アレックスの休日
あれから2年が経ち3歳になった。
セレナの熱心な教育により相変わらず勉強と魔法の修行の日々が続いていた。
と言っても想像すればある程度の融通が利く魔法は、母さんの修行以外でもいろいろと試して研究してしまう。
「うーん我が子ながら恐ろしいわ...。数を数えれるようにと思って数字を教えたけど、足し算引き算だけじゃなく、掛け算割り算まで出来るなんて」
前世で習ったんで...。なんかズルしているみたいで褒められても反応に困ってしまう。
「3歳でこれって、大人になったらどうなるのかしら...」
将来か...特にやりたいことも無いけど、今は魔法が楽しいな。
セレナが魔法を教えてくれるし、このまま魔法使いになってもいいかもしれない。
人の役に立てる魔法使いとか、やりがいもあってかっこいいな。
「将来人の役に立てる人になりたいかな」
セレナは悩ましい顔をする。
「その歳で人の役に立ちたいって...もっと子供ってわがままなものじゃないの?可愛げが無いわよ...」
セレナはげんなりした顔をするが、すぐに閃いた顔になった。
「そういえばアレックスは国の騎士よ、悪い人達が現れたらやっつけに行くし、災害が起きたら人を助けに行くこともあるわ。人の役に立ちたいのはアレックスの血かしら」
騎士か...言うならば軍人だよな。でも人の為は人の為なんだよな。
前世も星が滅びるかも知れないから必死だった。
必死で殺した...。
「人の為になる立派な仕事だけど、人を殺すかもしれない仕事は嫌だな」
セレナは腕組みをする。
「まあ魔法でも人の為に使えば、いくらでも役に立つしいろいろあるわよ。貴方が将来なりたいものになれるように今はたくさん学びなさい」
セレナは少しわがままだし、アレックスの事になれば別だが、だらしない事も多い。
だが今でも本を読んだり、勉強をしている事が多い。
今でも名の知れた魔法使いらしいが、現状で満足しない向上心はすごいと思う。
「わかった魔法の勉強をもっと頑張るよ」
セレナは少し眉をしかめる。
「わかってないわね、魔法だけ勉強しても魔法使いにしかなれないわよ。もっといろいろなものを見なさい」
いろいろなもの...あやふや過ぎて、どう動けばいいかわからない。
「貴方は素直過ぎるわ、魔法の勉強をしなさいと言えば、魔法の勉強しかしないもの。私が魔法を諦めろと言えば、言う通りにしそう。」
セレナはこっちの目を真っ直ぐに見て言う。
「貴方が将来後悔しない為には、貴方自身が努力して選べるようにならないといけないのよ。私は私が正しいと思って、貴方にいろいろと余計なことを言うかも知れないけど、貴方はただ言う通りにしてはダメ。自分で考える力を持って」
その言葉を聞いてドキッとした。
魔法は楽しい、楽しいからこのまま魔法の道に進んでも良いと思っていた。
俺は前世の事を思い出す。
父は厳格な人であり、名誉ある軍人であった。
そして俺に軍人になるように強要した。
俺は小さい頃、疑問にも思わず父の言われるがままに育った。
人を殴るのも怖いのに、銃の使い方も教わった。
人を殺す事になるのもわかっていたのに、その道を拒否する事をまったく考え無かった。
初めて人を殺した時、最初は実感が湧かなかったが、その日の晩食事を取った時に急激な吐き気に襲われた。
なぜ人を殺してこんなのうのうと生きているだと自分を責め、殺した相手の会ったことも無い家族の事を考えてしまう。
自分の犯した罪に潰されそうになった。
セレナの言っている事は正しいと思う。
前世の自分に聞かせてあげたい言葉だ。
「わかったアーサー?」
前世の頃の自分より、ほんの少し年上の彼女がとても頼もしく思える。
この人の子供に産まれて自分は幸運だなと思った。
〜〜〜〜〜
「アーサーどうしたんだい?」
アレックスが久しぶりの休日で家に帰ってきた。
こんな日でも庭で剣の素振りをしている。
「母さんが魔法以外も学べって、でもどうしたらいいかなと思って」
アレックスは先端に重りがついた細い剣を地面に立て、顎に手を当てる。
「うーんなるほどね、僕も昔セレナに似た事を言われたな」
「父さんも?」
「ああ、自分で言うのもなんだけど、僕は昔から剣が得意でそれだけで生きていけると思ってたんだ。でもセレナに剣だけじゃ騎士になってもすぐに死んじゃうから、もっと勉強しなさいって言われたよ」
アレックスは昔の事を話し出した。
「セレナとは同じ学校で出会ったんだけど、セレナは魔法が抜き出て凄くてね。でも性格がきつくて周りから浮いてたんだ」
なんとなく想像出来てしまう。
「でもセレナは、魔法以外の授業にもほとんど出席していてね。僕は騎士になりたかったから、騎士になる為の授業ばかり受けていたんだ」
母さん相変わらずだな...。
「それでとある授業で模擬戦をやらされてね。授業で聞いた知識だけでしか魔法のことを知らない僕は、セレナにこてんぱんにやられたよ」
アレックスは恥ずかしそうに、はにかみながら頬をかいた。
