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第十四話 あの時からの声

 バァアンッ! と慌てたように開いた鉄の扉。

 懐中電灯の灯りが増える。


「大丈夫!? 城門くん!!」

「え……?」


 飛び込んできた人影は、すぐに高宮の鉄パイプを握った手を押さえ、彼女を俺の傍から引き離した。


「フザケンナ!! フザケンナ!!」

「やめなさい!!」


 高宮を羽交い締めにして押さえた人物は男性だった。


 だいたい二十歳くらい。

 白いトレーナーにジーンズ姿。

 背が高く、一見どこかのアイドルかと思うくらいのイケメン。


 必死に高宮を押さえているが、男の割には女子高生に力押しされそうになっていることから、普段はそんなに強くないのがよく分かる。


「城門くん! 早く、離れて!!」

「あ、ありがとう!! え〜と……」


 ………………どちら様でしょうか?


 助けてもらって何だけど、俺はこの男性には全然見覚えがなかった。


 姉貴の知り合い? いやいや、見たことねぇよこんなイケメン。


 いきなりの展開に俺が混乱していると、男性はもがきながらも高宮を廊下の方へ引きずり……


「ことはちゃん!! ゆかりちゃん!! こっちだ!!」


 え……?

 ことは? ゆかり…………って……まさか……


「ジョーモン!!」

「城門くん!!」


 男性と入れ違いに、平安と柏木さんが部屋に飛び込んでくる。

 ライトに照らされた俺を見て、平安が悲鳴のように叫んで目の前にしゃがんだ。


「大丈夫なの!? ああっ! ち……血が出てるじゃない!?」

「え? あぁ…………けっこう叩かれたからな……」


 腕で攻撃をガードしていたつもりだったが、額に切り傷があったみたいで顎まで血が流れ落ち、俺の胸元は点々と赤く染まっている。


 平安は自分のハンカチで俺の額を押さえているが、まるで平安の方が血を流したみたいに顔が真っ青だった。


「ご、ごめんね……すぐ来れれば良かったんだけど……あんたに付けたGPSがなかなか反応しなくって…………」

「…………GPS? そんなの持って…………」

「あげたでしょ? ほら、御守り」

「あ…………これか!?」


 平安に貰った『学業成就』の御守り。

 リュックの外ポケットに入れておいたそれを取り出す。よくよく触ると、中に硬いものが入っているのがわかった。取り出すと、それは小さな黒いボタンのように見える。


「これ……お年寄りが徘徊した時とか、介護用に開発していたボタン型のGPSなの。御守りにちょうど入るものだったから……」


 平安の後ろから、柏木さんが救急箱を開けながら説明してくれた。


「そんなのがあるんだ……」

「うん。うちの家にあったものだから、ちょうどいいかなって……本当の御守りとして、ね?」

「ふふん! ことはのお父さんは、大手医療機器メーカーの社長なんだからね!」

「…………お前が威張るなよ」


 柏木さんのことなのに何故か平安が胸を張ってくるので、俺は呆れて思わず突っ込んだ。


「もう! あんたが行き先教えてくれたら、GPSを頼らなくてももっと早く来られたのよ?」

「…………助けてもらおうとは思ってなかったし」

「ピンチだったじゃない! バカッ!!」

「バッ……はいはい! すみませんー!!」


 まぁ、俺を助けようとしてくれたんだから、しばらく二人には頭が上がらないだろうな。



「さ、ジョーモン帰ろ! こんな所にいつまでもいない方がいいわ!」

「え? あ、ちょっと待て! まだダメだ!」


 腕を引っ張る平安だが、俺はまだここを離れる訳にはいかない。


 廊下ではまだ、高宮が奇声をあげながら暴れているのを、イケメンお兄さんが必死になって押さえている。


 これは高宮を病院にでも押し込めて終わる問題じゃないんだ。


「俺……ここで話したい人がいるんだけど、どうやって話し掛ければいいのか分からなくて…………幽霊とかってどうすれば良い? スピリットボックスだけじゃ、何かが足りないんだ」

「…………………………」


 俺は平安の隣りに立つ柏木さんに訴えるように視線を送った。

 前に平安から『本物』と聞いていたから、柏木さんなら何か分かると思ったのだ。しかし、柏木さんは困ったように項垂れる。


「ごめんなさい。私、死んだ人のことは視えないから…………その……」

「でも、この間は三阪さんに何か言ってたよね?」

「あれは、三阪さんを通したから…………」


 そこまで言った柏木さんは、少し考えるように黙り込む。


「この廃墟……城門くんと縁があるのよね?」

「え? あぁ、まぁ一応…………」

「それなら、()()()()()()()かも」

「???」

「じゃあ、ちょっと“視る”から動かないで」

「あ……うん……」


 じっと動きを止めた始めた柏木さんは、俺の顔を見ている…………ようで、俺の頭の上を見ている。


 ……え? 何、何か俺の上にいるの?


