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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もう遅い絶対阻止おじさん


 とある異世界に魔王を撃ち滅ぼすべく、王命を受けた勇者がいた。


 勇者は仲間を募り、魔王討伐に向けての勇者パーティーを結成。


 魔法使い、聖騎士、聖女の3人。そこに最後に加わったのは鍛冶師の才を持つ青年であった。


 鍛冶師の青年は勇者達の武器や防具を作り、旅の途中では装備品のメンテナンスを担当。


 青年が作った装備は天下一品。様々な効果を持ち、伝説級の威力を持つ物であった。


 ただ、鍛冶師の青年は武器を創造、鍛える事に才はあっても戦闘はからっきし。パーティーが戦闘となれば後方から支援する程度しかできない。


 青年は自分の弱さを自覚しており、それでも役に立とうと勇者パーティーを支えようと鍛冶師の仕事だけではなく様々な雑務も担当していた。


 所謂、縁の下の力持ちといったところだ。


 青年のおかげで勇者パーティーが持つ装備品は迫り来る魔獣を悉く撃ち滅ぼし。街に到着すれば他の者達が困らぬように、次の旅路へ向けた準備を行う。


 勇者パーティーの旅は順調に進んでいたのだが……。


「お前は戦闘の役に立たん。クビだ!」


 東の果てにある街の酒場で、食事を済ませようした矢先。勇者は鍛冶師の青年に向かって怒りを込めた一言を放った。


「勇者様の言う通りよ」


「うむ」


 若き勇者に賛同するのは魔法使いの女性と聖騎士の青年。2人の顔にも不満や怒りが滲み出る。


「ちょっと待って下さい! クビってどういう事ですか!?」


 3人の意見に異を唱えたのは国の教会から派遣された聖女であった。


 彼女は青年の功績を正しく理解していた。絶大な装備を作り出す才、戦闘では役に立たぬのならと雑務を率先してこなす姿。


 彼がいなければパーティーは成り立たない。そう理解しているからこその言葉であったが……。


「リィナは優しいからな。こいつは君の優しさにつけこんでいるんだ」 


 勇者は異を唱えた聖女リィナに鋭い目を向けながら、彼女に間違っていると諭すように言った。


 何を隠そうこの勇者は容姿端麗な聖女にホの字である。できる事ならば一発やりてぇと毎日夢想するお猿さん勇者であった。


「聖女様はお優しい。さすがは聖女様です」


 同時に聖騎士の男も聖女にホの字である。聖女と同じく教会に所属し、聖職者を守る騎士でありながら夜な夜な聖女の裸を妄想する()騎士であった。


「何よ、リィナ。アンタは勇者様の意見に歯向かうわけ? 王様が認めた勇者様に?」


 魔法使いの女性は聖女を憎らしいと言わんばかりの視線を向ける。


 この魔法使いの女性、勇者にホの字である。その勇者が聖女に惚れているのがわかっているからこそ、聖女には特に強くあたる。聖女は恋敵というわけだ。


 最初に「あいつ役に立たなくね?」と言い出したのは間違いなく勇者であった。


 青年と聖女の距離が近く、なかなか良い雰囲気を醸し出していたせいもあって青年が邪魔になったのだ。


 そこに賛同した聖騎士も同じような感情を抱いていた。


 魔法使いの女性は純粋に勇者の言う事ならば全て首を縦に振るビッチである。


 3人の意見が一致したのが先日の夜の事。次の街に到着したらクビと宣言してやろう、と決めていたのだ。


 そこで、クビを宣言された当の本人はというと。


「そんな……。僕は僕なりに役に立とうと……」


 真正面から言われるとやはり心を抉られる。そんな気持ちが表情に表れていた。


 装備の創造とメンテナンスといった一見地味な作業であるが、己が創り出す装備は一級品であると誇りを持っていた。


 戦闘では一番前に立つ事は出来ぬが、何とか役に立とうと頑張って来た。


 だが、その思いは報われず。やはり邪魔者扱いされてしまったか。


 いつか来るかもしれないと恐怖し、回避しようとしていた未来が遂に訪れてしまった。


 ここで異を唱えてでも勇者パーティーにしがみ付くか否か。迷いはしたが、邪魔者扱いされた現状で命乞いのようなマネをしても自分が惨めになるだけだろう。


 そう思うと途端に青年の気持ちが冷めていく。


 ここまでされて、しがみ付く理由はあるか?


