婚約破棄と、胃痛の俺
「バスケス侯爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!!」
傍に男爵令嬢を侍らせた第一王子が、高らかに婚約者である侯爵令嬢を指差して宣言する。
喧騒に包まれていたプロムナードの会場が、ぴたりと静まる。
あいつ、本当にやりやがった…。
俺はキリキリと痛む胃を服の上から掴んだ。苦痛に歪んだ顔に気付いたのか、パートナーの婚約者から気遣わしげな眼差しを向けられる。脂汗を自覚しながら大丈夫という意思を込めて頷きを返し、会場を見回す。
自分に酔ったように滔々と侯爵令嬢の悪行とやらを並べ立てる王子と、それに陶酔したようにしなだれかかる男爵令嬢。
それを見守る侯爵令嬢とそのパートナーとして入場した彼女の兄は、大変冷めた表情だ。
王子の暴走を止められなかった代わりに根回ししておいたおかげか、会場全体の空気は戸惑いよりも呆れが強いようだ。あらかじめ筋書きを聞いた三文芝居を見せられれば、まぁそんな心境にもなるだろう。
王子の婚約者である侯爵令嬢と、王子に今侍る男爵令嬢の間に、諍いという言葉では足りない確執があったことは周知の事実。
けれど、別に侯爵令嬢に非があったかというと、そうではない。
二年間貴族が貴族のなんたるかを学ぶべきこの貴族学院で、貴族の序列を無視し自由奔放に振る舞う男爵令嬢を、同性同年の頂点にいる侯爵令嬢が諌め続けただけだ。段々と過激になっていったように見えるのも、貴族らしい婉曲表現では男爵令嬢に届かなかったためであり、そこに嫉妬の感情があったからなどでは断じて無かった。
そもそも婚約者同士である王子と侯爵令嬢の間には幼少期からの溝があった。やればできるが気分屋で、結果的に王子としては足りない部分も多い彼と、神童と言わしめた彼女では反りが合わなかった。そんな二人が婚約者であり続けたのは、政治的な判断という大人の事情に他ならない。
そして学院に入学し、万年反抗期だった王子が保護者の目がなくなったことでより奔放になったところで、放埒な男爵令嬢と出会ってしまった。
保護者代理の侯爵令嬢との溝は、王子が男爵令嬢を庇うという形でどんどんと深まっていった。
けれど、どこかで男爵令嬢が思いついて王子に吹き込んだのか、気が付けば侯爵令嬢の振る舞いは自分たちへの嫉妬であるという価値観が王子の中で確立されてしまっており、周囲の生徒が諌めてもどうにもならないレベルに固執されてしまった。
一応仮にも側近候補として、昔から王子の近くにいた俺は以前から見切りをつけていた。じわじわと学院内や保護者たちへ二人の円満な婚約解消が叶うように根回しを始め、そろそろかなーと時期を見ていた時に、今回の婚約破棄騒動をやる気だと掴んで慌てて築き上げたネットワークで広めたのが一週間前。
まぁつまり何が言いたいかというと——俺の学院生活が胃痛と隣り合わせになった原因は、主に今この目の前で茶番を繰り広げている二人にあるということだ。
「以上、このような悪辣な真似をする女性を王族に加えるわけにはいかない! よって、貴様との婚約を破棄し、こちらの令嬢を新たな婚約者とする!!」
一通り語り終わったのか、得意満面な王子と、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべる男爵令嬢。
気付け、気付けないから今こんなことになってるんだけど頼むから気が付いてくれ。
侯爵家も国王夫妻も、とんでもないブリザード放ってるんだって……!
