だから世界は美しい
吉田 マサキ(高2)
底辺高校、楓高校に通う。成績は学年最下位。いじめられっ子。
吉田 ユウタ(高2)
マサキの双子の弟。超有名進学校、紅葉高校に通う。成績は学年一位。性格が悪い。
吉田 母(43才)
ユウタにメロメロ。最近白髪が増えたことを気にしている。
鈴木 モモカ(高2)
底辺高校 楓高校在学。友達もそこそこ多く、勉強、スポーツもそこそこできる。教師などからの信頼も厚く、面倒見が良い。しかし実はリストカット症候群。
三浦 ミツキ(高2)
楓高校のヤンキー。いじめっ子のリーダー。吉田の双子の幼なじみ。本当は家族思いの優しい人。
マリア
自称2人目のサンタクロース。世界中の子供の情報が載っている魔法のノートを持っていて、不幸な子供にプレゼントを渡す仕事をしている。
三浦 ヨウコ(10歳)
ミツキの妹。心配症。
マリアその2
タイムパラドックスにより生まれた二人目のマリア。
生徒A 男 ミツキの取り巻き。
生徒B 男 ミツキの取り巻き。
生徒C 男 ミツキの取り巻き。
生徒D 男 ミツキの取り巻き。
第一章
小さなテーブルに正座で向かい合う母とマサキ
母 :国語29点、理科32点、社会41点、英語23点そして数学…18点。
1学年203人中の203位…。はぁ、何なのこの成績。弟はかの有名進学校のテストで校内偏差値がいつも1位だっていうのに、なんでお兄ちゃんはこんなにできが悪いのかしら。
マサキ:えへへ…(頭をかくしぐさ)
母 :笑い事じゃありません!
マサキ:は、はひぃっ
間
マサキ:でもさ、前回より国語3点上がってるじゃん?他の教科は下がってるけど…。
母 :はぁ、もう高校生なんだから進路とかよく考えなさいよ?
母、憐みの目をマサキに向け、はけようとする。と、そこにユウタが学校から帰ってくる。
母 :あらぁ、ユウちゃんお帰り♡(猫なで声)
ユウタ:ただいま母さん。あ、そうだ、俺今年も部活の大会でまたレギュラーになったから。
母 :まぁユウちゃん、すごいわぁ♡
ユウタ:別にすごくなんてないさ。当然だよ。
マサキ:本当はすごいと思ってるくせに(ぼそっ)
母 :あ、そうだ!ユウちゃんのレギュラー入りのお祝いに今日はごちそうにしましょう!
ユウタ:ありがとう、母さん。じゃあ俺何か手伝うよ。
母 :まあ、なんていい子なの!じゃあ米をといでおいてもらえるかしら。お母さんその間に夕飯の買い物に行ってくるわ♡
ユウタ:うん、分かった。気をつけてね。
母はける。ユウタがマサキに近づく。
ユウタ:兄さん、また最下位だったんだって?
マサキ:…そーだよ。悪いか?
ユウタ:悪いも何も、かわいそうだなーって。
マサキ:(怒ってユウタの襟首をつかむ)あんまり調子乗んじゃねーぞ。別に、お前の方がたまたまちょっと勉強が出来て、ちょっとスポーツができて、ちょっと顔が良くて、うう…
ユウタ:なに?わざわざ俺のことほめてくれたわけ?ほんと俺ってすごいよな、兄さんよりなにもかも優れている。
マサキ:僕には…
ユウタ:ん?(挑発)
マサキ:ぼ、僕にはなあ!お、お前とちがってモモちゃんっていう超かわいい彼女が居るんだよ!モモちゃんはな、別に絶世の美女というわけではないが、料理も出来るし、頭もそこそこいいし、優しいし、かわいいし、なによりぼくのことめっちゃ大事にしてくれる超いい子なんだからな!
ユウタ:ふーん?モモちゃんってあの鈴木モモカ?モモカも堕ちるところまで堕ちたな(笑)
マサキ:…んだとぉ!?
ユウタ:(急にまじめな顔になって)兄さん、忠告しておくけどさ、他人のことをまるで自分の事のように話すのはやめておいた方がいいよ。もしそれが兄さんにとっての唯一の救いだとしてもね。そうじゃないと、モモカもすぐ兄さんのそばを離れて行っちゃうよ。
マサキ:…え?(手が緩む。その隙にユウタが逃げる)
ユウタ:あ、そーだ。兄さん米といでおいてね。
マサキ:は?それはお前が任された仕事じゃ…?
ユウタ:優等生にお手伝いなんかしている暇ないの。兄さんみたいな劣等生はせめて俺みたいに社会の役に立つような人間の奴隷にでもなるべきだ。
マサキ:…っ!
ユウタ:そいじゃ、よろしくー
ユウタ逃げるようにはける
マサキ:ふざけんなよ、弟のくせに。僕だって、僕だって努力してるんだよ。あんなやつ、消えちゃえばいいのに…。
暗転
場所は屋外。モモカがそっぽを向き、マサキがなだめている
モモカ:いきなりキスするなんてマサキくんの変態!なに考えているのよ!
マサキ:い、いやあ、だってそういう雰囲気だったし…
モモカ:だってじゃないわよ!キモチワルイ。
モモカ、ぶるぶる~のポーズ
マサキ:モモちゃ…
モモカ:もういい!マサキくんなんて知らない!別れる!
モモカ、振り向いてマサキをビンタ。そのままつっけんどんにはける
マサキ:くっそ。折角今年は彼女とクリスマス一緒に過ごせるかと思ったのに…!あの恩知らずめ。僕が居なければあいつは今頃どうなっていたことか。…あんなやつなら付き合わなければ良かった。モモちゃんなんて消えてしまえばいいのに…。
暗転
場所は屋外。マサキとミツキを取り囲む男子生徒(生徒A~D)。マサキの右頬には湿布。
ミツキ:おい吉田ぁ、金出せよ、金!