 不要者は去り、これからは自分中心の人生を送っても良いんじゃないか。


「……いや、わかった。君の言う通り、パーティーは抜けるよ」


 冷えた感情は再び熱を取り戻す事は無く。先ほどまでの落ち込むような表情すらも消え失せていた。


「何を言っているのですか! 貴方がいたからここまで来れたんですよ!?」


 青年の功績を正しく理解している聖女は青年をなんとか引き留めようと声を荒げるが――


「リィナ、ごめんね。いらないと言われても尚、パーティーにしがみ付こうとは思えないよ」


 ただ、心に残るのは異を唱えて引き留めてくれようとした聖女への申し訳なさ。


 ここまで言ってくれた彼女ともう一緒にいられない事が残念で仕方がない。


「ふん。だったらさっさと出て行け。お前みたいな足手まといは俺様と同じテーブルにいるんじゃねえよ」


 面白いように魔獣を撃ち滅ぼせる勇者は傲慢を極めていた。その証拠がこの言動だろう。


 虫でも追い払うように「シッシッ」と手を振って、目の前にいた青年を追い出した。


「今までありがとう」


 鍛冶師の青年は立ち上がると床に置いてあった自分の荷物を持って背を向ける。


 足取りはいつも通り。彼は振り返りもせずに酒場の入り口へ歩き出した。


「待って!」


 聖女は慌てて彼を追った。何度も「待って」と言い続け、青年が足を止めてくれたのは酒場の入り口から外に出た時であった。


「引き留めてくれてありがとう。でも、なんだか今までしてきた事が馬鹿馬鹿しくなってね」


 懸命にやって来た事を無駄とされ、いらないと言われれば誰でもこうなるのは明白だろう。


「……これからどうするのですか?」


 これ以上は言っても無駄か、と悟った聖女は今にも泣きだしそうな表情を浮かべて問う。


「どこかの街でのんびりと鍛冶屋でもやるよ。幸い、貯金はあるしね」


 勇者パーティーをクビになったとなれば国一番の街である王都では、クビの悪名がついて回って仕事などできないだろう。


 青年は辺境の街でひっそりと人生を過ごそうと、行き当たりばったりではあるが思い浮かんだ案を口にした。


「そうですか……。私も――」


「リィナ!」


 聖女がパーティーを抜けて貴方に付いて行く、と言いかけた時、酒場の中から追って来た勇者に腕を掴まれた。


「こんなヤツは放っておけ!」


「あっ!」


「さっさと失せろ!」


 聖女を自分の背中側へと引き寄せた勇者は青年の腹に蹴りを入れた。


 勇者は衝撃で尻餅をついた青年をニタニタと笑い、最後の別れの挨拶を告げると聖女を無理矢理酒場の中へと連れて行く。


「言われなくとも……」


 青年は勇者を睨みつけながら立ち上がると尻についた土を払い、そのままどこかへ立ち去った。


 一方で、無理矢理連れ出された聖女は酒場のテーブルで聖女には似合わぬ怒声を上げていた。


「どうして彼をクビなんかに! 今からでも遅くありません! 連れ戻しましょう!」


 彼がいなければパーティーは成り立たない、と再三に渡って勇者に忠告したものの、答えはNOと言われるばかり。


「あんな役立たずがいなくても魔王は倒せる。俺様がいればな」


「きゃっ! 勇者様、素敵!」


「聖女様は私が守りますからご心配なく」


 それどころか、今までの功績が自分達の力だけで積み上げられてきたと勘違いしっぱなし。


 そんな訳がない。彼が作った装備がなければ、彼が常に装備をメンテナンスしてくれたから、彼が誰も面倒がってやらぬ手続きを率先してやってくれたから旅は順調だったのだ。


