12 sideユリウス
鉄と鉄がぶつかり合う音が訓練場に響き渡る。
アディはちょっと考えの足りないところがあるが、剣の腕は悪くない。ユリウスは剣を受けながらアディを観察した。剣筋がまっすぐで動きに無駄がない。よく訓練を積んでいる。
でも、だからこそ動きが読みやすい。
しばらく防戦一方だったユリウスは、ある程度アディの実力を測ると反撃に打って出た。視線でフェイントをかけながら相手を翻弄する。次第にアディが防戦一方になり、一瞬の隙をついてユリウスがアディの剣を弾いた。アディの手から剣が離れ、カランカランと音を立てて地面に落ちた。
「そこまで」
イアンの声でふっと息をつくと、構えを解く。レティシアが駆け寄ってきて、ハンカチで額の汗を拭ってくれた。ユリウスが役得、とこっそり思いながら礼を言うと、ようやくレティシアが心配そうな顔を緩めた。
「はぁー! 負けた! ユリウス殿、お強いんですね」
「婚約を認めていただけますか?」
「はい。男に二言はありません。そんで兄上! 俺が負けると分かってたな?」
アディはイアンに向かって恨めしそうに言った。
「ああ。私は養成学校時代にユリウス殿と手合わせしたことがあってな。その頃から強かったし、アディにとっては相性が良くない相手だと分かってた。ま、これでお前も素直に認める気になっただろう」
実を言うとユリウスもアディに負ける気は全くなかった。
アディの噂は聞いていたし、ユリウス自身も第3騎士団を辞してからもある程度は鍛えていたので、勝算があると思ったからこそ勝負を受けたのだ。
「あーあ、俺もたまには格好良いところを見せたかったのに」
アディはユリウスから剣を受け取り、自分の分と一緒に片付ける。
ユリウスがレティシアから上着を受け取って着ていると、トーンバル伯爵が姿を現した。走ってきたのか息を切らしている。メイドの誰かから報告を聞いて、焦ってやってきたのだろう。
「この…このバカ息子どもが! アディはともかくイアンまで!! ユリウス殿、本当に申し訳ない! 妹の婚約者に勝負を挑むなど、なんと失礼なことを…」
「いえ、私も承知の上で勝負を受けましたから。それよりアディ殿はお仕事に戻られた方が良いのでは?」
ユリウスがそう言うと、アディはしまったという顔で走り出す。
「父上! お説教はまた今度!」
あっという間に去ってしまったアディを見送り、彼はいろいろと大丈夫なんだろうか、とユリウスは心配になった。
「ユリウス殿、改めてこの度は申し訳なかった。息子たちはレティシアを可愛がっていて、レティシアのこととなると少しばかり暴走してしまうようで…」
「伯爵、どうぞお気になさらないでください。レティシアはご家族に愛されていますね」
そう言うと、レティシアは少し恥ずかしそうに照れながら、はにかんだ。
最近のレティシアはユリウスに対して心を許し始めているのか、ふとした拍子に照れたり微笑んだりするようになった。そんなレティシアを見る度にユリウスは心臓を撃ち抜かれ、思わずレティシアを抱きしめそうになる。
今も思わず手が出そうになったところを伯爵の手前なんとか耐えていると、レティシアがユリウスに問いかけた。
「ユリウス様がこんなに強いだなんて知りませんでした。経理課に異動になってからも鍛えていらっしゃるんですか?」
「長時間は剣を持てませんが、一応時間がある時には体を動かしています」
そんなことを話しながらユリウス達は屋敷に戻った。伯爵とイアンとは玄関ホールで別れ、応接室に戻る。新しくお茶を淹れ直してもらい、今度こそゆったりとした時間を過ごした。
帰り際、門前まで見送りに来てくれたレティシアと向き合うと、ユリウスはそっと手を取った。
「イアン殿とアディ殿には婚約者として認めてもらいましたが…レティシアはどうですか?」
「え?」
「私を婚約者として受け入れてくださいますか?」
婚約してすぐに、レティシアにはどうしても嫌なら婚約を破棄しても良いと伝えてある。もしこのまま結婚するなら、そろそろ結婚式の準備を始めなければならない。だから一度、ちゃんとレティシアの気持ちを聞いておきたかった。
「初めてこうして手を取った時、あなたは反射的に振りほどきましたね。今はそうしないということは、少しは受け入れてもらっていると思っていいのでしょうか?」
「わ、私は…」
レティシアはそっと握られている手を見つめた。
「最初はユリウス様のことは正直に申し上げて、あまり好きではありませんでした。でも今は、お慕いしているとまでは言えませんが、ユリウス様となら結婚しても良いと思っています。それに今日は戦っている姿を見て…格好良いなと思いました」
思っていた以上の言葉をもらえて、しかも恥ずかしそうに言う姿が可愛すぎて、ユリウスは固まった。
(可愛い、可愛い…抱きしめたら怒られるだろうか、恥ずかしがるだろうか)
「ユリウス様?」
「レティシア…抱きしめても良いでしょうか?」
「へっ?」
レティシアの返事を待たずに、握った手を引いて腕の中に閉じ込める。ふわりとレティシアから良い香りがして、クラクラしそうだった。
突然のことに抵抗を忘れたレティシアをぎゅっと抱きしめて幸せに身を浸していると、ようやく我に返ったレティシアにいきなり脛を蹴られた。
「っ!!」
レティシアを離して脛を押さえると、レティシアが慌てて言った。
「ご、ごめんなさい! でも急に抱きしめられて驚いて…ユリウス様が悪いんですからね!」
まさか足が出るとは思わなかったが、つくづく普通の令嬢らしくないところもレティシアらしくて良いとすら思えるのだから、重症だなとユリウスは内心苦笑した。
「すみません、次からは気を付けます」
「そうしてください!」
レティシアはまた抱きしめても良いと許可を出したことに気付いているのだろうか。
ユリウスはくすりと笑うと、ではまた、と言って屋敷を後にした。