マサキ、黙って財布を差し出す。ミツキ、中身を確認して舌打ち。
ミツキ:二千?こんなはした金じゃ何もできねーじゃねーか。
マサキ:…
ミツキ:おい、お前俺らのことなめんじゃねぇぞ。
マサキ:…
ミツキ:あ?なんか言えよ。
マサキ:…
ミツキ:もっと持ってんだろぉ!!(マサキの腹を殴る)
マサキ:かはっ!(イメージ的に吐血)
ミツキ:あ?なんか言ってみろよ。
マサキ:…ないです。
ミツキ:あん?聞こえねえよ。
マサキ:…持ってないです
ミツキ:ああん?!もっかい言ってみろ!
マサキ:ごめんなさい、持ってないです…
ミツキがマサキに腹パン。マサキが地面に這いつくばる。取り巻き、あざ笑う
そこにユウタが通りかかる。
マサキ:ユウタ、た、助け…ぐふっ
マサキ、ミツキに顔面を蹴られる。
ユウタ、マサキをちらっと見るも、無視して帰る。
ミツキ:ははは、弟に無視されてやんの(笑)
生徒A:え、さっきの吉田の弟なの?紅葉高の制服着てたけど。
生徒B:え、お前知らないの?あいつ吉田の双子の弟だぜ。やばいよな、兄は底辺高校の底辺だっていうのに弟は俺らでも知っているような進学校の生徒。
一同、笑う。
ミツキ:なっさけないなぁ!
ミツキ、盛大にマサキを蹴飛ばす
マサキ:だ、誰か、助け…モ、モモちゃ…
ミツキ、再び蹴飛ばす。
ミツキ:あーあ、とうとう女の子の名前出しちゃったな(笑)かっこわる。
生徒C:ていうかこの人この前振られたんじゃなかった?
ミツキ:あ、そーなの…?やっぱり遊ばれてただけだったんだな。
マサキ、ミツキの足首にしがみつく。
ミツキ:あ?なんだよ。
マサキ:あ、遊ばれてなんか…モモちゃんはそんな子じゃ…(蹴られる)
ミツキ:うっぜーんだよ!とにかく、明日までに金用意しておけよ。
マサキ:…
ミツキと取り巻き、ケラケラ笑いながら去る。
間
マサキ、ぴくぴくしながら起き上がる。
マサキ:くそっ!なんだよ、あいつ。昔はよく一緒に遊んでいた仲なのに。モモちゃんのことまでバカにしやがって…!あんなやつ、消えちまえばいいのに…。
暗転
場所は吉田家。マサキの左目には眼帯。マサキ、棚の引き出しのなかの母の財布から金を盗ろうとする
母 :なに、してるの…?
マサキ:あ、いや、これは…
母 :それ、母さんの財布よね…?
マサキ:……
母 :…なにしてんのよこの泥棒!!!!
マサキ:ち、ちがうんだ!
母 :泥棒の言うことなんか聞きたくないわ!出て行きなさい!
マサキ、家を追い出される。
マサキ:なんだよあのクソババア!僕のことなんか何にも知らないくせに、なんだよ、なんだよぉ!もうあんな母親、消えちまえばいいのに…!
暗転
第二章
場所は公園。家を追い出され、行くところのなくなったマサキ。
マサキ:あぁ、もう何もかもがいやだ。
風の音「ひゅ~」
マサキ、凍えて自分の肩を抱いて震える。
マサキ:こうなったのも全部自分のせいなのかな…
風の音「ひゅ~」
マサキ:…あ、そっか。僕が居なければ僕がこんなにつらい思いをすることも(なかったのかな)…
マサキ:もう、死のうかな…
マサキ、鞄の中からカッターを取り出し、手首に当てようとする
マリアが転ぶ音「ガラガラガシャン」
マリア:だ、だめぇーーー!!
マリア、飛び出す
マサキ:う、うわぁっ
マリア:だめ、だめ、やめて!!
マサキ:はぁ?
マリア:そのカッターしまって!死なないで!!
マサキ:お、おう…
マサキ、マリアの勢いに押されてカッターをしまう。
マリア:ふぅぅ…よかったぁ…
マサキ:あ、あの
マリア:ん?
マサキ:誰ですかあなた。その格好…なにかのバイトとかですか?
マリア:え?ああ、そっか。自己紹介がまだだったわね。
マリア、咳払いをしてポーズを決める。
マサキ:…?
マリア:私の名前はマリア。二人目のサンタクロースです!
マサキ:…そういうキャラのアイドルとかですか…?
マリア:違うよ!一人目のサンタクロースの仕事は良い子にプレゼントを送ること、そして私、二人目のサンタクロースは不幸な子供に特別なプレゼントを送ることなの!
マサキ:はぁ…。
マリア:むう、信じてないな?
マサキ:そりゃね。というか、不幸な子供なら僕の他にも沢山いるんじゃないの?僕は今、一人にしておいてほしいんだ。他を当たってくれ。
マリア:…吉田マサキ17歳、高校二年生。2001年10月21日双子の弟吉田ユウタとともにI県T市に生まれる。
マサキ:お、おい、お前何を(言っているんだ)…
マリア:現在は地元の高校、楓高校に在学中。部活は帰宅部、成績は最下位、スポーツの面でも学年最下位、また、最近はガールフレンドだった鈴木モモカに振られて…ってマサキくん!!
マサキ、マリアの話している途中に逃げ出そうとするも、それがばれて引き止められる。
マサキ:は、はなせストーカー‼
マリア:ストーカーじゃないもん‼
マサキ:はーなーせー‼
マリア:いーやーだー‼
二人、しばらく続ける。そのうちマリアが手を離してマサキが倒れる。
マサキ・マリア:はあ、はあ、はあ…
マサキ:…で、なんの用だよストーカー
マリア:さっきも言ったけど私はストーカーじゃないよ。ほら、これ。
マリア、キャンパスノートを取り出す。
マリア:この魔法のノートには、世界中の子供たちの情報が載っているの!
マサキ:それ、ただのキャンパスのノートじゃん。
マリア:違うもん!
マサキ:ふうん。じゃあ見せてみろよ。
マサキ、マリアのノートに触れようとするがマリア、それを避ける。
マリア:だめだよ!これは一般人が触るとただのノートになっちゃうの!
マサキ:あぁ、そういう設定なのね。
マリア:だ、だから違うって!
