16 sideユリウス
王都に帰る馬車の中でも、レティシアは機嫌が良いみたいだった。最近は結婚式の準備で忙しかったので、良い気分転換になったのだろう。
「シルファスを気に入ってもらえて良かったです。結婚したら時々こうして2人で遊びに行きましょう」
「…はい、そうですね」
レティシアの顔が一瞬で曇る。先ほどまでにこやかだったのに、どういうことだろうか。
そしてユリウスは最近レティシアのこの顔を見ることが多いことに気が付いた。もしかして、と思い口を開く。
「レティシア、何か悩み事があるのではないですか?」
「い、いえ、ありません」
歯切れの悪い返事に、これは明らかに何かあると確信する。
レティシアは内心を隠して取り繕うのがあまり上手ではない。こうも分かりやすいのは貴族としてはどうかと思うが、ユリウスはそんな真っ直ぐな性根をとても好ましく思っていた。
「私では頼りになりませんか」
レティシアは一体何を悩んでいるのか。
おそらく結婚に関することだと思うのだが…。
「そんなことありません! それに悩み事なんてないんです」
「嘘ですね。レティシア、あなたはとても顔に出やすい。私にだって何か悩んでいることくらい分かります」
「…」
黙り込んでしまったレティシアを、ユリウスも無言で見つめる。
「やはり結婚はしたくないですか?」
もともと無理矢理進めた縁談なのだ。結婚を間近に控え、やっぱりユリウスとは結婚したくないと思い始めたのかもしれない。それかそもそも結婚せずに騎士として独身を貫きたいか。
しかしレティシアは首を横に振った。
結婚したくないというわけではないらしい。では何を悩んでいるのか、とユリウスが考えを巡らせていると、しばらくしてレティシアがぽつりと語りだした。
「私、自分がユリウス様にふさわしいか自信がないんです。ろくに社交もできないし、貴族らしい振る舞いも苦手です。ユリウス様にはもっとふさわしい女性がいるんじゃないかとか、騎士を続けても良いと言ってくれるユリウス様に甘えすぎているのではないかと思って…」
膝に置いた手をぎゅっと握りしめて俯くレティシア。
ユリウスは驚いていた。まさかレティシアがそんなことを考えているとは思ってもみなかったのだ。
最近は嫌われてはいないとは思っていたが、思っていたよりレティシアはユリウスのことを考えてくれていたらしい。
ユリウスはそっとレティシアの手を取ると、握りしめられている指をそっと開いてから優しく包んだ。
「レティシア、私が最初に言ったことを覚えていますか?」
「最初に、言ったこと?」
「レティシアが嫌なら結婚しなくて良いと言ったことです。もし私と一緒にいるのが苦痛であるならば、結婚は止めましょう」
「苦痛だなんて思っていません。ただ、不安なだけで…」
もしレティシアがユリウスとどうしても結婚したくないのなら仕方ない。だがそうでないのなら、この不安を少しでも和らげるのはユリウスの役目だと思った。
「もともとこの結婚は私が一方的に望んだものです。思っていることが顔に出やすくて、騎士として頑張っているあなたのことが好きだから、結婚したいと思ったんです。だからそのままのレティシアでいてほしい。それに不安なら私の方がいっぱいありますよ」
「うそ…」
レティシアが信じられないという目でユリウスを見た。
「嘘じゃありません。レティシアは本当は今でも私のことが嫌いなんじゃないかとか、鬱陶しがられているのではないかとか、私なんかでレティシアを幸せにできるんだろうか、レティシアにはもっと年齢も近くて釣り合う良い男がいるんじゃないか、とかね」
「そんなことないです! 確かに最初はあんまり良い感情はありませんでしたけど、今はそうじゃありません。それにユリウス様に釣り合わないのは私の方で…」
どこか必死なレティシアに、ユリウスは優しく笑いかけた。
「ふふ、同じことを考えていますね。ねえレティシア、忘れないでください。私はそのままのあなたが好きで、可愛くて仕方がないんだってことを。言葉だけで足りないなら、もっと行動で示さなければなりませんね?」
「え…」
ユリウスは握っていたレティシアの手を離すと、両手でレティシアの頬を包んだ。そのままそっとユリウスの方を向かせて、顔を近づける。
「口づけても良いですか?」
瞬間的にレティシアの顔が真っ赤になる。
「……!? そ、そそ、そういうのは聞かないでください…」
ユリウスはクスリと笑うと、優しく口づけた。
「可愛い」
耳どころか首筋まで真っ赤なレティシアの耳元でそう囁く。レティシアはぱくぱくと口を動かすだけで言葉にならないらしい。拒絶されないのを良いことに、ユリウスは額、目尻、頬とキスを落として、もう一度唇を合わせた。
ちゅ、という音と共に顔を離せば、レティシアは息も絶え絶えだった。今はこれが限界だろう。ユリウスは満足げに笑うとレティシアと手を繋いで椅子に座り直した。
帰りの馬車は途中でモンスターに遭遇することもなく、そのまま二人は静かに王都に戻った。