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08

 次のデート(と言いたくないけれど、他に言葉が見つからない)はサルティア家でのお茶会だった。

 初顔合わせでユリウス様のご両親、特にお母様が私のことを気に入ったらしく、是非にとのことだった。私、気に入られるようなことしたっけ…?

 ユリウス様から誘われたとき、お茶会なんて難易度高すぎない? と私は一瞬断りの文句を探した。だって私が最後にお茶会と名のつくものに参加したのはもう何年も前。作法も忘れかけている上に、ユリウス様のお母様と何を話せばいいのやら…私に貴族令嬢らしい会話は無理だ。

 だけどユリウス様に「かしこまったものではないから」と先回りされてしまい、私は結局行くと返事をしてしまった。


 婚約者の家に行くためのドレスなんてものは寮に置いていないので、当日は実家で着替えてからサルティア家に向かった。母によってこれでもかと着飾らされ、例によって別人のように変身していたからか、迎えに出てきたユリウス様は一瞬虚を突かれたかのような顔をしていた。

 玄関ホールに入るとユリウス様のお母様が待っていた。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

「来ていただけて嬉しいわ。今は庭のバラが見頃なの。良かったら後で案内させてちょうだいな」

「それは楽しみです。是非、よろしくお願いいたします」


 私のことを本当に気に入っているかは分からないが、少なくとも歓迎されてはいるらしい。穏やかな笑顔で話しかけられ、私は少しホッとした。


「レティシア、仕事中のあなたも可愛らしくて好きですが、こうやって着飾った姿はとても美しいです。私が独り占めできるなんて夢みたいだ」

「ありがとうございます…」


 ユリウス様の歯の浮くようなセリフに顔が引きつりそうになる。

 まるで本当に私に惚れているかのようなセリフだが、口では何とでも言うことが出来る。やっぱりユリウス様の本心が見えなくて、ぎこちなく礼を言った。


 サンルームに案内されて着席すると、メイドが紅茶とケーキや焼き菓子を用意してくれた。焼き菓子はテーブルの中央に置かれ、ケーキは私とお母様の分しかない。


「ユリウス様のケーキは…?」

「私はあまり甘いものを食べないんですよ。ですからどうぞ気になさらずに食べてください。今日のケーキはシェフが気合を入れていましたから、お口に合うと良いのですが」

「そうですか。では遠慮なくいただきます」


 お母様がケーキにフォークを入れるのを端に捉え、私も一口大に切ってから口に運ぶ。

 美味しい…!

 私は甘いものが好きだけど、寮生活をしているとケーキなどを食べる機会は滅多にない。休日に一緒にカフェに行ってくれるような友人もいないので、私は久しぶりのケーキに思わず頬を緩めた。

 もぐもぐと食べていると、ふと目の前の二人から視線を感じた。

 しまった、勢いよく食べすぎちゃった…?


「お口に合いましたか?」

「あ、はい! 何個でも食べられそうです」

「それは良かった。シェフも喜びます」


 ユリウス様の言葉に少し安心した。令嬢らしくない振る舞いと見咎められていたのかと思ったけど、違ったみたい。

 お母様もニコニコしていて、ただ単に私の反応を見ていただけのようだった。


「そういえばユリウス様、職場の皆さんには婚約のことはお話ししてあるんですか?」

「ええ、もちろんしてありますよ」


 あー、だからかぁ…。


「何かありましたか?」

「いえ、先日申請書を届けに行った時、非常に注目されていたので」

「ああ、それはすみません。なぜか皆、半信半疑というか、信じられなかったみたいで」


 ああ、なるほど。ユリウス様はずっと私に対して嫌味を言い続けていたから、私と婚約したと聞かされても信じられなかったのだろう。

 そして婚約した途端に180度態度を変えたから、余計に注目された、と。


「レティシアは第3騎士団で嫌なことは言われてませんか?」

「ええ、まぁ…多少からかわれてはいますけど」

「それは良かったです。ホランがいるから大丈夫だとは思っていましたが」


 ユリウス様も元第3騎士団だ。少し粗野なところもあるが、根は良い人間ばかりなのは知っているだろう。特に今は腐れ縁らしいホラン団長がまとめているので、そういう点では安心しているのかもしれない。


「レティシアさんみたいな女性の騎士は少ないでしょう? 何かと不便なことも多いのではないかしら?」


 お母様がティーカップを音もなく皿に戻しながら言った。


「そう、ですね…やっぱり男社会なので、やりにくさを感じることはあります。ですが私が自分で選んだ道なので、何とか折り合いをつけてやっています」


 もしかして嫁に来るなら騎士は辞めろと遠回しに言われてる…?

 私はドキドキしながら次の言葉を待った。


「まぁ、そうなのね…ユリウス、あなたも第3騎士団にいたのだから、レティシアさんが困っていたらちゃんとフォローをしてあげるのよ」

「ええ、もちろんです」


 あれ…? 応援されてる?

 深読みしすぎたのかもしれないと、私は疑ってしまったことを内心謝った。

 それにしても、普通に考えたら騎士は辞めて家に入れと言われてもおかしくないのに、サルティア家としてはその辺は気にならないのだろうか?