マサキ:あーはいはい。
マサキ、納得はしていないものの、割り切って話を進める。
マリア:あぁそうそう、私、マサキくんにプレゼント渡しに来たんだ。
マサキ:…え、突然なに?(ビビりながら)
マリア:マサキくんには今から、君の気に入らない人間を一人消せる権利を与えます。
マサキ:はぁ?
マリア:君にはいるでしょ?消したい人間、いなくなってほしい人間。
マサキ:…
マリア:まぁ、急に消せと言われても困るよね。
マサキ:そりゃね。
マリア:そこで、マサキくんには私からの大大出血サービス!君には特別に、誰かを消した世界を体験してもらいます!
マサキ:はあ。
マリア:くっくっく。信じてないなぁマサキくん。まあ仕方ない。体験しない限りは信用できないよね。まあ騙されたと思って行ってみて。体験は何人でも、君の気がすむまでできるよ。
マサキ:ふーん。じゃあ、試しに僕の双子の弟、吉田ユウタの存在を…消して。
暗転
第三章 吉田ユウタのいない世界
場所はマサキの部屋。
スズメの鳴き声「チュンチュン、チュンチュン」
マサキ:…う、うわあっ!!こ、ここどこだよ!!…て、僕の部屋か…いや、さ、さっきまで公園にいたはず…
マリア:マサキく…
マサキ:うわあっ‼︎…そ、そうか。さっきこのマリアっていうストーカーに…
マリア:ストーカーじゃないっ!私は二人目のサンタクロース!
マサキ:まさか、お前本当に…
マリア:やっと信じてくれたか。
マサキ:んで…本当にユウタの存在は消えたのか…?
マリア:うん、お試しだけどね。
スズメの鳴き声「チュンチュン、チュンチュン」
マサキ:ところでスズメの鳴き声が聞こえるんだけど…
マリア:あ、そっか。まだ説明していなかったのか。私はね、時間を操作することもできるの。今は12月21日金曜日の朝8時。
マサキ:え、金曜日の朝8時ってことは…学校‼︎
マリア:あ、マサキくん!待って!
マサキ、マリアのことを無視して外に飛び出す。
暗転
場所は屋外。ミツキとモモカが手を繋ぎ、仲良く話しながらあちらから歩いてくる。
マサキ:モモちゃ…
モモカ:え、な、なんですか?
マサキ:なんで、なんでそんなやつと手、繋いでいるの…?
モモカ:だってみっくんは私の彼ピッピだもん♪
マサキ:…は?
ミツキ:おい、お前誰だか知らねーが、俺たちはめずらしくまじめに登校してんだよ。じゃますんじゃねーよ。
モモカ:きゃー!みっくんかっこいい♡
ミツキ、マサキを押しのけて再び歩いていく。
マサキ:おい、待てよ…
ミツキ、モモカ、振り返る。
ミツキ:なんだよ。
マサキ:お前、僕に今までしたこと忘れたのか。
ミツキ:は?
マサキ:最初の方はまだ楽だったよ。上履きとか体操服を隠されたりさ。でもだんだんエスカレートしていって、最近はトイレで水をかけられたり、集団リンチめいたことしょっちゅうしていただろ。
ミツキ:はぁ?なんのことだよ。
モモカ:なんなのこの人、こわぁい(ミツキにしがみつく)
ミツキ:大丈夫だ。モモカのことは俺が守る。
モモカ:きゃー、みっくんかっこいい♡
ミツキ:ふふん(まんざらでもない様子)
マサキ、肩をいからせる。
マサキ:お前もだ、鈴木モモカ…
モモカ:へ、私にもなんかあるの?
マサキ:とぼけるんじゃねーよ。お前、この前まで男では僕としか喋らなかったし、僕がこいつ(ミツキを指差す)にいじめられていることを話したら、マサキくんにそんなひどいことするなんて許せない。ひどいよって…(泣きそうになる)
ミツキ:お、お前こいつ(マサキを指差す)とそんなこと…
モモカ:してないよっ!こいつの頭がおかしいだけ!
ミツキ:そうだよな。えーと、お前…俺たち登校中って言ったよなぁ。遅刻するわけにゃいかねーんだ。だから…(マサキを殴る)どけよ。俺たちの邪魔をするな。
モモカ:きゃー、みっくんかっこいい♡
ミツキ、モモカ、二人で手を繋いではける。
マサキ:ま、待て…(よろよろと立ち上がる)
マリア、現れる。
マリア:マサキくん、タイムパラドックスって知ってる?
マサキ:たいむぱら…?
マリア:パラドックスだよ。
マサキ:なにそれ。
マリア:タイムパラドックスっていうのはね、過去にタイムトラベルをした時に、変わった過去の現象が既に観測されている未来の事情と矛盾をきたすことがあるっていう現象。
マサキ:(首をかしげる)
マリア:簡単に言うと、タイムトラベルで変えた過去によって未来が変わってしまうことだよ。この世界は吉田ユウタの存在が消えているでしょ?その影響が出ているの。
マサキ:まさか、モモちゃんが僕じゃなくて僕をいじめてた張本人の三浦ミツキと付き合っているのもそのタイムなんとかのせいだと?
マリア:うん、そうだよ。
マサキ:じゃあ、逆に考えると僕がモモちゃんと付き合えたのは…ユウタのおかげ?
マリア:…そうだよマサキくん。
マリア:マサキくんは知らないだろうけどね(マリア、ノートを開き、それを読み上げる)鈴木モモカはもともと吉田ユウタのことが好きだったの。でも、マサキくんが鈴木モモカのことが好きだと知っていたから、鈴木モモカがマサキくんのことを好きになるように仕向けていたのよ…
マサキ:あの、さ、僕の部屋、制服がかかっていなかったけど、それももしかして…
マリア:…そ。君のご想像どうり、この正解の吉田マサキは、紅葉高校に落ち、今は中卒のニート…
マサキ:まじかよ、俺、地元の底辺高校にすら受からなかったのかよ。
マリア:残念だけど、そうみたいね。
マサキ:…2年前。中三の冬、高校受験勉強に苦戦していた僕は、ユウタばっかりを頼っていた…。
マリア:…。
マサキ:両親や学校の先生、もちろんクラスメイトみんなは、僕は楓高校にすら受からないと思ってたんだ。だけどユウタは、「兄さんは俺の兄さんなんだから、やろうと思えば楓高校くらい普通に合格くらいするだろ。それに、もし兄さんが本気で受験頑張りたいと思っているなら、勉強くらい教えてやる」って…
マリア:…。
マサキ:僕、僕…ユウタはただうざいだけのナルシストだと思ってたけど、そんなユウタのおかげで…。あいつ、存在するだけで世界に影響与えてるんだ…。
マリア:マサキくん…。
マサキ:ユウタは、消せない。あいつは、消しちゃいけない人間なんだ。
マリア:そっか。じゃあ誰にする?
