第十二話 黄昏時の声 中編
部品集めに充実した日々を送った俺は、工場でもらったパーツなども組み合わせて、かつてないほどに物造り集中できたと思う。
俺は工場に通う最後の日までに、早坂さんにすごいものを作ってお披露目しようと考えていた。
実に子供らしい発想だ。でも、それを作っている間は最高にワクワクして楽しかったのを思い出す。
――――そして最後の日。あの金曜日がやってきた。
その日は母親に頼み込んで、工員よりも早く出勤する事務員の早坂さんに朝に会うために、少し早めに工場へ行ってもらった。
「あ、おはようございまっす! 佐知さんもひとしも、今日は早いっスね!」
「おはよう、美咲ちゃん。なんだかねー、うちの子が美咲ちゃんに見せたいものがあるんだって……」
「お? なんスか、ひとしー?」
「んっふっふっふっ…………」
俺はできるだけ勿体つけて、それをリュックから取り出した。
「ジャッジャーン!! 俺特製『スーパートランシーバー』だっ!!」
「お〜、すごいっスね〜!! 形もそれっぽいものじゃね?」
濃い緑色の、不器用に貼り合わされたプラスチックの四角い物体。外見だけはミリタリーショップで売られているトランシーバーを意識して作っている。
「ふふん、ちゃんと二つ作って遠くで話せるんだぜ!」
「さっそく廊下に出てやってみよ!」
「あ、まって! ただ……ちょっと残念なことが……」
「ん? なんかあんの?」
見た目はちゃんとトランシーバーなのだが…………
「実は…………電源を入れると、勝手に音を送ったり拾ったりするんだ…………」
「え、トランシーバーってそーゆう物じゃないの?」
トランシーバーは通信機なのだから、音を受けたり送ったりするのは当たっている。
しかし、相手に伝える時は勝手に音を送るのではなく、横のボタンを押した時にしか、こちらの声を送ることが出来ない仕組みになっているのが普通だ。
「これ…………ボタン押さなくても、自分の声や周りの音拾って送っちゃうんだ…………ボタン使うのはその時で……」
「ボタン? 結局、これ使うなら良いじゃん」
「ううん、それ……そのボタンが無いと音が小さすぎて聴こえなくて……ボタンを押すと音が大きくなる……」
トランシーバーのボタンは、ただの『音量調整』になってしまった。しかも、常に押してないとせっかく送られてきた音が、小さくてまったく聴こえないという有り様。
「でも、これで遠くから言ったりやったりできんだろ? そんなの一から作ったんならスゲェじゃん!」
「ん〜、まぁ……そうかなぁ?」
音声の調節はどうあれ、『通話』という点は一応使える。部品だって全部自分で用意したし、小四の工作にしてはかなり出来はいいはずだ。
「……あのさ、休み時間……お姉ちゃんと使ってみたいんだけど……」
「お、いいね〜! じゃあ、昼休みにでも遊んでみっか? スパイごっこでもしよーぜ!」
「やったぁ!」
俺がここに気軽に来れるのは今日が最後。
実は、このトランシーバーで早坂さんに『二週間、遊んでくれてありがとう』と、サプライズで感謝するつもりでいた。
おっし! 男というものは、決める時に決めないといけないのだ!
そんなくすぐったい気持ちで、朝礼に向かう早坂さんと母親を見送った。
…………昼が楽しみ過ぎる。
母親たちがみんな作業場へ行った後、工場へ来るまでに上がったテンションがなかなか収まらない。
俺は少しでも落ち着こうとしたが全然ダメで、そのテンションのままでこっそり朝礼を覗こうかと思った。
昼に早坂さんとする『スパイごっこ』を想像しながら、休憩室をこっそり抜け出して、廊下の隅にある小さな扉をそっと開く。
その扉は作業場の天井近くの通路に続いている。パイプや配線のメンテナンスようの足場で、下の作業場の朝礼の様子がよく見えたのだ。
……おっ! みんな、いるいる!
