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結婚式に向けての準備が始まった。
日程を決めたり招待客をリストアップしたりとやることはたくさんあるが、基本的には両親が主体となって進めてくれるので、私は時折意見を求められる程度だ。
結婚するにあたって、私の一番の仕事は何といってもウェディングドレスの用意だろう。採寸からスタートして生地選びやデザイン選びなど、あまりドレスにこだわりのない私にとっては大変な作業だった。というかちょっと苦行に近い。
だけど本当に結婚するのだな、と実感して、それと同時に自分で良いのだろうか、ちゃんと妻として振る舞えるだろうかという不安が新たに生まれていた。
「レティシア?」
ユリウス様が心配そうな顔でこちらをみている。私はハッとして背筋を伸ばした。
今日は久しぶりに2人で出かけている。最近は結婚式の準備で何かと忙しく、デートの回数も減っていて、そんな中でようやく作れた時間だった。と言っても公園を散策して、カフェでお茶をする程度なのだが。
「すみません、少しぼんやりしていました」
「お疲れなのではありませんか? 仕事をしながら結婚式の準備を進めていますから、なかなか休む時間もないでしょう」
「それを言ったらユリウス様だってそうではありませんか」
「私は内勤ですから体力も使いませんし、レティシアに比べたら楽をしていますよ」
それでもユリウス様だって新郎側としていろいろとやることはあるだろう。私に甘いユリウス様のことだから、私がやるべきことをこっそりやってしまったりしていそうだ。
ユリウス様が無理をしていないか顔色を窺っていると、なぜか嬉しそうにユリウス様が話し始めた。
「そうだ、レティシア。サルティア家にはいくつか領地があるのをご存じですか?」
確かサルティア侯爵家はサルティア領の他に、飛び地で小さな領地がいくつかあったはずだ。サルティア家に嫁ぐにあたり、いろいろと勉強させられ…勉強している時に習った気がする。
「レエン領とシルファス領とグラン領…でしたよね?」
「そうです。結婚したら私はシルファス領を引き継ぐことになりました。同時に子爵の爵位も頂くことになっていますので、結婚したらシルファス子爵になります」
「子爵…」
まじか…。
そっか、そうだよね。ユリウス様は次男だから当主の座は継がない代わりに、結婚したらサルティア家が所有している領地を分けてもらうのはおかしなことではない。
「レティシアは子爵夫人ですね。といっても本当に小さな領地ですし、重要な土地でもありませんから、基本は代理人に領地運営を任せるつもりです。最低限の社交はしなければなりませんが、騎士の仕事と両立できる範囲だと思います」
ユリウス様は約束通り騎士を続けさせてくれるらしい。普通なら家に入って家政を取り仕切るべきなのに、それをしなくても良いと言う。
でも本当にそれで良いのだろうか。甘えすぎているのではないだろうかと私は急に不安になってきた。
自分が出した条件なのだから、堂々としていればいいはずなのに、なぜこんな気持ちになるんだろう?
「それで今度、結婚式の前に一度シルファスに行ってみませんか? ここから馬車で半日程度の距離ですから、一泊二日で行ってこれます。シルファスを視察する際に使用する屋敷がありますから、そこに泊まりましょう」
「それは構いませんが…」
「では2日続けて休みが取れる日が分かったら教えてください」
ユリウス様は嬉しそうだ。だけど私は先ほどよぎった不安がちらついて、曖昧な笑みになってしまった。
二人の休みを合わせられたのは、2か月後のことだった。結婚式まではあと2ヶ月を切っていて、まだやることは残っているのだが、息抜きも大事だと家族は快く送り出してくれた。
馬車に揺られながら私は窓から景色を眺めた。ユリウス様と旅行に行くのは初めてだ。馬車で半日とはいえ、王都から離れるので今回は護衛が5名付いていた。
ユリウス様も私も身の回りのことは自分でできるので、現地の屋敷にいる使用人で十分だろうとメイドや侍従は連れてきていない。馬車に乗っているは私とユリウス様の二人きりで、馬車の前後を騎馬の護衛が守っていた。
「シルファスはこれといった特産品はないのですが、酪農で成り立っている土地です。乳製品も沢山作っていて、王都にも多く出荷しています。特にチーズは王宮でも出されているんですよ」
へー。
…って感心している場合じゃなかった。しっかり頭に入れておかないと。
私はシルファスのことも勉強しなければな、と思いながらも旅行が少し楽しみになってきた。
「そうなんですか。じゃあ広大な牧草地と乳牛がたくさん見られますね」
「ええ。それ以外は何もないのでつまらないかもしれませんが」
「そんなことないですよ」
「私はレティシアと旅行ができるだけでとても嬉しいです」
ユリウス様は本当に嬉しそうに満面の笑みで言った。
うっ…不意打ちのイケメンパワーが半端ない…。
最近はユリウス様の整った容姿にも誉め言葉にもずいぶん慣れてきたけれど、それでもやっぱり照れてしまう。
だけどたまには私もユリウス様を照れさせてみたいと思い、私はイケメンパワーに負けじと笑顔を作って「私も」と言おうとした。
だがその時、馬車が急に止まって扉がノックされる。
「どうしました?」
「モンスターの群れです。囲まれました。十数匹ですので対処が終わるまで馬車の中でお待ちください」
ユリウス様が扉を開けて尋ねると、護衛の兵がそう言ってから馬車の扉を閉めた。
モンスター!
私は旅行用の簡素なドレスの裾をたくし上げると、太ももに忍ばせていた短剣を手に取った。
「レティシア!? まさか」
「私も援護してきます!」
それだけ言うと私は馬車の扉を開けて外に飛び出した。
私は第3騎士団の騎士だ。モンスター討伐に関してはプロ。護衛に任せてのんびり馬車で待つなど騎士として許されなかった。
外では護衛達が既に戦闘を行っていた。モンスターは四つ足の大きなネズミのような姿をしていて、街道にもよく出没するモンスターだった。私も何度も討伐したことがあるので、短剣で近くのモンスターから倒していく。ドレスで足さばきが悪く動きにくいが、倒せない相手ではない。返り血に気を付けながら短剣を振るう。
「レティシア様! お下がりください!!」
「私は騎士です! 援護します!」
「そのような格好では…! どうか馬車の中へ!」
「大丈夫ですから!」
護衛とやり取りしながらも1体、2体と倒していく。私が3体目を倒したところですべてのモンスターを倒し切ったらしく、辺りは静かになった。
無事に討伐出来て良かった、と安心しながら周りを見回していると、ユリウス様が馬車から出てきて走り寄ってくる。
「ユリウス様、全部倒し」
「あなたは! 自分が何をしたか分かっているんですか!」
いきなりユリウス様に怒鳴られ、私は思わず首を竦めた。
そして私はそのままぽかんとユリウス様を見つめた。