マサキ:ミツキだ。俺をいじめていた三浦ミツキ。そいつのいない世界は絶対、みんなが幸せになれる。だから三浦ミツキの存在を…消して。
暗転
第四章 三浦ミツキのいない世界
場所は屋外。マサキ、ユウタ、吉田母が商店街に来ている。
マサキ:え、ここ、どこ?
ユウタ:兄さん、急にどうしたんだよ。
マサキ:ユウタ?ユウタなのか?うわあああ、よかったぁ、生きてるよ!
マサキ、突然ユウタに抱きつく。
ユウタ:な、なんだよ兄さん!気持ち悪い!離れろよっ!
母 :こら。あなたたち、仲がいいのはいいけれど、ここは家の外なんだから、ほどほどにしなさい。
ユウタ:仲よくなんてないよ!兄さんが突然抱きついてきただけだよっ!
母、マリアに気がついた様子を見せる。
マサキ:あ、か、母さん、この人は…(マリアの存在について必死に弁解しようとするマサキ)
マリア:マサキくん、大丈夫。このひとたちに私は見えていないから。
マサキ:そうなのか(ほっ。)
ユウタ:兄さん、なんか変だよ?突然抱きついてきたり、独り言言ったり。
マサキ:あ、あぁそうだよな、すまん。なんでもないよ。
突然、三浦ヨウコがボロボロの服を着て走って出てくる。そして3人の前に来ると土下座。
ヨウコ:ど、どうかおめぐみをっ‼
マサキ:君っ!どうしたんだっ⁈
ヨウコ:食べ物でもなんでもいいんですっ!父さんが失踪した一昨日から何も食べてないんです!家には私の妹や弟がお腹をすかせて待っているんです!どうか、どうかっ…!
ユウタ:(ヨウコの前に来て跪き、優しく尋ねる)君、名前は?
ヨウコ:三浦ヨウコ、です。
マサキ:(独り言)三浦ってもしかしてこの子、ミツキの妹?
ユウタ:お父さんが失踪したって言ってたね。お母さんは?
ヨウコ、再び俯く。
ヨウコ:お母さんは病気で入院中で…あぁ、お母さんの入院費も払わなきゃいけないんだ、どうしよう、どうしよう、もう私には頼れる人なんて、あああああ…(パニックになり、頭を抱えて俯く)
ユウタ:ヨウコちゃん、ヨウコちゃん!落ち着いて!俺は吉田ユウタ。大丈夫。俺にできることなら力になるよ。
マサキ:ぼ、僕は吉田マサキ。えっと、こいつほどは役に立たないかもしれないけれど、僕も力になるよ。
ヨウコ:お兄さんたち…ありがとうございますっ‼
吉田母が戻ってくる。ヨウコを見てびっくり。
ユウタ:母さん。この子お父さんが突然いなくなって、お母さんも入院中で、頼れる人が一人もいないみたいなんだ。僕たち、力になりたいんだけど…
母 :ユウタ、その汚い子から離れなさいっ!
ユウタ:へ?
母 :母さんは忙しいのよ。知らない人助ける前にまずは母さんのことを助けてよ。ほら、これ持って。(持 っていた重そうなレジ袋をマサキとユウタに渡す。)
マサキ:で、でも母さん。この子、僕たちが助けなきゃどうなるんだよ。助けてあげなくちゃ!
母 :もうっ、うるさいわねえ。母さんはあんたたち二人の面倒見るだけで精一杯なのよ!
ヨウコ:あ、あの、ごめんなさい。私、悪いことしちゃった…(逃げるようにはける)
ユウタ・マサキ:ヨウコちゃん!
ユウタ、マサキ、ヨウコを追いかけようとするが、母に引き止められる。
マサキ:母さん!
ユウタ:あの子あのまま放っておいたら大変なことに…
マサキ:そうだ!ユウタのいうとおりだよ!
母 :はぁ、母さんさっきも言ったけれど二人の世話で精一杯なのよ。
ユウタ:いや、だけど。
母 :ほら、行くわよ。
マサキ:ま、まてよ母さん。
ストップモーション。マサキとマリアにスポット。
マサキ:なんだあのクソババア。
マリア:そ、それよりも、さっきの…
マサキ:さっきの?ああ、ユウコちゃんか。…もしかしてあの子、三浦ミツキの兄妹?
マリア:そう見たいね。(ノートを開く)彼女の名前は三浦ヨウコ。三浦家の長女。
マサキ:長女?
マリア:そう。三浦ミツキのいる世界では、彼の妹ね。
マサキ:あぁ。
マリア:先週末に失踪した父親はギャンブル好き、女好きのクソ男で、43歳のお母さんは半年前から入院中で、本当は手術をしなければならないのに、貧乏な三浦家にはそんな余裕はなかった…。どうやら、三浦ミツキは彼のいる元の世界では三浦ミツキはバイトをして家族を養っていたみたいね。
マサキ:まさか、ユウコちゃんは僕がミツキを消してしまったせいであんなことを…。
マリア:そうみたいね。
マサキ:いじめっ子でいろんなやつから忌み嫌われているあいつも、実は家族の中では…ヒーローだったんだ…。
マリア:マサキくん…。
マサキ:ミツキも消せない。あいつも、消しちゃいけない人間なんだ。
マリア:そっか。じゃあ誰にする?