ふと、国王陛下と目が合った。やだ怖い。胃の辺りを掴む手に一層力が篭る。傍の彼女が、そっと背中に手を添えてくれて、その体温で少しだけ胃痛がマシになる。
「バスケス侯爵令嬢の発言を許可する」
陛下のその一言で、王子の盤面がひっくり返される。
理路整然とした侯爵令嬢の発言と、それにただ反発するだけで筋の通らない王子たちの発言と。聞き比べれば、どちらに理があるかなど瞭然だ。
まして、侯爵令嬢側には、実際のやりとりを第三者が記録していた手紙や日記が残されていたのだ。客観性から見ても、道理は侯爵令嬢にある。
程なくして、裁定が降る。
「第一王子とバスケス侯爵令嬢の婚約破棄を認める。その上で、第一王子の継承権を剥奪し、成人後は臣籍降下することをここに宣言する」
力強い宣言に、会場が静まり返る。痛いほどの沈黙を破ったのは、やはりと言うべきか空気の読めない王子だった。
「ありえない!」
「ありえない? なにがありえないというのです?」
「だって、そうでしょう母上! 彼女との婚約を破棄しただけで、なぜ継承権を剥奪されねばらないのです!?」
俺になんの非があるというのですか!?と心底思っているらしい王子に、王妃殿下が俺の方を見た。なんで夫婦揃ってこっちを見るんですか。これ以上俺の胃にダメージを与えたいんですか。
「リオス公子」
「はい、ここに」
「そなたの方から説明しておやり。我らをこの場に集めたのはそなたでしょう」
む。まぁ確かに情報を流して日程調整してもらったのは俺だけど。
と思ったら、お二方とも視線が「やっちまえ」と言っている。
なるほど、言いたいこと言ってしまえと?
「御意のままに」
あえてゆったりと会場の中心近くまで歩いて行く。無論、パートナーの彼女とともに。王子と男爵令嬢と2メートルほどの距離で立ち止まり、二人にしっかりを目線を合わせる。
「さて、——よく聞け、アホ王子」
「なっ、貴様! 王族たる俺に向かって無礼な! 爵位も継げぬ公爵家の三男坊の癖に」
「たった今継承権を破棄された貴方に言われても痛痒を感じませんが?」
にっこりと殺意を込めた笑みを浮かべれば、一瞬王子が怯んだような顔をする。
「それで、いつから、貴方の継承権一位という立場が、貴方のみの実力で保証されているとお思いで?」
「そんなの当たり前じゃないですか! だって殿下は、第一王子様なんですよ!」
「そ、そうだ! 嫡男である俺が王位を継ぐにふさわしいだろう!」
男爵令嬢の反論に援護され、答えに詰まっていた王子が復活する。
「そうですね、血統が王位継承順位の第一基準である以上、その言い分は正しい。だがそれだけで実際王位に相応しいかどうかが判断できるわけでもない」
「なんだと?」
「俺たちが幼いうちに婚約者を定められるのはなぜだと思う? 伴侶たる相手の能力は勿論、互いにどんな関係を築けるか、見定められているのだとは気が付かなかったか?」
意図せず、パートナーの腰に添えていた手に力が入る。視線を王子に固定したままでも、彼女が少し驚いたように息を呑み、距離を詰めてくれたのが分かった。
寄り添う俺たちに、秀麗な顔を歪ませて王子が吐き捨てる。
「っだから、侯爵令嬢との婚約を破棄したくらいで継承権を剥奪したと!?」
「破棄したくらい、ではない。重臣であるバスケス侯爵家との縁談は、政局的に見て重要だった。ただそれ以上に、婚約“破棄”という手段が問題だった」
淡々と説明しようと思っていたけど、沸々と怒りが湧き上がってくる。
落ち着け俺、今怒りを露にしたところで何も益はない。
「——元々俺は、貴方と侯爵令嬢の婚約を“解消”するために動いていたんですよ。それこそ、学院に入学する前から」
俺の告白に、王子が瞠目する。
「幼馴染として見ていれば、二人の間に一切の情が生まれてないことなんて分かっていました。遠からず、婚約なり婚姻なりは破綻するだろうなと感じていました。親たちは学院に入学して視野が広がれば、変わるんじゃないかと期待していたみたいだけれど」