 聖女の忠告と懸念はすぐに現実のものとなった。


 2日後、勇者パーティーは魔王討伐に必要な神の護符を入手する為にダンジョンへ赴き、最下層を目指している途中の出来事である。


「何で食い物が切れそうなんだよ!」


「ちゃ、ちゃんと用意したわよ!」


 ダンジョンを攻略中、持ち込んだ食糧が底を尽きそうになったのだ。


 雑務を担当していた青年が抜けてから食糧調達を担当したのは魔法使いの女性であった。


 彼女はダンジョン攻略に掛かる日数なども考えず、これくらいだろうとドンブリ勘定で食糧を購入。そのツケが回ってきた。


 青年がいればこんな事態は起きなかったろう。実際、これまでも何ヵ所もダンジョンを制覇してきたが、一度もこんな事態にはならなかった。


 どんなダンジョンで、どれくらいの階層なのか。ギルドで予想される情報を得て、それを元に計算して食糧調達していたのは青年であったから。


「お前もなんで装備がボロボロなんだよ!」


「あれだけの激戦だったのだぞ! 仕方あるまい!」


 パーティーを守る要、一番前で敵を押し留める役である聖騎士の盾は見事にボコボコであった。


 本来ならばこんな事態にはならない。何故なら、青年がダンジョン内であろうと痛んだ装備品を直していたからだ。


「一回、ダンジョンから出れば良いじゃない!」


「馬鹿言うな! 上まで戻るのに何日掛かると思ってんだ!」


 ダンジョン内で言い争いをする勇者達。


 やはりこうなったか、とため息を漏らす聖女。


 だが、彼等の不幸はまだ続く。


 ダンジョン内で怒号を散らしあえば敵が気付くという事を忘れていたのだろう。


「グオオオオ!!」


 彼等の前に強大な魔獣が現れ、雄叫びを上げた。


 鋭い爪と口の牙。それに体長は5メートルもあろう巨大な鬼が赤い目で勇者達を見据える。


「ひぃ!?」


 物資は底を尽き、装備品はボロボロ。


 見るからに強そうで、簡単には倒せぬ相手だと悟った勇者達の戦意は喪失してしまった。


「ああ……」


 短い悲鳴を上げた勇者達に対し、聖女は諦めの表情を浮かべていた。


 青年を引き留められなかった己への罰。こうなる事はわかりきっていた、と言わんばかりに。


「神様……」


 報いによる死を覚悟した聖女は最後に神への祈りを捧げる。せめて、追放されてしまった青年の人生に幸があるように、と。


 だが、内心では後悔の念に満たされていた。


 あの時引き留められれば。もっと早く自分がどうにかしていれば。彼の功績を皆に知らしめていたら。


 今の状況は無かったんじゃないか。


 己の不甲斐なさと死への恐怖。密かに恋していた青年ともう二度と会えないという寂しさ。


 それらが祈りとなって天へと昇った時――


『よかろう。その願い、叶えてやるッ!』


「え!?」


 聖女の脳内で見知らぬ男性の声が響いた。


 顔を上げると鬼が勇者に襲い掛かろうとしている瞬間だったが……ダンジョン内でありながら鬼の背後に一筋の稲妻が落ちた。


「グオオ!?」


 突如発生した稲妻に、勇者を攻撃しようとしていた鬼は動きを止めて背後を振り返った。


 勇者達や聖女も例外ではなく、この場にいる全員が稲妻に目を向けていた。


 稲妻が落ちて発生した煙の中から現れたのは――小太りでふんどし姿の中年男性。顔にはサングラスとチョビヒゲを生やし、頭には東ノ国の浮世絵に描かれる唐草模様の風呂敷をほっかむりにして。