マサキ:母さんだ。ヨウコちゃんを助けなかった母さんが。母さんのいない世界なら絶対、みんなが幸せになれる。だから…僕の母さんの存在を…消して。
暗転
第五章 吉田母のいない世界
場所は吉田家の食卓。周りは散らかっていてユウタがカップラーメンを食べている。マサキの前にもカップラーメン。
マサキ:うわあっ!…ああ、うちか。はぁ、これは何度やっても慣れないな。
ユウタ:兄さん突然どうしたの。
マサキ:あ、な、なんでもない…。
マサキ、マリアにこそこそっと話しかける。
マサキ:本当に母さん消えたのか?
マリア:本当だよ。だってほら(マリア、周りを見回す)こんなに汚れているでしょ。これは掃除をする人がいないからなの。
マサキ:なるほどね。
ユウタ:兄さん、何さっきから一人で喋ってんの?
マサキ:ああすまん。なんでもないよ。って、ユウタ⁈
ユウタ:な、なんだよ。
マサキ:お前、その制服…
ユウタ:は?
マサキ:も、楓高校の制服だよな、それ。
ユウタ:あ?なんだよ、喧嘩売ってんのか?(激おこぷんぷん丸)
マサキ:へ?
チャイム「ピンポーン」
家の外(裏)からモモカの声。
モモカ:ユウタくーん、そろそろ学校行こうよ〜。
マサキ:モモちゃん?
ユウタ:おい、俺の彼女の名前を気安く呼ぶな。
マサキ:か、彼女⁈
ユウタ:(自慢げに)ふふん。そうだ。
モモカ:ユウタくーん?早くー。
ユウタ:(怒鳴り気味に)わかった!すぐ行くよ!じゃあ、学校行ってきます。
マサキ:い、いや、待てよ!
暗転
場所は屋外。モモカと話すユウタ。そこに現れるマサキ(とマリア)
マサキ:モモちゃん!
ユウタ:だーかーら、何度も言うが、俺の彼女の名前を軽々しく呼ぶな。
モモカ:えぇ、何この人ぉ。もしかして、高校受験に落ちてヒキニートやってるユウタくんのお兄ちゃん?マジありないんですけど(ぷぷぷ)
マサキ:ひ、ひきにーと?
マリア、マサキに耳打ち。
マリア:この世界でマサキくんは高校受験に落ちて、中卒ニート生活を送っているの。
マサキ:ま、またぁ?
ユウタ:あー、兄さん?申し訳ないんだけど俺たち今登校中なんだ。だからそろそろ学校行かせて欲しいんだけど…。
マサキ:…。
ストップモーション。マサキとマリアにポットが当たる。マリアがノートを開く。
マリア:この世界での吉田マサキは中卒のニート。高校受験に落ちたみたいね。
マサキ:またかよぉ。
マリア:と、同時に、吉田ユウタも紅葉 高校の受験に落ちた。
マサキ:なるほど。俺たちが受験に合格できたのは母親のおかげでもあると。
マリア:そういうことになるね。
マサキ:モモちゃんは?
マリア:へ?
マサキ:だから、モモちゃん。なんでユウタと付き合っているんだ?
マリア:さっきも言ったけど、鈴木モモカはもともと吉田ユウタが好きだったの。でもこの世界では、地元の底辺高校にすら合格できなかった吉田マサキを軽蔑した吉田ユウタが、最後までマサキくんのことを鈴木モモカに勧めなかったたから、吉田ユウタがそのまま鈴木モモカと付き合うことになったみたい。元の世界では吉田ユウタは鈴木モモカからのアプローチを断ってマサキくんを勧めたってことはあなたも知ってるでしょ?
マサキ:じゃあ間接的にだけど、元の世界で僕がモモちゃんと付き合えていたのも母さんのおかげ?
マリア:考え方によってはそうだね。
マサキ:ふーん。じゃあ母さんも消しちゃいけない人なのか。
マリア:そ。というか、お母さんがいなかったらマサキくんもユウタくんも生まれてきていないのよ。
マサキ:そうか。じゃあますますあの人を消すことはできないね。
マサキ:母さんも消せない。あの人も、消しちゃいけない人間なんだ。
マリア:そっか。じゃあ誰にする?
マサキ:モモちゃんだ。
マリア:モモちゃんってあの鈴木モモカ⁈マサキくん、彼女のこと大好きでしょ?いいの…?
マサキ:問題ない。男なら誰とでも付き合うような鈴木モモカ。あいつのいない世界なら絶対、みんなが幸せになれる。
マリア:マサキくん…。
マサキ:だから…鈴木モモカの存在を…消して
暗転
第六章 鈴木モモカのいない世界
場所は屋外。弁当を一人で食べているミツキが楓高校の制服を着たユウタとその仲間達(生徒A〜D)にいじめられている。それを隠れて見ているマサキとマリア。
ユウタ:おーい、ミツキくーん?今日も一人で寂しくお弁当ですかぁー?
生徒A〜D、くすくす笑う。
ユウタ:ねーえ、ミツキくーん。俺今日遊ぶ金なくってさ。
ミツキ:…。
ユウタ:だから…ね?
ミツキ:なんですか。
ユウタ:えー、わかんないのぉ? 金出せっつってんの。
ミツキ:い、いや、その…
ユウタ:ねえ、聞いてる?(イライラしていたユウタ、ミツキの弁当をひっくり返す)
ミツキ:ああっ!
ユウタ:だーかーら、金出せって言ってんの。ほら、早く出して?
ミツキ:いや、持ってな…
ユウタ:持ってるでしょ?ほら、お前ら、出してやれ。
生徒AとBがミツキの脇に腕を通し、宙づりにする。そのすきに生徒C、Dがミツキのズボンのポケットから財布を取り、それをユウタに渡す。
ミツキ:だめっ!やめてっ!