 動くなと言われたので目だけで上を見たが、特に何かがあるというふうには思えない。しかし、柏木さんは小さく頷くと首を少し別の方へ向けた。


「奥…………そこの押し入れ」

「へ?」

「そこに、城門くんと関わりのあるものがある」

「押し入れ……?」


 小上がりの和室の奥、確かに押し入れがあるのが見えた。

 俺はすぐにぐにゃぐにゃになっている畳を踏み越え、その押し入れの襖に手を掛けて横に引く。


 押し入れの中は埃っぽく、特に何があるというわけでもないようだったのだが…………


「下! 下の段に何か落ちてる!」


 後ろにいる平安が開いた押し入れの下を照らす。


「………………これ……」


 そこには埃まみれになった『緑色の箱型』が落ちていた。

 片手に持てるサイズで、切ったプラスチック板を貼り合わせた手作り感満載のもの。


「俺の……トランシーバー……だ」


 あの日、小四のあの日に持ってきていたトランシーバー。二台あったうち、俺の持っていた一台はとっくに捨ててしまっていたが、もう一台は行方不明になっていた。


 どうやら、この部屋に置きっぱなしになって、そのまま忘れ去られてしまっていたようだ。


「城門くん。それ、それを使って」

「わかった……」


 柏木さんに言われるまま、俺はトランシーバーの電源を入れてみるが、放置されていた機械は何の反応もしなかった。


 だが、その時……


 シャー…………ザザザ…………


 トランシーバーの代わりに、ポケットのスピリットが砂の音を流し始める。


 シャー…………ザザザ…………

 シャー…………ザザザ…………

 シャー…………『ーーーーー』…………


 何か反応があったが、小さくボソボソと鳴っているだけで聴き取れない。


 あ……そうだ、ボタン……。


 俺はトランシーバーの方の『音量調整』のボタンを押す。老けたプラスチックのボタンは、バキッと音を立ててそのまま戻らなくなった。


 シャー…………ザザザ…………

 シャー…………『ハナシ、デキルヨネ?』…………『ソンナ……オコルコト……』…………ザザザ…………


「っっっ!?」


 機械音の女性の声が聴こえた。それに答える男性と思われる声も。


 シャー…………『ニガサ、ナイ……カラ』…………ザザザ…………『ワカ……タ、話ヲ……ヨウ。帰リ、待ッテテ』…………ザー…………『ウレ、シイ……待ッテル』…………


 “話、できるよね?”

 “そんなに怒ること……”

 “逃がさないから”

 “わかった、話をしよう。帰りに待ってて”

 “嬉しい……待ってる”


 この会話は…………まさか、早坂のお姉ちゃんと社長の息子の会話?


「やっぱり…………」

「どうしたのジョーモン?」

「俺、最低男と間違えられてたみたい……ははは……」


 思わず笑いが漏れた。

 自宅にいた時にスピリットボックスから聴こえた声と同じだったからだ。今までの聴こえた声は俺に向けていたけど、俺宛てではなかったのだ。


 そっか……お姉ちゃん、育った俺に気づかなかったんだなぁ。


 シャー…………ザザザ…………


「早坂さん。俺、仁なんだけど話せる?」


 壊れているトランシーバーに向かって話し掛ける。


 シャー…………『……ヒトシ?』…………


 初めて俺に宛てた答えがきた。


 やっと通じた…………いやいや、感慨に耽る暇はねぇぞ!