「聖女よ。貴様の願いは天に届いた」


 ぽっこりお腹を晒し、胸の前で腕を組みながら稲妻と共に現れた中年男性はそう言った。


「グオオオッ!」


 これには流石の鬼も困惑したようだ。


 当然である。


 突然、自分の背後にこんなド変態が現れたら魔獣であろうが驚くに決まっている。


 祈りの結果、現れたのがド変態中年であるという事実に聖女も気を失いそうである。


 だが、中年男性が言った通り。祈りは届けられたのだ。


「フゥー……」

 

 腕組みしていた中年男性は両足を開き、腰を落とした。


 右手と左手を獰猛なライオンが口を開けた時に見える鋭い牙のような形に変える。右腕を頭の上に、左腕を腹の中央へ。


 右手と左手で大きな口を開くような構えを取ると―― 


「サン、ハイッッッッ!!」


 グワッと口を開くと謎の掛け声を発した。


 すると、どうだ。構えの中心から『気』で作られた百獣の王の頭部が生まれ、鬼の腹に喰らい付いたではないか。


「グオオオオッ!?」


 気で顕現した百獣の王はそのまま鬼の体を食いちぎり、鬼の断末魔を皆に聞かせながら一撃で屠ってみせた。


「他愛なし」


 鬼を屠った事で構えを解いた中年男性は再び腕組みに戻りながら、勇者すらも倒せなかった強大な敵を一撃で倒した事を誇ろうともせず。


「あ、貴方は……?」  


 聖女の問いに中年男性は――


「私は、もう遅い絶対阻止おじさんだ」


「もう遅い絶対阻止おじさん……?」


 聖女の頭にははてなマークが浮かぶ。もう遅いとは一体何の事なのだろうか。


 おじさんは聖女から勇者達へと顔を向けると口を開いた。


「愚かな勇者よ。他者の力を認めず、己の力でやって来たと過信するとは何事ぞ」


 サングラスで目は見えないが、勇者を汚物のように見ているには違いない。そんな雰囲気があった。 


「お、俺は! 最強なんだ!! 勇者なんだぞ!? 俺に倒せないやつなんて――」


 尻餅をつきながらも尚、自分の力不足を認めぬ勇者。


 彼はワガママを言う子供のように喚き散らすが。


「だまらっしゃいッッッッ!!」


「ふぐうッー!?」


 姿を消すかの如く、一瞬で勇者に肉薄したおじさんは勇者の右頬にビンタをぶちかました。


 愛と戒めのビンタは、まるで異世界転生する時のトラックが衝突したような衝撃が勇者の右頬に炸裂する。吹き飛ばされた勇者は地面をバウンドしながら転がって、壁に叩きつけられるとようやく止まった。