ユウタ:おまえ、なに女みたいな声出してんの(笑)
ユウタ、ジタバタ暴れるミツキを無視して財布を開く。
ユウタ:二千円しかないじゃん、なにこれ(笑)まあいいや。優しいユウタ様は特別に許してあげる。その代わ り、明日までに金用意しておけよ。んー、三万くらい。んじゃ、そういうことで。(財布を捨てて生徒達と共に笑いながらはける)
ミツキ:…なんだあいつ。あんなやつ、消えてしまえばいいのに。
ストップモーション。マサキとマリアにスポットが当たる。
マリア:なんで助けに行かなかったの…。
マサキ:多分、ミツキだったから。三浦ミツキのいない世界を経験してもなお、こうやって僕がミツキにされたみたいにいじめられているのを見ると、同情よりも…ざまあみろってい言う感情が強くなってしまうんだ。
マリア:マサキくん…。
マサキ:だから、この世界は正直僕にとっては結構良いかもしれない。でもここでもう本当に鈴木モモカを消すことを決めてしまうと、後で後悔してしまうかもしれない。だから、もう少し様子を見るよ。
暗転
場所は公園。家を追い出され、行くところのなくなったミツキ。
ミツキ:あぁ、もう何もかもいやだ。
風の音「ひゅ~」
ミツキ、凍えて自分の肩を抱いて震える。
ミツキ:こうなったのも全部自分のせいなのかな…
風の音「ひゅ~」
ミツキ:…あ、そっか。そもそも俺が居なければ俺がこんなにつらい思いをすることも(なかったのかな)…
ミツキ:もう、死のうかな…
ミツキ、鞄の仲からカッターを取り出し、手首に当てようとする
マリアその2が転ぶ音「ガラガラガシャン」
マリアその2:だ、だめぇーーー!!
ミツキ:うわあっ‼︎
マリア:え、私⁈
マサキ、マリアの口を後ろから抑える。マリア、ばたばた。
マサキ:だめだ。いまお前がここに出て行ったら未来が変わってしまうかもしれない。だからちょっと待ってて。
マリア、納得したように頷く。マサキ、手を離す。
マリア:ずいぶん慎重なのね。
マサキ:僕が本気で愛した鈴木モモカが、本当にいらない人間なのかを知りたいんだ。
マリア:なるほどね。
マリアその2:だめ、だめ、やめて!!
ミツキ:はぁ?
マリアその2:そのカッターしまって!死なないで!!
ミツキ:お、おう…
ミツキ、マリアその2の勢いに押されてカッターをしまう。
マリアその2:ふぅぅ…よかったぁ…
ミツキ:あ、あの
マリアその2:ん?
ミツキ:誰ですかあなた。その格好…なにかのバイトとかですか?
マリアその2:え?ああ、そっか。自己紹介がまだだったわね。
マリアその2、咳払いをしてポーズを決める。
ミツキ:…?
マリアその2:私の名前はマリア・ニコラス。二人目のサンタクロースです!
ミツキ:…そういうキャラのアイドルとかですか…?
マリアその2:違うよ!一人目のサンタクロースの仕事は良い子にプレゼントを送ること、そして私、二人目のサンタクロースは不幸な子供に特別なプレゼントを送ることなの!
ミツキ:はぁ…。
マリアその2:むう、信じてないな?
ミツキ:そりゃね。というか、不幸な子供なら僕の他にも沢山いるんじゃないの?俺は一人にしておいてほしいんだ。他を当たってくれ。
マリアその2:…三浦ミツキ17歳、高校二年生。2001年6月3日I県T市に生まれる。
ミツキ:お、おい、お前何を(言っているんだ)…
マリアその2:現在は地元の高校、楓高校に在学中。部活は帰宅部、成績は最下位、スポーツの面でも学年最下位、…ってミツキくん!!
ミツキ、マリアその2の話している途中に逃げ出そうとするも、マリアによって引き止められる。
ミツキ:は、はなせストーカー‼
マリアその2:ストーカーじゃないもん‼
ミツキ:はーなーせー‼
マリアその2:いーやーだー‼
二人、しばらく続ける。そのうちマリアが手を離してミツキが倒れる。
ミツキ・マリアその2:はあ、はあ、はあ…
ミツキ:…で、なんの用だよストーカー
マリアその2:さっきも言ったけど私はストーカーじゃないよ。ほら、これ。
マリアその2、キャンパスノートを取り出す。
マリアその2:この魔法のノートには、世界中の子供たちの情報が載っているの!
ミツキ:それ、ただのキャンパスのノートじゃん。
マリアその2:違うもん!
ミツキ:ふうん。そういう設定なのね。
マリアその2:だ、だから違うって!
マサキ:あーはいはい。
ミツキ、納得はしていないものの、割り切って話を進める。
マリアその2:あぁそうそう、私ミツキくんにプレゼント渡しに来たんだ。
ミツキ:…なに?(ビビりながら)
マリアその2:ミツキくんには今から、君の気に入らない人間を一人消せる権利を与えます。
ミツキ:はぁ?
マリアその2:君にはいるんでしょ?消したい人間、いなくなってほしい人間。
ミツキ:…
マリアその2:まぁ、急に消せと言われても困るよね。
ミツキ:そりゃね。
マリアその2:そこで、ミツキくんには私からの大大出血サービス!君には特別に、誰かを消した世界を体験してもらえます!
ミツキはあ。
マリアその2:くっくっく。信じてないなぁミツキくん。まあ仕方ない。体験しない限りは信用できないよね。まあ騙されたと思って言ってみて。体験は何人でも、君の気がすむまでできるよ。
ミツキ:ふーん。じゃあ、吉田ユウタの兄、吉田マサキの存在を消して。
マリアその2:いいけど、なんで?
ミツキ:あいつ、俺がユウタにいじめられているのを見たくせに、ずっと無視していた。
マサキ:え?
ミツキ:だから…
マサキ:や、やめてくれっ!
マリアとマサキにストップモーション。
マリア:鈴木モモカのいない世界でマサキくんのポジションにいるのは三浦ミツキみたいね。
マサキ:そのことじゃねえ。
マリア:え?
マサキ:なんで、なんでミツキはここにいるんだ?
マリア:君の時と同じように、お母さんのお金を盗もうとしたんじゃ?
マサキ:本当か?確かめて見てくれ。
マリア:まあ、いいけど…(ノートを開く)。あ。
マサキ:ちがうだろ?
マリア:うん。違う。三浦ミツキは殴られてできた傷を、家族に見つかって心配されないようにってここに…
マサキ:やっぱりだ…
マリア:え?
