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 ユリウス様が大きく息を吐いた。その表情は見たことがないもので、明らかに怒っていた。

 なぜ怒っているのかは分からないけれど、どうやら私はやってはいけないことをしてしまったらしい。


「とりあえず馬車の中へ」


 そう促され、おとなしく馬車に入って座る。護衛達に後始末を任せてユリウス様も馬車に乗り込み、私の対面に座った。


「レティシア、あなたは今トーンバル伯爵令嬢で、守られる立場なんですよ。モンスターを倒す必要はありません」

「でも、私は騎士で…」

「あなたが強いのは分かっています。でも今はそんなことは関係ないんですよ」


 ユリウス様は言い聞かせるように、私の目を見て話した。


「例えばですが、あなたがモンスター討伐任務中に、突然腕に自信があると言う村人が手伝いを申し出てきたらどうしますか?」

「お断りして帰ってもらいます」

「何故です?」

「それは…いくら強くても、私たちは集団で戦う訓練を受けていますから、そこに見ず知らずの方に入られると連携に崩れが…」


 そうだ。護衛の人たちだってプロとして訓練を受けている。守るべき対象が勝手に動き回れば、必然的にそちらに意識を持っていかれてしまう。

 私は護衛の仕事を手伝うどころか邪魔をしてしまったんだ。

 ユリウス様がなぜ怒ったのか分かり、私は俯きそうになったが、ユリウス様が他には? と言って許してくれない。


「あと…もしその人が怪我をしてしまった場合、私たちの責任になります」

「そうですね、守るべき国民を守れなかったとして、それは騎士として不名誉なことです。分かっていただけたと思いますが、今のあなたは騎士ではなく守られるべき護衛対象です。護衛達だって訓練を積んでいますが、護衛対象が勝手に動けば連携を乱すだけでなく、護衛達を危険にさらす可能性もあります。最悪あなたに何かあれば、責を問われるのは護衛達です」

「はい…よく分かりました。勝手なことをして申し訳ありませんでした」


 私は考えなしな行動をしてしまったことを恥じ、深く反省した。子爵婦人になるということがどういうことなのか、少し分かった気がした。

 今度こそ俯くと、涙が出てきそうになるのをぐっとこらえる。

 しばらくそうしていると、ユリウス様が私の隣に座ったのを感じた。と同時に、私はユリウス様の腕の中にいた。


「ユ、ユリウス様!?」

「あなたは…私にどれだけ心配をかけたかも考えてください。こんな動きにくい服で出て行って、あなたに何かあったらと私は心配でおかしくなりそうでした。私も飛び出してあなたを止めに行きたかったけれど、戦っている最中に声をかけるのも近寄るのも危険ですから、私は馬車から見ていることしかできませんでした」


 ユリウス様が私の髪に頬をすり寄せるようにして、抱きしめる力を強める。私はおずおずと両手をユリウス様の背中に回した。


「ごめんなさい…もう絶対しませんから、許してください」

「怒ってはいませんよ。すごく心配しただけです」


 ガタン、という音と共に馬車が動き出す。

 私を抱きしめたまま動かないユリウス様の頭を、私はそっと撫でてみた。しばらくそうしていると、ユリウス様は腕の力を緩めて「あなたが無事で良かった」と呟いた。

 ああ、私は何てバカなことをしたんだろうと強く思った。


 それからはモンスターに遭遇することもなく、無事にシルファスの屋敷に到着した。シルファス領に入ってからは草原と牛ばかりの景色だったが、王都育ちの私にとってはどれも物珍しく、飽きることなく馬車の窓から景色を眺めていた。

 屋敷を管理している執事の出迎えを受け、馬車に積んである荷物を運びこむよう頼んでから、ユリウス様は屋敷の中を案内してくれた。

 私はまだ婚約者なので、客室を使うことになるそうだ。部屋は2階にあるのでバルコニーから街の様子がよく見えた。


「わぁ…王都ほどではありませんが、ここの街も大きいんですね」

「ここはシルファスで一番栄えている街ですから。疲れていなければ、これから少し街に出てみましょうか? 明日は馬で牧草地を見に行きましょう」


 ユリウス様の提案に私は頷いた。来たことのない街の探索はとても楽しそうだ。

 時刻は昼過ぎ。馬車の中で軽く昼食は取ったので、そのまま屋敷を出て街を歩く。


「とても賑わってますね」


 私がきょろきょろしながら歩いていると、ユリウス様に名前を呼ばれた。ユリウス様を見ると、腕を差し出すように軽く曲げていた。

 …これは…腕を組めと?


