02 sideユリウス
「今の見ましたか?」
ユリウスは斜め前に座る補佐官のミーティアに話しかけた。
つい先ほどまでユリウスの目の前にはレティシア・トーンバルがいて、懇切丁寧に申請書の不備を指摘していたところだった。
「何をですか?」
「レティシア嬢のあの顔。ムカついてムカついてしょうがないのに、私に口答えできなくて悔しいって顔ですよ」
「……」
ミーティアは呆れた顔すらしなかった。もはや無表情で、話を聞いているかすら怪しいが、ユリウスは構わず話し続けた。
「可愛らしすぎていつもつい、いじめてしまいます」
「…捻じ曲がっていますね」
「我ながら最低な男だと思いますよ。でもレティシア嬢が可愛すぎるのがいけないと思うんです」
レティシアが第3騎士団の団長補佐官になって約1年。最初はたまたま手の空いているものがいなくて申請書を受け取っただけだった。第3騎士団からの申請書に不備が多いのは昔からのことなので、二度手間を考えてその場で不備を指摘した。その時のレティシアのムッとしたような表情を見て、ユリウスは心をくすぐる何かを感じた。
それからは毎回主任である自らが受け取るように手回しし、レティシアの反応を観察するようになった。
最初は何故申請書を持ってきているだけの自分が不備を謝らなければならないのか、というムッとした表情。
しばらくすると申請書の不備を事前にチェックしきれない自分が悪いのかも、というしおらしい表情。
そのうちに何故ユリウスは毎回嫌味ったらしく指摘してくるんだ、というイライラした表情。
最近はユリウスの顔を見るのも嫌だという仏頂面。
レティシアのそんな表情を見るのが楽しくて、ユリウスはわざと嫌味ったらしく不備を指摘していた。
ユリウスは自慢ではないが、モテる方だ。サルティア侯爵家という家柄、容姿ともに悪くなく、しかも紳士的な態度。これまで言い寄ってきた女性は数知れず、婚約の申し出も山のように来ていた。だが次男であることもあって、両親は結婚相手は自由に選んで良いと言ってくれているし、と今までのんびりと構えてきた。結婚したいとまで思う相手に出会わなかったこともある。
だがユリウスは初めて自分の心を動かす女性に出会った。レティシアだ。笑いかけてもらったことなど一度もないというのに、自分でも異常かもしれないとも思うが、レティシアの嫌がる顔が可愛くて仕方ないのだ。
「そのうちレティシア嬢に嫌われますよ、と言いたいところですが、既に嫌われていると思います」
「ええ、私もそう思います」
「…それで良いんですか?」
ミーティアに心底理解できないという顔で問われる。
「レティシア嬢に嫌そうな顔で見られるとこう、ゾクゾクするというか…」
ミーティアは自分の上司の恍惚とした顔を見て、最悪な気分になった。
「でもまぁ私も一応普通の男ですから、好きな女の子には笑ってほしいとも思いますよ」
「手遅れでは」
「明日からは甘やかすつもりです」
「…どうやって?」
会話をしながらも手を動かしていたユリウスは、そこでペンを置いた。確認を終えた書類をまとめ、決済済みの山に積む。
「明日は私はお休みをいただきます」
「知っています」
以前からユリウスは休みを取ると申請していた。もちろん補佐官であるミーティアも把握している。
「婚約者との顔合わせなんです」
「…!」
ミーティアは手元の書類から顔を上げた。そこに満面の笑みの上司を見て、一瞬で悟った。
「まさか…レティシア嬢…?」
「そうです、いやぁ、ウチの補佐官殿は察しが良くていつも助かっています。ようやく婚約の手続きが完了しまして、明日は初顔合わせなんです」
「レ、レティシア嬢はそのことを…」
「もちろん知りません。先方には内緒にしてもらうよう、強くお願いしてありますから」
ミーティアは絶句した。そしてレティシアに心の底から同情した。よりによって嫌いな男性と知らぬ間に婚約が成立しているなんて、夢にも思うまい。
「この婚約には政略的要素は一切ありません。先方にも私の一目惚れと言ってありますし。先方は最初は困惑していましたが、最終的には快諾してくれました。騎士として身を立て結婚しないと宣言していた娘に婚約の申し込みですからね。しかも私の一目惚れですから、悪いようにはされないと思っているでしょう。実際そのつもりですし」
今まで散々嫌がらせに近い行為をしてきて、どの口が言うのだ、とミーティアは思った。
「これからは婚約者としてドロドロに甘やかすつもりです。ああ、今からレティシア嬢の嫌がる顔が笑顔になっていくのが楽しみです」
ミーティアは無言でペンを置き、神に祈りを捧げた。