マサキ:僕って最悪だ。自分のことばっかり考えて、ミツキに命令されたからって泥棒しようとして、なのにミツキは家族のことを考えて。なのに、なのに僕は都合悪い人間の存在ばっかりを消そうとしていて…。
ねえマリア。
マリア:な、なに?
マサキ:本当に消えるべきなのは僕、吉田マサキだ。
マリア:え?
マサキ:自分勝手に生きて、周りの人間に悪い影響ばかり与えたり、迷惑をかけたりしている僕。そんな僕の存在を…消してくれ。
暗転
第七章 吉田マサキのいない世界
場所は葬儀場。鈴木モモカの遺影の前で数人の男女が泣いている。マサキとマリアの姿は誰にも見えて居ないらしい。
マサキ、モモカの遺影を手に取る。
マサキ:おい、マリア、これって…
マリア:そうだよ。これは鈴木モモカの葬式。
マサキ:え…?
マリア、ノートをぺらぺらとめくり、あるページで止める。
マリア:『2018年X月X日、I県T市の公立高校に通う16才の少女が自宅の風呂場にて手首をカミソリで切って自殺した。自殺の動機についてはまだ不明な点は多いが、学校側ではいじめ等の事実はなかったとするコメントを発表している…』鈴木モモカの自殺の翌日に発行された毎朝新聞の記事だよ。もちろん16歳の少女って言うのは鈴木モモカのこと。これって…
マサキ:モモちゃんはリストカット症候群なんだ。
マリア:リスト、カット…?
マサキ:手首とかをカッターやカミソリで切る自傷行為だ。ぼくは保育園の時からずっとモモちゃんと仲が良かったんだけど、彼女は高校に入学した頃から突然、手首を切りたい衝動を抑えられなくなってしまった。
マリア:え、でも鈴木モモカは友達もそこそこ多く、勉強、スポーツもそこそこできる、先生からの信頼も厚く、面倒見が良いってかいてあるよ?別に死にたくなる理由なんて…
マサキ:…モモちゃんはさ、優しすぎたんだ。
マリア:え?
マサキ:モモちゃんは、他人の小さな失敗でさえ原因は自分だと思ったり、周りの誰かが傷つくのも自分のせいだと思ってしまうような子なんだ。高校1年の夏、僕がモモちゃんと付き合い始めて数ヶ月のころ、彼女 の左腕を見たときに気がついた。何本もの赤い筋…
マリア:そっか、鈴木モモカは自分の辛さを分かってくれた、自分を大事にしてくれたマサキくんのおかげで…
マサキ:…
マリア:…じゃあ、この世界で鈴木モモカが自殺したのは…
マサキ:僕の、せいだ…。
マリア:…
マサキ:僕が、ぼくの存在を、ただちょっと生きるのが辛くなっただけで、消したせいで。僕が、モモちゃんのことを支えてあげられなかったせいで。モモちゃんは一人で傷ついて、それで…
マリア:…
マサキ:あああああああああああああ…っ!!!!(泣き崩れる)
暗転
場所は屋外。ユウタとミツキを取り囲む男子生徒(生徒A~D)。
ミツキ:おい吉田ぁ、金出せよ、金!
ユウタ、黙って財布を差し出す。ミツキ、中身を確認して舌打ち。
ミツキ:二千?こんなはした金じゃ何もできねーじゃねーか。
ユウタ:…
ミツキ:おい、お前俺らのことなめんじゃねぇぞ。
ユウタ:…
ミツキ:あ?なんか言えよ。
ユウタ:…
ミツキ:もっと持ってんだろぉ!!(マサキの腹を殴る)
ユウタ:かはっ!(イメージ的に吐血)
ミツキ:あ?なんか言ってみろよ。
ユウタ:…ないです。
ミツキ:あん?聞こえねえよ。
ユウタ:…持ってないです
ミツキ:ああん?!もっかい言ってみろ!
ユウタ:ごめんなさい、持ってないです…
ミツキがユウタに腹パン。そこにマサキとマリアが現れる。
マサキ:やめろ、僕の弟に何を…
ミツキ:おい吉田!(ユウタを殴る)
マサキ:…って話聞けよっ!
マリア:マサキくん!だめだよ、今マサキくんのことは見えてないんだよ!今は何をしても無駄だよ!
マサキ:でもっ
ミツキ:おい、吉田ぁ!
ユウタ:や、め…(顔を手でかばう)
ユウタが手で顔を隠した瞬間マサキがユウタとミツキの間に入り込む
マリア:マサキくん!!
(ストップモーション)ミツキがマサキを殴る。ユウタが顔を隠していた手を不思議そうにのける。マサキが殴られて倒れる。ミツキも不思議そうな顔
マサキ:ぐはっ
マリア:マサキくん
マリア、マサキに駆け寄る
生徒D:おいミツキ、どうしたんだよ
ミツキ:いや、別に、なんでもない…。
ユウタ:…?
ミツキ:と、とにかく、吉田、明日までに金用意しておけよ。
ユウタ:…?
(マリアとマサキ以外時が止まった感じ)
マサキ:おいマリア、これって…
マリア:そうだよマサキくん、君の居ないこの世界では君の代わりに君の弟のユウタくんがいじめられているの。
マサキ:そ、そんな…
マリア、ノートをペラぺラっとめくってあるページでストップする。
マリア:吉田ユウタ、T市立楓高等学校二年生…え、楓高校?これってマサキくんの通っている高校よね?
マサキ:そ、そうだ。なんでユウタがこんな底辺高校に…?
マリア:うーんこれによると…吉田ユウタは紅葉高校に落ちてそのまま地元の楓高校に通ってるみたい…。
マサキ:(やけに静かなマリアを不審に思って声をかける)マリア、どうした?
マリア:マリアくん、君って本当に罪な人間だね。君一人が居ないだけでこんなに世界が狂うのね。
マサキ:へ?
マリア:吉田ユウタは負けず嫌いな性格よ。どうやら君に追いつかれないようにって勉強もスポーツもがんばっていたらいつの間にか進学校で成績一位になってしまったみたい。
マサキ:じ、じゃあまさか、ユウタが楓高校に通うことになったのは僕が居なかったから、ユウタが僕の代わりにいじめられたのも、僕の代わり、つまり僕が居ないせいなのか…。
マリア:そうみたいね・
マサキ:…なあマリア。
マリア:ん?
