角度は直角に頭は深く、心からの誠心誠意で高宮に謝罪した。
「なっ……し、城門くん、そんなっ……頭、頭上げて! 謝らなきゃならないのは、怪我までさせたアタシの方だし!! しつこく絡んだりもしたし…………アタシこそ、ごめんなさい!!」
『シロくん』ではなく『城門くん』と呼んだ高宮の口調には、前までのギャルらしい雰囲気は微塵も感じられなかった。
その話し方はとても自然で、きっと本当の高宮はこちらなんだろうと思えてしまう。
「でも……俺のせいで嫌な思いしたり、無理してテンション高くしたりしただろ?」
「あの、あれは…………アタシが悪いのよ。高校生になったら、虐められたりしたくなくて…………」
高宮は本当はとても臆病な性格だったようだ。それを入学を期に、高校デビューして自分を変えようと必死だったのだ。
「なんか、最近は特に焦ってて…………お化粧を濃くしたり、彼氏作ればクラスのグループに馬鹿にされないと思って…………」
「…………そっか、女って大変だな」
つまり、高宮なりに自分を護ってたんだな。
「あのさ、俺から少しだけ言いたい事があるんだけど……」
「な、何……?」
「急にこんなこと言うのも何だけど…………もし、これからお前が辛いことがあったら、絶対に独りで抱え込まないでほしいんだ」
「え……?」
高宮は何を言われているか解らないようだ。
「俺の知り合いにさ、お前みたいに悩んでるのに誰にも相談しなくて、すごく……苦しんでた人がいたんだよ」
これは俺の推測だけど……悩みの種類は違えど、早坂さんと高宮はとてもよく似てたんだと思う。
だから、彼女は俺と仲良くしようと必死だった高宮に同調したんじゃないのか?
だから、彼女は俺を社長の息子と間違えてしまったんじゃないだろうか?
「これからは、何かあったら三阪さんや……俺に、愚痴でも相談でもいいから言ってくれ。あと、平安や田村だって、お前が真剣に言ってくれたら話は聞いてくれる。みんな『友達』として、お前のこと助けるから」
「城門くん…………」
これは平安から提案されたことだ。
『将来不安になる事は今から変えてしまおう』
あいつも良いことを言う。
俺だってそう思う。だって、早坂さんが一番できなかったことだから。
早坂さんが他の誰かに相談できてたら?
早坂さんに誰かがついていてあげられたら?
ほんの些細なことでも、結果は大きく違ったのではないだろうか?
未来が視えるなら良いけど、視えないならば可能性を考えることは重要だ。
躓きそうな可能性のある石を退けておくだけでも、変えられる未来があるのではないか。
俺には特殊能力なんてない。
それでも、誰かの話を聞く耳は持っている。
「高宮、何でもいいから言ってくれよ?」
「うん…………あの……じゃあその……」
「ん?」
「ひよりのこと…………」
彼女はまず、この間までのことを三阪さんに謝ると言っていた。酷いことを言ったことも後悔している。
たぶん、三阪さんはとっくに許してくれているだろうけど。
それから、朝のチャイムが鳴るギリギリまで、俺は高宮に真剣に向き合った。
「じゃあ……ありがとう、城門くん」
「おう。またな」
教室前で別れる時、高宮は笑顔だった。
これが、少しでも救いになればいい。
「さて、と……今日も頑張るか……」
そういえば、平安から来週はチーズケーキの店に付き合えとか、色々とどうこう言われてたな…………
燻っていたわだかまりも解けて、俺は久しぶりに“普通の一日”を楽しんだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
もう少し続きます。




