超!変態撃退法
下ネタ苦手な方ご注意下さい。
注)()内は全て同じ単語である。
閉店の10分前に、電話がなった。
私は早足でバッグヤードに向かいながら、すれ違う客に笑顔で「いらっしゃいますぇ〜〜」と挨拶しながらも、心中にて「クソがっ!クソがっ!」と悪態をつく。
チッ……このクソ忙しい時に……!
私はドラッグストアで化粧品担当の登録販売者として勤務している。
この時間はレジ締めで忙しい。今日はこの作業が出来るアルバイトがいないので、私が一人でやらなければならなかった。
更に、私は電話が苦手だ。電話応対が得意な人はあまりいないのかもしれないが、私の場合、常人の苦手さの3500倍くらいは苦手だ。
閉店時間の確認だったらいいな、と思いながら電話に出る。「そちら、何時まで開いてますか?」「10時まででございますぅ〜〜」「わかりました」の、最短で一往復半のやりとりで済むからだ。
ところが違った。
「お電話ありがとうございますぅ〜〜、ドスコイドラッグ西町店、鈴田がお受け致しますぅ〜〜」
私はいつものように声の高さを2オクターブ上げて電話に出た。
「ねぇねぇ、そこ、ゴム製品置いてる?」
これは、と私は思った。
「文房具のゴムでございますかぁ?」
一応ダメ元で確認する。
「いや、避妊具のだよ、避妊具」
やはりそっちだったか。残念だ。
「はい、多数取り揃えておりますぅ」
「大きいサイズ置いてる? どんなのがあるか教えて欲しいんだけど」
「……少々お待ち下さいませぇ」
私は保留音を鳴らした。デリケートな話題なので、電話番号を聞いた上で掛け直すのは躊躇われる。男の社員がいたら迷わず「それでは、とっても詳しい担当の者に交代致しますぅ〜〜」と言って代わって貰うのだが、運悪く今日の遅番の社員は私だけだ。それに避妊具コーナーの発注をした事が無いので、品揃えについてもあまり詳しく無い。
私は避妊具売り場へ光の速度で猛ダッシュし、大きいサイズっぽいそれらを片っ端から取ってバッグヤードに戻った。
通話を再開する。ダッシュのお陰で息が切れる。
「ハァハァ、ハァ……お待たせして申し訳ございません、今手元にございますのが、まず○○という商品でして……」
「それどんなの?箱に何が描いてあるの?」
「えぇと、こちらはお馬さんの絵が描いてございますぅ」
「ダメだね、それ俺、入らなかったから」
大きいんでございますね、と私は思う。
「……そうでございますか、次に××という商品が……」
「だから、パッケージの絵で言ってよ」
「こちらはマンモスさんの絵が描いてございますぅ〜〜」
「へぇ、直径は?」
「えぇと、46mmと書いてありますぅ」
「ふぅん、ねぇ、その直径って、どこの部分なの?」
「……どこの部分、と申しますと?」
私は返答につまる。
「(ピー)の幅なの?分かる?(ピピッ)って」
(ドドドドッ)でございますかぁ、と私は思う。相手の少し小馬鹿にしたような声音に、ウブなネンネじゃあるまいし、(チュドンッ)の一つや二つや三つや四つ、知っとるわ!! と私は意地になった。
「はい、良く存じ上げておりますぅ」
「じゃあ、どんな形なの?教えてよ、ハァハァ」
あちゃ〜、やっぱり変態さんでしたかぁ、と私は受話器片手に天を仰いだ。薄々感づいてはいたが、もし違った場合クレームに発展する恐れがあるので、馬鹿正直に対応せざるを得なかったのだ。
私は先日「栄養ドリンクっていっぱい種類があるけどどう違うの?」と質問されて「どれも大体一緒ですぅ、いろいろ売りたいメーカーの策略ですぅ」と答えて「対応が雑すぎる」とクレームを喰らったばかりなのだ。
今回の場合は明らかに変態からの電話だが、私は完全に切るタイミングを逸していた。
実は(チュインッ)とやらを実際マジマジと見た事が無いのだ。困った私は保健体育の教科書の性教育のページを無理矢理思い出す。
「はい、なんかこう、電球みたいな形でございますよね」
「ハァハァ、その電球の、どの部分が46mmなの?」
「えぇと、箱の裏には『最大径46mm』とございますから、なんかこう、一番ぷっくり膨らんだ部分がそうだと思いますぅ」
「ハァハァ、電球に似てるの、何だっけ? 言ってみてよ。何が電球に似てるの?」
どうやら変態氏は私に「(イヨーオ)」というワードを言わせようとしているらしい。
良いだろう、いくらでも言ってやるよ! 望むところだ!!