「勇者とは決して最強ではない。勇者とは勇の象徴。共に戦う同士を束ね、導く者である。貴様は間違えたのだ」


 おじさんは腕組みしながら勇者に心構えを説いた。だが、聞こえていなさそうだ。何故なら勇者の頭がダンジョンの壁にめり込んでいるからだ。


「貴様らもだ」


 次に顔を向けたのは聖騎士と魔法使いの2名。


 最初のターゲットとなったのは聖騎士であった。


「聖騎士となりながら守るべき聖女の裸を夜な夜な妄想し、いつかその劣情をぶつけてやろうと常に心に思っているとは何事ぞ。貴様、聖職者としての誓いを忘れたかッ!」  


「そ、それは……」


 己の心の中を見透かされ、たじろぐ聖騎士。


「そ、そんな事を!? キモッ!!!」


 まさか自分の裸を妄想されていたとは思っていなかった聖女の本音が炸裂する。


 彼女は口を手で覆い隠しながら汚物を見るような目を聖騎士に向けた。


「その劣情に満ちた心、正してくれるわッッ!!」


 またもや姿を消すかの如く一瞬で間合いを詰めたおじさんは、聖騎士の腹に掌を当てた。


 掌には気が満ちており、気は聖騎士の身に着ける分厚い鎧を貫通すると内にあった肉体に命中。


 更には肉すらも貫通すると、聖騎士の内蔵は激しく揺さぶられ、一瞬の呼吸困難と脳を揺すられたような眩暈を引き起こした。


「うぼォ……」


 生まれたての小鹿のように脚を震わせた聖騎士は立っている事も出来ず、その場に崩れ落ちると兜の中で胃の中身をぶちまけると膝から崩れ落ちた。


 兜の中で溺死しそうな聖騎士はピクピクと体を痙攣させ続ける。


 崩れ落ちた聖騎士を見下ろしたおじさんは、すぐ横にいた魔法使いの女性へと顔を向ける。


「ひっ!? ら、乱暴する気!? 私は女よ!?」


「安心せよ。おじさんはいつの時代も男女平等である」


「そ、そんなピャア!?」


 おじさんの容赦無き平手打ち。己だけが理想の愛を得ようとする不埒者の右頬に愛と戒めのビンタ(弱)が叩き込まれた。


 当然ながら2人の男達と比べて非力で物理最弱な魔法使いの女性は一撃で地に沈んだ。


 愛のムチを終えたおじさんが最後に聖女へと顔を向ける。


「聖女よ。これより青年の元へ行く。青年に謝り、再びパーティーの一員になってもらおうぞ」


「え!?」


 おじさんはダンジョン内に転がる3人を集めると、青年が如何にパーティーにとって重要な人物だったかを懇切丁寧に説明した。


 3人に青年に謝るよう言いながら、もう2~3発ほど愛のムチを叩き込むと、ドン引きする聖女に近くへ寄れと言った。


 ふんどし姿のド変態おじさんに近づく事は少々恐怖を覚えたが、聖女はビンタされたくないので指示に従う。


「ふんッ!」


 おじさんは気合一閃。すると、彼を中心に気の円が生まれた。


 一瞬の発光と共におじさんと聖女達の姿はダンジョンから消え失せるのであった。



-----



 おじさん達がダンジョンから消えた頃、クビ宣言された鍛冶師の青年は乗合馬車に乗って田舎街へと到着していた。


 馬車は街の外にある停車板の前に止まり、青年を降ろすと次の街へと走り去っていく。


 彼が辿り着いたのは北東にある街で王都からは随分と離れた田舎も田舎な街である。


 ここならば勇者パーティーの噂も届くのに日数が掛かるだろうし、青年がパーティーの一員だった事も知られてはいないだろう。


 田舎街とあるように、雰囲気はどこかのんびりとしていて。建ち並ぶ家はどこかしら痛んでいるようなボロ屋が多いが、鍛冶師として家を借りるにしても掛かる費用は安くて済みそうだ。 


 新天地としては丁度良い。馬車を降りた青年は田舎の風を思いっきり吸い込んで肺に満たす。


 土の臭いと家畜の臭い。それらが入り混じった独特な匂いは王都生まれの青年にとってまだ慣れぬが、これからゆっくりと慣れていくのだろう。


「さて、まずは拠点を決めないと――」


 そう言って、街の中へ入ろうとした時であった。


 カッ!


