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 遠乗りの後、私とユリウス様は順調にデートを重ねていき、気付けば婚約から4か月が経っていた。


 そしてある夜会に参加した帰りの馬車で、私は緊張に身を固くしていた。


 今日の夜会は私にとって数年ぶりの夜会だったので、かなり緊張していた。実家で母に入念に着飾らされ、これでもかと化粧を施されてはいたけれど、慣れない夜会での社交やダンスを思うと気が重かった。

 だってユリウス様の正式な婚約者として社交界で紹介されるのは初めてのことなのだ。


 私が貴族令嬢の身で騎士になった物好きな女と言われるのは慣れている。だけどそんな女を婚約者にした物好きな男、とユリウス様まで馬鹿にされるのではと心配でしょうがなかったのだ。

 ユリウス様は何も気にすることはない、堂々としていれば大丈夫と言ってくれたけれど、それでも不安な気持ちは晴れなかった。

 だけどいざ蓋を開けてみれば、最初の内こそ好奇の目やら女性からの嫉妬の目が気になったものの、あまりにユリウス様が私にベタ惚れなのを隠そうとしないので、周りは驚き、そしてそのうち呆れたり、微笑ましいものを見るような目を向けられるようになっていった。

 ユリウス様は「ね、大丈夫だったでしょう?」と自慢げにしていたが、半目になってしまったのは仕方ないと思う。


 そんな感じで夜会は無事に終わったのだけれど、私は今、馬車の中で夜会に行く前より緊張している。


「レティシア? 疲れましたか?」

「え? ええ、久しぶりの夜会でしたので少し…」


 ああ、早く言わないと馬車が家に着いてしまう。

 言わなければ…言わなければ…。


「………あの!」


 私は意を決して顔を上げた。

 何を言われるのだろうとユリウス様が身を固くしたが、気にする余裕もなく私は一気に言いたいことを言った。


「次の休みは我が家でお茶しませんか!」


 よし、言った! 言えたぞ!!


「…え?」


 ユリウス様はなぜかポカンとしている。

 ん? あれ?

 私が首を傾げると、ユリウス様ははー…と息を吐いた。


「先ほどからあなたが緊張しているようだったから、一体何を言われるのか、もしや婚約破棄かと…」


 え、あ、やだ! そんなつもりはなかったのに!

 ユリウス様にとんでもない勘違いをさせてしまったことに気付き、私は慌てて否定した。


「はー、良かったです。それでええと、トーンバル家に呼んでくださるのですか?」

「母が是非にと言うので…ご迷惑でなければですけど」

「迷惑などとんでもない。レティシアから誘っていただけて嬉しいですよ」


 その言葉を聞き、私は安堵にようやく肩の力を抜いた。

 断られるとは思っていなかったけれど、私からお誘いをするのが初めてだったので、緊張してしまったのだ。

 しかし緊張していたのがバレバレだったとは、恥ずかしい…。

 私は恥ずかしさでユリウス様と目を合わせられず、そのまま家に着くまでずっと窓から外を見ていた。

 だからユリウス様がものすごく嬉しそうにこちらを凝視していたことには全く気が付かなかった。


 次にユリウス様と休みを合わせられたのは、2週間後だった。約束通り我が家に招待し、ユリウス様は花束を持ってトーンバル家を訪れた。私は玄関で母と一緒に出迎える。


「本日はお招きいただきありがとうございます。これをレティシアに」

「ようこそいらっしゃいました。まぁ素敵な花束…レティシア、ほら」


 ユリウス様の言葉に、母が返事を返す。花束を受け取ると、ふわりと良い香りが鼻をくすぐった。


「お待ちしておりました、ユリウス様。花束もありがとうございます」


 自室に飾るようにと侍女に渡すと、ユリウス様を応接室に案内する。母は後で来るからと言って、一旦下がっていった。

 ああ、緊張する…。

 私はユリウス様が我が家にいるということ自体に緊張していた。サルティア家に比べればウチなんて小さいし地味だし、呆れられてないだろうか…。そんな詮無いことを考えながら応接室に入り、ソファーを勧める。

 着席すると、メイドが用意したティーポットからお茶を注ぐ。誰かにこうやってお茶を注いであげる日が来るなんて、思ってもみなかった。しかもそれが嫌っていたユリウス様になるなんて、数ヶ月前の自分には想像もつかなかったことだ。


 テーブルにはフルーツタルトとクッキーが用意されている。あまり甘いものを食べないユリウス様のために、クリームの少ないものを選んだのだけど、食べられるだろうか?

