18 sideユリウス
先日変な女に言い寄られているところをレティシアに見られたのは誤算だった。
職場まで押しかけてくるとは大した度胸だと思うが、正直勘弁してほしい。だがそのおかげで可愛いレティシアを見れたので、そう思えば良い仕事をしてくれたとも言えるかもしれない。
父親の権力を笠に着て脅してくるようなタイプであれば面倒だと思ったが、案外あっさり引いてくれたので良かった。
レティシアはあの後大変だったらしい。ユリウスたちが抱き合っている、いやユリウスがレティシアを抱きしめているところを、運悪く第3騎士団の人間に見られていたらしく、それはもう盛大にからかわれた、と後で文句を言われた。
不貞腐れたような表情のレティシアも可愛かったな、とユリウスは思い返していた。レティシアは騎士で鍛えているとはいえ、抱きしめるとユリウスの腕の中にすっぽり入るほど小さく、華奢で柔らかい。
最近は嫌そうな顔はなかなか見られなくなったが、その代わりに笑顔や照れた顔からストレートに感情が伝わってきて、ますます愛おしく感じていた。
結婚式まであと1週間。それまでユリウスもレティシアも休みはない。だが結婚式の準備も、これから一緒に住む屋敷の準備も既に終えていた。あとは無事結婚式を迎えるだけである。
レティシアも不安とはうまく折り合いをつけたみたいだし、ユリウスは結婚するのが楽しみで仕方なかった。朝起きたら隣にレティシアがいて、一緒に出勤して、同じ家に帰る。もちろん楽しいことばかりではないだろうけれど、今はそれを心配しても仕方ないだろう。
ユリウスは結婚生活に思いを馳せてウキウキしながら、結婚式まで指折り日数を数えて過ごした。
結婚式当日、天気は快晴。天気すら祝ってくれているようで、ユリウスは最高の1日になりそうだと思った。
レティシアのウェディングドレス姿はまだ見ていない。見ることができるのは教会で誓いを捧げる時だ。
ユリウスが時間まで控室で待機していると、コンコンとドアがノックされた。どうぞと声をかけると、第3騎士団の団長ホランが入ってきた。
「よう。結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
ホランはユリウスの向かい側のソファに腰かけると、はぁ、とため息をついた。
「最初にお前がレティシアと婚約したって聞いたときは何の冗談かと思ったが…本気だったんだな」
「何を今更…冗談で結婚なんかしませんよ」
「分かってるよ。レティシアはほら、ちょっと貴族のお嬢様としては変わり者だろ? だからずっと心配してたんだが、この1年見てきて、お前ならまぁ任せても良いかなと思ってる」
ユリウスはまさかホランもレティシアを? と一瞬考え、じっとりとした目でホランを見つめた。
「ホラン…何目線ですか」
「ただの上司だよ! レティシアはお前と婚約してから、よく笑うようになったと言うか、丸くなったと言うか。ずっと張りつめてたものが良い方に緩んだと思う。前は騎士として何が何でもやっていくんだって、そこにしか居場所がないみたいな感じだったけど、今はお前っていう新しい居場所ができたとでも言えばいいのか…とにかく、感謝してるんだよ」
感謝!
まさかホランから感謝される日が来るとは。
「あなたに言われると気色悪いです。というかあなたに感謝されるようなことでもないですし」
「うるさいな! ったく…俺はもう行くわ。あとついでに騎士を辞めさせないでくれて、それも感謝してるよ」
「当然のことをしただけです。私は騎士として生き生きしているレティシアが好きなので」
「あーそうかよ、ごちそうさん」
そう言ってホランは控室から出て行った。
ホランが出て行くと、ユリウスは表情を緩めた。なんだかんだ言ってホランとは15年近くの付き合いなのだ。認めてもらえたのは素直に嬉しかった。
レティシアは良い上司に恵まれたな、とユリウスは思った。ただでさえ女性の騎士は少ないのに、それが貴族のご令嬢となると、大変なことも多かったに違いない。それでも騎士としてまっすぐでいられるのはホランや第3騎士団のおかげなのだろう。
しばらくすると、お時間です、と式場の案内が迎えに来た。教会の中に入り、神父の前でレティシアを待つ。いよいよだ。今日まで長かったと感慨深くなる。
教会の扉が開き、トーンバル伯爵に手を引かれてレティシアが入場してくる。顔はヴェールで隠れているが、しなやかな身体をぴったりと覆うマーメイドラインのドレス姿が美しい。
歩きにくいのだろう、一歩一歩踏みしめるように歩いてくるのを少しもどかしく感じながら、ユリウスは笑顔で花嫁の到着を待った。