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ウルトラミラクルスーパースター  作者: 録宮あまね
Ⅶ.恋愛月間〈Mar.〉

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Ⅶー1

 それから理央りおさんの夢を見た。幾度も、幾度も……。

 でも見る度に、現実ではなく元々夢にしか存在しない人なのだと思うようにした。これまであった彼との出来事が全て夢だったのだと……。

 日中は平気だった。考えないようにしているからか、動いているからか、これまでと変わりなく過ごせた。

 でも、ベッドに入って目を瞑ると、勝手に涙が両耳へ流れていく。無意識に、暗闇の中でさよならを言った気持ちに戻ってしまう。

 どんなに夢だと思い込もうとしても、そんなことはやっぱり無理。眠れないし、眠っても彼の夢を見るから、いつの間にか眠りたくないとすら思うようになった。寝不足で、次第に仕事に支障をきたすようにもなった。

 おまけに目をこするから、両目にものもらいができてしまい、こっそり眼科に通っている。



 気付けば三月に入り、だいぶ寒さも和らいでいた。厚手のコートから少し薄手のコートに替えた。けれど、まだわたしに季節の移り変わりを楽しむゆとりはない。

 そんな折、思いがけない電話があった。

「君、理央と何かあっただろう?」

 電話に出た途端、先生は言った。もう二度と先生と話すこともないと思っていた。

「……理央さんから何も聞いていないんですか?」

 わたしは聞いた。

「あいつは何も話そうとしない」


「理央さんと、別れました。……そういう言い方は変ですね。付き合っていたわけではないので」

「何を言っている?」

 恐ろしく冷たい声が返ってきた。

「君は理央が好きだろう」

 疑問形ではなく、断定形。先生は一体いつからわたしの気持ちに気づいていたのだろう。

「すみません。わたしでは……ダメなんです」

「君は馬鹿か。逆だろう? 君じゃないと駄目なんだ。仕事は懸命にやっているが、セリフは飛ぶわ、声を掛けても返事をしないわ……とにかくまともじゃない」

「……時間が経てば、冷静に前へ進めるはずです」

「時間が経てば……か」

 先生は呆れた声で言った。

 まだ何か言いたそうだったけれど、わたしは謝って一方的に電話を切った。



 夢の中だけじゃない。

 街中の至る所に、ウルトラミラクルスーパースターは溢れていた。

 駅前の巨大なパネルが変わることはなく、立ち寄った書店には、彼が表紙の雑誌が山のように並んでいた。コンビニやスーパーでは、当たり前のように彼の歌が流れている。



 待っていた、先生の短編集の発売日。いつもなら一気に読んでしまうけれど、時間をかけてゆっくりと読んだ。

 淡々としているのに温かい人々。ミステリーなのに、どうしてこんなに泣いてしまうのだろう。

 ずっとその小説の世界から出たくないと思えるくらい……。


 確実に時は過ぎていた。

 けれど、わたしのものもらいは一向に治る気配を見せない。






 更にそれから二週間が過ぎたころ、突然理央さんと平野曖美(ひらのあいみ)さんの熱愛発覚のニュースが流れた。

 どうやら本物のお姫様は理央さんのすぐ側に居たらしい。

 驚きはなかった。

 理央さんが幸せになってくれるならそれでいい。

 清水しみずさんは相当なショックを受けたらしく、仕事中も人目をはばかることなく泣いていた。



 報道が流れた夜、先生から再び電話があった。

「明日、仕事が終わったら、駅の裏通りにある水車という喫茶店に来てほしい。分かるか?」

 疲れた声だった。

「……分かります。先生、一人ですよね?」

 理央さんが一緒なら行くことはできない。多分もう上手く演技はできない。笑って祝福したいのに、彼の姿を見たら……きっと泣いてしまう。

「ああ」

 先生は短く答える。

 何を言われるのか、大体分かっていた。優しい先生の考えそうなことだ。




 駅裏の喫茶店には、一人で何度か入ったことがある。

 カウンター席とテーブル席が十席くらいの小ぢんまりとした喫茶店。店名の水車にちなんでか、レジの横には水車の模型が置いてある。

 先生は窓際のテーブル席に座っていた。モノトーンのラフな格好に、薄茶のサングラス。例の胡散臭いマネージャーの格好でも理央さんの変装でもない。

 先生の向かいに座り、わたしはカフェオレを注文した。


「……発売した短編集読みました。先生の短編はシリーズとは違った面白さがありますよね。素晴らしかったです」

 わたしはそう言った。

「そんな感想を聞きに来たんじゃない」

 当然の返答だ。

「理央さんのこと……ですね。心配して来てくれたんですか?」

「心配?」

「熱愛報道が流れたから、来てくれたんですよね。でも大丈夫です。望んでいた通りになっただけですから。これできっと理央さん……幸せになれますね」

 彼はわたしを見つめたまま、深いため息を吐いた。

「君は理央の気持ちを何だと思っているんだ」

 わたしは運ばれてきたカフェオレの湯気をじっと見ていた。


「昨日……理央と実家に帰った。あいつは結婚しないそうだ。祖父じいさんや親、俺にまで何度も謝っていた」

「どういうことですか?」

「だからもう二度と恋愛をしないから、今後理央が結婚をすることも子供を作ることもない」

「……平野さんは?」

「映画の話題作りだ。事務所の関係とか裏事情がいろいろある。とにかく、熱愛報道なんてガセネタだ。彼女の方はまんざらでもなさそうだったが……」

「平野さんは、理央さんの運命の女性ひと……じゃなかったということですか?」

「理央の運命の相手は君だろう」

 先生はわたしを睨んでいる。

「違います。どうして先生まで……。理央さんが勝手に思い込んでいるだけです。わたしのわけがないんです」

 わたしは必死にそう言った。


「わかった……。もういい。ただ、君が去っても理央は幸せにはなれない。永遠の片思いでもいい。君との思い出だけで、ずっと君を思って生きていくそうだ」

「……そんなの……困ります」

 何を言っているのだろう。理央さんが本当の運命の人と巡り合って幸せになってくれないなら、わたしが去った意味がなくなってしまう。

「……理央さんには、絶対にこれから素敵な人が現れます。諦める意味が分かりません。先生からも説得してください」

「あいつは俺の言うことなんて聞かない」

「なんでそんなに頑固なんですか?」

「君が言うことか? 君の思い込みのほうが酷いだろう。なんでそんなに自分に自信がないんだ? ……まったく揃いも揃って、世話ばかりかける。もう、怒りや呆れを通り越して滑稽だ……」

 先生は、困った顔で笑っていた。それは緩い笑い。先生の笑った顔を見るのは久しぶりだった。理央さんの笑顔を思い出す……。

 途端に、懐かしくて温かくて泣きたくなった。



 二日後の土曜、わたしは先生に連れられて理央さんのマンションに向かっていた。

 あれから熱愛報道は完全に否定され、代わりに彼の体調不良の話題で持ち切りになった。

 理央さんは、ずっと仕事を休んでいる。


 もう一度理央さんに会おうと思ったのは、別に先生に説得されたからではない。

 わたしは、彼から去った意味がわからなくなってしまった……。


 先生はわたしを理央さんの部屋に入れると、「何とかしろ」と言い、自分はさっさと出て行った。

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