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 翌日はユリウス様と二人で馬に乗り、街の外に広がる牧草地を見て回った。柵と一面の草原と、時折牛を見かけるくらいで同じ景色が続いたが、のどかな風景に癒される気分だった。

 …背後のユリウス様さえいなければ。

 そう、私は二頭の馬に別々に乗ると思っていたのだが、用意されていたのは一頭だけ。この屋敷には乗馬に適した馬が一頭しかいないというのだ。そう言われれば一緒に乗るしかなく、私は仕方なくユリウス様の前に乗ることにした。後ろの方が良いのでは、と思ったのだが、ユリウス様が絶対前に乗って欲しいというので、なぜだろうと思いつつ前に乗ったのだ。

 景色を楽しむために、あまりスピードを出さずに馬を走らせる。しかし先ほどからユリウス様とぴったり密着している背中の熱が気になって、いまいち景色を堪能しきれなかった。


「レティシア? やっぱり同じ景色ばかりでつまらないですよね」

「いえ、そんなことないです。風も気持ちいいし、楽しいです」


 いつも以上に近い距離でユリウス様の声が聞こえて、私はドキドキするのをなんとか隠して答えた。背後にあなたさえいなければもっと楽しいです━━とは言えず、言葉を切る。ユリウス様はなぜか上機嫌なので、余計なことを言うのもはばかられ、私はおとなしくユリウス様の腕の中に納まっていた。


 経理課に異動になってからも鍛えているというユリウス様は、細身ながらしっかり筋肉がついていて嫌でも男性だということを意識してしまう。

 ユリウス様は私のことを好きだと言うし、態度にも表してくれている。じゃあ私はユリウス様をどう思っているのだろうか、と考えると、とりあえず嫌いではない。なにしろユリウス様に対してはマイナス感情から始まっているので、いまいち自分の感情に自信が持てないのだ。

 ユリウス様に可愛いと言われれば恥ずかしくてドキドキするし、優しく触れられたところは熱を持ち、見つめられれば顔が熱くなる。これは一般的に言えば好きなのではないかと思うが、ただ単に顔が良い男性にちやほやされて、良い気分になっているだけなのではないかとも思う。

 私は馬に揺られながらどちらでも良いか、と今は考えるのを放棄した。どちらにせよ結婚するのは変わりないのだ。今では嫌いではないのは間違いないのだから、それでいいのではないかと思う。


 それよりも目下の悩みの方が問題だった。ユリウス様に自分は相応しいのか、という不安だ。本当に騎士を続けて良いのか、家に入らなくて良いのか、子爵婦人らしくしなくて良いのか…。

 少しぼんやりしているうちに、目的地に着いたらしい。


「レティシア、あそこの牧場はサルティア家と直接契約を結んでいるんです。挨拶していきましょう」


 目の前に大きな建物がいくつか建っている牧場が見えた。門から中に入ると私たちは馬から降りて、馬を繋いでから畜舎に向かって歩いた。中をのぞくと乳牛が並んでおり、まさに乳を搾っているところだった。


「ユリウス坊ちゃん!」


 1人の中年男性がこちらに気付き、作業を止めて歩いてくる。牧場主だろうか。


「お久しぶりです。今日は婚約者を紹介しに来ました」

「坊ちゃんに婚約者! 道理で私も年を取るわけです」


 私は乗馬用のドレスをつまみ、令嬢らしく挨拶をした。


「レティシア・トーンバルと申します」

「牧場をやっておりますラーセンです。これはまた可愛らしいお嬢さんですね」


 私の一目惚れだったんです、などと言うユリウス様に面映ゆさを感じながら、会話を交わす2人を邪魔しないように私は一歩下がった。


「そうだ、せっかくいらしたんですから、中を見ていかれますか? ああいや、ご令嬢はこういうところはあまりお好きではないですかな?」


 どうするかとユリウス様が目線で尋ねてきた。

 せっかくここまで来たのだ。見学させてもらえるならしたい。


「ええと、もしお邪魔でなければ見てみたいです。私は普段から馬の世話もしていますし、動物には慣れています」


 ご令嬢が馬の世話? とラーセンさんは驚いたようだ。だが私が騎士だと伝えると、さらに驚いた後に納得したようだった。

 ラーセンさんの案内で牛舎を見て回る。今はちょうど乳しぼりの時間らしく、何人か作業していた。乳しぼりが終わると放牧して、牛舎を掃除するらしい。

 興味深げに見ていると、ラーセンさんが声をかけてくれた。


「乳しぼりをやってみますか?」

「え? 良いんですか? やってみたいです!」


 ラーセンさんからの申し出に、私は喜んで飛びついた。さっきからやってみたくてうずうずしていたのだ。

 コツを聞きながら恐る恐る手を牛の乳首に添える。言われた通りに握ってみるが、なかなか出ない。試行錯誤しながら何度か挑戦していると、勢いよく乳が出てきて思わずやった! と声を上げた。はっとしてユリウス様を見ると、幼子を見守るような慈愛に満ちた笑顔でこちらを見ていたので、なんとなく恥ずかしくなってそれからは黙って乳をしぼった。

 しばらく乳しぼりをさせてもらったあと、記念にと自分がしぼった牛乳を飲ませてもらった。


 あまり仕事の邪魔をしてはいけないと、私たちはラーセンさんにお礼を言って牧場を後にした。

 昼食を食べたら王都に帰ることになっているので、そろそろ屋敷に戻らなければならない。


「結婚したらここの領主夫人になるんですね…」

「穏やかな人が多い、良い土地です。気に入っていただけましたか?」

「はい。ユリウス様は騎士団の経理課は辞めないんですよね?」

「ええ。もちろん時々はこうやって視察に来ようと思っていますが、基本は代理人にお任せするつもりです」


 のんびり会話しながら屋敷に戻り、乳製品尽くしの昼食を食べ、屋敷の使用人達に見送られて馬車に乗った。

 明日も仕事なので、今日中に王都に帰らなければならない。一泊二日と短い時間だったが、私はまた来たいと思うくらいにはこの土地を気に入っていた。

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