「はい、(ズドドドド)でございますぅ〜〜!!(バキュン)、(ドカン)の形状が電球に似ているんでございますぅ〜〜!!!」
私はバッグヤードの中心で、(ズグシュッ)を叫んだ。選挙カーのウグイス嬢の如く、高らかに。
馬鹿正直に答える事は恐らく正しい対応ではないのだろう、しかし私の負けず嫌いの性格が災いした。
これは戦だ、と私は思う。先に電話を切った方が負けだ。もはや何と戦っているのか分からないが。
その時丁度閉店となったらしく、バッグヤードに足を踏み入れた学生アルバイトと目が合った。彼はギョッとした表情を浮かべている。
私は余裕ぶって彼にウインクした。彼は目を逸らした。
ふふ、シャイボーイなのね、全くもう。あなたには刺激が強すぎたかしら? 大人にはね、絶対に負けられない戦いがあるのよ……あなたにも分かる時がきっと来るわ……。
変態氏との会話は続く。
「ハァハァ、うん、そうだね、(ピピッ)だね、良くできました。じゃあさ、(ギュオーン)に塗るローションみたいなのがあるじゃない?オタク、置いてる?」
「はい、それはもう、多数取り揃えておりますぅ」
「じゃあ、どんなのがあるか説明してみてよ、ハァハァ、ハァハァ」
「少々お待ち下さいませ!」
私は再び保留ボタンを押し、ええいままよと売り場へ走り、ローションやらゼリーやらを全種類持ってきた。保留を解除する。
「ハァハァ、お待たせ致しました!」
私は常ならぬ会話に興奮しているし走ったばかりだしで息を切らしている。まるで変態同士の会話みたいになっている。いわゆる変態合戦だ。
私は持ってきた商品達を見つめ、考えた。これはドラッグストア店員として失格なのかも知れないが、私はそれらの使用法や違いについて詳しく説明出来ないのだ。
しかし相手は変態だ。彼は正しい知識を求めてはいない。適当にそれっぽく答えて煙に巻いてやる!
「ハァハァ、おねぇさんのオススメ、教えてよ。どれが好きなの? どう使うの? 誰と使うの? ねぇねぇ、ハァハァ、詳しいんでしょ、ハァハァ」
そうきたか。さぁ、最善の一手は何であろう。
「ハァハァ、そうですね、何しろ週5で使用させて頂いてます故、良く存じておりますぅ〜〜」
「し、週5で?!」
変態氏の声色が常人のそれに変化した。いいぞいいぞ、と私は自分を鼓舞する。
「はい、週5でございます。ところでお客様、(ギュオーン)がとてもお好きなようですが、(グワワワン)祭りをご存知でいらっしゃいますか?」
「……」
変態氏は黙った。とても良い兆候だ。
「(ズンドコズンドコ)公園にて、平日の23時より開催しております。私、(ポンッ)祭り実行委員ですので毎日参加させて頂いておりますぅ〜〜!」
ガチャリ、と電話は切れた。
勝った……!
電話を終え、私は背中に視線を感じて振り返った。(ピヨピヨ)に集中し過ぎて気づかなかったが、背後に着替えを終えたアルバイト達が数人並んでいた。
彼らの視線は電話の周りに並べてある避妊具やローションに釘付けだ。
「お疲れ、帰っていいよ」
私は満面の笑みで彼らに言った。
「……お疲れ様です」
「……お先にすみません」
などと彼らは口々に言い、立ち去った。彼らは一度も私の目を見なかった。
勝利と引き換えに何かを、例えばアルバイト達からの信頼とかを失った気がしたが、とりあえず勝った!!
私は達成感で満ち溢れていた。
まぁ、もしかしたら私の様子がおかしいと店長に報告され、精神科への受診を勧告されるかもしれないが。
その場合、労災は適用されるのかなぁ……?
……そしてその日、レジ締めが遅れたため私は終バスを逃した。
※ ※ ※ ※
翌週。
本日の私のシフトは早番だ。店内は閑散としている。私は品出しをパートさん達に任せ、レジでPOPを作成していた。
気配を感じて顔を上げると、若い頃はさぞかしモテたろうと思われるロマンスグレーの50歳前後の男性客がレジ前に立っていた。
私は一礼して挨拶する。
「いらっしゃいますぇ〜〜」
彼はドリンクタイプの精力剤をコトンとレジに置いた。古今東西の蝮やらスッポンやら何やらの滋養強壮・精力増強成分が凝縮したスペシャルなシロモノだ。
「袋要らないから」
その声を聞いて、何かが引っかかった。しかし理由がわからない。レジを打ち、お金を受け取る。
「21円のお返しでございますぅ〜〜」
彼は私がお釣りを渡そうと伸ばした手を、ギュッと握った。私は固まる。
彼はそのまま私の耳に顔を近づけ、囁いた。
「あのマンモスさんも、入らなかったヨ」
そして私の手からお釣りを取り、颯爽と立ち去った。
まさかの、御本人登場……。
私は呆然とその後ろ姿を見送った。
……人は、見掛けによらないんですぅ〜〜。
ありがとうございました。
イタ電はやめましょう。