 ユリウス様が優雅に紅茶を一口飲む。


「美味しいですね」

「お口に合って良かったです。母のお気に入りのブランドなんですが、私はそういうのには疎くて…」


 疎いというか興味がないというか。貴族令嬢として一通りの知識は叩き込まれたけれど、今ではかすかな記憶しか残っていない。


「そうなんですか。レティシアが淹れてくれるとより一層美味しく感じますね」

「わ、私は用意されたものを注いだだけで、味は茶葉と上手に淹れてくれたメイドのおかげで!」


 ユリウス様が私を褒めるのなんていつものことなのに、なぜか今日に限って気恥ずかしい。そのせいでつい早口になってしまった。


「それでも、レティシアが私のために注いでくれたというのが特別に感じられるんですよ。お菓子はレティシアが選んでくれたんですか?」

「えと、はい、フルーツタルトなら普通のケーキより甘さが控えめですし、クッキーも砂糖を少し減らしてもらいました。代わりに紅茶やシナモンで香りを付けてあります」


 そう言うと、ユリウス様はふわりと微笑んだ。

 うっ、今日はいつもよりイケメン度が増してない…?


「ありがとうございます、甘いものをあまり食べないのを覚えていて下さったんですね」

「き、記憶力は良い方なんです!」


 胸焼けしそうなほど甘ったるい笑顔で見つめられ、私は耐えきれず視線を逸らした。婚約してから4ヵ月以上経ったけど、ユリウス様の態度は甘さを増していっている気がする。

 最初は何を企んでいるのかと警戒していたけれど、その必要がないと分かってからは、その言動にどぎまぎすることが多くなった。世のご令嬢が焦がれてやまないイケメンに甘いセリフを吐かれてドキドキしない女がいるだろうか、いやいない(反語)


 私が柄にもなく照れていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 お母様が来たのだろうか? そう思って返事をしようとしたが、私の返事を待たずにノックの主はドアを開けた。


「失礼する」


 ドアを開けたのは長兄イアンだった。


「イアンお兄様!どうしてここに…」

「母上からレティシアの婚約者殿が来ていると聞いてな。挨拶しようと思ったのだ」


 イアンお兄様は第1騎士団所属の近衛騎士だ。今年30歳で既に妻子がおり、近くに屋敷を構えている。いずれは爵位を継ぐ予定なので、その時にこの家に戻ってくるのだろう。

 仕事はどうしたのかと尋ねると、今日は休みだと返事が返ってきた。

 …休みなのは事実だろうけど、多分今日に合わせて休みを取ったんだと思う。そんなに都合よく休みが合うはずがない。


 ユリウス様が挨拶しようと立ち上がった時、今度は廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「レティシア!」


 ノックもなく入室してきたのは次兄のアディだった。アディお兄様は第2騎士団に所属していて、今年27歳だ。

 ただし、27歳とは思えないほど落ち着きがないというか、ちょっとおバカなところがあるというか…。


「アディお兄様! ノックもなく入ってくるなんて…!」

「あ、すまん! でも間に合ってよかった!」

「…お仕事は?」

「休憩中だ!」


 第2騎士団の仕事は王都の警備。昼過ぎのこんな時間に休憩時間はない。ということは、まさか巡回中にでも寄ったのだろうか?

 いや、流石にアディお兄様でもそんな無茶苦茶なことは…しそう。というか絶対そう。


「嘘おっしゃい! 仕事中でしょう? 一緒に巡回している方はどうなさったんです!?」

「………外で待ってる」

「今すぐお戻りください」

「いや駄目だ! レティシアの婚約者を見定めないと!」


 アディお兄様はまっすぐにユリウス様を見た。

 は? 何言ってんのアディお兄様…。

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