「その時に自分が自惚れていた事に気がついて、セレナの出ている授業に片っ端からついていったな。つきまとうなってよく怒られたけど」
アレックスはどこからか木剣を2本取り出した。
「でも実際に騎士になって経験や知識はどんなものでも無駄にならないと実感した。セレナが気付かせてくれたおかげで今も生きてるしね」
短い方の剣を俺に渡そうと持つところを向けてくる。
「アーサーは剣には興味無いかい?僕にはこれくらいしか教えれることが無いけど。自分を守るだけなら逃げていればなんとかなるけど、大事な人を守る為には必要なものだと思ってる」
武器を持つ事を心が一瞬拒絶したが、アレックスの優しい瞳を見ていると不思議と木剣に手が伸びた。
「父さんは人を殺したことがある?」
するとアレックスは真面目な顔になった。
「あるよ」
「どうだった?」
「小さな村を襲って物を奪ったり、人を攫ってその人を売ったりする悪い奴らだったんだけどね。僕が配属された部隊が討伐に向かう事になったんだ。向こうも抵抗してきてね。その日のご飯は味がしなかったね」
やっぱり辛かったんだ。
「さっ剣を教えるよ」
アレックスは暗い空気を変えようと笑顔になった。
自分も空気を変えるのに賛成で、すぐ稽古に入れるように剣を構えた。
「...セレナは剣の使い方も教えたのかい」
前世の愛機に乗っていて、その時に染み付いた構えを無意識にしてしまった。
「いや、ちが...」
「アーサーは剣は左手に構えるんだな、普段は右利きなのに...」
アレックスは少し強い視線でこちらを見てくる。
左手に剣を持つのは、基本的に右手にレーザー照射機や遠隔武器を持つ事が多いからである。
今は魔法がそれの代わりになるかなと思い、無意識に左手に持ってしまった。
「ちょっと本気で打ち込んで貰えるかな?実力が知りたいな」
アレックスが真剣な顔で剣を構えた。
「魔法を使ってもいいよ」
空気が張り詰めた感じがする。
アレックスは左手の剣よりも、右手を警戒している。
(本当に実力があるんだ)
剣を構える姿勢から物凄い気迫を感じるし、こちらを観察していることがわかる。
少し興味が湧いてしまった。
(今の僕はどこまで通用するんだろう)
少し姿勢を低くし踏み込める体勢を作った。
マナを感じる...。
肉体強化をして、瞬発力を高めるイメージをする。
イメージを固め踏み込む。
アレックスに近づき、加速の力に任せ剣を振り上げる。
狙うは体ではなく、アレックスの剣。
アレックスの反応を伺いつつ、アレックスの後ろに回るための牽制。
剣の打ち合う音が響き、身長の低さを利用しアレックスとすれ違う。
そして振り向き様に、アレックスの背中に渾身の一撃を放ったが空振る。
「!?」
背中に寒気を感じ、横に飛ぶ。
木剣が風を切る音がした。
アレックスの後ろに回ったと思っていたが、更にアレックスが俺の後ろに回っていた。
(父さんも肉体強化が出来るのか!)
アレックスが追撃しようとしてくるが、体格差から捌けないと判断し後ろに飛ぶ。
アレックスが距離を開けまいと踏み込んでくる。
咄嗟に右手からレーザーを放つ。
アレックスは一瞬驚いた顔をするが、反応してみせる。
(嘘だろ、射線を読まれたのか)
アレックスのほうが早く、距離を稼げない。
アレックスが剣を振る。
それの軌道を逸らそうと剣をぶつけるが、馬力が違いすぎて木剣が吹き飛ぶ。
(あ、負けた...)
次の瞬間、アレックスの木剣は俺の喉元で止まった。
「すごいや、まったく勝てる気がしない」
アレックスのピリッとした感覚が無くなった。
「驚いたな、僕が右手に警戒してるのに気づいて不意打ちしようとしてきたね。それとあの魔法はなんだい?」
こっちも驚いた。
確かに俺の考えを当てられたが、それを確信を持って言ってくるのに怖いと思った。
「あの魔法はレーザーだよ。マナを使って、光を作りつつ他からも集めて熱に変えるんだ。簡単に言うと虫眼鏡で黒い紙を焼くのと同じ原理だよ」
威力を出すためには昼間の外でないといけないし、課題も多いが上手く使えば目くらましも出来るし、何より光なのでこれ以上に早い飛び道具は存在しない。
「よく考えたね、これは確かに強力だ...。その魔法良かったら教えてくれないか?」
「うんとね、まず...」
〜〜〜〜〜
「あら、アレックスどうしたの?浮かない顔をして」
アレックスが居間のソファでため息をついていた。
「アーサーに剣を教えようと思ってたんだけど、逆に魔法を教えてもらったんだ」
アーサーは賢い、それに私達と違う価値観をどこか持っていて、私達と違う視点を持っている。
セレナもアーサーになにか気付かされたり、教えて貰うことがある。
アレックスは子供に何か教えて貰ってプライドが傷つく人では無い。
仕事であまり会えないアーサーに父親らしい事をしてあげたいと思ったのだろう。
優しいお父さんだなと思った。
「ふふっ」
「笑うなんて酷いなあ」
今日は、この優しいお父さんに優しくしてあげようと思った。
と言っても、セレナがアレックスに対して優しく無い時など無いのだが。