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第1騎士団は王宮の警備や王族の護衛をする近衛騎士だ。常日頃から王族や高位貴族と顔を合わせるので、失礼のないマナーを身につけて、かつ貴族の顔と名前、どんな役職なのかなどを頭に入れておかなければならない。
つまり騎士の中でもエリートで、剣の腕だけではなれない。イアンお兄様は養成学校時代から優秀で有名人だった。
第2騎士団は王都や周辺の街の警備が主な仕事で、こちらは第1騎士団とは違って学力はさほど必要ではない。
アディお兄様も養成学校を卒業しているが、入学前の私の耳に入るほどの有名人だった。ただしイアンお兄様とは正反対の意味で。剣の腕は良いのだが、貴族としてのお勉強をしてこなかったのでは? と思われる言動が多く、要するにちょっとおバカさんなのである。
私が入学したときには、いろんな意味で兄2人とは比べられた。教師から長兄の話が出る時は誇らしく、次兄の話が出る時は恥ずかしい思いをすることが多かった。
だがどちらも妹思いの良い兄である。
「イアン殿、アディ殿、ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。レティシアの婚約者となったユリウス・サルティアです」
ユリウス様は挨拶をすると、まずはイアンお兄様に握手を求めた。
「イアン・トーンバルです。いつも妹がお世話になっています。最近はユリウス殿と顔を合わせることも減りましたが、経理課の出世頭と聞いています」
「ありがとうございます。イアン殿こそ大隊長になられたと聞きました。ご両親もさぞかし鼻が高いことでしょう」
イアンお兄様とユリウス様は1歳違いだし、もともと顔見知りだったみたいだ。
次にユリウス様はアディお兄様の方を向いた。その途端、アディお兄様は叫ぶように言った。
「俺は婚約者なんて認めてない!」
「アディお兄様!」
ちょ、何言ってるの!
「レティシアは結婚しないって言ってたのに、父上と母上が勝手に決めてしまったんだろう? いくら侯爵家とはいえ本人に何も知らせずに婚約するなんて、なにか後ろ暗いところでもあるんじゃないか!?」
「ちょっとやめて! ユリウス様に失礼なことを言わないで! ユリウス様、申し訳ありません。兄は少し考えの足りないところがあって…」
「いえ、構いません。レティシアに内緒で婚約してしまったのは事実ですし。後ろ暗いところはありませんが、アディ殿も大事な妹のことを心配なさっているだけでしょう」
ユリウス様…なんて心が広い人なの…! 婚約者の兄とは言え、面と向かって後ろ暗いところがあるのではないかなどと言われたら、普通怒っても良いところだ。
というか私だったら速攻でブチ切れていると思う。むしろ今すぐ切れそう。
それなのにアディお兄様は更にとんでもないことを言い出した。
「それに! レティシアより弱いやつにレティシアのことは任せられない! レティシアと俺は同じくらいの強さだ。つまり、俺に勝てない奴は婚約者として認めない!」
いやいやいや、何言ってるの?
「な、馬鹿なこと言わないでよ! ちょっと、イアンお兄様も黙ってないで何とかしてください!」
「そうだな、私もレティシアより弱い人にはレティシアを任せられないな」
「さすが兄上、分かってる! よし、ちょっと裏で勝負だ!」
私は絶句した。まさかイアンお兄様までアディお兄様の言葉に乗ってくるとは思っていなかった。
普段から暴走気味のアディお兄様を諫めるイアンお兄様までもが一緒に暴走すると、私にはもうどうすれば良いのか分からない。
ここはもう追い出すしか…!
「ユリウス様、ごめんなさい! もう、お兄様たちはお帰りになって!」
私は兄2人を部屋から追い出すことで、なんとか場を収拾しようとした。
ユリウス様は元第3騎士団とはいえ、怪我で引退した身だ。勝負するだなんてとんでもない!
それなのに。
「構いませんよ」
「え?」
「その勝負、お受けいたします」
ユリウス様まで乗ってくるなんて!
何を考えてるの? 男って三人集まると脳筋になっちゃうの? どういうこと??
「で、でも、ユリウス様はお怪我で…」
「長時間剣を持てなくなっただけです。少しなら問題ありませんよ。それに勝負くらいで認めてもらえるなら安いものです」
そう言ってユリウス様は不敵に笑ったが、彼が経理課に異動になってから随分経っている。元々の剣の腕前がどの程度かは知らないが、現役の騎士にそう簡単に勝てるものではない。
だというのに私の心配をよそに、男三人はさっさと部屋を出て行ってしまった。私も慌てて後を追いかけて訓練場に向かった。
訓練場に着くと、ユリウス様は上着を脱いで私に預けた。
「レティシア、そんな顔をしないでください。大丈夫ですから」
「でも…」
私はよほど心配そうな顔をしていたらしい。だけどユリウス様はにっこり笑って心配無用です、と言った。そして刃をつぶした模擬剣を受け取ると、軽く2、3度振ってからアディお兄様と向き合う。
「ルールは騎士の模擬試合と同じで、膝をつくか、剣を手放した方が負けだ」
「分かりました」
「兄上、開始の合図を」
ああああ、本当に勝負するの? ねえ、大丈夫? 本当に大丈夫?
お、応援とかした方がいいの?
おろおろしている私をよそに、アディお兄様とユリウス様が剣を構えると、私の横に立ったイアンお兄様が開始の合図を言い放った。
「それでは始め!」