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ウルトラミラクルスーパースター  作者: 録宮あまね
Ⅱ.ミステリー月間〈Oct.〉
4/42

Ⅱー2

 コンサート当日。

 会場グッズ売り場で、わたしはもうすでに死にそうになっていた。


 どうやら考えが足りなかったようだ。何等なく来ていい場所ではない……と身をもって実感する。

 比べること自体間違っているが、書店で行う厳かな作家のサイン会とは全く持って違っていた。

 わたしは今更ながら少し……ではなく、激しく後悔していた。

 『理央様』ファンの大群は鬼気迫るものがあり、結局その熱気に耐えられず、そっとグッズ売り場から離れる。

 離れた場所で、わたしは清水さんを待つことにした。

 もはや平静を保つのすら難しい。

 ため息をつく。



 清水さんから受け取ったチケットは、二階席の最前列だった。

 これでは彼の姿は見えても表情までは分からない。

 そのことを清水さんに訊ねると、「ステージの後ろに巨大スクリーンがあるから大丈夫です!!」と元気いっぱいに返してきた。

 彼のことが見えなくてもわたしは一向に構わない。

 ただ彼女にがっかりしてほしくなくて、それだけが心配で聞いたのだ。


 席に座ると、清水さんが自分のトートバッグから手作りのうちわを二枚取り出した。

 そして、その一枚をわたしに差し出す。

 うちわには『理央様LOVE』の派手な文字。それに細かく丁寧に星とハートが貼り付けてある。

 ぞっとした。そんな派手で可愛らしいもの、わたしには全く似合わない。

 咄嗟に首を振り断ったけれど、「持つのが礼儀です」と言われれば、もうそれ以上は拒めなかった。

 わたしは「すみません」と言い、うちわを受け取る。

 当然彼女の手に(彼女には似合っている)色違いのうちわが一枚残った。


 うちわを握りしめる清水さんは、とても可愛らしい格好をしている。

 職場に着てくる服もいつもお洒落だけれど(まあ、すぐに地味な制服に着替えてしまうのだが)、今日はアクセサリー、髪のアレンジ、メイクまで全てが完璧だった。

 ふわふわの毛糸の帽子から覗く彼女のセミロングの髪は、複雑でどうなっているのかわからない。編み込み方を聞いたところで、わたしには到底真似できないと思った。


 椅子に座った状態のまま何気に周りを見回すと、わたしの目には彼女だけではなく、会場に来ている女の子達全員が輝いて見えた。

 それに引き換えわたしはなんだかみすぼらしい。

 長いウェーブの髪をただ横で緩く一つに結び、服装も地味な色合いのニットにジャケット。ギャザーの入ったロングスカート。アクセサリーは実用的な腕時計だけ。メイクも出勤時と同じで、薄く最低限にしかしていなかった。

 多分、誰よりもこの場に相応しくないだろう。


 気付かれないよう、わたしは小さく本日何度目かのため息をついた。

 バックに入っているミステリー小説の続きを読みたいと思った。気持ちを落ち着かせるために……。

 勿論こんなところで本を読むなんて、無理だということは分かっていたけど……。




 しばらくすると照明が落ちて、会場が一気に暗くなった。でも完全な闇ではなく、なんとか人の顔を認識できるくらいの薄闇。

 気付くといつの間にか、黄色のジャンパーを着たスタッフが数名、通路を忙しなく回っている。



 突然、どういうわけか一人のスタッフがわたしの前にゆっくり止まった。


「コンサートが終わっても、ここを動かないで下さい」

 彼はわたしに近づき、しゃがみ込むと小声でそう言った。

「え?」

 吃驚して聞き返したが返事はない。


「うちわ……」

 彼は呟く。

「うちわ?」

「えっと……ここに居て欲しいんです。迎えに来ますから」

 何故スタッフからそんなことを言われるのか分からなかった。

 うちわ……? ファンじゃないくせに応援のうちわを持っている罪で、説教でもされるのだろうか?


 目の前のスタッフは俯いている。

 暗いということもあるけれど、長い髪にキャップを目深にかぶっていて、顔が全く見えない。

 ただ、口調はとても優しく、柔らかい声だった。


「お願いします」

 今度は小声ではなくはっきりとそう言い、ゆっくりと去って行った。



「先輩、スタッフから何か言われたんですか?」

 清水さんに彼の言葉は聞こえなかったようだ。

「……こういうアイドルのスタッフは、偽物のファンを捕まえようとしている……のでしょうか?」

 わたしは混乱していたせいか、思ったことをそのまま口に出してしまった。

「え? なんですか、それ?」

 彼女が怪訝な顔で聞いてくる。

「わたしにもわかりません。それにどうやったら、ファンの本物と偽物を見分けられるのか……謎ですし……」


 無意識に、頬に手を当て考える。

 グッズ売り場での様子を観察していたとか? はたまた、わたしがうちわを要らないと拒んだのを聞いていたとか?

 わたしが無知なだけで、アイドルのファンを名乗るには厳しい掟があるのかもしれない。


 でも、あの不審なスタッフに対して、何故か恐怖心や嫌悪感というものは一切湧かなかった。

 どうやら彼の雰囲気や柔らかい声が、マイナスの要素を打ち消しているようだ。

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