リューリ・ベルと奇妙なオブジェクト
スピード解決会話劇。
なんというか、突然に、突拍子もなく現れて、当たり前のように増えていた。
例えばそれは食堂入り口、或いは注文カウンター、果ては飲食用テーブル席―――――至る所とは言わないまでも、限りなくそれに近い感覚で置かれていた不思議なオブジェクト。
形や大きさこそはバラバラだったが、デザインのコンセプトは一貫している。形状は丸とも楕円ともつかず、色は夕日に似て明るい。気紛れに指先で撫でた表面はざらざらとつるつるの中間で、そいつらはにんまりと笑っていた。
目のような穴が二つに鼻のような穴が一つ、そして口のような切れ込みはまさに刻まれた笑みのようで―――――実際、それは顔だった。作り物の表情を刻み込まれたその物体は、どこかとぼけた間抜けな笑みでランチタイムを見守っている。
それそのものはどうでもいい。
別段害があるわけでなし、毎年この時期限定の飾り物として置いてあるのだと食堂のおばちゃんに説明されれば私にはそれで十分だった。
が。
「おい、答えろ王子様―――――たかがイベントの飾り如きに貴重な食べ物の中身くり抜いて皮だけ残して変な顔のオブジェ作るとかどうなってるんだ無駄の極みか?」
「はいはいはいはいこうなると思ったからちゃんと説明しようと思ったのに食べ物が絡んでると分かった瞬間この爆発力だもんなこのガチ勢――――――答えるから一旦落ち着いてアイアンクローを止めなさい! 王子様の頭蓋が悲鳴上げてる!!!!!」
「それだけ騒げる元気があるならこのまま喋れるだろお前」
「やだ普通に鋭い! 確かに力は込められてないから実質固定されてるだけだけど!」
「うるせぇいいから早く言え」
「ああこれ喚くだけ無駄なやつー。じゃぁもう言うけどリューリ・ベル、その『ジャック・オー・ランタン』に使われているカボチャの品種はそもそもが観賞用のものだ。どれだけ大きく育つかを競う大会まであるくらい栽培目的を観賞方面に潔い勢いで全振りしている。なので、味は二の次だ。人間の食用には向いていない」
「最初からそのつもりで育ててるにしても食べ物は食べ物だろふざけんな」
「コラ、頭に血が上ってるだろう。ちゃんと最後まで聞きなさい。人間の食用には向いてなくても畜産業界の動物さんにとっては立派な糧の一つです―――――つまりは飼料用でもある。イベントシーズンでカボチャくり抜いておばけのオブジェを量産しても中身は無駄にしてません。あと調理法によっては普通に人間も美味しく食べられる料理になるので地方によってはナチュラルに食べてる」
「じゃあいいや。今回は流石に短気だった私が悪いのでごめん」
「いやいや、分かってくれて何よりって嘘でしょ何これ素直が過ぎるリューリ・ベルが私に謝った―――――ッ!?」
「驚くとこそこかよトップオブ馬鹿」
「良かったいつも通りっぽーい!」
「ああうん分かった理解したフローレンさんが居ないところでこいつに関わった私が悪い」
「そんな遠い目しちゃうレベル!?」
鷲掴みにしていた頭部を開放したことを後悔し始めたこちらの心境なんのその、騒音公害の体現者ことこの“王国”の王子様は今日も今日とて喧しい。余裕を持ってランチを終えて胃袋が満たされているとしても五月蠅いものは五月蠅いのである。
「ていうかお前、王子様。よくよく考えなくても脱線が酷いぞ。限定メニューのパンプキンプリンについて教えてやろうみたいな導入からなんでその辺に置いてある謎オブジェの話が始まるんだお前は」
「脱線じゃなくて意味のある必要な雑談だったんだけどなー。パンプキン、というのがお前の言う謎オブジェの材料になっているオレンジ色のカボチャを指すんだが昔はカブという野菜の方が主流だったらしいぞう」
「カブのプリン? カブは私も食べたことあるけどあれをスイーツにとはすごいな。昔の人の発想力に感心する」
「感心してもらったところ悪いんだけれどもオブジェの話であってプリンじゃないなあ!」
「オブジェの話はどうでもいいよプリンの話だけにしろ―――――もういい注文した方が早い。おばちゃんパンプキンプリンください!」
「見切りが早いよリューリ・ベル! ストレートに役立たず扱いしないで!? 季節性イベントに関する説明はもう諦めるしかない気配! あ、すみませんパンプキンプリンこちらにも二つテイクアウトでお願いします」
「喚くか頼むかどっちかにしろよこのトップオブ馬鹿王子様………ん? お前だけで二つも食べるのか? そんなに美味しいのパンプキンプリン?」
「パンプキンプリンは美味しいけれども流石に一人では食べないぞう。一つは勿論自分用、もう一つはフローレンへのお土産というか差し入れというかごめんなさい的真心だ」
「今度は何やらかした馬鹿」
「うわ、リューリ・ベルってば声のトーンがセスそっくりでアイツいつの間に来たのかと思った………という私の所感はさておいて、はいはい時短でダイジェスト。せっかくのイベントシーズンなので、私自らカボチャを加工していい感じの『ジャック・オー・ランタン』を拵えようと張り切って芸術に勤しんだんだが―――――いざ作業を始めれば結構臭うわ汚れるわうっかり踏んで飛び散っちゃうわで後始末がすごい大変なことに」
「ああ、やるならちゃんと調べて準備して万全を期してからやりなさいって怒られたのか」
「いや、それがお目付け役として横で作業見守ってくれてたフローレンにうっかりカボチャ浴びせちゃった挙句テンパって新品とはいえカボチャの汁拭いた布で顔をごしごし擦ってしまい当然の如く怒られた」
「馬鹿って言うのも馬鹿馬鹿しいレベルでホントなにしてんだ王子様」
「正直返す言葉もない。流石の私も大反省モードで誠心誠意謝り倒したけどあれ以降必要最低限の連絡事項以外では全然口きいてくれなくてなー………と、いうわけでリューリ・ベル。パンプキンプリン奢ってあげるからフローレンに謝りに行くの付いてきてくれない? 割とこれはマジで切実に」
「やだ」
「即答! 知ってた! でも退かない! 明日のランチに皮まで美味しい丸ごとカボチャのキノコグラタンにパンプキンパイのセットでどうだ! ちなみにパンプキンパイはこの時期になるとセスが必ずホールで食べてる大のお気に入りメニューだぞう!!!」
「美味しいの確定じゃん食べる!!!!!」
「交渉成立!」
ビクトリー! と勝ち誇る王子様の奇行についてはスルーして、にこにこ笑顔が眩しいおばちゃんからパンプキンプリンを受け取った。宣言通りに私の分のプリン代まで支払ってくれる王子様を横目で眺めつつ、心にぼんやり浮かんだ疑問はまぁいいか、でぶん投げる。
ぶっちゃけプリンの差し入れ一つで機嫌を直してくれるなら、フローレン嬢最初からそこまで怒ってないのでは?
付き合いの浅い私には、なんとも言えない話だけれど。
注文カウンターの程近く、不思議なカボチャのオブジェの中では蝋燭の火がゆらゆらと、笑うように揺れていた。
お目通しいただきありがとうございました。