『人生は呪い』
俺はよくーーこう思う。
一体何をして生きればいいのかと。
俺は子供の頃から、他とは違っていた。
意味もなく他者を暴行したり、意図もなく暴言を吐いた。
意味もなく他者を助けたり、意図もなく身代わりになった。
親や園の先生に、どうしてそんなことをするのかとよく聞かれたが、そんなもの、俺が聞きたいくらいだ。
子供の頃から、成績は良かった。だが、性格の面は、とても良いとは言えなかった。
「……。」
ーーと、なんとなく回想を巡らせてみるが、朝の眩しさを回避することは出来ない。
無言のまま布団を処理し、食事を作る。
「(……もう今月も中旬か……。)」
どうでもいい思考で気を紛らわす。いつもしている習慣のようなものだが、なんとなく落ち着くのだ。
「おはよう……。」
「……おはよう。」
朝食の準備をしていると、二階から父親が顔を出す。
新聞を広げてドカッと椅子に座る。
俺も父親も無言のままいると、今度は二階から母親が降りてきた。
「おはよう……。」
「ああ……おはよう。」
父親の時と同じように、適当に挨拶を交わす。
ウチの家庭環境は少し複雑で、母親と俺は血が繋がっているが、父親との血縁関係はない。
父親は、母親と離婚し、俺の妹を連れていったという。今の父親は、離婚後に母親が再婚した後夫だ。
「今日は仕事で遅くなるから、ご飯いらない。」
父親も母親も働く。要するに共働きの家庭で、朝以外に両親と顔を合わせない日もザラに多い。
「分かった……。」
基本的に食事を作るのは俺だ。母親も父親も、食事は作れない。
無言のまま食事をし、各々が支度をする。
先に家を出たのは俺だった。正直、あの空間にいるのは、昔から苦でしかない。
ーー
学校。
こんなにも平凡で無価値の場所はない。
家は窮屈でとても心休まる場所ではないが、ここは苦しくはないが退屈を実感する。
今も教師が、忙しなく黒板へ生徒の方へと顔を行き来させているが、あんなものを聞かなくても今すぐどうということはないし、問題になることもない。
しっかりと学生の普通に準じて勉学に励む者には失礼だが、出来る者は必要とせず。それが結果なのだ。
「はい。では……そろそろ時間ですね……本日はここまでとします。」
教師のことばを合図に、生徒達が立ち上がり、揃って礼をする。
これを繰り返して一日の半分は終わるのだ。こんなにも眠気を誘う空虚な時間はない。
ーー
同じクラスの生徒達が仲良く帰るなか、俺は一人。帰りたくもない自宅への道を歩む。
「(こんな日常が当たり前に過ぎるのが……この退屈な人生だ……。)」
生あるこの身が、何度鬱陶しく感じたか。とても無礼な言葉であることは分かっているが、これが俺の本音であり、変わらない事実だ。
「(こんなもの……ただのーー。)」
ドンッ!!
俺が路地前を通った瞬間。
突然の引力に身体が引っ張られ、壁に打ち付けられる。
「はぁぁ……はあぁ……!」
見ると、血走った眼球が飛び出そうな程目を見開いた男が、荒い呼吸でこちらを睨みつけていた。
「……何か用か……?」
相変わらず無表情で男を見据える。
黒一色の格好の男は、やたら呼吸が荒く、目の焦点も合っていない。
「(……薬物中毒者か……面倒だな……。)」
「お、おお俺さあぁ……ち、ちょっと……賭けで、負けちゃってさあ……ムシャクシャしてんだよ……あ、遊んで……くんねぇ……?」
涎を垂らし、震える手でそれを拭う。
「……悪いがお前の相手をしてやる暇もその気もない。遊び相手が欲しいなら、他を当たってくれ。」
蔑んだ表情で言い放つと、男の表情が一変する。
「……うるせぇ!!……いいから……いいから相手しろよおおお!!!」
怒号と奇声の入り混じった雄叫びを上げながら、男が突進してくる。
「はぁ……本当に面倒だな……。」
ため息をつきつつ男の足を払う。
大きく大勢を崩した男は、そのまま倒れこむ。
「子供の頃から何をやらせても何でも上手く出来る口でな。格闘は特に得意なんだ。」
足元で唸る男を踏みつけ、吐き捨てるように言う。
「ぐううぅぅ……ぁぁぁあああああ!!!!!!!」
狂気の声をあげ、無理矢理足をどけて再び襲い掛かってくる。
ゴッ!……。
「ぐっ……ぁぁああ……!!」
鳩尾に正拳突きを入れ、右腕を捻って固める。
「あまり動くな……外れるか折れるかの二択だぞ。」
完全に身動きが取れない状態だ。大の大人でもどうこう出来はしない。
「(はぁ……つまらんな……。)」
「警察は呼ばないでやるからそこで大人しくしてろ。」
捻っていた手を離すと、男を蹴り飛ばしながらその場を去る。
「ぐうぅ……て……テメェェェエエエッッ!!!!」
懲りずに向かってくる男にトドメを刺そうと振り返った時ーー。
ドスッ!!
「……っ?」
腹部に強い痛みが走りーー少しずつ体から力が抜けていくーー。
「(……ああ……刺されたのか……俺……。)」
さっき男の足を払ったその足から、冷たいコンクリートの上に倒れこむ。
いや、冷たく感じるのは、刺されたことによるものかーー。
視界に一番近い地面が赤く染まっていく。
「(へぇ……刺された時って……こんな感じなのか……。)」
広がる自らの血液を前に感じるのは、死への恐怖よりも、下らなくも俺にしては珍しい、関心だった。
何にしても……これで終われるーー。
この……生きることの呪いから。
薄れ行く意識の中、自らの人生の終わりを確信した時。
……声が……聞こえた……?