ちら、と視線だけ向ければ、僅かに国王夫妻とバスケス侯爵夫妻の目線が泳ぐ。
「けれど、幼馴染の所感としてだけでは、“大人たち”を説得することはできなかった。だから、学院に入学すると同時に、国王陛下の命で国中を視察する際に、少しずつ婚約解消を目指す俺を後押ししてもらえるよう人脈を繋いでいったのです」
「……お前の目論んだ通りそれで婚約を解消したら、俺の継承権は残ったとでも?」
「当初の予定ではそのつもりでした。バスケス侯爵の後ろ盾は絶対条件ではないですから。王族に——王妃に相応しく、かつ貴方の意向に沿う相手が見つかるように、情報も集めていました。色んな意味で、非常に手間がかかった」
王子に相応しい相手を探すために年頃の令嬢の情報を集めていたため、何度か浮気を疑われたりとか、王子じゃなく自分の婚約を解消する気じゃないかとか、余計な勘繰りを入れられる羽目になったから、本当に大変だった。
「けれど、状況が変わった」
男爵令嬢に視線を向ければ、王子が舌打ちした。
「彼女のせいだと? 彼女が身分が低いから、相応しくないとでも言うつもりか!?」
「違う。根本的に、彼女は貴族としての振る舞いがなっていない。バスケス侯爵令嬢が再三注意したにも関わらず、改善しようという姿勢すら見られなかった。そんな相手に、どうやって王族としての教育をすると?」
俺が話している途中で王子が苦虫を噛み潰したような顔になり、男爵令嬢が芝居めいた仕草で我が身を抱く。
「注意だと!? あれは、」
「あぁそうか。貴方たちの主張では、“ひどいこと”だったか。それについても言っておきましょうか」
ついでだから教えておこう。
「疑問に思いませんでした? なぜ、侯爵令嬢の発言を一言一句裏付けるような記録が数多く残されているのかと。答えは、俺の指示です」
二人の顔が一瞬で青ざめた。漸く、二人の思惑を阻んでいた真の敵が誰か気が付いたらしい。
「入学後、視察から戻って久しぶりに登校した際に、複数の学生から相談を受けまして。バスケス侯爵令嬢と殿下の仲が思わしくないようですがどうしましょうと。そういえば、同年代には婚約解消の思惑を伝えていなかったと思い至りましてね? 説得の材料集めのために、お願いしておいたんですよ」
——もし侯爵令嬢と王子の間で何かあれば、俺に手紙で報告するなり、ご自分の日記に記録をつけておくなりしてください、とね。
「そうして材料が集まり、後押ししてくれる相手も見つかり、漸く婚約を解消する準備を整えたところで、あなた方が今日のプロムで一方的な婚約破棄を行おうとしていると聞いた時は、もうどうしてくれようかと。慌てて、各方面に連絡し、こうして必要な方々をご招待しておいたわけです」
ご理解頂けましたか?
ダメ押しにもう一度笑顔で圧をかけておく。血の気の引いた二人がコクコクと頷いたことを確認し、王妃殿下に向き直って一礼する。
「さて、此度の騒動はそういうわけだ。——バスケス侯爵令嬢、そなたには苦労をかけた。すまない」
目礼のみならず頭を下げる国王陛下に、会場が今までとは別の意味で騒つく。
「いいえ、国王陛下。わたくしにも至らぬ点がございました。ご期待に沿えず、申し訳ございません」
なぜか一瞬俺を見て、侯爵令嬢が答えた。背中に添えられた手がぐっと俺の背中を掴む。
やめて、俺の胃が物理的にも痛くなっちゃう。
「ふむ、リオス公子に何か言われたか?」
心当たりありませんが。
「正論を唱えているだけでは、人は動かせないと。また、己の信ずることだけが、万人にとっての正解ではないと」
心当たりあったわ。
「そんなこと言ったの?」
「うん言った。結果には繋がらなかったけど」
「ふぅん?」
こそこそと身を寄せ合ったまま婚約者と会話する。
「そうだな、それもまた一つの真理であろうよ。バスケス侯爵令嬢、其方には今後も期待している」
「ありがとう存じます」
一礼して、侯爵令嬢が会場の中心から少し外れるように下がる。
空気を変えるように咳払いして、国王陛下が口を開いた。
「さて、ではもう一つ発表しよう」
はい?