 トランシーバーに話し掛け、スピリットボックスに耳を傾ける。


「……お姉ちゃん、今の話……誰? 社長の息子?」

『そう、帰りにちゃんと話そうと思って……』

「そんなヤツ、話したって無駄だよ」

『え?』


 話していて解った。

 答えている早坂さんは、まだあの夕方に息子に会う前だ。これから話をして、彼女は絶望してしまう。


 絶望したくなくて、彼女は完全に絶望する前の状態でここに居続けているんだ。


 ――――だったら俺は、彼女を励まそうとしたことを…………あの時、早坂さんが泣いていたら掛けようと思ったことを言おう。


「お姉ちゃんは、あんなヤツに頼らなくていい。誰になんと言われようと、俺はお姉ちゃんの味方をするから」


『…………でも、あの人は前からアタシと結婚するからって…………』


「こんな暗い所に待たされているのに悲しくないの? こんな誰も来ない所に居ちゃダメだ。もう、あの男はここには来ない。お姉ちゃんはもう、帰ってもいいんだよ?」


『……アタシは……彼がくれば、悲しくなんか…………』


「いつも遊んでもらえて楽しかった。そんなお姉ちゃんが悲しくて泣くのは嫌だ」


『…………………………』


 シャー……『ーーー』……ザザザ……『ーーー』……ザー……


 しばらく、雑音の中にすすり泣くような音が紛れた。会話が途切れても、俺はトランシーバーを握って根気よく待ち続ける。


 そして、


『…………アタシ……戻りたい』


 ポツリと聴こえた声で、ここにいる早坂さんの意識が変わったと確信した。


『アタシ、戻ってちゃんと考えたい。彼氏のことも子供のことも、あんまり考えなかったから……』


「うん」


『ひとしはどう思う? アタシはどうすれば戻れる?』


「…………一緒に帰ろ。ここから出て、あんなヤツのこと忘れよう?」


『うん、帰るよ。ひとしにそう言われたら帰らないとな……』


「それと……二週間ありがとう。今度会う時は、幸せになっててね。約束だよ?」


『うん約束。ひとしも、元気でね……』


 俺はあの時言えなかった別れの挨拶をする。

 早坂さんもこれであるべきところに帰るだろう。



 シャー…………ザザザ…………ザー…………………………ブツンッ!!



 突然、スピリットボックスは酷い音を立てて切れた。取り出して電源を入れたり切ったりしてみたが、完全に壊れてしまっているのか反応は無い。

 もちろん、トランシーバーからも何も聴こえない。


「…………黒い靄……消えた……」


 柏木さんが何かを呟いた。彼女には何か視えているのだろうが、俺には聴こえていたものしかわからない。


「終わったの?」

「たぶん……これで終わりにならなきゃ、もう俺には何もできねぇよ」


 俺は霊能者でも寺生まれでもない。

 やれることはやった。もし、ここがまだ霊がウヨウヨする心霊スポットだとしても、俺にとっては早坂さんをここから出すことだけで精一杯。他の霊の方々には、自力で何とかしてもらおう。



「ねぇ、お姉ちゃん……って何?」

「え〜と、話せば長くなるんだこれが……」


 説明もろくにされていない平安たちには、俺とこの場所との因縁なんて分からなかったんだから仕方ない。


 助けてくれたお礼と一緒に説明もしないと……


「とにかく、その人の話を聞くことが大事だと思ったんだよ」

「ふ〜ん?」



 そして今回、俺は学んだことがある。



 男は女と話をする時、細心の注意を払い、聞き役にならなければダメだ…………ということ。



 姉貴も母親も、そして平安も…………俺の周りにはしゃべってなんぼの女ばかりみたいだから気を付けないと。


「男は女の話をよく聞くのが一番平和なんだよな…………」

「そーよぉ、男は女には口喧嘩で勝てないようにできてんだから!」


 本日二度目の平安のドヤ顔。

 隣りでそんな平安を見てくすくすと笑う柏木さん。


 平和な一場面に、身体の力が抜ける気がした。








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― 新着の感想 ―
[気になる点] >他の霊の方々には、自力で何とかしてもらおう 早坂さんのお腹の中の子の幽霊も彷徨ってるかもしれないのに無責任な事言っちゃやーよ。せめて当分はエンドレスで子守唄の音楽をラジカセで聞かせて…
[一言] ゆかりちゃん強い!(笑)
[一言] >「そーよぉ、男は女には口喧嘩で勝てないようにできてんだから!」 それな( ˘ω˘ )
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