 太陽が浮かぶ青い空から一条の稲妻が青年のすぐ傍に落ちた。


「うわっ!」


 びっくりして咄嗟に顔を腕で覆う青年。稲妻が落ちた事で発生した土煙が消えると、そこにいたのはド変態と勇者パーティーであった。


「え!?」


「あ!」


 突然現れた元パーティーメンバー。


 困惑する青年と青年に再び会えた事で笑顔を浮かべる聖女。対照的な表情を浮かべる2人はしばし見つめ合うと、最初に口を開いたのは青年であった。


「リィナ? それに……勇者達?」


 彼が言葉を口にすると聖女は駆け出して青年に抱き着いた。


「貴方が抜けたらパーティーは成り立ちません! どうか戻って来て下さい! それに……私は貴方と一緒にいたいです!」


「え、あ……」


 聖女に抱き着かれ、顔を赤くする青年。だが、どうしても彼の心には不要と言われた時のやるせなさと怒りが残っていた。


 あれだけ惨めな思いをさせられたのに。今更戻って来いと言われて、戻るヤツなどいるのだろうか。


「今更戻って来いって言われても……。もう――」


「遅い、とは言わないでくれないか。青年よ」


 青年が言葉を全て口にする前に、おじさんは一歩前に歩み出た。


 この時、青年は内心で「なんだこのド変態は」と思っていたに違いない。


「彼等も反省しているのだ。どうか、今一度パーティーに戻って世界を魔王から救ってくれないか」


「そんな……」


 本当に? と言うように青年は勇者の顔を見るが、勇者は腫れ上がった顔を反らす。


「勇者よ。ごめん、と一言言えば良い。自分の非を認めれば許してもらえよう」


「ふ、ふん。お、俺は、わ、わ、悪く――」


「ごめんって謝る約束でしょうがッッッッ!!」


「アパァァァッ!!」


 左頬に強烈なビンタを受けた勇者は地面を何度もバウンドして、畑の肥料として使うはずだった家畜の糞溜めに頭を突っ込ませた。


 おじさんは勇者の足を引っ張り、再び青年の前に座らせる。


「サン、ハイッ!!」


「す、すまなかった! 俺が間違ってた! 間違ってたよおお!」


 クソ塗れになった勇者は泣きながら謝罪を口にした。


 おじさんは勇者の謝罪を聞いて満足気に頷くと、次は聖騎士と魔法使いに顔を向ける。


「わ、私も間違ってたわ!」


「私もだ! 聖騎士としてあるまじき行動をしてしまった!」


 3人が青年に謝罪すると、青年の顔には困惑の表情が浮かぶ。


「どうか、これで納めてくれないか。魔王から世界を救うには君の力が必要だ」


「……わかりました」


 今更戻って来いと言われても、もう遅い。青年は口にしようとしていた言葉を飲み込んで、再び勇者パーティーに復帰する事となった。


「うむ」


 満足気に頷くおじさん。


 青年が戻ってきた事で笑顔になる聖女。


 これにて一件落着。


 クソ塗れになった勇者と心的トラウマを植え付けられた2人を介抱すべく、青年はパーティーメンバーと共に街へと向かって行った。


 その途中、聖女は後ろを振り返る。


 腕組みをしたまま彼等を見送るおじさんにお辞儀すると、早足で青年の元へと戻って行った。


「これで世界は救われよう」


 田舎街の外で、勇者達を応援するような暖かな風が吹く。おじさんは風を浴びながら一言呟いた。


 すると、そんなおじさんに一人の少女が駆け寄ってきた。


 まだ5歳くらいだろうか。幼き獣人の少女である。


「少女よ、街の中へ戻りたまえ」


 幼き少女が街の外に出るのは危ない。おじさんは優しく少女に忠告をした。


「おじたん。どうして裸なの? 寒くないの?」


 だが、少女は街の中から見えたおじさんの恰好がどうしても不思議だったようだ。


 興味と好奇心を満たすべく、街の外まで出てしまったのだろう。


「これはおじさんの業である……」


 少女の質問におじさんは青き空を見上げながら小さく呟いた。果たして彼に一体何があったのか。


 それは誰にも分からない。


 おじさんは再び少女に街の中へ戻るよう言うと、街に背を向けて歩き始めた。


「おじたん、どこいくの?」


「追放の風がおじさんを呼んでいる。私が阻止せねばならんのだ」 


 おじさんがそう言うと、街の外には強風が吹いた。風を受けた少女が顔を手で覆い、場が静まった頃にはおじさんの姿は消えていた。


 おじさんは風が吹く先へ。 


 きっとどこかで、どこかの異世界でおじさんは――もう遅いとは言わせぬよう全力で阻止するのだろう。



昨晩の深夜テンションで勢いのまま書きました。

本当にすまないと思っている。


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― 新着の感想 ―
[一言] ギャル系死神が似たようなことしてたw
[良い点] 田淵先生やね
[一言] おじさんの過去に一体何が 服を着れぬそのカルマとは一体……
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