マサキ:…頼む、もうこんな悪夢は見たくない。元の世界に戻してくれ…!
暗転
第八章
マサキ:はあ、はあ、はあ…
マリア:これで分かったでしょ。
マサキ:うん。僕、勘違いしてたよ。この世界は一人ひとりのそれぞれの存在意義がお互いに影響し合うことで作られているんだ。
マリア:うん。
マサキ:誰一人としていらない人間なんて居ないんだ。自分の才能におぼれて周りの見えなくなっている男や、ちょっとしたことですぐヒステリーを起こす女の子、小言のうるさい母親や、誰かをいじめることでしか自分を表現できないようないじめっ子も、…勉強もスポーツも人並みにすら出来ずに、人をすぐに妬んだり恨んでしまう男だって、だれにでも何かしら存在意義はあるんだよね。
マリア:うん、そうだよ、マサキくん。私はそれを君に気付いてもらうために来たの。
マサキ:…でもさ、マリア。
マリア:なに?
マサキ:誰か消さなくちゃならないんだろ?
マリア:へ?
マサキ:だって、マリア最初に言っていたじゃないか。『私は周りの人間や自分を消したいと思っているあなたに最高のクリスマスプレゼントを渡しにきました』って。
マリア:え?あぁ、そのことね。別に私は誰かを必ず消さないといけないなんて一言も言っていないわよ。
マサキ:え…?
マリア:私は、『あなたに最高のプレゼントを渡しにきました』って言っただけよ。
マサキ:あ。…ってことは…?
マリア:そ。私からあなたへのクリスマスプレゼント。それはね、不必要な人間なんて誰も居ないって伝えることなの。別に消したい人間が居るならそれでもかまわな…
マサキ:だめだめだめ!!!
マリア:(優しくほほえんで)そう言うと思った。じゃあ、私はもう行くね。
マサキ:へ?
マリア:最初に言ったでしょ。私は2人目のサンタなの。今日、クリスマスイブは一年で最も忙しい日なのよ。
マサキ:あ、それ本当のことだったんだ。
マリア:そうよ。そうじゃないと魔法なんて使えないもの。
マサキ:そっか。うん、分かった、マリア。大事なことに気付かせてくれてありがとう。今年のクリスマスのことは一生忘れない。
マリア:どういたしまして、マサキくん。あなたと過ごせて楽しかった。ユウタくんやモモカちゃん、お母さんやミツキくん、そしてあなた自身を大事にして。また誰かに消えてほしいと思ったり、自分自身が消えたいと思った時には私のことを思い出して。じゃ、さようなら…
マサキ:マリア…!
暗転
第九章
場所は吉田家。机を前にして吉田母とマサキ、ユウタが朝食を食べている。
母 :あ、そうだ、今日12月25日だったわよね。母さんあんた達にクリスマスプレゼント用意したのよ。
マサキ:え、まじ!?なになに!?
ユウタ:兄さん、慌てすぎだよ。
母、下の方をごそごそやってプレゼントを二つ取り出す。
母 :はい。これはユウちゃん、これはマサキね。
母、二人にそれぞれプレゼントを渡す。二人はそれぞれプレゼントの包装をほどく。
ユウタ:わぁ、マフラーだ!最近寒かったからほしかったんだよ。ありがとう、母さん。
母 :どういたしまして。ユウちゃんはもうすぐ部活の大会だから風邪引くわけにはいかないものね。喜んでもらえてお母さんうれしいわ♡
マサキ:…うげっ、数学のワーク……(あからさまにいやそうに)
母 :そうよ。マサキはそれを使ってちゃんと勉強しなさい。
マサキ:…はーい。
母 :じゃあ母さんそろそろ出かけるわね。あなた達も学校に遅刻しないようにね。
マサキ:ん。行ってらっしゃい。
ユウタ:気をつけてね。
母、はける。
二人の間に沈黙が降りる。
ユウタ:兄さん。
マサキ:ん?
ユウタ:あの、さ…
マサキ:なんだよ、早く言えよ。
ユウタ:この前兄さんが三浦ミツキ達に殴られてるの見たんだけど…
マサキ:あぁあれか、あれがどうした。
ユウタ:そ、その…兄さんが大変そうなのは見て分かったのに、助けられなくて…ごめん。
マサキ:へ?(おどろいて食べる手が止まる)
ユウタ:だ、だからごめんって言ってんだろ!殴られているの見たら、その、怖く、なっちゃって…
間
マサキ:ははは、そんなことか(爆笑)
ユウタ:そ、そんな事って何だよ!(顔真っ赤)
マサキ:ユウタが突然改まって何を言い出すかと思ったら…
ユウタ:わ、笑うなよ!!!
マサキ:はいはい、ごめんごめん
ユウタ:そ、それでお詫びになんだけど、
マサキ:ん?今度はなんだ?
ユウタ:勉強教えてやってもいいけど…
マサキ:ん?なんだ?聞こえない。
ユウタ:だーかーらー!勉強教えてやるって言ってんの!この天才の吉田ユウタ様が教えてやるって言っているんだからせいぜい頑張るんだぞ!!!
マサキ:お、おう?(ユウタの勢いに押されている)
ユウタ:あ、あと昨日モモカがこの手紙兄さんにって。じゃ、じゃあ俺もう行くから!兄さんも遅刻するんじゃねーぞ!!!!
ユウタ、逃げるようにはける
マサキ:くくく、なんだよあいつ、かわいいところあるじゃねーか(にやにや)あ、そうだ。この手紙…
マサキ、手紙の封を切る。
マサキ:なになに…?『マサキくんへ。この前はあんなこと言ってごめんなさい。私も突然のことでびっくりしちゃってヒステリックになっちゃったの。だから、もしマサキくんが良ければ私たちまたやり直さない?モモカより』…てこれ、やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!モモちゃんはぼくのこと嫌いになった訳じゃなかったんだな!あのとき本当に消えなくて良かった!ありがとう、マリア!!(ガッツポーズ)
閉幕