手前に立つ社長に向かって、事務員や工員がこちらから向こうへ並んで立っていた。小学校の朝の全校集会と同じだ。
実はこの朝礼の様子を見たのは初めてではない。
この二週間が始まった時に、二日目で扉と通路を発見し、これまでに三回は俺もこっそりと朝礼に参加しているのだ。
だいたいは『怪我のないように』とか『臨時の仕事の連絡』とかを伝えるのだが、毎日仕上げに社長のオヤジギャグが炸裂し、みんなの生温かい視線で終了する。
勤めている者にとっては平凡な朝礼でも、はたから見たらなかなか面白いと思って見ていた。
この日も、流れはそんなに変わらないはずだったのだが…………
終わり間際に、社長が手招きをすると、俺の位置から見えなかった場所からひとりの男性が社長の横に立った。
こちらから見ると後ろ姿だが、背が高くスタイルもスラッとしていて、髪の毛もサラサラした茶髪だ。
ポンポンといい音がしそうなお腹で、バーコードのような頭の社長とは全然違う。しかし社長の口振りからすると、どうやらその男性は社長の長男だったようだ。
社長も含めて男性全員が薄緑の作業着を着ている中、ひとりだけ派手なスーツを着ているのが、何だかひどく浮ついて見えた。
…………あの社長さんの息子にしては派手だなー………………え…………?
ふと、並んでいる工員の中の早坂さんの顔に目がいった。
早坂さんは頬を紅く染め、目を大きく見開いている。その目は何だが俺が見たことないくらい、優しそうなうるうるとした瞳だと感じた。
そう、そして……その早坂さんの視線の先には、スーツ姿の社長の長男が立っているのだ。
その時の彼女の顔が、いつもの早坂さんとは全然違うのが俺でもわかった。
まるで、うちの姉が夢中になって読んでいる少女漫画のヒロインのような、うっとりとした『乙女の表情』である。
…………なんか、嫌だ。
全然知らない人物なのに、あんな派手なスーツだけの男が無性に腹立たしくなった。
だがその時、社長が言った言葉が俺に刺さる。
「この度、うちの息子が結婚することとなった」
結婚……その言葉は小四にはあまりピンとこなかったが、早坂さんが胸に手を当ててぎゆっと身体を縮めたのがわかった。
――――まさか、社長の長男の結婚相手って…………
「じゃあ、こちらに出てきてもらえるかな。――――後藤さん」
「はい……」
――――え? 後藤さんって……誰?
その時、工員の中から進み出てきたのは、早坂さんと同じ事務員の女性だった。
あれは確か、いつもプレハブの休憩所に行っていて、二階の休憩室には来ない冷たい印象の女性だったはずだ。だが、その後藤さんは前に見た時とは違い、ふんわりとした笑顔で社長と長男に近付いていく。
「もしかしたら、知っている者もいるかもしれないが……後藤さんはうちの息子とお付き合いをしていてな。今度、入籍することになった」
おぉ……と控えめに声援があがる。
「あと、嬉しい話なのだが……後藤さんは現在、とても大事な時期でな……」
「現在、妊娠五ヶ月になりました。時々体調が悪くてご迷惑をおかけするかもしれませんが……」
「おめでとうー!」
「後藤ちゃん、無理するなよ!」
「良かったな!」
パチパチパチ!
工員から拍手が贈られる。
――――妊娠? あの女の人お腹に赤ちゃんがいるのか…………じゃあ、長男は早坂のお姉ちゃんとは結婚しないな! 良かった!
まさか早坂さんが長男と結婚するのかと思った俺は、その後藤さんを見ながらホッとしてしまった。
そうだよ、早坂のお姉ちゃんにはあんなチャラ男は似合わねぇよ!
ふふんっと鼻を鳴らしながら早坂さんを見た時、俺はその場に凍り付いた。
早坂さんの顔は『青』を通り越して『蒼白』になっている。
まるで風でも吹けば粉々になってしまうような無機物感があり、目を見開くその顔が作り物のように見えた。
人間って、あんな暗い表情ができるもんなのか?
――――――“絶望”
俺は人生で初めて、その二文字を早坂さんの顔から感じ取ってしまった。そしてハッとする。
そ……そうだよな……もしも、早坂のお姉ちゃんがあいつのことを好きだったりしたら…………『失恋』ってやつになるんだよな?