「迷子にはなりませんよ?」


 私がそうアピールしてみると、ユリウス様は苦笑しながら違います、と言った。


「デートなんですから、腕を組んで歩きたかったんです。嫌ですか?」


 別に嫌ではない。嫌ではないけれど…恥ずかしい!

 でもまぁここは王都ではないから知り合いに見られる心配もないし、私はえいやとユリウス様の腕に手を回した。いや実際はかなり躊躇いがちにそーっと腕を組んだんだけど。

 今までのデートで腕を組んで歩いたことなんてない。なのになんで急に…と思ってから、もしかして知り合いのいないここなら私が素直に腕を組むと分かってやってるのかもしれないと思い至った。だとしたらユリウス様の読みは正解だ。悔しいけれど、私の性格をよく分かっていらっしゃる。王都だったら絶対拒否してた。


 ユリウス様からシルファスの説明を聞きながら街を歩く。観光地ではないので、住人向けの店ばかりが並んでいるが、活気があって良い雰囲気だ。

 途中でチーズケーキ専門店があり、私がチーズケーキしか売っていないの? と驚いていると、ユリウス様が中に入ってみましょうと言った。カフェも併設しているお店だったので、少し休憩していくことにした。


「本当にチーズケーキだけで何種類もある…!」


 基本のレアチーズケーキ、ベイクドチーズケーキ、スフレチーズケーキに、チーズの種類別のケーキやベリーを混ぜたものに…と私がメニューを見て驚いていると、ユリウス様が微笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「お好きなものを頼んでくださいね」

「はい。ユリウス様はチーズケーキも苦手なんですか?」

「好んでは食べませんね。食べられないわけではありませんが」


 私だけ食べるのも申し訳ないような気がしたが、本人がいらないと言うのを無理に勧めても仕方ない。そう思って私は再びメニューに目を落とした。

 どれにするかようやく決めて顔を上げると、ユリウス様とばっちり目が合った。

 …もしかしてずっと見られてた? うわ、なんか恥ずかしい…。私はそっと視線を外した。


「決まりましたか?」

「は、はい」


 店員を呼び、注文する。ユリウス様は紅茶を、私はレアチーズケーキのベリーソース添えとハーブティーを頼んだ。

 ほどなくしてケーキと飲み物が揃い、私は嬉々としてケーキを食べ始めた。


「美味しいですか?」

「はい! あ、ユリウス様も一口食べてみますか?」

「ではレティシアが食べさせ」

「ません! こんな所でそんな恥ずかしいことするわけないじゃないですか」


 何を言っているんだユリウス様は!

 要するにあれでしょ、恋人同士でするような、あの、あれ…「あーん」とかいうやつをやれってことでしょ?

 無理無理無理!

 私は無表情で店員にフォークを一つ持ってきてもらうように頼んだ。


「こんな所、じゃなければやってくれるんですか?」

「あ、あ、揚げ足を取らないでください! やりません!」


 私が新しいフォークを手渡すと、ユリウス様は残念、とあまり残念とは思ってなさそうな顔で言った。

 この男…からかったな?

 私は無言でケーキの皿を差し出す。ユリウス様が一口分切り取ってから皿を戻し、それからも無言で黙々とチーズケーキを味わった。

 最初はどこか楽しげな表情だったユリウス様が次第に焦り始め、謝るまで私は無言だった。


 チーズケーキの店を出てからは、また街を歩いた。

 せっかくなのでお土産を買おうという話になり、私は第3騎士団に、ユリウス様は経理課にチーズのお土産を買うことにした。酒のつまみになりそうなものや、日持ちのしそうなお菓子をいくつか買って、屋敷に届けてもらうように手配する。

 それからもしばらく散策を楽しみ、私たちは夕食の時間に屋敷に戻った。夕食もクリームスープやバターをたっぷり使ったパンにチーズと乳製品尽くしで、私は大満足したのだった。


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