04
挨拶もそこそこに、全員が席に座る。私以外の5人は既に何回か顔を合わせているらしく、あまり緊張感は見られない。この顔合わせの場は私のためだけに設けられたのだ。
おのれ、お父様、お母様…! 観劇なんて嘘じゃない!
「改めまして、娘のレティシアです。不束な娘ではありますが、よろしくお願いいたします」
父が私を紹介し、サルティア様たちもそれぞれ簡単に自己紹介する。老紳士とその奥方らしき人はサルティア様のご両親だった。
「レティシア嬢は息子のユリウスとは知り合いだとか」
「え、ええ、仕事で。…あの、確認をしたいのですが、もしかして私はサルティア様…ユリウス様と婚約したのでしょうか?」
それまで黙っていた私は恐る恐る尋ねた。
なにやら先ほどそんなようなことを言っていたような気が…いや、冗談よね? 頼むから冗談だと言って!
「そうだぞレティシア。ユリウス殿が是非にとおっしゃって下さった縁談だ」
…嘘でしょう?
私は一瞬気が遠くなりかけたが、何とか持ち直し、そして抗議することにした。
「お父様! なぜ事前に私に相談もなく決めてしまったのですか!?」
私の非難の混ざった声に、父はため息をついた。
「事前に聞けば、お前は断るだろう。良いか、お前は騎士を続けさせてくれる方となら結婚すると言っただろう? ユリウス殿は結婚後もレティシアが騎士を続けても良いとおっしゃっている。しかも今回の婚約はユリウス殿たっての願いだとのことだ。こんな良縁は後にも先にも望めまい」
「そうよレティシア。ユリウス様は穏やかで紳士的な方よ。それは仕事で顔を合わせているあなたも知っているでしょう。きっと幸せになれるわ」
はあぁぁぁああ? 穏やかで紳士的?? どこが? この男の一体どこをどう見ればそうなるわけ?
っていうかサルティア様たっての願い? どういうこと? サルティア様が私との婚約を望んだと?
いやいやいや、それはないでしょう。だっていつも私に嫌味ばっかり言ってくる男よ? どう考えても私のこと、好きじゃないでしょう!
でも…。
「…もう婚約は成立しているのですよね?」
「そうだ。結婚は1年後の予定だ」
「そうですか」
私はそれだけなんとか言うと、カトラリーを手に取った。
まずは落ち着こう。冷静に、冷静に…。
サルティア様が私のことをどう思っているのかは分からないし、どんな意図でこの婚約話を持ってきたのかも分からない。分かっているのは両親がとても乗り気であることと、既に婚約が成立してしまっていること、そして私に拒否権はないこと。
私だって貴族の娘の端くれだ。もしかしたら家の都合で強制的に結婚させられることもあるかもしれないとは思っていた。近頃は両親も諦め気味だったので油断していたが、ついにその時が来たのだと思うしかない。
ちらりとサルティア様の様子を窺うと、とてもお上品にワインを飲んでいた。
くっ…見た目と外ヅラが良いのだけは認めよう。両親も大層気に入っているみたいだし。
顔合わせという名の食事会は和やかに進んでいった。私の仕事やサルティア様の仕事、趣味の話など、定番の話が続いていく。
食事が終わるとそれぞれの両親は、あとは若いお二人でと言わんばかりに私とサルティア様を置いて帰っていった。
「レティシア、少し歩きませんか」
「…分かりました」
呼び捨てですか!? 急に馴れ馴れしくない? と思ったが、彼の意図が全く読めなかったので、とりあえずスルーした。
この辺りは貴族御用達の店が多いため治安も良く、どこかのんびりとした雰囲気の通りが多い。サルティア様は特に行き先は決めずに、適当に歩いているようだ。
無言で歩くこと数分。どちらかというと短気な私は、もういっそのことはっきりと聞いてしまえと思った。
「サルティア様、一体どういうおつもりですか」
「嫌だなぁ、私たちはもう婚約者なのですから、どうかユリウスと呼んで下さい」
「…それで、どういうおつもりですか?」
「ユリウス」
「…」
名前で呼ぶまで答えないつもりらしい。
…はー…。
「…ユリウス様」
「さっきも説明した通りですよ。私があなたのことを好きになって、婚約を申し込んだ。あなたに事前に知らせると逃げられるかもしれないので、内緒で婚約話を進めた。そして先日婚約が成立して、今日顔合わせをした。それだけです」
「それだけ!? それだけって何ですか! 私のことを好きだなどと信じられるとでも? こんな不意打ちみたいに婚約まで決めて…何を企んでいらっしゃるんですか?」
この1年、サルティ…ユリウス様が私に好意的だったことなど一度もない。突然好きだと言われて信じられるわけがなかった。
むしろ嫌がらせの延長だと言われる方がまだ信じられる。いや、さすがにユリウス様も嫌がらせで結婚しようとは思わないだろうけど。
「今は信じて下さらなくても結構です。ですがこれからは堂々と口説くつもりですから、覚悟してくださいね」
ユリウス様がにっこりと笑った。
ユリウス様が…笑った? え? あのいつも嫌味ったらしい作りものみたいな笑顔を貼り付かせてるユリウス様が、何の邪気もない普通の笑顔を見せた!?
私は見てはいけないものを見てしまったかのような気分になった。
「騎士であるレティシアより私の方が休みは都合が付けやすい。なるべく休みは合わせますから、デートをしましょう。それで少しずつ私のことを知ってください。それでもどうしても私との結婚が嫌であれば言ってください。その時は諦めます」
「諦める…?」
「ええ。私はレティシアのことが好きですが、レティシアが私のことが嫌いであれば、結婚を無理強いするつもりはありません。あなたを縛り付けたいわけではありませんからね。もちろん好かれる努力は惜しまないつもりですが」
この人、本気で言ってるの…?
私のことが好き? じゃあ今までの嫌味な態度はなんだったの? 本当は何かの陰謀にでも巻き込まれてるんじゃなかろうか…。
と私は陰謀論まで考え出したところで、思考するのを止めた。今考えても分からないものは分からない。とりあえずしばらくは様子を見るしかないか。
馬車乗り場まで歩くと、ユリウス様のエスコートで中に乗り込む。エスコートなんていりませんと手を振り払おうかとも思ったが、流石に大人げないかと思って耐えた。
ユリウス様が外から扉を閉め、御者にトーンバル家まで、と運賃を支払っているのが小窓から見えた。馬車が動き出すとユリウス様が手を振った。私は無表情で軽く会釈だけしてから、前を向いた。
ゴトゴトと馬車に揺られながら、この婚約について考える。
ユリウス様は私が結婚してからも騎士を続けても良いと言っているらしい。つまりそれは、貴族の妻らしい社交やらなにやらをやらなくても良いということだ。
確かにその条件なら結婚しても良いと言いましたけど! 客観的に見てユリウス様との結婚は私にとって好条件すぎるけど!
私は釈然としない思いを抱きながら家に帰った。