 貴族の令嬢が騎士になるだけでも眉をひそめられるというのに、その令嬢を受け入れるなんてよほど器が大きい家なのか、おおらかなのか…。しかも騎士を続けて良いなんて、実はサルティア家って変わり者の家なのでは?


「レティシアさん、そろそろ庭を案内させてもらえないかしら?」

「あ、是非!」


 先ほどバラが見頃と言っていたし、きっと素晴らしい庭園が見られるに違いない。

 私は期待に胸を膨らませてお母様に付いていった。


 今、庭園には私とお母様の二人で来ている。

 何故かお母様はユリウス様に「女同士で話すから」と言って、サンルームに置いてきてしまったのである。

 庭園内を歩いていると、ちょうどバラがよく見える位置にベンチが置いてあった。勧められて二人で並んで座る。


「見事なバラですね…」


 私がほぅとため息をつくと、お母様はそうでしょう、と自慢げに言った。


「ところでレティシアさん、今回の婚約は突然のことでさぞ驚かれたでしょう?」

「え、ええ…」


 ほ、本題きたー!! やっぱり騎士を辞めろとか、お前はサルティア家に相応しくないとか言われちゃうの!?


「でもどうか息子を嫌わないでやってほしいの。あの子、あなたと婚約するまで半年も頑張ったのよ」

「え? 半年、ですか?」


 私は続けられた意外な言葉に目を丸くした。


「ええ、実は私たちは最初、あなたとの婚約を反対していたの。こんなことを言うのもなんだけれど、あなたとの婚約には政略的な意味が全くないから。でもね、あの子ったら…それはもう必死に頼んできたのよ。あなたがどんな女性で、どこが好きで、だからどうしても結婚したいんだって。あまりにも必死な様子に、私たちも最終的には許可したのだけれど、あなたと実際に会ってみて間違いではなかったと思ったわ」


 私もこの婚約に、両家にとって…いやサルティア家にとってメリットがないことは分かっていた。だからユリウス様が何を企んでいるのかと怪しんだのだ。

 それなのに本当にユリウス様が私のことが好きだという話を聞いて、私は動揺を隠せなかった。しかも必死に両親に頼んだって…ど、どんだけなの…!?


「わ、私なんかのどこが良かったのでしょうか…?」

「ユリウスがどう思ってるかは直接聞いてちょうだいね。私はレティシアさんのこと、とても好ましいと思ったわ。貴族の令嬢としてわきまえるべきところはわきまえ、それでも自分の信念を貫ける強さがある。今までユリウスの周りにはいなかったタイプだわ。ユリウスに寄って来るのは家柄や容姿に惹かれて、ユリウス自身をあまりよく見てくれない子が多かったから」


 お母様に褒められて、私はむずがゆいような面映ゆいような気分だった。こんな風に言われたことは初めてで、どう反応すれば良いのか分からない。

 そして私はそもそもユリウス様に好感を抱いていなかったので、媚びを売るような態度は一切取っていない。あ、もしかしてそういう素っ気ない態度が逆にツボにはまったとか…?


「どうかあの子の気持ちを素直に受け取ってあげてほしいの。ちょっとひねくれたところもあるけれど、あなたのことをとても好いているようだから」

「…そう、ですか」


 現時点で私がユリウス様に特別な感情を抱いていないのは承知しているのだろう。歯切れの悪い返事にも、穏やかな笑みを送られるだけだった。

 だがお母様の言うことが本当なら、ユリウス様の言葉を信じても良いのかもしれない。

 私は少しだけそう思った。


 ユリウス様が待つサンルームに戻ったのは、帰る時間も迫ってきた頃だった。


「母が失礼なことを言いませんでしたか?」

「え? とんでもない! お庭を案内していただいて、少しお話ししただけですよ」

「なら良いのですが…私はせっかくのレティシアとの時間を母に奪われて寂しかったです」

「そっ…ソウデスカ」

「次は遠乗りに行こうかと思うのですが、レティシアは遠乗りはお好きですか?」


 王都は四方を森に囲まれているが、北の森を抜けると広大な平原が広がっている。早駆けするととても気持ちがいいのだ。

 普通の令嬢ならばデートで遠乗りはしないだろう。せいぜい馬車でピクニックに行く程度だ。だけど私は騎士にまでなるような女なのだから、普通の令嬢と同じなわけがない。ユリウス様もそれを承知しているようだった。


「はい、遠乗りは好きです。最近は行っていなかったので、楽しみにしています」


 そう返事をすると、ユリウス様はおや、という顔をした。

 私が思ったより積極的な返事をしたからだろうか?


「では次回は遠乗りで決まりですね。詳細は追ってご連絡します」


 こうして次の約束をしてから、私はサルティア家をお暇した。

 ここに来る前と後では、ユリウス様に対する考えが変わってしまったのを私は自覚していた。私を好きだというユリウス様の言葉を信じても良いかな? という気持ちになっていたのだ。

 いやでも今までの嫌味攻撃については許してないし、なんでそんな態度を取ってたのかという謎は残るのだけれど。

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