たまに、クラスの女子がフラれただのなんだの言っているのを聞いたことがある。
あの時の女子は授業もそっちのけで、一日中ずっと暗い顔をしていたよな…………
それを内心喜んでことに、俺は少し恥ずかしくなった。
よし! 昼にお姉ちゃんが落ち込んでたら、元気になるように励ましてやらなきゃな。
俺は勝手にそう考えて、その日の午前中は休憩室で大人しくすごした。
宿題などをやりつつ、あっという間に昼休みになったが、早坂さんは休憩室に現れなかった。
「……お母さん、早坂のお姉ちゃん来ないね?」
「う〜ん…………」
俺の質問に、母親は何とも微妙な顔をしていた。
「ねぇ……どう思う?」
「どうって……やっぱねぇ?」
休憩室では母親以外のおばちゃんやお姉ちゃん数名もいて、ヒソヒソと今朝の話に難色を示している。
「あたしさぁ、社長の息子っててっきり早坂さんと付き合ってると思ってたわ」
「えー、後藤さんって男には愛想良いし、息子引っ掛かったんじゃないの?」
「あの『男漁り』後藤、いつの間に息子落としてたのよ。早坂さんの方が性格は良いんじゃ…………」
「あぁ、それね。よくここに来ると、美咲ちゃんと話していたし、帰りなんかもここで待ってたりしてたでしょ? みんな帰った後で二人っきりで……」
「うわ……ここであいびきしてたの? それはちょっと……」
あいびき……ってなんだろう?
「さっき事務室に納品書置きにいったら、早坂さんが怖い顔で携帯に何か打ってたよ」
「そりゃ、二股掛けられてたなら怒るでしょ……」
「社長ジュニア、どうするのかしらね……?」
「…………?」
女性陣の止まらない話に、俺はついていくことができなかった。
「ちょっと皆、うちの子が聞いているのだけど……」
「えっ、あ! ご、ごめん佐知さん!」
「や、止め! この話止め!」
周りのみんなは噂話を止めて弁当を食べたり、携帯をいじったりと個人個人で過ごし始める。
どうやら、俺にはあんまり聞かせたくない内容のようだ。
「俺、お姉ちゃんのとこに行って…………」
「やめなさい。早坂さんのことはそっとしておいてあげな。帰りに挨拶だけしていきましょう」
「………………うん」
何だがとても寂しい別れになりそうだ。
そんな予感がして、俺は持ってきたトランシーバーを握り締めた。
そして就業時間。
帰りまでに挨拶をしようとしたのだけど、早坂のお姉ちゃんは何処を捜せど見付からない。
「……結局、会えなかった」
「仕方ないでしょ? 週明けにお母さんからお礼言っておくから……」
夏の夕方。昼間と変わらないくらいに明るく、本音を言うとまだ帰りたくない。
工場の駐車場で、俺は早坂さんに会えなかったことにガッカリしながら、母親の車に乗り込もうとしていた。
周りには同じように車で帰る人、または自転車を転がしてくる人など、帰宅する人たちが疎らに集まっている。
「…………休憩室で待ってたら、お姉ちゃんに会えたんじゃないかな」
「うん……もしかしたら、みんなが帰るまで来なかったかもしれないわよ?」
おそらく、みんなと顔を合わせないようにしていたのかもしれない。それがとても残念だった。
「ほら、早くシートベルトして」
「うん…………」
俺がベルトを締めようとした時、
シャー…………ザザザ…………
微かな電子音がする。
何だろうと耳を澄ますと、それは自分のリュックから聴こえた。
「あれ…………あ!!」
リュックにはトランシーバーが一台。
いつの間にか電源が入っていたらしく、ザーザーと雑音を発している。
あれ? もう一台は?
「どうかした、仁?」
「トランシーバー、一個忘れてきちゃった……」
トランシーバーは二台でワンセットだ。しかし、リュックには片方しかない。置いてきたとすればたぶん、二階の休憩室にあるだろう。
「取りに…………」
「やめなさい。月曜日にお母さんが見付けて、家に持って帰ってくればいいでしょ?」
「う……うん…………」
シャー…………ザザザ…………
シャー…………ザザザ…………
シャー…………『ーーーーーー』…………
「……?」
諦めて電源を切ろうとしたら、雑音に混じって人の声のようなものが聴こえる。
これが聴こえるということは、もう一台の方も電源が入っているということだ。
なんだろ? あ、そうだ……このボタンを押せば音が大きく…………
カチッ。
――――――『フザケンナ』…………