「そこの王子の継承権を剥奪した以上、次に継承権が高い者が次期王位継承者となる。すなわち」
国王陛下の視線が俺——違う、俺の隣の彼女に向かう。
「そこにいるクリスティーナ第一王女が、次の王となる」
一瞬で会場中の視線が集まり、さしもの彼女もゴクリと唾を飲んだ。俺の胃の裏に添えられ続けていた手に力が篭る。
「大丈夫」
殆ど音を乗せない声で囁くと、ほんのりと彼女の顔が赤く染まる。それでも二、三の呼吸で平静を取り戻し、取り繕えるのは流石王族として期待に応え続けてきただけのことはある。
少しだけ、距離をとる。触れていた部分が少し寒くなったけれど、仕方ない。
「拝命いたします」
綺麗なカーテシーをとる彼女に、思わず目を奪われる。何度見ても、彼女の仕草は秀麗だ。
と、国王陛下の視線がこちらに移る。
「そして、彼女の婚約者であり、今回尽力してくれたリオス公子。そなたにも王配として、期待している」
「身命を賭して」
臣下として最上級の礼を捧げつつ、こっそりと胃を押さえる。
今、胃薬を控え室に置いてきたことを心から後悔している。
「さて、これで前座は終いだ。ここからは、次代を担う若者たちの門出を存分に祝おうではないか」
陛下の言葉に、これまで沈黙を保っていた楽団が演奏を始めた。
陛下の仕草で立ち上がるように促される。
さて、気合い入れるか。
今の騒動の結果、ファーストダンスを彩るのは俺たちのペアになったのだから。
俺は少し離れた彼女の前で一礼し、右手を差し出す。
「私と踊っていただけますか?」
「えぇ、喜んで」
俺の右手に彼女の柔らかな手が乗せられる。目線を合わせて、交わすのは苦笑だ。
お互い、この結末を回避するために動いていたのだから。
「ごめん、俺の力が及ばなかった」
「いいえ、貴方だけの責任ではないわ」
目線は上げたまま、囁き声で会話しつつ会場の中心に移動する。
入れ替わるように、衛兵たちに連れられて王子と男爵令嬢が会場の隅へ連れ出されていく。少々男爵令嬢の方がごねたようだが、有無を言わさず連行されていく。侯爵家の兄妹は、とっくに他の卒業生たちの中に紛れていた。
つまり、中心部にいるのは俺たち二人だけ。否応なしに、会場中の耳目が集まる。
向かい合ってホールドし、ステップを踏み始めると同時に彼女が口を開いた。
「一つ確認させて。一週間前に貴方と兄上が口論していたという話を耳にしたのだけれど、それは?」
「お察しの通りだよ。せめて穏便に婚約解消で済ませることができないかと、話しに行ったんだ。……会話にすら、ならなかったけどね」
あの時を思い返すと、今でも他にできることがあったのではと思って胃が痛くなる。
「何があったのか、聞いても?」
「放課後しか時間が取れなかったから、男爵令嬢に会いに行こうとしていたところを引き留めて聞いたんだ。本気で、公衆の面前で婚約破棄をするつもりなのかって。そうしたら『お前に指図される謂れはない!』って胸ぐら掴んで怒鳴られた。そのまま、男爵令嬢に会いに行くって去ってったし」
恐らく、俺の行動は遅きに失したと、そういうことなのだろう。
「仕方ないわ、お兄様が最も対抗意識を燃やしていたのは貴方にだもの。貴方が直接口出ししても逆効果だと判断したから、外堀を埋めていく方針にしたでしょう?」
「方針としてはそうだけど。直接関わって行くことも続けていけば意味があったんじゃないかって」
「さっきも言ったけど、貴方だけの責任じゃないわ」
言葉と共に、俺の腕にぐっと力が加えられる。視界に彼女の僅かに顰めた表情が映り、今まで自分の意識が沈んでいたと気づく。
「あぁ、やっとこっちを見た。いい、そもそも私たちより一年長く婚約関係にありながら、良好な関係を築けなかったのはお兄様と侯爵令嬢の問題。それを見ていながら楽観視を続けてきたお父様を始めとする親世代にも責任はあるでしょう。何より」
真っ直ぐ俺を射抜く炯々とした眼が、意識を逸らすことを許さない。
「最終的にこのような暴挙になったのはお兄様の責任だし、もっと早く兄を見限って貴方に方針を変えさせなかった私にも責任があるわ」
「違う、それは……」
「『あの時は幼かったんだから』なんて理由付けするつもりなら先に否定させて貰うわ。十年前、積極的に王位継承権を争う事はしないと決めたのは私。その方針を今日まで変えなかったのも私。貴方はその方針に沿って最善を尽くした」
ふ、と彼女が婉然たる笑みを浮かべる。
「私、クリスティーナ・デ・ミラン・イ・デ・サビカスが認めます。貴方はよくやってくれました。次も期待しているわ」
彼女の声が沁み入り、すとんと何かが落ちる。
「そうか、また俺は抱えすぎてたのか」
ぐるぐると巡っていた思考がクリアになり、遠くで聞こえていた楽団の音が包み込むように響き出す。
「そうよ。まったく、仕方のない人」
苦笑する彼女を、思わず抱き込む。小さな頭が俺の首元に収まり、小さな悲鳴が耳元で聞こえた。
「うん。やっぱり俺は、君がいないと駄目なんだ」
痛切に、そう感じた。
ついつい周囲ばかり見て惑ってしまう俺を引っ張ってくれる人。俺の、唯一。
「愛してる、クリスティーナ」
彼女の肩口に顔を埋めるようにして、囁く。鼻腔をくすぐる花の香りが、一層強く匂い立った。
「私も、愛してるわ」
ひそやかな声と共に、ぎゅっと抱きしめ返される。
と、高らかな拍手が呼水となり、すぐに会場が割れんばかりの拍手喝采に包まれる。
しばらく状況が把握できず狼狽えていたけど、自分の体勢を思い返して上がっていた血が一気に下がるのを感じた。
もしかして俺、やらかした?
そっと腕の抱える力を弛めると、そこには顔まで真っ赤にした彼女が。
可愛い。
じゃなくて。
慌てず素早く節度を保った距離をとる。
一際響く拍手の音源を辿れば、壇上の国王夫妻が。
おい、何率先して拍手してるんだ。王妃様、笑いすぎです。
「いやはや、仲が良いようで何よりだ」
陛下が話し始めたことでさっと静かになる。
「えぇ、仲睦まじいようで、安心したわ」
涙を拭いながらの王妃殿下の相槌を受け、それを肯定するようなざわめきが耳に届く。
王妃様が涙声なことに感動している声も聞こえるけど……いや、その人泣いてるの、笑いすぎが原因だから。
「さぁ、まだ宴は始まったばかりだ。皆も!」
陛下が手を打ち鳴らして楽団を促すと、二曲目が流れ出し、幾組ものペアが躍り出る。と、同時に、ぞわっと産毛が逆立つような気配を感じ、素早く会場全体を見回す。
警備体制に異常はない。
王子たちの方も大人しくしているようだし問題なし。
と、なると。
原因は来賓の方か?
見渡している最中に、侯爵令嬢と一瞬視線が合ったような気がした。
僅かな引っ掛かりに思考がそちらに逸れかけたところで、クリスティーナから耳を引っ張られる。
「ん?」
すぐさま意識を彼女に戻して首を傾げると、何故だか呆れたような表情を浮かべられる。俺、何かした?
「……踊りませんの?」
なんだろう、最初の間に含みを感じる。
でも確かに、既に周囲が踊り出しているのも事実。
「もう一曲、お相手頂けますか?」
恭しく手を差し出せば、温かな手が重ねられる。
「えぇ、喜んで」
先程より簡単な振り付けの曲だから、途中からでも難なく息を合わせてステップを踏んでいく。
うん、やっぱり変に注目を集めるより、こういう大勢に混ざった状態の方が楽しい。こっちの方が俺の胃に優しい。
少し肩の力が抜けてきた矢先、彼女の視線がついと逸らされ、一瞬の間の後に不敵な笑みを浮かべた。同時に悪寒がして、本能がけたたましく警鐘を鳴らす。
「クリスティーナ?」
恐る恐る声をかけると、ニッコリと綺麗な笑みが返ってくる。目が笑ってないけど。
「あぁそうそう、これを聞いておかなければ」
「何?」
「侯爵令嬢とどんな話をしたのか、お聞かせいただけますわね?」
「……何も疚しいことはないよ?」
あぁ、胃が痛い。
4/26追記 日刊ランキング50位になりました!評価、いいね、ブックマーク、感想、誤字報告ありがとうございます!今までで一番の伸びで震撼しております。感想は追々個別にも返信致します。